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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
雨で水嵩(みずかさ)が増した川を矢のように流れ下る何本もの太い丸太。
その内の一本が水面に出た『りん』の顔面に、イヤ、良く見たら左側頭部に直撃した。
アア~~~ッ!
ゆっくりと『りん』が水面に沈んでいく。
血がっ!『りん』の血じゃ!
水面に赤い色が散っておる。
毒蛾の蛾々は『りん』が完全に見えなくなってから翅(はね)を羽ばたかせ姿を消した。
そこで映像が消えた。
ブモォ~~~~~~~~~~~~~~~~~
凱風号が一声大きく嘶(いなな)いた。
これで終了だと云わんばかりに。
あんな事が『りん』の身に起きていたとは・・・。
ハッ、ということは御母堂さまは全て御存知だったのかっ!
それに『りん』は、今、何処に!?
殺生丸さまを見やれば激情に目は赤く染まり頬の妖線が太くなり始めている。
変化(へんげ)の前段階、半化け状態じゃ。
衝撃の事実に怖ろしいほど熱(いき)り立っておられる。
喰いしばった歯の間から漏れる息が荒い。
シュ~~~シュ~~~~~
息詰まるような雰囲気の中、御母堂さまが更に爆弾を落とされた。
『りん』襲撃の下手人、毒蛾の蛾々を衆目の前に引き出されたのじゃ。
篝火(かがりび)に照らし出される禍々(まがまが)しい原色に彩られた男。
つい先程まで見せられていた映像そのままに女のような優男(やさおとこ)だった。
口許は自害を封じるためだろうか。
猿轡(さるぐつわ)を噛まされている。
毒蛾の蛾々は下手人らしく縛妖縄(ばくようじょう)で縛(いまし)められていた。
【縛妖縄(ばくようじょう)】、その名が示す如く妖力を封じる縄じゃ。
あれで縛られておっては手も足もでん。
妖力そのものを縛る縄じゃからな。
尤(もっと)も、あの縛妖縄が利くのは、精々、並の妖怪までじゃ。
殺生丸さま程の大妖怪になると全く用を為(な)さん。
そもそも、あの御方を、お縄にする事自体、不可能じゃろう。
それ以前に爆砕牙で木っ端(こっぱ)微塵(みじん)に粉砕されるのが落ちじゃからな。
毒蛾の蛾々を見て殺生丸さまが爆砕牙に手を掛けられた。
即刻、斬り捨てるお積りだったのじゃろう。
だが、御母堂さまが止められた。
「待て、殺生丸」
如何な殺生丸さまとて母君には容易に逆らえん。
況(ま)して三年前の『りん失踪』の真実を暴いて下さったのは御母堂さまじゃ。
納得できないお気持ちのまま言葉を返される殺生丸さま。
「何故、止める、母上」
「刀を納めろ。そ奴には、まだ吐かせねばならん事があるのだ」
御母堂さまが先程から真っ青な顔の豺牙(さいが)に訊ねられた。
「豺牙よ、こ奴に見覚えはないか」
「とっ、とんでもございません、御方さま。何故、わしが、このような者を知っていると」
ムウッ、流石に古狸じゃ。
実に太々(ふてぶて)しいのう。
ここまで追い込まれながら尚も頑として自分の罪を認めようとせん。
「誓って、この者との関係はないと?」
「勿論でございますっ!」
考えてみれば嫌疑は毒蛾の蛾々が使った蝶にある。
同じ蝶を由羅が使ったが飽くまでも偶然だと白(しら)を切る積りなんじゃろう。
そうした豺牙の厚顔無恥な態度に御母堂さまが意を決されたらしい。
お庭番の頭領、権佐に命じて毒蛾の蛾々の猿轡を外させ直(じか)に尋問された。
蛾々の奴、豺牙に『りん』の襲撃を依頼されたことをスンナリと認めおったわ。
そりゃ、もう、聞いてるコッチが拍子抜けするくらいアッサリと。
すると豺牙めが怒るの何の。
今にも毒蛾の蛾々に掴みかかりそうな勢いじゃった。
御母堂さまに命じられたお庭番の頭領、権佐殿に押さえ付けられたがの。
まあ、豺牙にしてみれば無理もないか。
ここで『りん』襲撃を企(たくら)んだ黒幕とバレたら身の破滅じゃもんな。
そこへ更に駄目押しの一手が。
権佐配下のお庭番が【動かぬ証拠】を持ってやって来たんじゃ。
小さな包みから出てきたのは“紅白の飾り紐”。
『りん』の髪紐じゃ。
あの時、毒蛾の蛾々の手に落ちた・・・。
御母堂さまが、それを蛾々に確認された。
何でも豺牙の屋敷から持ち出してきたらしい。
それを聞いた豺牙めが、俄然、調子づいて喚き出しおった。
髪紐は自分の娘、由羅の物だと主張してな。
何が何でも自分は無実だと表明する気じゃ。
どこまでも厚かましい。
するとな、豺牙の娘の由羅までもが『りん』の髪紐を自分の物だと答えおった。
全く躊躇(ためら)いもせずシャアシャアとな。
クゥッ、何と面憎(つらにく)い女子(おなご)じゃ。
恐れ多くも西国王と王母の前で堂々と嘘をつきおった。
やはり親が親なら子も子だな。
信じがたい面の皮の厚さじゃ。
だが、天は、イヤ、御母堂さまはそれを許さなかった。
由羅に髪紐が自分の物ならば、それで髪を結うてみよと申されたのだ。
その後、どうなったかじゃと?
