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『早蕨(さわらび)⑥』

徐(おもむろ)に楓が口を開いた。

「だが、かごめは犬夜叉に助けられ四魂の玉を消滅させた。奈落の、イヤ、四魂の玉の最後の目論見が潰(つい)えたのだ。数百年にわたった四魂の玉の因果は断ち切られた。犬夜叉とかごめは元の世界に戻され骨喰いの井戸も元に戻った。四魂の玉が歪めた“時”が修正され全てが本来の在るべき形に戻ったのだ。天の意思だろうな。後は犬夜叉とかごめ、二人の思いのみに掛かっている。わしは考える。強い思いは時さえも越えるのではなかろうかと」

厳(おごそ)かな託宣のような巫女の言葉に炉端は沈黙に包まれた。
シュン・・・シュン・・・・囲炉裏に掛けられた薬缶(やかん)が立てる音だけが響く。
何時の間にか時が経っていたのだろう。
それぞれの思いに耽(ふけ)る三名を夕焼けの光が赤く照らし出す。
沈黙の中に高く澄んだ声が飛び込んできた。

「ただいま、楓さま!」

楓の養い仔、りんが戻ってきた。
預けられた当初のりんは邪見より僅かに大きい程度だったが、流石に三年の月日が経っている。
背が伸び髪も伸びた。
同年代に比べると、幾分、小柄だが、もう童女ではない。
かと云って、まだ大人でもない。
十四・五歳、または初潮を迎えると大人に見られる戦国時代である。
そうした基準から云っても、りんは、まだまだ子供であった。

「お帰りなさい、りん」

逸早く声をかけたのは弥勒だった。

「アレッ、法師さま。それに邪見さまも」

「ついつい長居をしてしまいました。では、そろそろお暇(いとま)します。邪見殿も急いだほうが宜しいのでは?」

弥勒に指摘され急いで立ち上がった邪見が慌ただしく声を掛ける。

「そっ、そうじゃ!殺生丸さまが待っておられる。じゃあな、楓、りん」

「はぁ~~~い、また来てね、邪見さま、法師さま」

「法師殿も邪見も気を付けてな」 

りんと楓の見送りを受けて弥勒と邪見は庵を出た。
セカセカと先を急ごうとする邪見に弥勒が歩きながら話し掛ける。

「それにしても綺麗になりましたな、りんは。殺生丸が三日おきに村まで来る筈です」

「アン? 法師よ、何が云いたいんじゃ?」

「イエ、殺生丸も気が気ではないのだろうと思いまして」

「何でじゃ?」

「だってそうでしょう、邪見殿。先程も申しましたように、りんは、こんな田舎には勿体ないような美少女です。おまけに、益々、綺麗になってます。だからこそ、殺生丸が頻繁に村に来て威嚇と牽制を繰り返しているんでしょう。りんを何処ぞの馬の骨に取られないように。アア、勿論、りんに逢いたい気持ちが一番でしょうが」

「フン、判っておるのなら、いちいち言うな」

道が二股に分かれた部分に出た。
そこで弥勒と邪見は分かれ、それぞれの帰途についた。
邪見は主の許へ、弥勒は珊瑚と子供達の待つ家へと。
薄暗くなりかかった夕暮れの道を歩く弥勒を迎えに来た者がいた。
真紅の童水干が、そのまま赤い夕焼けに溶け込むような青年の姿。
長い白銀の髪が夕日に照らされキラキラ輝いている。
犬夜叉である。
両腕には小さな女の子が二人抱っこされていた。
弥勒の双子の娘達、茜(あかね)と紅(くれない)である。
二人とも遊び疲れたのか犬夜叉の腕の中で気持ち良さそうに寝ている。

「遅えぞ、弥勒。珊瑚に頼まれて迎えにきた」

ぶっきらぼうな物言いが如何にも犬夜叉らしい。
その癖、子供達を抱く手付きは、とても優しい。

「ああ、遅くなって済まない、犬夜叉。一人、こちらに貰おう 」

弥勒が双子の片割れ、茜を左腕に抱きかかえた。
腕に感じる重みが子供の成長を実感させる。

「早いものだな。茜と紅は、もう二歳になる」

「やんちゃで困るぜ。その内、今は赤ん坊のあいつも歩き回るようになる」

弥勒の三人目の子供、長男は、つい先頃、生まれたばかりだ。
何時も、母の珊瑚の背におぶわれている。
祖父が奈落から掛けられた風穴の呪いは三代にわたり弥勒の一族に祟(たた)ってきた。
弥勒の右手にも三年前まで風穴があった。
次第に大きくなる風穴は最後には本人まで呑み込んでしまう。
祖父も父も、そうして死んだ。
骨ひとつ残さずに。
奈落を倒さない限り風穴の呪いは解けない。
過酷な宿命を我が子にまで負わせたくない。
そうした思いと同時に限りない憧れが弥勒の中に存在してきた。
奈落が倒され風穴の呪いが解けた今、弥勒は愛する妻と子供達を得た。
嵐を乗り越え凪(なぎ)の海にたゆたうかのような穏やかな日常。
毎日、弥勒は神仏に感謝する。
こうした何の変哲もない幸せを。
だからこそ、この頑固だが心優しい半妖の友にも幸せになって欲しかった。
陽が完全に落ちた。
一番星が夜空に瞬(またた)く。
空を仰いで弥勒は祈った。

(思いが時を越えるものなら・・・・どうか、この願いを聞き届けてください。お戻り下さい、かごめさま。犬夜叉は今も貴女を待っています。貴女と犬夜叉は運命の一対です。魂と魂が呼び合うはずです。南無八幡大菩薩)

数日後、奇跡は起こった。
ごく当たりまえの晴れて穏やかな春の一日だった。
そよ風に混じった微かな匂い。
それだけで充分だった。
犬夜叉は骨喰いの井戸に走った。
雷鳴のように打ち付ける鼓動を抑え付け井戸の中に手を伸ばす。
握り返す柔らかな温かいかごめの手。
三年にわたる犬夜叉の切なる願いが叶った瞬間だった。    了


 

