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『早蕨(さわらび)②』

「正直な話、判らん。・・・・実はな、法師殿、先日、犬夜叉がフラリと立ち寄って、わしと話をしていった。その時、冥道の中で何が起こったのか話してくれたのだ」

「そうですか。やっと話してくれましたか。楓さま、差し支えなければ、あの時、何が起こっていたのか詳しく教えて頂けませんか」

「ウム、実はな・・・・」

そして、弥勒は老女の口を通して初めて三年前、冥道の中で何が有ったのかを知った。

「そんな事が・・・・。そうだったのですか。犬夜叉が話したがらないのも無理はありません。辛かったでしょうな。犬夜叉は、かごめさまを、それは大切に思っていましたから」

「かごめは四魂の玉とともに現われた。そして玉の消滅とともに、この世界から去っていった。終わってしまったのかも知れないな。かごめの、この世界での役割は・・・・」

「役割が終わった。だから、かごめさまは、もう、こちらに戻ってこない。楓さまは、そう思われるのですか」

「法師殿なら、どう考える?」

「四魂の玉の消滅について考えるなら、確かに、楓さまの云う通りでしょう。ですが、かごめさまの役割はそれだけとは思えないのです。まだ、何か残されているような・・・・そんな気がしてなりません。尤も、私にしても確信が有る訳ではありませんが、そう考えなければ犬夜叉が気の毒です。桔梗さまを喪い、その上、かごめさままで。二人も愛する女性を立て続けに失うなど残酷過ぎます。」

「そうだな、そうであって欲しい。法師殿、犬夜叉は今も諦めてはおらんのだ。七宝が教えてくれたのだが、あ奴、この三年間、三日に一度は骨喰いの井戸に入っておったらしい」

「何と、三年間、欠かさず三日に一度ですか。・・・凄まじい執念ですな」

「それでも逢えんのだ」

「楓さま、近頃、私はこう考えるようになったのです。全ては天の意思に導かれているのではないかと」

「天の意思、つまり神仏の導きという事かな」

「ハイ、四魂の玉が意図的に歪めた“時の流れ”を修復する為に、天の意思が、かごめさまを、こちらの世界に呼び寄せたのではないかと思えるのです」

「フム、かもしれんな。法師殿、お主の考えを聞かせてもらおう」

「まず、かごめさまが骨喰いの井戸から現われた途端、犬夜叉が目覚めました。そして、四魂の玉が、かごめさまの体内から現われました。それと同時に犬夜叉の封印が、かごめさまによって解かれてます。これは、到底、偶然とは思えません。この一連の出来事は人知を越えた力が介入していると考えざるを得ないのです。かごめさまを、こちらの世界に呼び寄せたのは実際には四魂の玉の力かも知れませんが、その奥には、更に大きな力、天の意思が働いているように思えてならないのです。それに、桔梗さまが甦った事についても」

「お姉さまが甦ったのも天の意思と?」

「ええ、桔梗さまは、鬼女、裏陶の妖術で甦ったと聞いております。霊骨と墓土から焼き上げた仮初めの体に魂を呼び込んで。その魂にしても、かごめさまの魂から分離した物と聞きます。つまり、かごめさまがこちらの世界に来なければ、桔梗さまが甦る事も無かったのです」

「確かに。法師殿の云う通りだな」

「そこに私は天の意思を感じるのです。奈落が誕生した経緯(いきさつ)は四魂の玉が出現した時の状況その物です。昔の因果そのままに繰り返される悲劇。しかし、かごめさまが現われたことによって今迄にない現象が次々と起こり始めました。四魂の玉が砕け散ったのも、その一つです。楓さま、これまで、そんな事態が生じたと聞いた覚えがお有りですか?」