フフン、結果を知ってる者は殆どおらんじゃろうからワシが説明してやろう。
殺生丸さまはな、予(あらかじ)め盗難を見越して、これまで『りん』に贈ったもの全てに“呪(しゅ)”を掛けておかれた。
それはな、もし、正統なる持ち主、『りん』以外の誰かが、それを使用した場合、途轍もない衝撃を受けるという“呪(しゅ)”なのじゃ。
ここまで言えば、もう判るじゃろう。
由羅めが、その後どうなったかが。
そうじゃ、凄まじい絶叫を上げて倒れたのじゃ。
※『邪見の僕(しもべ)日記⑨』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
毒蛾の蛾々、奴こそ豺牙に雇われ、直接、『りん』に手を下した張本人じゃ。
豪雨の中、突然、『りん』の前に現われた見るからに怪しい妖怪。
最初、奴を見たワシは、てっきり女だと思ったもんじゃ。
何しろ女のような顔に派手な原色の化粧を施しておったからな。
それに体付きも男にしては割とホッソリしておった。
しかしだ、よくよく見ると女にあるはずのない喉仏があるし、結構、背も高い。
所謂(いわゆる)女顔の男って奴じゃな。
それにしても、あ奴、誰かに似ておる。
ン~~~誰じゃったかな?
オオッ、そうじゃ、思い出したぞ、あの男じゃっ!
白霊山で身の程知らずにも殺生丸さまに挑(いど)んできた、あの女男。
蛇のようにクネクネと動く妙な刀を操っておった輩(やから)、奈落の手先!
名前は、え~~っと、確か、りんが教えてくれたよな。
じゃ、じゃ、じゃ、蛇骨じゃ!
尤(もっと)も、あいつは妖怪ではなく人間だったがな。
だが、考えようによっては妖怪よりも性質(たち)が悪いかもしれん。
何しろ、あ奴は人間は人間でも死人(しびと)じゃったからな。
殺生丸さまが沁(し)み付いた臭いで判ると云っておられたわ。
ンッ、意味が分からんとな?
それでは噛み砕いて説明してやろう。
殺生丸さまの本性が犬妖怪であることは知っておるな。
当然、嗅覚が怖ろしく鋭い。
何しろ本性が『犬』じゃからな。
その殺生丸さまが、あ奴から死人(しびと)特有の骨と墓土の臭いを嗅(か)ぎ取られたのじゃ。
蛇骨は生身の人間、生者(せいじゃ)ではなかったのだ。
とっくの昔に死んで墓に葬られた死者。
肉体は腐り落ち骨だけになった骸(むくろ)。
つまり、あの世の者、即ち亡者だったのじゃ。
そんな亡者どもを、奈落の奴め、四魂の欠片を使って七人も甦らせおった。
死者でありながら肉を纏い墓から甦った者、本来あるべきではない存在、これを『死人(しびと)』と呼ぶ。
蛇骨はな、その七人の内の一人なんじゃ。
甦った死人(しびと)どもは生前は戦になると雇われて戦う凄腕の傭兵集団だったそうな。
いつも七人の仲間で行動することから何時しか『七人隊』と呼ばれるようになったらしい。
その戦いぶりは苛烈にして残虐、女子供にも容赦しなかったそうじゃ。
怖ろしく強かったらしいぞ。
何でも七人で百人分の働きだったとか
だが、その強さが仇(あだ)になった。
余りの強さと残虐性に雇い主が恐怖を抱いたのじゃ。
結果、七人隊は大軍に取り囲まれ討ち取られた。
そんな奴らが十数年ぶりに四魂の欠片によって甦ったのじゃ。
元々、奴らは人間だから妖気がない。
それこそが奈落の狙い目じゃった。
聖域の結界は妖気にのみ反応するからの。
だから、奴らは白霊山の結界に全く影響されず自由に出入りできた。
妖怪は聖域に近付くだけで浄化されてしまうからな。
事実、ワシなど危うく消滅しかけたんじゃ。
ウ~~~思い出しただけでゾッとする。
とにかく殺生丸さまでさえ迂闊(うかつ)に近付けんような場所だったんじゃ。
そんな、おっかない結界に守られた白霊山。
奈落は、そんな白霊山の中に隠れ潜み、これまでにない大幅な体の組み換えを行っておった。
そして、犬夜叉達に邪魔されんよう七人隊を甦らせ白霊山に近づけないよう守りに付かせておったんじゃ。
思い出すのう、りんを連れて旅をしていた頃を。
アアッ、まっ、また、話が逸(そ)れてしもうた。
今は、昔話をしておる場合ではない。
『りん』を襲った下手人の話をしておるんじゃ。
それでな、土砂降りの雨の中、毒蛾の蛾々は手にした鞭で『りん』に襲い掛かったんじゃ。
クネクネと蛇のようにしなる鞭。
クゥ~~奴は得物まで蛇骨と似ておる。
鞭に翻弄され逃げ惑う『りん』。
雨は、益々、激しさを増し側を流れる川は、ドンドン、川幅を拡げていく。
何時の間にか、『りん』は川の縁(ふち)へと追い詰められておった。
最初から、あ奴は『りん』を川の方へ誘導する積りだったんじゃろうな。
そして大きく振りかぶったと思いきや、『りん』の右側頭部を狙って鞭打った。
ビシッと鳴る鞭の音が聞こえるような気さえしたわ。
狙いは過(あやま)たず『りん』の紅白の髪紐に当たった。
反動で川に投げ出される『りん』。
紅白の髪紐がちぎれ空中に放物線を描いて毒蛾の蛾々の手に落ちてくる。
『りん』は水飛沫(みずしぶき)を上げて川に落ちた。
イカン!『りん』は泳げないんじゃっ!