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『早蕨(さわらび)⑤』

先程からジッと考え込んでいた楓が、ふと真顔になった。
考えが纏(まと)まったらしい。
何かを確かめるかのように楓が弥勒に訊ねた。

「りんと殺生丸の出会いには鉄砕牙が関係していると聞いておるが、法師殿、真(まこと)か」

「ハイ、殺生丸が風の傷を受けたのが切欠と思われます。あの時、天生牙が結界を張って殺生丸を守り今では廃村となった村の外れの森に運んだようです。その後、鋼牙が狼どもを率いて、その村を襲ってます。その際、りんも狼どもに噛み殺されたのでしょう。これまでに聞いた事から判断して、まず、間違いないと思われます。」

当時の状況を思い返して邪見が興奮して話し出す。

「あの時は、もう、どんなに心配したことか。阿吽に乗ってアチコチ殺生丸さまを捜しまわったわい。やっと見つけ出した時、殺生丸さまは大怪我を負われて血塗れで、わしゃ、胆が潰れるような思いをしたんじゃっ!」

微に入り細を穿(うが)つ邪見の説明は続く。

「妖鎧の前立ては崩れ落ち、お召し物もボロボロで、それは酷い有様じゃった。それにも拘らず起き上がられ急に或る方向に向かって歩き出されたんじゃ。付き従っていくと狼どもが何かに集(たか)っておるのが見えた。それが、りんじゃ。狼に噛み殺されておった。餌にされたんじゃろうな。まだ喰い足りないのか、狼どもめ、りんの亡骸(なきがら)に未練たっぷりじゃったが、殺生丸さまのひと睨みで逃げていきよった。そのまま踵(きびす)を返そうとした殺生丸さまが、何を思われたのか、亡骸に向き直って天生牙を抜き放たれた。そして、虚空に向かって天生牙を振るわれたんじゃ。何かを斬られたのは確かじゃ。音がしたからな。その後、殺生丸さまは、りんを右腕で抱きかかえられ様子を窺(うかが)っておられた。すると驚いたことに、りんが息を吹き返したんじゃ。わしゃ、吃驚仰天(びっくりぎょうてん)したぞ。あっ、あんなに人間を嫌っておられた殺生丸さまが人間の小娘を助けられたんじゃからな。あの頃は、何故、殺生丸さまが、あんなみすぼらしい人間の小娘に関心を持たれたのか、とんと見当がつかなんだが・・・・。わしが必死になって殺生丸さまを捜し回っておった数日の間、何が起こっていたのか。りんに問い質してもサッパリ要領を得んし。ともかく、余人には窺い知れぬ何かが有ったんじゃろうな」

邪見の後を引き継ぐように今度は弥勒が話し始めた。

「その後、殺生丸は鉄砕牙の代わりに闘鬼神を手に入れたんですよね。殺生丸の完全なる大妖怪の力に目を付けた奈落は、卑怯にも、りんを人質に己の結界に誘い込みました。殺生丸を自分の中に取り込む為です。奈落の目論見は、幸いにも叶いませんでしたが。犬夜叉が赤い鉄砕牙で結界を斬りましたからね。以来、殺生丸に取っても奈落は宿敵となります。それも、恐らくは自分を取り込もうとしたせいではなく、りんを琥珀に殺させようとしたからでしょう。兄弟揃って同じ敵を付け狙うようになったのです。白霊山でもそうでしたが、あの世の境でも同様でした。その後、奈落を裏切った分身の赤子が操る魍魎丸との戦いにおいても、結果的には協力する形になってます。魍魎丸との戦いで闘鬼神を失った殺生丸は今度は冥道残月破という新たな技を手に入れます。あれは刀々斎殿が天生牙を打ち直したからでしたよね、邪見殿」

「アア、そうじゃ。魍魎丸との戦いで闘鬼神を失ったのは、さしもの殺生丸さまにも相当堪えたんじゃろうな。海辺で独り黄昏(たそがれ)ておられたわ。そんな時、いきなり刀々斎が現われて天生牙を持ち帰ったんじゃ。武器として打ち直すと云うてな。当初は細い三日月のような形の冥道じゃったが、以前、話したように冥界での戦闘を切欠に、大分、真円に近くなった。そして皮肉なことに真円になった途端、何の因果か、犬夜叉に譲る羽目になったんじゃ」

「殺生丸に取っては、さぞかし業腹(ごうはら)だったでしょうな。あれ程、苦労して育てた技を譲り渡さねばならないとは」

殺生丸の心情を察して話す弥勒に邪見が噛み付く。

「当たり前じゃろうが。鉄砕牙を望めども手に入るどころか左腕は斬られるわ、風の傷は喰らうわ、代わりに手に入れた闘鬼神は失うわと散々な目に遭われたのじゃ。そしたら役立たずと思っていた天生牙が思いがけず武器に変わったんじゃ。冥道残月破を手に入れられた殺生丸さまが、どんなに精進されたことか。それなのに犬夜叉なんぞにポイとくれてやらなければならんとは。骨折り損のくたびれ儲(もう)けではないか」

「確かにそうですが、そうすることによって殺生丸は爆砕牙と左腕を得たのですよ。結果的には良かったじゃありませんか。ねえ、邪見殿」

「頭では、そう納得しても感情的に収まらんのじゃ」

「まあまあ、そういきり立たず理性的に考えてみましょう。冥道残月破は確かに凄い技ですが、爆砕牙には遠く及びません。だって、そうでしょう。犬夜叉が冥道残月破を撃ったとしても一度に片付けられる敵の数は高(たか)が知れてます。精々、妖怪百匹あたりが良い所でしょう。それに比べ爆砕牙は一度(ひとたび)振るえば千もの敵を屠(ほふ)ることが可能です。殺生丸が、その気になれば、もっと多くたって平気の平左でしょう。それに数だけでは有りません。一旦、爆砕牙の攻撃に晒(さら)された対象を取り込めば無傷の敵さえ破壊されてしまうという怖るべき特性を持ってます。神の怒りその物のような刀です。あんな刀を滅多な者が持って良い訳がありません。そう、天に選ばれた存在にしか持てない刀ですよ、爆砕牙は。殺生丸が奈落との最後の戦いに加勢してくれて本当に助かりました。私達だけで奈落を倒すことは、まず、不可能だったでしょうから。爆砕牙の驚異的な力無くしては」