「無いな。四魂の玉が、人から人、妖怪から妖怪へと所有者が移り変わったとは聞いておるが、砕け散ったとは一度も聞かなんだ」

「その砕け散った四魂の欠片を集める過程において私と七宝、珊瑚と雲母は、犬夜叉とかごめさまに出逢いました。これも四魂の玉が現われた時とは大きく違ってます。それに桔梗さまの事があります。甦ったばかりの頃、桔梗さまは犬夜叉に対する怨みの念、陰の気に囚われておいででした。しかし、五十年前の悲劇の真相を知った桔梗さまは次第に本来の巫女の使命に目覚めていかれます。奈落と四魂の玉の消滅に向けて。桔梗さまほど深い慈悲心に満ちた御方は他にいらっしゃいません。珊瑚の弟、琥珀の存在こそが、その証(あかし)です。もし、桔梗さまが御自分の使命のみで動かれる御方だったら・・・・。今頃、琥珀は生きていなかったでしょう。奈落の消滅という御自分の最大の悲願を差し置いてまで琥珀の命を生かして下さった。姉である珊瑚の気持ちを思うと、我々夫婦は、桔梗さまに、どんなに感謝しても足りません。この私にしても桔梗さまには奈落の瘴気を治療して頂き並々ならぬ御恩があります。桔梗さまは、既に、この世にいらっしゃらない。ですから、桔梗さまの妹である楓さま、貴女さまに御礼申し上げます。本当に有難うございました」

弥勒は床板に深々と頭を着け最高礼の御辞儀をした。

「法師殿・・・・」

老いた巫女の脳裏に、姉というよりも母のような存在であった女(ひと)の面影が甦る。
五十年の歳月を経ても、尚、記憶は先日のように鮮やかだった。

(ああ、お姉さま・・・・)

子供心に、美しく気高い姉が、どんなに自慢であったことか。
己のことは、一切、顧みず人々の為に尽力し続けた徳高き巫女であった。

「頭を上げて下され、法師殿。そう伺って、わしも、どんなに嬉しいか」

「楓さま・・・・」

「お姉さまは、そういう方だった。気高く美しく・・・わしの中の思い出そのままに」

両者の感慨を乗せて炉辺に沈黙が見えない煙のように漂った。
明かり取りの窓から風に乗って柔らかな花の匂いがフワリと忍び込む。
ピピピ・・・・里に下りてきた小鳥達が楽しげに囀(さえず)り春の喜びを高らかに歌いあげる。
そんな長閑(のどか)な眠気を誘うような雰囲気が不意に破られた。
バサッ、入り口に掛けられた筵(むしろ)が、勢いよく開けられたのだ。

「オ~~~イ、居(お)るかあ~~~?楓~~~」

飛び込んできたのは見慣れた小妖怪の姿。
矮小な緑色の身体にキッチリ着込んだ水干、頭の上にチョコンと被った烏帽子が従者の身分を物語る。
殺生丸の随身(ずいしん)、邪見である。
右手には片時も手離さない人頭杖(にんとうじょう)と呼ばれる杖が握られている。
先端に翁と女の頭が付いた奇妙な杖である。
これは歴(れっき)とした妖道具で、イザとなれば火炎を吐き出し敵を一瞬で殲滅する武器となる。
左手にはワラビ、ゼンマイ、フキノトウなど山菜を山盛りにした籠が。
プンと取り立ての山菜の清々(すがすが)しい匂いが辺りに満ちる。

「これは、邪見殿。お久し振りです」

にこやかに弥勒が小妖怪に声を掛ける。

「ン~~~法師ではないか。ここで何をしとるんじゃ?」

「ハイ、のんびりと昔話に耽(ふけ)っておりました。その籠を見ると邪見殿は、お使いですか?」

「まあな、ホレ、早摘みの山菜に自然薯(じねんじょ)じゃ」

「何時も、すまんな、邪見」

楓が労(ねぎら)いの言葉を掛ける。
常日頃、尊大な主から、そんな言葉を掛けてもらった覚えのない邪見である。
内心、嬉しくない筈がない。
しかし、天邪鬼((あまのじゃく)な性分の邪見は素直に態度に出せない。
勢い、憎まれ口を叩く羽目になる。

「フッ、フン、貴様のような老いぼれ巫女に持ってきたのではないわ。りんに喰わせる為じゃっ!」

「ハイハイ、お使いの理由はそれくらいにして。邪見殿も一服されませんか。ネッ、良いでしょう、楓さま」

「ああ、勿論。どうだね、邪見、上がって白湯でも飲まんかね」

「ムッ、そうだな。そうさせてもらうとしようか」

邪見が炉辺に敷いてあった円(まる)い藁で編んだ座布団の上に置物のようにチンマリと座り込んだ。
斯くして炉辺の三方が埋まり座談は対話から談話へと移行した。
法師という職業柄、話を進めるのが上手い弥勒が会話の糸口を切った。

「それにしても早い物ですな。奈落を滅してから三年。りんが楓さまに預けられたのは、その直後でしたから、やはり三年になる訳ですね」


※『早蕨(さわらび)③』に続く


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