必死に水をかき頭を水面に出した『りん』。
そこへ上流から流れてきた丸太が襲いかかる。
「「りんっ!」」
ワシも殺生丸さまも同時に『りん』の名を呼んでおった。
※『邪見の僕(しもべ)日記⑧』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
ワシを、いや、宴に参加していた全員の度肝を抜いた御母堂さまの余興。
それはな、まず不思議な鏡と三つ目の黒牛の登場から始まるのじゃ。
小山のように大きな体躯の癖に妙にすっ呆(とぼ)けた感じの目の牛のな。
はて、あの三つ目の黒牛、どこぞで見たような覚えが・・・。
ああっ、おっ、思い出したっ! あ奴じゃ!
殺生丸さまを何度も虚仮(こけ)にしおった刀鍛治の刀々斎。
彼奴(きゃつ)の飼い犬ならぬ飼い牛と瓜二つではないか。
あの牛、確か・・・『猛々(もうもう)』とかいったな。
飼い主自身が惚(とぼ)けてるせいだろうか。
飼い牛の名前まで、ふざけておる。
モ~~モ~~鳴くから『猛々(もうもう)』ってか。
まあいい、話を続けるぞ。
御母堂さまの牛車を牽(ひ)いてきた牛は『凱風(がいふう)』というそうな。
ウム、流石に御母堂さまじゃ、飼い牛の名前まで格調高いわ。
(ここで、さりげな~く御母堂さまを持ち上げ胡麻を擂(す)る邪見であった)
凱風号の方が、刀々斎の飼い牛の『猛々』より一回り以上、身体が大きいんだがな。
だが、あの艶々(つやつや)した真っ黒な毛並みといい三つ目といいソックリじゃ。
恐らく、あの二匹は、兄弟か、あるいは従兄弟だろう。
あれだけ瓜二つなんじゃ。
どこかで血が繋がっておるのは間違いなかろう。
牛の話はもういい、話を戻すぞ。
御母堂さまに付き従ってきた女房衆が物々しく運んできた、あの大型の鏡。
あれはな“遠見の鏡”といって西国の国宝らしい。
本来ならば西国城の宝物庫に納められるような代物なんだそうじゃ。
だが、『宝の持ち腐れ』という御母堂さまの鶴のひと声で蔵から出されたと聞いた。
いかにも、御母堂さまらしい言動じゃわい。
そして、以後、ズッと御母堂さまの居城、天空の城に安置されておったそうじゃ。
そんな鏡を、わざわざ、ここに運び込んだということは・・・。
アレコレ考えてみたんじゃが、ウ~~~ン、さっぱり見当がつかん、判らんかった。
鏡なんじゃから何かを見るのは間違いなかろうがな。
仕方がないので、とりあえず、ジッと目を凝(こ)らして成り行きを見ておったんじゃ。
するとな、闇を切り裂くように響き亘(わた)る牛の嘶(いなな)きが。
ブモォ~~~~~~~~~~~~~!
凱風号が、一声、夜空に向かい大きく嘶(いなな)いたかと思いきや、三つ目をカッと光らせたんじゃ。
通常の両目は前方に置かれた“遠見の鏡”を照らし、額にある第三の目、所謂(いわゆる)“天眼”はな、両目に映った映像を月のない宵闇に投影しておった。
まあ、手っ取り早くいうとだな、“遠見の鏡”の映像を増幅拡大して夜空に映写しておった訳じゃ。
意表を衝くド派手な演出に、正直な話、吃驚(びっくり)じゃったが、映し出された映像には、もっと驚かされた。
ワシャ、もう、目の玉が飛び出しそうじゃったわ。
それはな、忘れもしない三年前、『りん』が失踪した年の春、花見をした時の映像だったんじゃ。
『りん』が着ている桃色の小袖、あれは、かごめが戻ってきた年に贈った物じゃから間違いない。
楓の家から少し離れた場所に生えている桜の古木を見に行ったんじゃ。
うららかな春の陽射し、側を流れていた小川のせせらぎ、古木の根元に腰掛ける殺生丸さま、舞い散る花びらを手に受け止めようとする『りん』、それを嗜(たしな)めるワシ、今、思い返してみても何と穏やかで平和な日々であったことか。
当時の感傷に浸(ひた)る間もなく、突然、映像が切り換わった。
ヒラヒラと舞い飛ぶ二匹の蝶を『りん』が追いかけておる。
鮮やかな翅(はね)の蝶は、先程、見た豺牙の娘、由羅が扇から出した蝶と全く同じじゃった。
赤、青、黄、黒、白の原色、それに他者を幻惑するような目の模様、ここまで特徴が似れば、もう間違いない。
『りん』の失踪には豺牙が絡んでおる。
不意に『りん』の前から蝶が消えた。
それと同時に激しく雨が降り出したではないか。
通常の降り様ではない。
文字通り、天から雨が滝のように降り注いだのじゃ