「ムムッ、そっ、そう思うか、法師よ」

弥勒の言葉にチョッピリ気を良くした邪見が問い掛ける。

「ハイ、邪見殿も、実際に目にして御存知のように奈落は何千、イヤ、何万もの妖怪を己の中に取り込んでいました。無尽蔵といっても可笑しくない程の膨大な質量です。そんな奈落を葬るには、どうしても殺生丸の爆砕牙が必要でした。尤も、それを知っていたからこそ曲霊(まがつひ)が、りんに憑依して奈落の体内に連れ去ったんでしょうけどね。殺生丸の持つ二振りの剣、天生牙と爆砕牙を封じる為に。曲霊は天生牙を怖れていました。奴は、四魂の玉から出て来たこの世の者ならぬ悪霊ですからね。天生牙だけが奴を斬ることが出来ます。そして、爆砕牙、あの剣が振るわれれば奈落に勝ち目は有りません。だからこそ、殺生丸に取って唯一の弱点、りんを拉致したのです。りんを救出しない限り、絶対に、殺生丸は爆砕牙を振るえない。相手の弱点を掴むことに長(た)けた奈落らしい卑怯なやり方です。それに戦っている最中は夢中で気が付きませんでしたが。今にして思い返してみると・・・・。どうも奈落は自分の最期を悟っていたのではないかと思えてならないのです」

「奈落がかぁっ?!」

邪見が素っ頓狂な声を上げた。

「法師殿、そう考える根拠は?」

楓が弥勒に訊ねる。

「爆砕牙の出現と四魂の玉の完成です。奈落は鬼蜘蛛を核に無数の妖怪どもが融合して誕生した半妖です。鬼蜘蛛の心は桔梗さまを望み、妖怪どもは四魂の玉を。奈落は相反する望みを同時に持つ存在でした。その為、桔梗さまを慕う人間の心を一度、体外に出した程です。楓さまも御存知でしょう、あの顔のない男、無双です。しかし、時期が早すぎたのか、再度、奈落は無双を体内に取り込んでいます。そして、遂に白霊山で鬼蜘蛛の心を分離させてます。その後で桔梗さまを瘴気の谷に落とし込んだのです。しかし、桔梗さまは死ななかった。それどころか、奈落の支配下から逃げ出した琥珀を連れ歩き、琥珀の四魂の欠片を使って奈落を滅ぼそうとされました。奈落が最も怖れていたのは桔梗さまの霊力です。分身の赤子が操る魍魎丸を再び取り込んだ奈落は蜘蛛の糸の計略を使って桔梗さまを絡め取りました。そして、遂に器を壊し桔梗さまの魂を今生(こんじょう)から葬り去ったのです。あの時、私は確信しました。奈落は鬼蜘蛛なのだと。何故なら、奈落は犬夜叉に攻撃され自分の身が危うくなるまで桔梗さまを抱きしめて離そうとしなかったのです。あれは恋敵に愛しい女を奪われまいとする男の執着その物でした。桔梗さまの魂が今生から去った以上、奈落の望みは四魂の玉の完成だけとなりました。曲霊(まがつひ)の協力もあって琥珀から欠片を奪い、遂に奈落は四魂の玉を完成させました。では、その先は?何も無かったのではないでしょうか。奈落の、イエ、鬼蜘蛛の本当の望みは桔梗さまを得ることでしたから。四魂の玉は、ついででしか無かったのです。桔梗さまが今生にいらっしゃらないのなら、もう何の望みも有りません。鬼蜘蛛が奈落なら虚しさしか感じなかったのではないでしょうか。本当の望みは決して叶わなかったのですから。それに爆砕牙の出現が有ります。奈落に取って犬夜叉の冥道残月破は大して脅威ではなかった筈です。奈落は無尽蔵に近い質量を持っていましたから。しかし、爆砕牙となると話は違います。あの、一旦、攻撃を受けた対象を悉(ことごと)く破壊してしまう怖るべき特性。如何な奈落といえども爆砕牙を振るわれては、どう足掻いても助かりません。それが判っていながら奈落は最後の戦いを仕掛けて来ました。まるで己の死期を悟ったかのように。イヤ、寧ろ、自分の死を演出したのです。最後の最後まで我々をきりきり舞させ、挙句、自分の死と引き換えに、かごめさまを冥道に攫(さら)う段取りまで付けていたのです。実に怖るべき執念です」

※『早蕨(さわらび)⑥』に続く


 

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『早蕨(さわらび)④』

「桔梗さまは奈落の蜘蛛の糸の姦計によって仮初めの体を壊されました。魂を今生に留めておけなかったのです。元々、死者の魂ですから、在るべき世界に戻られました。ですが、私は桔梗さまは甦るべくして甦ったと考えるのです。だって、そうじゃありませんか。もし、桔梗さまが甦らなかったら琥珀は生きていなかったでしょう。それに、桔梗さまが救った多くの人々も。何より、犬夜叉との決別も有り得なかったでしょう。どう考えても桔梗さまに対し天が特別の慈悲を示されたとしか思えないのです」

弥勒の考えに楓が賛同した。

「法師殿のいう通りかもしれんな。五十年前の桔梗お姉さまと犬夜叉は文字通りの殺し合いをした。言葉を交わすこともなく互いに憎み合って。子供心に刻み付いているのは血だらけのお姉さまと破魔の矢に射抜かれた犬夜叉の姿。余りにも傷ましい場景だった。思い合っていたはずの二人が、何故、あんなにも哀しい結末を迎えねばならなかったのか。その疑問は、わしの心にズッとわだかまり決して消えなかった。だが、わしも老いた。このまま、真相は闇の中に埋もれたまま消えていくのだろうと思っていた.。そんな矢先、かごめが現われたのだ。桔梗お姉さまの面差しを宿した娘、まさかと思ったが、すぐさま犬夜叉が覚醒した。そして、かごめの体内から出てきた四魂の玉。もう、間違いなかった。かごめは桔梗お姉さまの生まれ変わりだった。だからこそ犬夜叉を封印していた桔梗お姉さまの破魔の矢を消滅させることが出来たのだ」

