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『増上慢(ぞうじょうまん)』

(来よ・・・来よ・・・集い来たれ・・・我が許へ・・・)
桔梗は川の岸辺に立ち元結を解いた。
腰よりも長い見事な黒髪が夜風に揺れる。
水面(みなも)を照らすのは半月よりは丸い“更(ふ)け待ち月”。
夜も随分と更けてから出る月。
それ故に古(いにしえ)から、そう呼ばれる。
満月ほどではないが、闇を照らすには充分な月明かり。
桔梗の求めに応じて死魂虫(しにだまちゅう)が寄り集まってくる。
闇の中、朧な光を発して集まる死魂虫と彼らが捕らえてきた死人の魂“死魂(しにだま)”。
その光景は怖ろしさよりも寧ろ幽玄な儀式のようにさえ見える。
嬉々として桔梗に従う死魂虫たち。
集められた“死魂(しにだま)”は桔梗の体内に納められる。
鬼女“裏陶(うらすえ)”によって霊骨と墓土から甦った桔梗。
桔梗は、かごめの前世である。
今生(こんじょう)のかごめの魂から分離した前世の記憶を持つ桔梗の魂。
その体は“裏陶(うらすえ)”が作った骨と土のまがい物。
あの世から、無理矢理、召還した桔梗の魂を繋ぎとめておくだけの単なる器に過ぎない。
生身の身体ではない。
当然、温かい血は通っていない。
思い通りに体を動かすには魂で満たしておかねばならない。
だからこそ、桔梗は“死魂(しにだま)”を集める。
僕となった“死魂虫”を使役して。

「憐れな女の死魂たち・・・私とともに来い。共にあれ。お前たちの無念の思いが・・・私に力を与える。」

(犬夜叉・・・もうすぐ迎えにいく・・・)
桔梗が、心中、秘かな決意を固めていた時。
ガサッ・・・
物影にざわめく人の気配。
また、あの僧か。
・・・・しつこいな。
私は、この村の者に、イヤ、人に害を為す気などないのに。
昼間、桔梗が、子供達と連れ立っている際に旅の僧が話しかけてきた。
曲りなりにも人に教えを垂れる身なのだろう。
気弱そうな弟子を、一人、伴っていた。
晴海とか呼ばれていたな。
私を生者(せいじゃ)ではないと見破った眼力は中々の物だが其処までだ。
あの僧は独善の気が強い。
己の狭量に囚われる余り、他者の心情を無視する傾向がある。
そうした性情が、あの僧の人相から、言動から、ありありと見て取れた。
まるで何かを睨みすえているかのようなギョロリとした目。
その癖、黒目は小さく白目の部分が大きい。
眉は目にへばり付くように位置していた。
ひしゃげたような低い鼻に高い頬骨。
反っ歯のせいだろう、前歯が、口許からはみだしていた。
それら全てが相俟(あいま)って、一旦、言い出したら聞かない頑固な気質を物語る。
物影に潜んで此方の様子を窺っていたのだろう。
僧が月明かりの中に姿を現し話しかけてきた。

「成仏できぬのか?」

「巫女どの、おぬし・・・死人(しびと)であろう?」

「・・・・・」

「見逃してはもらえませぬか」

「そうはいかぬ!」

僧は言い捨てると同時に竜玉(竜が絡みついた玉)を取り出し桔梗を法力で縛り付けた。
竜玉から飛び出してきたのは仏法を守護すると云われる護法竜。

「我が魂縛術から逃れられはせぬ。成仏せよ」

魂縛術(こんばくじゅつ)、その名の通り、魂を法力で縛り付ける法術。
荒々しい力任せの問答無用の術。
相手の言い分など聞こうとはしない。
こ奴、僧兵上がりか?
法力で作り出された竜の体が、ギリギリと桔梗を縛り付ける。

「くっ・・・」

(何と乱暴な・・・・こ奴は、何時も、こんな風に妖怪や死霊を祓ってきたのか?)

「このまま昇華せよ。おぬしの魂、救ってしんぜる」

僧の思い上がった言葉が、桔梗の怒りを爆発させた。

「救う・・・だと・・・? おまえ如きが・・・」

「この私を救うだと!?」

桔梗の怒りが霊力を発動させた。
同時に法力返しが!
原理は呪い返しと同じ事。
相手に放った攻撃の力が、そっくりそのまま、自分に戻ってくるのだ。
法力で作られた竜の体が桔梗の霊力によって瞬時に破壊された!
その一部、竜の前足が僧の喉許に喰い込む。
ドッ!
ガックリと膝を着き倒れ付す僧。
ドサッ・・・・コロロ・・・・
掲げ持っていた竜玉が、投げ出された。
法力が破られたせいだろう。
パン!と音を立てて竜玉が割れた。
師匠が倒されたのを見て付き従っていた弟子が逃げていく。
これ程、容易くはね返されるような法力で私に挑んでくるとは。
貴様如きの法力で私の霊力を抑えられるとでも思ったのか。
私の魂を救うだと?
思い上がりも甚(はなは)だしい!
図に乗るな!
貴様のような一知半解の仏僧に私の何が理解できるというのか。
力任せの除霊しか知らぬ半端者に。
私の怨みを、悲しみを。
何一つ事情も知らぬ癖に、図々しくもしゃしゃり出てきて『成仏せよ』だの『昇華せよ』だの。
愚か者め、関わらねば死なずに済んだものを。
近付いて見れば、まだ息があったのか。
僧が、私の足を掴んだ。
虫の息で最後の言葉を吐く僧。

「何を・・・しようとしている・・・? 生きている者たちは・・・新しい時を刻んでおる・・・だが・・・死人のおぬしの時は・・・止まっている・・・決して・・・交わることはできぬと云うのに・・・憐・・・れ・・・」

それきり事切れた僧。
憐れだと・・・? この私が・・・
それは貴様如きが決めるべき事ではない。
無理矢理、目覚めさせられ、この世に連れ戻された私。
その私を、又も、無理矢理、あの世に戻そうなどと。
生きている時は巫女として抑えねばならなかった諸々の感情。
だが、死人(しびと)である私を縛る柵(しがらみ)は無い。
今度こそ私は自分のしたいようにする。
我が感情の赴くままに。
心残りは小夜の事。
もう、逢う事もないだろう、行きずりの村の少女。
妹の楓のように私を慕ってくれた。
ほんの一時だが、懐かしい昔を思い出させてくれた。
すまない・・・・怖い思いをさせてしまった。
それでも、名を呼んでくれた。

「桔梗・・・さま・・・」

「さようなら・・・ごめんね」

「・・・・」

闇の中に溶け込むように去っていく美しくも哀しい巫女。
そんな桔梗を少女は一人静かに見送った。         了


【増上慢(ぞうじょうまん)】
①仏教用語のひとつ。まだ、悟りを得ていないのに、悟りを得たと思って驕(おご)り高ぶること。また、その人。
②自分の力を過信して付け上がること。また、その人。

【僧兵】武器を持ち戦闘に従事した僧形の兵。延暦寺、興福寺などの僧兵が有名。


2009.1/7(水)作成   ◆◆猫目石

 

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