あっという間にズブ濡れになってしまった『りん』。
そこへ見るからに怪しい風体(ふうてい)の妖怪が現われおった。
そ奴こそが、『りん』を襲った下手人(げしゅにん)、毒蛾の蛾々だったのじゃ。
※『邪見の僕(しもべ)日記⑦』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
突然、宴に闖入(ちんにゅう)してこられた御母堂さまは相変わらず強引じゃった。
とはいえ、そのお陰で助かったとも云えるがな。
御母堂さまは付き従えてきた女房衆に命じてアッという間に酒食の膳を整えさせた。
その間、豺牙は苦虫を噛み潰したような顔をしておった。
まっ、無理もないか、自分が用意させた酒肴が無駄になってしまったんじゃものな。
だが、相手が御母堂さまでは下手に文句もいえん。
後でお庭番の権佐殿から聞いた話によると、豺牙が準備させた酒と肴(さかな)には超強力な媚薬を仕込まれていたそうじゃ。
何とまあ恐れ多い、あ奴、端(はな)からは娘の由羅に殺生丸さまを籠絡させる積りだったんじゃな。
面の皮が呆(あき)れるほどに分厚いわい。
おまけにしぶとい事、この上ない。
一度や二度、目論みが失敗したからといって、そうそう簡単に諦めるような輩ではなかった。
豺牙め、次なる手を打ってきおったのじゃ。
彼奴は御母堂さまと殺生丸さまに余興を申し出た。
娘の由羅に舞を披露させてほしいとな。
その申し出に御母堂さまは暫(しば)し考え込んでおられたが、何やら思い付かれたのか、ニッコリと微笑まれ余興を許可された。
既に陽は傾き、辺りは薄暗くなっていたので篝火(かがりび)が焚かれ始めておったな。
宵闇の中、赤々と燃える篝火が周囲を照らし出しておった。
ユラユラと燃える篝火を見ていると現実と虚構の間(はざま)を強く感じるものじゃな。
これぞ“幽玄”なる風情(ふぜい)とでも云えばいいのか。
実に不思議な感覚じゃった。
そんな中、静々と前に出てきた豺牙の娘、由羅は、殺生丸さまと御母堂さまに向かって跪(ひざまず)き恭(うやうや)しく一礼すると扇を手に立ち上がった。
カッポン、カッポン、カッポンポン!
小気味よく響く鼓の音を合図に筝(そう)と笛の音が重なる。
雅(みやび)な音曲(おんぎょく)の調べに合わせ由羅が扇を開いた。
するとな、蝶が二匹、扇の中から現われヒラヒラと飛び始めたんじゃ!
黒、白、赤、青、黄、何とも鮮やかな色を持つ蝶じゃった。
その蝶を見た瞬間、ワシの脳裏に珊瑚の言葉が天啓のように閃(ひらめ)いた。
アッ、珊瑚とはな、ほれ、琥珀の姉じゃよ、女だてらに退治屋をしておった。
あの女退治屋がな、『りん』が行方知れずになった際、必死に言い募(つの)っておったのだ。
「蝶がっ!見たこともない・・綺麗な蝶が・・飛んでたんだ。りんは・・・それを追って川の方へ。その後・・直ぐに雨が降りだして・・・。これ迄に経験したことがない・・・もの凄い大雨だったんだ。アッという間に水が・・そこら中(じゅう)から溢れ出して・・りんを・・捜しに行くことさえ・・出来なかったんだ!」
珊瑚の言い分では『りん』は珍しい蝶に誘われ川の方へ向かったたらしい。
これまで『りん』の失踪にばかり気を取られて珊瑚の言葉に注意しなかったが。
もしかして・・・まさか・・・まさかっ!?
目の前で・・舞い飛ぶ・・・この・・二匹の・・蝶・・は・・・
怖ろしい考えが浮かんできたんじゃ。
ジットリと背中に冷や汗が滲(にじ)み出てきた。
もしや・・・りんは・・わざと・・・川へ誘い出され・・・
殺生丸さまに目をやるとワシと同じ事に思い到られたんじゃろうな。
凍りつくような無表情の中、目だけが異様に爛々(らんらん)と輝き蝶を睨んでおられた。
あの目に滾(たぎ)っていた感情は、間違いない。
怒りの中の怒り、“憤怒(ふんぬ)”あるいは“瞋恚(しんい)”。
『りん』失踪の黒幕が豺牙ならば今直ぐにでも彼奴を八つ裂きにしたいのが殺生丸さまの偽(いつわ)らざるお気持ちだったじゃったろう。
じゃが・・如何せん・・・証拠がなかった!
如何に絶大なる権勢を誇る西国王といえど何の証拠もなく豺牙を断罪する事は出来ん。
仮にだ、もし、そんな事をしたら殺生丸さまの、イヤ、延(ひ)いては西国王家の威信に拘る事態に発展するだろう事は必定。
ア~~~ッ、想像するだけでも、とんでもないっ!