「その時ですか、楓さまが言霊の念珠を犬夜叉の首に掛けたのは」

「アア、犬夜叉の馬鹿が、かごめを爪で引き裂こうとしておったのでな。全く、封印を解いてもらったというのに有り難がるどころか恩を仇で返そうとするなど漢(おとこ)の風上にも置けん。だが、封印から目覚めたばかりの犬夜叉は裏切られたという思いで一杯だったはず。かごめは桔梗お姉さまに瓜二つだ。怒りを抑え切れなかったのも無理はない。」

「それで、あの『お座り』は楓さまが考えられたので?」

「イヤ、あれは、かごめだ。とにかく犬夜叉を鎮める為の言葉なら何でも良かったのだ」

弥勒と楓、二人の会話に合点が行かない邪見が口を挟んできた。

「さっきからゴチャゴチャ話しておる『お座り』とは何の事じゃ?」

「アア、これは失礼。邪見殿は、この事についても御存知ありませんでしたね。犬夜叉が首に掛けている数珠が有りますでしょう。あれは言霊の念珠といって楓さまの霊力が込められているのです。犬夜叉は直ぐにカッとなりやすい性質(たち)なので、それを止める為の道具です。かごめさまが「お座り」というだけで、犬夜叉が、どんなに抵抗しても地面に引き摺り倒されてしまうのです。とはいえ、かごめさまが居ない現在、唯の数珠になってしまってますが」

「フン、つまり、犬を躾(しつ)ける為の道具だな」

「ハハハ・・・そう云ってしまっては身も蓋もありません。とはいえ、犬夜叉は化け犬と人間の間に生まれた半妖ですから邪見殿のいう事も強(あなが)ち間違ってはおりませんな」

「法師殿、わしは、かごめが居なくなって二年ほど過ぎた頃、犬夜叉に聞いたことが有るのだ。言霊の念珠を外してやろうかと」

「犬夜叉は外そうとはしなかったのですね、楓さま」

「アア、あの念珠には、かごめの思い出が一杯詰まっていると云ってな。もし外したら、かごめとの絆が切れてしまうと思っているのかも知れん。言霊の念珠をしている限り、かごめと繋がっていると信じておるのだろう」

「かごめさまの世界は、この時代から五百年後と伺っております。気が遠くなるような時間の先にあるのですね。四魂の玉が、かごめさまを無理矢理この世界に引き摺り込みました。そして、四魂の玉の消滅と共に犬夜叉とかごめさまは、それぞれ自分の属する世界に戻されました。奈落が滅され私の風穴は消えました。桔梗さまの光のお陰で琥珀も生きてます。でも、桔梗さまの願いは、どうなったのでしょう。あの方の真の望みは犬夜叉と共に生きることだった筈です。それなのに生まれ変わりのかごめさまは元の世界に戻されてしまいました」

「試されておるのかも知れんな、法師殿。犬夜叉とかごめが心から共に生きたいと願っているのか。お主と珊瑚が共に生きたいと命がけで願ったように」

「やはり天の意思にですか」

「アア、犬夜叉とかごめの場合はお主と珊瑚に比べ遥かに難しい。かごめは全く別の時代に生まれ育った娘だ。犬夜叉と共に生きるという事は、かごめが、これまで生きてきた自分の世界、家族を捨てる事を意味する。それほどの犠牲を払ってまでも犬夜叉と生きたいと、かごめは願わなければならんのだ。恐らく,、犬夜叉とかごめ、二人の願いが完璧に一つにならなければ望みは叶わんのだろう」

「・・・・辛い選択ですね、かごめさまに取って」

「そうだな、だが、かごめが自分の世界を選んだ場合も辛いだろう。二度と犬夜叉に逢うこともなく元の世界で生きていかねばならんのだからな。どちらを選んでも辛い。ならば己の心が真に欲する側を選ぶしかあるまい」

「選ぶといえば、楓さま、りんも、いずれ選ばねばなりませんね」

深刻になり過ぎた話題の方向を変えようとして弥勒が誘い水を向けた。

「なっ・・・りんが何を選ぶと云うんじゃ!」

案の定、邪見が喰いついて来た。

「だって、そうじゃありませんか。後数年もしたら、りんもお年頃。相手を決めなければなりません。今でさえ並々ならぬ器量良しです。その上、りんは気立ても良い。数年後には、きっと求婚者が鈴生(すずな)りでしょう」

「ばっ、馬鹿者!りんが、そこらの人間の男などとひっつく訳がなかろう。りんは殺生丸さまと一緒になるんじゃっ!」

「まあまあ、邪見殿。そう熱くならずに。選ぶのはりんですから」

弥勒は完全に邪見をおちょくって楽しんでいる。

「フン、そんじょそこらの人間なんぞに殺生丸さまが負ける筈がないわっ!」

「法師殿、邪見をからかうのは、それくらいにしておきなされ」

楓が、やんわりと弥勒を制止する。

「なっ、な・・・・法師、貴様、わしをおちょくっておったのか」

「ハハハ、すみません。邪見殿が余りにも狙った通りに反応して下さるので、ついつい。それに、この三年間の殺生丸のりんに対する態度を見ていれば誰の目にも一目瞭然でしょう。完全に幼い許嫁(いいなずけ)の成長を待つ男のそれではありませんか。あれ程のご執心を見せ付けられては、りんに言い寄ろうとする輩など出て来る訳がありません。それにしても凄い変わりようですな。以前は人間など虫けら同然にしか思っていなかった御方が、今や、頻繁に人里を訪れている。イヤハヤ、愛の力は実に偉大です」

※『早蕨(さわらび)⑤』に続く

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『早蕨(さわらび)③』

りんが楓に預けられて、かれこれ三年になる。
殺生丸が村を訪れる度、当然、邪見も供をしてくる。
訪問の都度、持参される土産は多岐にわたり老女と童女の生活を彩ってきた。
庵の中に置かれている物は土産のほんの一部でしかない。
余りにも量が多い為、残りは庵の後ろに小屋を建て収蔵してあるのだ。
贅沢な着物や帯、飾り紐、櫛、見事な家具調度が、りんに対する殺生丸の愛情を物語る。

「ン~~~そうじゃな。殺生丸さまが、いきなり、りんを楓に預けると聞いた時、わしゃ吃驚仰天したぞ」

元々、口が軽い性分の邪見である。
一旦、話をふられれば聞かれずともペラペラ喋り出す。

「あの時は、もう、犬夜叉が骨喰いの井戸から戻ってきてましたね、楓さま」

「アア、そうだったな、法師殿。かごめを連れずにな」

「そうじゃ、何故、かごめは戻ってこなかったんじゃ? 冥道に呑み込まれてしまったんか?」

詳しい経緯(いきさつ)を知らない邪見が、ここぞとばかりに両人に訊ねてきた。
かごめの失踪、それは邪見ならずとも周囲の誰もが抱いていた疑問であった。
しかし、当の犬夜叉が、何が有ったのか話すのを頑として拒み続けてきた。
そうする内に“かごめの消息”を尋ねようとする者は誰もいなくなった。
結果、『謎』のまま放置されてきたのであった。
つい先日、犬夜叉が楓に重い口を開くまでは。
好奇心の強い邪見の疑問に弥勒が応じた。

「実は、邪見殿、その事について、先日、やっと、犬夜叉が冥道の中で何が有ったのか楓さまに話してくれたのですよ」

「本当かっ、それで、かごめは、どうなったんじゃ?」

性急に答えを求める邪見に対し楓が慎重に考えを纏めながら話し出した。

「それがな、かごめは自分の世界に戻ったらしいのだ。邪見、お主も聞いていよう。かごめが骨喰いの井戸を通って別の世界から来たことは」

「まっ、まあな、殺生丸さまのお供をして長い間アチコチ見て回ったが、あんな奇妙奇天烈な格好をした者は一人も居らんかったからな」

「奈落の最後の時、側に四魂の玉が有っただろう。かごめの破魔の矢に串刺しにされて。奈落が滅した直後に冥道が開き、かごめを呑み込んだ。そして四魂の玉も消えた。イヤ、それだけではなかったな。骨喰いの井戸まで同時に消えた。犬夜叉は黒い鉄砕牙を振るい冥道を出現させ、自ら、冥道の中に飛び込んでいった。かごめを追う為にな」

ズズ~ッ、楓の説明に白湯を啜(すす)りながら邪見が口を挟む。

「そこまでは知っておる。わしも、あの時、その場に居ったからな」

「そうだったな。先を続けよう。犬夜叉が追っていった冥道は四魂の玉に通じていた。かごめは四魂の玉の中に囚われていたのだ。奈落が最後に四魂の玉に掛けた願い、それは、かごめを四魂の玉の中に取り込む事だったのだ。すると玉の中で死んだ奈落も甦る。そして、それまで玉の中で戦い続けてきた翠子と妖怪どもと同じように、かごめと奈落も戦いを繰り返すという仕掛けだ。永遠にな」

「なっ、何とっ!それにチョッと待て、楓。今の話に出て来た翠子とやらは何者なのだ。わしは聞いたことが無いぞ」

驚愕し同時に質問する邪見に、今度は弥勒が説明を始めた。

「そうでした、邪見殿は御存知なかったのですね。では、私からご説明しましょう。翠子については私の方が詳しいですから。それには、まず四魂の玉が、どのようにして、この世に現われたのかをお話しなくては。今を溯(さはのぼ)る事、数百年前、貴族が、この国を支配していた時代です。当時は天変地異が頻発し世は乱れていました。所謂(いわゆる)、乱世です。戦や飢饉のせいで大勢の人が死にました。そして、そういう世の中には妖怪が出現しやすい。当然、そうした妖怪を退治しようとする者が出てきます。胆力の優った武将や法力のある僧侶など。中でも巫女の翠子の能力はずば抜けていました。何しろ一度に十匹もの妖怪を滅する霊力を持っていたのですから。その霊力を怖れる妖怪どもは翠子を亡き者にせんと狙い始めたのです。しかし、単に襲っても浄化されてしまう。ですから妖怪どもは翠子の霊力に対抗する為の手段を模索しました。その結果、見つけ出したのが邪心を持った人間を“繋ぎ”に使い多くの妖怪どもが一つに固まる方法です。当時、翠子を秘(ひそ)かに慕っていた男がいました。その男の心の隙につけ込んで妖怪どもは取り憑いたのです。そして融合し巨大化した妖怪どもと翠子との戦いは七日七晩も続きました。遂に力尽きた翠子は身体を喰われ魂を吸い取られそうになりました。その時、翠子は最後の力を振り絞って妖怪の魂を奪い取って自分の魂に取り込み体の外に弾き出したのです。妖怪も翠子も死にました。しかし弾き出された魂の塊りは残りました。それが四魂の玉なのです」

「フ~~ムッ、翠子とやらが四魂の玉の生みの親だという事は判った。じゃが、何故、かごめと奈落が四魂の玉の中で闘い続けねばならんのだ?」

邪見の疑問に今度は楓が答える。

「かごめが、五十年前に亡くなったわしの姉、桔梗お姉さまの生まれ変わりだからだよ、邪見。お姉さまも翠子のように並外れた霊力の持ち主だったのだ。それが故に四魂の玉の浄化を託されていた。当然、翠子の時と同じように四魂の玉を狙う妖怪どもは、お姉さまを殺したがっていた。あの頃、桔梗お姉さまが秘かに洞穴に匿(かくま)っていた野盗がおった。本来ならば、そんな危険な男を匿うはずもなかったが、奴は全身に火傷を負い手足の骨が砕け歩くことすら出来なかったのだ。その男に妖怪どもは目を付けた。何故なら、そ奴、鬼蜘蛛は桔梗お姉さまに、おぞましい程、激しい妄執を抱いていたからな。そして、鬼蜘蛛の邪心を繋ぎに妖怪どもが一つとなって生まれたのが“奈落”なのだ」