『こっ、ここは何としてでも堪(こら)えて下され、殺生丸さまぁ~~~っ!』
あの時、ワシは必死に心の中で祈っておった。
まさか、あれ以上の衝撃が待っていようなどとは思いもせんかったからな。
御母堂さまが用意した次なる余興に、ワシャ、もう目が飛び出そうじゃった。
※『邪見の僕(しもべ)日記⑥』に続く
大変、お待たせしました。
暫(しば)らく潜る日々が続き投稿が遅れました。
謹んでお詫び申し上げます。
以下が新作です。
方斎が告げた占断、それは驚くべきものじゃった。
『りん』が生きていて、然(しか)も、然(しか)もじゃぞ、近い内に戻ってくるというんじゃ。
ワシも驚いたが、殺生丸さまは、もっと衝撃を受けられたことは間違いない。
その朗報を聞くや否や驚くべき変貌を遂げられたからな。
まず殺生丸さまが、どう変わられたかというとだな。
占断を聞いた以上、もう方斎宅に長居は無用とばかりに寝転がっていたワシを蹴飛ばされたんじゃ!
いいか、蹴飛ばされたんじゃぞ。
それまでの殺生丸さまは何をするにも億劫(おっくう)そうでな。
やる気というか気力そのものがゴッソリ抜け落ちておったんじゃ。
当然、ここ二年間、ワシへのお仕置きは皆無。
それ以前は何かというと些細な咎(とが)で、あっ、いやいや、これと云って何もなくてもワシを折檻する御方だったんじゃ。
痛い思いをせずに済むのは正直な話、有難くはあったが、ワシャ、それ以上に殺生丸さまの無気力が辛くってな。
八つ当たりでも気晴らしでも、とにかく何でも構わんから以前のようにお仕置きされたいと願っておったのじゃ。
それが、どうじゃ、この二年の間、強まるばかりだった退廃的な雰囲気が、嘘のように綺麗に払拭(ふっしょく)されておるではないか。
物憂げだった目には鷹のような炯炯(けいけい)たる輝きが戻り幽鬼のようだった四肢には精気が漲(みなぎ)っての。
クゥ~~~~久々に目が覚めるような活力に満ちた御姿を拝見できたのじゃ。
『りん』が失踪する前の殺生丸さまが復活されたんじゃ。
ワシャ、嬉しくて嬉しくて・・・グスン、(涙)、ズズッ、ズビ~~~ッ!(鼻水)
それからというもの、殺生丸さまは西国王としての執務に励まれての、尚且つ『りん』の探索も再開された。
後は、何時、『りん』が現われるのかと心待ちにしておられたんじゃが。
これが待てども待てども、ち~~~~っとも現われん。
半年を過ぎたあたりじゃったかな。
殺生丸さまが待ち切れなくなったのか、又も荒れ始めてな。
今度は前回のように気力が抜け落ちる風ではない。
寧ろ、『苛立つ』と表現するのがピッタリかな。
日毎にイライラが蓄積して鬱屈が溜まっていって・・・もう何というか。
ア~~~あのピリピリした今にも放電しそうな雰囲気には、ワシャ、ホトホト参っておった。
そんな時に催されたのが紅葉の宴だったんじゃ。
まさか、あの宴に、『りん』が来ているなどと誰が想像しようか。
それもな、りんの奴、養女として御母堂さまに連れられて来ておったんじゃぞ。
もう、驚いたの何の、恐れ入りやの鬼子母神じゃな。
まさか、あの、御母堂さまが、豺牙の差し向けた刺客に襲われた『りん』を保護して下さっていたとは・・・。
正直、全く、思い付きもせなんだ。
それが判明したのが紅葉の宴での事じゃったんじゃ。
二百年ぶりに西国に帰還された殺生丸さまが国主の座に就かれて、かれこれ三年が経つ。
何時までも妻妾を娶ろうとなさらぬ殺生丸さまに業を煮やした豺牙を始めとする古狸どもがな、音頭を取って盛大に開催されたのが紅葉の宴なんじゃ。
紅葉の宴と銘打ったものの、ありゃ、体(てい)の良い見合いの席じゃったな。
いやいや、豺牙の家中の者にしてみれば、事実上の殺生丸さまと豺牙の娘との婚儀の積りだったんじゃろう。
何てったって豺牙は殺生丸さまの妃の地位を虎視眈々と狙っている古狸どもの筆頭じゃったからな。
そうした心積もりのせいか、宴の準備も、えらく豪華で気合いが入っておったしな。
豺牙の娘、由羅なんぞ花嫁衣裳と見紛う白無垢を着ておったぞ。
いやいや、あれは、誰が見ても花嫁衣裳にしか見えなんだ。
おまけに、通常なら国主の殺生丸さま御独りが上座になるはずの席が対(つい)で用意されておったんじゃ。
対の座布団じゃぞ、あれでは、まるで花婿と花嫁の席次ではないか。
勿論、殺生丸さまは、それを一目で見抜かれたし、重臣の尾洲さま、万丈さま、側近の木賊(とくさ)殿、藍生(あいおい)殿、女官長の相模さまも一様に不快な表情を示しておられた。
聡(さと)い殺生丸さまが豺牙のあざとい企(たくら)みにホイホイ乗っかるとは思えんかった。
さりとて、あからさまに断っては角が立つ。
わしゃ、どうなることかと、内心、ヒヤヒヤしておったわ。
そうしたらな、そこへ、折りよく御母堂さまが乗り込んできて下さってな。
もう、『地獄に仏』とはこの事、仲良く親子が並んで座って事なきを得たんじゃ。
※『邪見の僕(しもべ)日記⑤』に続く
ワシは、それを聞いて居ても立ってもおられんくなってな。
不躾(ぶしつけ)ながら、その客の話の中に割って入り詳細を聞き出したのじゃ。
それは、もう、『微に入り細を穿(うが)つ』ほど入念に。
早速、殺生丸さまに、その事を御報告申し上げたら、大層、驚かれてな。
僅(わず)かながら目を見開かれたのだ、無表情は変わらん。
直ぐにも、その方士に会いたいと仰(おお)せになってな。
うむうむ、殺生丸さまのお気持ちは良~~~く解る、痛いほどに。
例え魂だけとはいえ『りん』に逢いたいんじゃろうな。
斯(か)くなる上は『善は急げ』じゃ!