「ゲエッ!まるで四魂の玉が出現した時とソックリ同じではないか」

奈落誕生の経緯(いきさつ)を知り驚く邪見に、弥勒は、更に、もう一つの事実を付け加える。

「そして、桔梗さまと犬夜叉は恋仲だったのですよ、邪見殿」

「さっ、三角関係か?!」

「とは云っても桔梗さまと犬夜叉は両思いでしたから、この場合、鬼蜘蛛は邪魔者以外の何者でもありませんでした。しかし、結果的に嫉妬の念が奈落をして桔梗さまと犬夜叉を引き裂く姦計を謀(はか)らせたのです。実(げ)に怖ろしきは男の嫉妬というべきですな」

何かが邪見の脳裏に引っかかった。
五十年前、風の噂に聞いた犬夜叉の封印、それは、もしかして・・・・

「チョッ、チョッと待て、法師。では、五十年前、犬夜叉が封印されたのは桔梗とやらの仕業なのか。そして、そうなるように仕組んだのが奈落だと」

「ハイ、ご明察です、邪見殿」

「ムムゥ~~ッ、だからなのか、奈落と犬夜叉が、ああも激しく啀(いが)み合っていたのは。恋敵だったのだな。そして、かごめは桔梗とやらの生まれ変わり。フム、成る程、奈落が桔梗に、それ程、激しく執着していたのなら、かごめを、犬夜叉から奪おうと考えるのも当然じゃろうな」


※『早蕨(さわらび)④』に続く

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『早蕨(さわらび)②』

「正直な話、判らん。・・・・実はな、法師殿、先日、犬夜叉がフラリと立ち寄って、わしと話をしていった。その時、冥道の中で何が起こったのか話してくれたのだ」

「そうですか。やっと話してくれましたか。楓さま、差し支えなければ、あの時、何が起こっていたのか詳しく教えて頂けませんか」

「ウム、実はな・・・・」

そして、弥勒は老女の口を通して初めて三年前、冥道の中で何が有ったのかを知った。

「そんな事が・・・・。そうだったのですか。犬夜叉が話したがらないのも無理はありません。辛かったでしょうな。犬夜叉は、かごめさまを、それは大切に思っていましたから」

「かごめは四魂の玉とともに現われた。そして玉の消滅とともに、この世界から去っていった。終わってしまったのかも知れないな。かごめの、この世界での役割は・・・・」

「役割が終わった。だから、かごめさまは、もう、こちらに戻ってこない。楓さまは、そう思われるのですか」

「法師殿なら、どう考える?」

「四魂の玉の消滅について考えるなら、確かに、楓さまの云う通りでしょう。ですが、かごめさまの役割はそれだけとは思えないのです。まだ、何か残されているような・・・・そんな気がしてなりません。尤も、私にしても確信が有る訳ではありませんが、そう考えなければ犬夜叉が気の毒です。桔梗さまを喪い、その上、かごめさままで。二人も愛する女性を立て続けに失うなど残酷過ぎます。」

「そうだな、そうであって欲しい。法師殿、犬夜叉は今も諦めてはおらんのだ。七宝が教えてくれたのだが、あ奴、この三年間、三日に一度は骨喰いの井戸に入っておったらしい」

「何と、三年間、欠かさず三日に一度ですか。・・・凄まじい執念ですな」

「それでも逢えんのだ」

「楓さま、近頃、私はこう考えるようになったのです。全ては天の意思に導かれているのではないかと」

「天の意思、つまり神仏の導きという事かな」

「ハイ、四魂の玉が意図的に歪めた“時の流れ”を修復する為に、天の意思が、かごめさまを、こちらの世界に呼び寄せたのではないかと思えるのです」

「フム、かもしれんな。法師殿、お主の考えを聞かせてもらおう」

「まず、かごめさまが骨喰いの井戸から現われた途端、犬夜叉が目覚めました。そして、四魂の玉が、かごめさまの体内から現われました。それと同時に犬夜叉の封印が、かごめさまによって解かれてます。これは、到底、偶然とは思えません。この一連の出来事は人知を越えた力が介入していると考えざるを得ないのです。かごめさまを、こちらの世界に呼び寄せたのは実際には四魂の玉の力かも知れませんが、その奥には、更に大きな力、天の意思が働いているように思えてならないのです。それに、桔梗さまが甦った事についても」

「お姉さまが甦ったのも天の意思と?」

「ええ、桔梗さまは、鬼女、裏陶の妖術で甦ったと聞いております。霊骨と墓土から焼き上げた仮初めの体に魂を呼び込んで。その魂にしても、かごめさまの魂から分離した物と聞きます。つまり、かごめさまがこちらの世界に来なければ、桔梗さまが甦る事も無かったのです」

「確かに。法師殿の云う通りだな」

「そこに私は天の意思を感じるのです。奈落が誕生した経緯(いきさつ)は四魂の玉が出現した時の状況その物です。昔の因果そのままに繰り返される悲劇。しかし、かごめさまが現われたことによって今迄にない現象が次々と起こり始めました。四魂の玉が砕け散ったのも、その一つです。楓さま、これまで、そんな事態が生じたと聞いた覚えがお有りですか?」

「無いな。四魂の玉が、人から人、妖怪から妖怪へと所有者が移り変わったとは聞いておるが、砕け散ったとは一度も聞かなんだ」

「その砕け散った四魂の欠片を集める過程において私と七宝、珊瑚と雲母は、犬夜叉とかごめさまに出逢いました。これも四魂の玉が現われた時とは大きく違ってます。それに桔梗さまの事があります。甦ったばかりの頃、桔梗さまは犬夜叉に対する怨みの念、陰の気に囚われておいででした。しかし、五十年前の悲劇の真相を知った桔梗さまは次第に本来の巫女の使命に目覚めていかれます。奈落と四魂の玉の消滅に向けて。桔梗さまほど深い慈悲心に満ちた御方は他にいらっしゃいません。珊瑚の弟、琥珀の存在こそが、その証(あかし)です。もし、桔梗さまが御自分の使命のみで動かれる御方だったら・・・・。今頃、琥珀は生きていなかったでしょう。奈落の消滅という御自分の最大の悲願を差し置いてまで琥珀の命を生かして下さった。姉である珊瑚の気持ちを思うと、我々夫婦は、桔梗さまに、どんなに感謝しても足りません。この私にしても桔梗さまには奈落の瘴気を治療して頂き並々ならぬ御恩があります。桔梗さまは、既に、この世にいらっしゃらない。ですから、桔梗さまの妹である楓さま、貴女さまに御礼申し上げます。本当に有難うございました」