早速、殺生丸さまと共に、その“反魂香”なる不思議の術を操る方士の家へ訪ねていったのじゃ。
探し当てた方士の家は下町の寂れた裏通りにあった。
世にも稀な“反魂香”を扱う方士は・・・随分と小柄だった。
じゃがっ、くう~~~っ、それでもワシより大きい!
名は確か方斎とか申したな。
全体的にフックラと丸い感じの容貌が如何にも本性の梟(ふくろう)を思わせる男じゃった。
白髪に覆われた大きな丸い頭部、ギョロッとした丸い大きな目、そんな方斎の容姿は妙に愛嬌があった。
もし『りん』が側に居たら「かわいい」とか喚(わめ)いて撫で繰り回していたのではないか。
うっ、羨(うら)ましくなんかないぞ、ワシは!
むっ、話が脱線したな、元に戻すぞ。
最初、方斎は、いきなり訪ねてきたワシ等を小さく開けた扉の後ろから大きな目で胡散(うさん)臭そうに睨み品定めしておった。
押し込み強盗とでも勘違いしたのかも知れん。
あの辺りは余り治安が良いとはいえん地区じゃからな。
方斎が警戒するのも仕方あるまい。
そこへ持ってきて殺生丸さまが金貨を詰めた袋を部屋の中に投げ付けたりするもんじゃから方斎が臍(へそ)を曲げてしまってのう。
ワシャ、只管(ひたすら)、方斎に頭を下げ謙(へりくだ)って方斎の機嫌を取り結んだんじゃ。
主のしでかした無礼(ぶれい)は従者たるワシが償わねばならん。
何としても“反魂香”の術を行ってもらわねばならんかったからな。
うむ、ワシって従者の鑑(かがみ)!
さてさて、ワシの必死の説得が功を奏したのじゃろう。
方斎はこころよく頼みを聞いてくれてな。
“反魂香”の術を行使してくれたのじゃ。
それも“反魂香”が奇術か手品の類ではないかという殺生丸さまの疑いを晴らす為、まずワシの亡き母親を召喚するという手間をかけてな。
あれには驚いた。
まさか、我が母、阿邪(あじゃ)に逢えるとは予想もせなんだわい。
何しろ三百年も前に死に別れたきりじゃからの。
もう、顔も忘れかけておったわ。
じゃが、あの威勢のよい怒鳴り声だけは忘れらようにも忘れられない。
懐かしい・・・生きてた頃は何かにつけ邪聞(じゃもん)父者(ちちじゃ)と一緒に叱られど突かれておったものじゃ。
ううっ、思い出しただけで痛くて涙が・・・。
“反魂香”で呼び出された母者(ははじゃ)は昔とちっとも変わってなかった。
現われるなり、髪を、いや鬘(かつら)を振り乱してワシを引っ叩(ぱた)いたんじゃ。
ワシの母者は、生前、鬘(かつら)を愛用しておった。
でないと父者と見分けがつかんかったからな。
何しろ殆ど同じ顔に背丈じゃ。
母者は、あの鬘(かつら)を甚(いた)く気に入っておったんじゃが・・・。
頭に引っ掛かるところが無いせいで(つるっ禿(ぱ)げ)鬘(かつら)がズレるのはしょっちゅうでな。
酷い時は鬘(かつら)が吹っ飛んでおった。
そういう時はな、絶対に鬘(かつら)の「か」の字も云ってはならん。
何が何でも知らん振りをするんじゃ。
でないと、母者にどんなお仕置きをされることか。
そっ、それにしても、ひょえ~~~~~っ、おっ、驚いた!
“反魂香”とは実体まで伴う術なのか。
ビシッ! バシッ! ドカッ! ポカスカ!
小気味よくワシを殴る母者。
いっ、痛い、あたたたたたたたたたたたたたたたたたた・・・。
三百年ぶりの“愛の折檻(せっかん)”じゃな。
母者の愛が激しすぎてワシは気絶してしもうた。
気が付いた時、ワシは床に寝そべっておった。
ソッと薄目を開いて周囲の様子を窺うとな、方斎が何やら占っておった。
ジャッ、ジャッ、ジャッ、パチッ、ジャッ、ジャッジャッ、パチッ
筮竹(ぜいちく)と算木(さんぎ)を使うところから察して易占じゃな。
問筮(もんぜい)の辞(ことば)、つまり占いの文句を聞いておったらな、どうやら『りん』の生死について占っておるようじゃった。
ゴクリ・・・ワシは生唾(なまつば)を飲み込んだ。
そして全神経を集中して結果を聞こうと耳を欹(そばだ)てたんじゃ。
※『邪見の僕(しもべ)日記④』に続く
まずは拍手を贈って下さった方々に感謝致します。有難うございます。
今ほど、ありふれた日常の有り難さを実感したことは有りません。
今回の大震災&津波で被災した方々に心を痛めてる全ての方々に
少しでも慰めになればと執筆しています。
あれ程の被害を受けながら、尚、他者のことを思いやる人々に涙が零れ落ちました。
頑張れ、日本、負けるな、
東北、みんなが被災した方々の事を思ってます。
コメントを下さった機長さま、ご明察通りです。
管理人は東海地方の愛知県に住んでおります。
今回の大震災では、こちらも少々揺れました。
元々、東海大地震が来る来る
と騒がれ続けてきた地域です。
割と防災意識は高い地方ですが、今回の大震災には・・・。
余りの悲惨さに言葉もありません。
何かしたくても今の状況では動きが取れません。
せめて募金なりと買い物の度にお釣りを募金してます。
つい先頃、三年間、消息不明であった『りん』が戻ってきた。
めでたい、実にめでたい。
これで、わしが殺生丸さまの酷い御勘気に触れることも無くなるじゃろう。
ううっ、ぐすっ、ズズッ、ズビズビ~~~ッ、チ----------ン!(鼻を噛む音)
オッホン、あいや失礼。
では、話を続けよう。
実はな、『りん』が生きているらしい事は一年前に判っておったのじゃ。
まず、その事について話さねばならんな。
殺生丸さまは倒れた後も『りん』の探索を続けられんじゃが、二年目に入った辺りからだろうか。
人界へ渡られる回数がガクッと減った。
それで二年を過ぎた頃だったかな、完全に人界へ赴(おもむ)かれなくなった。
捜しても捜しても『りん』の手がかり一つ見つけられん状態が続いておったからな。
あれではなあ、いかに鉄の自制心を誇る殺生丸さまと云えど精神的に参ってしまわれたのじゃろうて。
何せ『りん』の生死が一向に判らんかったもんなあ。
その頃からじゃったな、殺生丸さまの遊郭通いが始まったのは。
当時の殺生丸さまはな、今にして思い返せば完全に自棄(やけ)になっておられたのだろう。
あまり大きな声では云えぬが・・・(内緒じゃぞ!)国主としての執務を放ったらかして、連日、昼日中(ひるひなか)から廓(くるわ)通いをしておられたのだ。
勿論、わしは殺生丸さまに御供しておったわさ。
従者としての務めじゃからな。
あれは萬陳楼といって西国でも指折りの高級遊郭だった。
今でも贅を尽した建物と遊女が美人揃いなことで評判のはずじゃ。
まあ、御忍びとはいえ西国王が利用するような場所じゃからの。
そこで殺生丸さまが贔屓にしておられたのが連雀(れんじゃく)という源氏名を持つ妓女でな。
萬陳楼で一番の売れっ妓(こ)じゃった。
美人なことは勿論じゃが、殺生丸さまが、あの女を贔屓にされたのには訳がある。
連雀の瞳は琥珀色なんじゃが、髪の色がな、『りん』と同じ黒髪だったんじゃ。
それに、少し小柄で華奢な感じが、より一層、『りん』を思わせたんじゃろうな。
尤(もっと)も、『りん』とあの女では性格からして雲泥の差じゃが。
あの連雀という遊女、最初の内こそ、しおらしそうな風情を装っておったがな。
殺生丸さまが連続して店に通うようになるに従い本性を現しよった。
大方、愛妾として西国城に落籍(ひか)される夢でも見たんじゃろう。
ドンドン態度がデカクなって次第に周囲の者を見下(みくだ)すようになっていったんじゃ。
まあ、殺生丸さまのような大物に通われて“逆上(のぼ)せ上(あ)がった”んじゃろうな。
殺生丸さまが自分に恋い焦がれているとでも勘違いしたらしい。
殺生丸さまには矢鱈(やたら)ベタベタとへばり付きペチャクチャおべんちゃらを云う癖に、従者であるワシに対しては、あ奴、まるで自分が女主人であるかのように偉そうに振舞い始めたんじゃ。
それも決まって殺生丸さまが見ていない時に限ってな。
お前はワシの主ではないわい!(怒)
実に図々(ずうずう)しい女じゃ。
思い上がるにも程がある。
全く、『りん』とは似ても似つかん輩(やから)じゃった。
あっ、済まん済まん、つい私情が・・・。
まあ、結局、殺生丸さまは半月ほどで連雀に嫌気が差して通われなくなったがな。
『りん』と同じ黒髪の女じゃが、所詮、代用品にもなれなかったという処か。
殺生丸さまが「もう通わない」と宣言した途端、あの女、大騒ぎしよっての。
泣くわ喚(わめ)くわで聞くに堪(た)えん有り様じゃったな。
あんな不愉快な女のことは置いといて話を続けるぞ。
一年前の或る日、ワシは例によって萬陳楼の待合室で殺生丸さまを待っておった。
萬陳楼くらいの高級店になると立派な待合室があってな。
ワシのような御付きの者や他の客が寛(くつろ)いで過ごせるようになっておる。
そこで、ワシは、ある噂を小耳に挟んだのじゃ。
死者を甦らせるという“反魂香”なる代物についての話をな。
【廓(くるわ)】=遊郭(ゆうかく)=色里=遊里
※『邪見の僕(しもべ)日記③』に続く
我が名は邪見、殺生丸さまの壱の従者じゃ。
殺生丸さまは妖界でも最大領土を誇る西国の国主にあらせられる。
それはそれは強くて美しくて怖ろしい御方なのじゃ。
ワシは、かれこれ、もう百五十年ほど、あの御方にお仕えしておる。
その殺生丸さまが二百年に亘(わた)る人界での放浪を終えて西国にお戻りになったのが六年前。
あん?何で二百年も人界をほっつき歩いていたのかじゃと!?