弥勒は床板に深々と頭を着け最高礼の御辞儀をした。

「法師殿・・・・」

老いた巫女の脳裏に、姉というよりも母のような存在であった女(ひと)の面影が甦る。
五十年の歳月を経ても、尚、記憶は先日のように鮮やかだった。

(ああ、お姉さま・・・・)

子供心に、美しく気高い姉が、どんなに自慢であったことか。
己のことは、一切、顧みず人々の為に尽力し続けた徳高き巫女であった。

「頭を上げて下され、法師殿。そう伺って、わしも、どんなに嬉しいか」

「楓さま・・・・」

「お姉さまは、そういう方だった。気高く美しく・・・わしの中の思い出そのままに」

両者の感慨を乗せて炉辺に沈黙が見えない煙のように漂った。
明かり取りの窓から風に乗って柔らかな花の匂いがフワリと忍び込む。
ピピピ・・・・里に下りてきた小鳥達が楽しげに囀(さえず)り春の喜びを高らかに歌いあげる。
そんな長閑(のどか)な眠気を誘うような雰囲気が不意に破られた。
バサッ、入り口に掛けられた筵(むしろ)が、勢いよく開けられたのだ。

「オ~~~イ、居(お)るかあ~~~?楓~~~」

飛び込んできたのは見慣れた小妖怪の姿。
矮小な緑色の身体にキッチリ着込んだ水干、頭の上にチョコンと被った烏帽子が従者の身分を物語る。
殺生丸の随身(ずいしん)、邪見である。
右手には片時も手離さない人頭杖(にんとうじょう)と呼ばれる杖が握られている。
先端に翁と女の頭が付いた奇妙な杖である。
これは歴(れっき)とした妖道具で、イザとなれば火炎を吐き出し敵を一瞬で殲滅する武器となる。
左手にはワラビ、ゼンマイ、フキノトウなど山菜を山盛りにした籠が。
プンと取り立ての山菜の清々(すがすが)しい匂いが辺りに満ちる。

「これは、邪見殿。お久し振りです」

にこやかに弥勒が小妖怪に声を掛ける。

「ン~~~法師ではないか。ここで何をしとるんじゃ?」

「ハイ、のんびりと昔話に耽(ふけ)っておりました。その籠を見ると邪見殿は、お使いですか?」

「まあな、ホレ、早摘みの山菜に自然薯(じねんじょ)じゃ」

「何時も、すまんな、邪見」

楓が労(ねぎら)いの言葉を掛ける。
常日頃、尊大な主から、そんな言葉を掛けてもらった覚えのない邪見である。
内心、嬉しくない筈がない。
しかし、天邪鬼((あまのじゃく)な性分の邪見は素直に態度に出せない。
勢い、憎まれ口を叩く羽目になる。

「フッ、フン、貴様のような老いぼれ巫女に持ってきたのではないわ。りんに喰わせる為じゃっ!」

「ハイハイ、お使いの理由はそれくらいにして。邪見殿も一服されませんか。ネッ、良いでしょう、楓さま」

「ああ、勿論。どうだね、邪見、上がって白湯でも飲まんかね」

「ムッ、そうだな。そうさせてもらうとしようか」

邪見が炉辺に敷いてあった円(まる)い藁で編んだ座布団の上に置物のようにチンマリと座り込んだ。
斯くして炉辺の三方が埋まり座談は対話から談話へと移行した。
法師という職業柄、話を進めるのが上手い弥勒が会話の糸口を切った。

「それにしても早い物ですな。奈落を滅してから三年。りんが楓さまに預けられたのは、その直後でしたから、やはり三年になる訳ですね」


※『早蕨(さわらび)③』に続く


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『早蕨(さわらび)①』

岩走る 垂水(たるみ)の上の さわらびの 萌え出(い)づる春に なりにけるかも


志貴皇子(しきのみこ) 万葉集より出典


冬場は凍り付き音もなく静まり返っていた滝が蘇(よみがえ)る。
雪解け水が勢い良く岩場に流れ落ちる。
迸(ほとばし)る水の音は命の賛歌。
大地が目覚める。
樹々の新芽が、早蕨(さわらび)が顔を出す。
くすんだ焦げ茶色の中に潜む瑞々しい若葉の色。
硬直した世界に輝かしい色調が戻り始める。
日毎(ひごと)に明るさを増す陽射し。
時おり思い出したかのように冬の寒さが舞い戻りはするものの、春の踊るような行進を止(とど)めることは出来ない。
梅の花が綻び野山に霞が立つ。
早春の息吹きに満ちた光の中、僧形の男が一軒の庵(いおり)を訪れた。
墨染めの衣、紫の袈裟(けさ)、右手には錫杖(しゃくじょう)。
僧形ではあるが剃髪をしていない。
総髪のままだ。
それも、前髪を垂らし残りの髪は項(うなじ)の辺りで束ねている。
両耳に嵌められた耳礑(じとう)といい、益々もって普通の僧とは思えない。
僧は僧でも男は法師であった。
一般の僧侶に比べ戒律が緩(ゆる)い。
総髪も耳礑(じとう)も、その表れである。
法師の名は弥勒、村に住み着いている半妖、犬夜叉の仲間である。

「楓さま、いらっしゃいますか」

庵の中から老女が顔を出す。
楓に初めて会う者は、まず隻眼に驚かされる。
刀の鍔(つば)を眼帯にして右目に掛けているのだ。
異形の巫女である。
しかし、残った左目に宿る光は思慮深く、楓に対する村の者達の信頼は厚い。
事実、巫女の霊力は何度も村の危機を救ってきた。