それはな、亡き父君、先代西国王であらせられた闘牙王さまが遺された牙の刀、鉄砕牙を捜しておられたからなんじゃ。
父君の崩御とともに何故か鉄砕牙の所在も不明となってしまった。
本来ならば殺生丸さまは西国に戻り国主の座に就くべきだったのじゃが、そのまま人界に留(とど)まり鉄砕牙を捜し回られたのじゃ。
結果、二百年もの間、人界を彷徨われる羽目になってしまった。
いや~~~我が主ながら実に執念深い。
あ、いやいや、見上げた根性でございます。
え~~流石は殺生丸さま、ゴホゴホッ、話を続けるぞ。
それでな、散々、捜し回った挙句、その刀、鉄砕牙は、半妖の異母弟、犬夜叉のものになってしまったのじゃ。
おまけに、犬夜叉めは、殺生丸さまが育てた技、冥道残月破まで『濡れ手に粟(あわ)』で譲り受けおってな。
えい、忌々(いまいま)しい、あれでは殺生丸さまが『骨折り損の草臥(くたび)れ儲け』ではないか。
む~~~っ、実に腹立たしい。
じゃが、ここは抑えよう。
代わりに殺生丸さまは爆砕牙を得られたからな。
これが、また凄い刀での、その破壊力ときたら、あの鉄砕牙でさえ遠く及ばないという優れもの。
何せ鉄砕牙が『一振りで百の敵を薙ぎ払う』なら、爆砕牙は『一振りで千の敵を薙ぎ払う』のじゃ。
しかも、しかもじゃぞ、爆砕牙はな、一旦、斬った後も亡骸(なきがら)を破壊し続け、その亡骸を吸収したら最後、本体も破壊に巻き込まれてしまうという恐るべき属性を持っておる。
奈落のように他の妖怪を丸ごと吸収しては相手の能力を取り込んできた奴に取っては天敵のような刀なのじゃ。
もし、殺生丸さまが奈落との最終決戦に参戦されなんだら犬夜叉達が無事に生きて帰ってこれたか怪しいもんじゃの。
とまあ、そんな訳で首尾よく奈落を倒したものの、何故か、かごめが冥道に吸い込まれてしまってな。
犬夜叉が泡を喰って冥道残月破を放ち、かごめを助けるようと、自ら、冥道へ入ったんじゃ。
その後、三日ほどして犬夜叉は戻ってきたらしい。
じゃが、かごめは戻ってこなかった。
無事ではあるらしい、犬夜叉が云うにはな。
宿敵の奈落を倒した犬夜叉一行は、その後、隻眼の巫女、楓の村に住み着いた。
そして、更に驚いたことに殺生丸さまが『りん』を楓に預けたんじゃ。
まさか、殺生丸さまが『りん』を手離される日が来ようとは。
ワシャ、思いもせなんだぞ。
このまま『りん』と離れてしまうのかと思っていたら、せっ、殺生丸さまが、あっ、あの傲岸不遜の塊(かたまり)のような御方が『りん』の前に膝を折り「必ず逢いに来る」と約束されたのじゃ。
もう、もう、驚天動地とは、この事じゃよな。
西国に戻られた殺生丸さまは何事もなく国主の座に就かれた。
そして、お忙しい執務の合間に暇を見つけては・・・イヤ、無理矢理、捻(ひね)りだしては『りん』に逢いに人界に行っておられたのじゃ。
我が主は、とっても律儀な御方じゃった。
何しろ三日おきに三年間も人界に通い続けられたんじゃからな。
殺生丸さまが、どんなに『りん』を寵愛されているか判ろうというものじゃ。
その大事な大事な『りん』が三年前の人界の大雨で行方知れずになってしまったのじゃ。
殺生丸さまが、どれほど怒り嘆かれたことか。
三ヶ月は不眠不休で『りん』を捜し続けられた。
殺生丸さまは妖力甚大な大妖怪である。
じゃが、いかに体力お化けの殺生丸さまといえど限界はある。
ある日、執務中に倒れてしまわれたんじゃ。
そして、三日三晩、眠り続けられた。
百五十年、お側でお仕えしておるが、殺生丸さまが、あんなに纏(まと)めて睡眠を取られたのは初めてじゃった。
いつも目を閉じて暫らく身体を休めるだけで回復される御方じゃったからな。
きっと『りん』の捜索で心身の限界に達してしまわれたんじゃろうなあ。
※『邪見の僕(しもべ)日記②』に続く