「おお、法師殿ではないか。暫(しばら)く顔を見なんだが珊瑚は元気か?」

弥勒の妻、珊瑚は、つい先頃、三人目の赤子を産み、そのお産を助けたのが巫女の楓であった。

「はい、その節は大変お世話になりました。産後の肥立ちも良く息子ともども元気にしております」

「そうか、そうか、それは良かった。何はともあれ中に入って白湯(さゆ)でも飲みなされ」

「はい、お邪魔します」

一見、何処にでもありそうな粗末な庵。
だが、中に入れば見事な家具調度に目を奪われる。
李朝の白磁の壺、白檀(びゃくだん)の箪笥(たんす)、唐(から)渡りの青磁の椀、衣桁(いこう)に掛けられた小袖は蝶が舞い飛ぶ縞模様の紬(つむぎ)。
都ならイザ知らず、よもや、こんな田舎で目にしようとは夢にも思わない贅沢な品々。
目利きが見れば、イヤ、素人目であっても、一目で、とんでもなく高価な物ばかりだと看破(かんぱ)するのは間違いない。
どれもが大名屋敷にあっても可笑しくないような逸品揃いである。
そんな上物が、至極、無造作に置かれているのである。

「おや、りんは何処に?」

弥勒が楓の養い仔の姿を探す。

「アア、例によって、あの御仁がおいでなのでな」

「ハハァ、殺生丸ですか。それにしても、律儀(りちぎ)なことで。前回、村に来たのが、確か四日前。キッチリ三日おきの訪問ですな。」

「そうさな、いくら逢いに来るとりんに約束したとはいえ・・・・。イヤハヤ、判で押したような几帳面さだ」

「殺生丸が村に来る度、娘達は気も漫(そぞ)ろでソワソワと落ち着きがなくなります。困った物です。今では誰も私に見向きもしません。これでも、以前は、結構、女子(おなご)に人気があったのですが」

「仕方あるまい。独り者ならイザ知らず、今では妻帯して三人もの子持ちの身。それに、法師殿、お主、今の境遇に満足しておろう」

「そうですね。確かに」

フッと弥勒が柔らかく微笑む。
恋女房の珊瑚のことでも思い出しているのだろう。

「独り者といえば、法師殿、犬夜叉はどうしておる?」

「犬夜叉ですか。相変わらず元気ですよ。この頃は我が家の双子にオモチャにされてます。あの犬耳が甚(いた)くお気に入りのようで」

「そうか。かごめも、あの犬耳が気に入っておったな」

楓の脳裏に懐かしい少女の面影が甦る。

「楓さま、かごめさまは、もう戻ってこないのでしょうか?」

弥勒は、かごめが冥道に消えたあの日以来、抱き続けた疑問を老いた賢い巫女にぶつけてみた。
かごめは、或る日、突然、骨喰いの井戸を通って現われた不思議な少女だった。
五百年後の世界から来たという。
信じられないような話だったが、かごめは体内に四魂の玉を持っていた。
それは、かごめが楓の亡き姉、桔梗の生まれ変わりだという動かし難い証拠だった。
かごめの出現に呼応するように犬夜叉が五十年の封印から目覚めた。
同時に次から次へと厄介な事件が続出した。
まず、四魂の玉が、かごめ自身の破魔の矢によって砕け散ってしまった。
そこから必然的に犬夜叉とかごめによる四魂の欠片捜しの旅が始まった。
四方八方に四魂の玉が砕け散ったせいで欠片の争奪戦がアチコチで始まりだした。
人と人、人と妖怪、或いは妖怪同士の間で、欲が欲を呼び、おぞましい所業が繰り返される。
そして、信じられない事態が出現した。
何と、鬼女、裏陶(うらすえ)が、四魂の欠片を集めさせる為、五十年前に亡くなった桔梗を甦らせたのだ。
本来、有ってはならない過去世(桔梗)と来世(かごめ)が現世(戦国時代)において遭遇してしまったのだ。
犬夜叉と桔梗が再会したが為に次々と明らかになっていく驚愕の事実。
複雑に絡み合っていた謎が解き明かされていく。
徐々に見えてくる真実。
遂に、五十年前の悲劇の真相が判明した。
洞穴に匿(かくま)われていた夜盗、鬼蜘蛛が桔梗に寄せる妄執と四魂の玉を狙う妖怪どもの思惑、両者の利害が結びつき、その結果、鬼蜘蛛の魂を核に数多の妖怪が一つになって“半妖”奈落が誕生した。
その奈落の姦計によって犬夜叉と桔梗は互いに裏切られたと思い込まされていたのだ。
奈落こそが犬夜叉と桔梗が憎むべき真の敵だった。
弥勒と七宝、珊瑚と雲母は、四魂の玉にまつわる過去の因縁(いんねん)と現世の由縁(ゆえん)が複雑に絡まり合った末に巡り合った仲間だった。
何度も激しい戦闘が奈落との間で繰り返された。
四魂の玉が完成に近付けば近付くほど、一層、妖力を増していく奈落。
そんな中、桔梗が奈落の張り巡らした蜘蛛の糸の計略に落ち今生から去った。
奈落は最後の欠片を琥珀から奪い四魂の玉を完成させた。
遂に最後の決戦が火蓋(ひぶた)を切った。
戦いは地上ではなく空中で始まった。
大蜘蛛に変化した奈落の体内で。
熾烈を極めた攻防戦は村が危うく壊滅寸前に追い込まれるまでに激しかった。
しかし、犬夜叉の兄、殺生丸の協力もあって、遂に奈落は滅された。
だが、四魂の玉は、かごめの破魔の矢に射抜かれながらも消滅しなかった。
それどころか、奈落の最後の願掛けにより、かごめが冥道に呑み込まれてしまった。
更に骨喰いの井戸までもが忽然と消失してしまったのだ。
全ては四魂の玉が、奈落に、そう願わせたせいだった。
犬夜叉は、独り、かごめを追い冥道に乗り込んでいった。
残された者達は為す術もなく、唯々、犬夜叉とかごめの無事を祈り待ち続けるしかなかった。
三日後、光の柱が立ち、骨喰いの井戸は元の場所に何事も無かったかのように存在した。
そして、犬夜叉だけが井戸を通って戻ってきた。
かごめは戻ってこなかった。
犬夜叉に問い質しても、「かごめは無事だ」と答えるのみ。
頑として、それ以上の詮索を許さなかった。
その後、三年間、犬夜叉は貝のように堅く口を閉ざしたままだった。

※『早蕨(さわび)②』に続く

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