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名残りの桜③』

「確証は無い。だが、どうも、その節がある。以前、殺生丸は、りんと、もう一人の人間の少年、琥珀なる者を連れて自身の母親の館、天空の城を訪ねておる。勿論、従者の邪見もな。理由は明白。奈落の分身、赤子の操る魍魎丸との闘いで殺生丸は闘鬼神を失った。その後、刀々斎が武器として天生牙を打ち直した。天生牙の繰り出す技、冥道残月破は冥道を以って敵を消滅させる技。だが、その冥道が、どうしても拡がらぬ、真円にならぬ。業を煮やして殺生丸は母親を訪ねた。冥道を拡げる方法を知る為にな。天空の城を訪問後、冥道は飛躍的に拡がった。にしても、それは、どのような方法で?その方向へ思考を進めていくと、どうしても冥道石に突き当たる。冥道石、生前、闘牙が持っておった冥界の宝玉。今は奥方の“狗姫(いぬき)の御方”が持っていると聞く。あれは冥界と現世とを繋ぐ石だ。冥道石を使えば冥界の使者を呼び寄せることが可能になる。冥界の使者と戦い打ち負かせば冥道は拡がる。でなければ、殺生丸自身が冥界に赴き主(ぬし)を倒さなければならん。その際、どうも、りんが冥界に連れ去られたようなのだ。生者(せいじゃ)が冥界に連れていかれる。それは即ち『死』を意味する。まして人間の幼子など冥界の霊気に当たっただけで息絶えてしまおう。琥珀という少年も一緒に連れて行かれたが、あの者は、四魂の欠片で生を繋いでおる存在、謂わば生きた死者。元々、死んでおるからな。さして影響は無かったようだ。だが、りんは違う。冥界から戻ってきた殺生丸は隻腕に死んだりんを抱えておったらしい。天生牙が死者を蘇生させるのは一度きり。りんは既に天生牙で生き返った身。天生牙での蘇生は叶わぬ。殺生丸には手の打ちようがない。では、どうなったのか。“狗姫の御方”が冥道石を使ったらしい。それで、りんは息を吹き返したようだ」

「フゥ~~~ッ、とんでもない話だな、朴仙翁。わしも今生(こんじょう)にあって長いが、二度も生き返った話は聞いた事がないぞ。一度だけなら少数だが前例がない訳ではない。事実、闘牙が助けた犬夜叉の母がそうだ。だが、二度となると、わしの二千年の生を以ってしても記憶にない」

「確かに。それ故、あの娘は特別な存在なのだ、桜神老よ」

「最早、人としての範疇(はんちゅう)を超えておるな、朴仙翁」

「如何にも。これは推測だが、殺生丸が、りんと出逢ったのも偶然ではなかろう。精妙な因果の導きを感じるのだ」

「そうだな、そちは思索の末に答えに辿り着く、朴仙翁。だが、わしは直感で、それを感じ取るのだ。どうして、そうなのかなどとは聞くな。わしにも判らんのだから。だが、それが間違っていた事はない。一度もな」

不意に桜神老が居ずまいを正(ただ)し朴仙翁に向き直った。

「頼みが有る、朴仙翁」

「何だ、急に改まって」

「殺生丸とりん、両者の行く末を見届けてくれ。わしの代わりに」

「どういう意味だ。穏やかではないな、桜神老。まるで、この世に別れを告げるかのような・・・・まさか、そうなのか」

「わしの寿命は間もなく尽きる。今年中にな」

「馬鹿な、お主は流石に若い頃とまではいかんが充分に生気横溢(おういつ)しておるではないか。何故に、そのような・・・・」

「理由は聞くな。知らぬ方がいい」

「この朴仙翁に理由を聞くなだと。酷なことを、何故だ、桜神老」

「知れば要らぬ波紋が生じる。そちになら判ろう。ごく僅かにでも干渉すれば物事は全く違う様相を見せる恐れが有ると。この世は微細な因果の糸が張り巡らされた舞台だ。その糸を、極々、僅かでも乱したくないのだ。今のまま推移させたい。今後、殺生丸とりんの運命は激動の波に晒(さら)される。過酷な運命に出来るだけの命綱は投げておいた。後は両名の互いを思う心の強さに賭けるのみ」

「翻意(ほんい)の余地は全く無いのか、桜神老」

「無い」

「何もせず粛々(しゅくしゅく)と死出の旅路に赴(おもむ)く積りか。だが、それでは、名にし負う『神代櫻(じんだいざくら)』の系譜が途絶えてしまうではないか」

「その点は心配せずとも良い。かれこれ千五百年前、甲斐の国に根付いた息子がおる。あれが、わしの跡を立派に継いでくれようさ。それにな、わしの子や孫、玄孫(やしゃご)は、この秋津島の国全土に根付いておる。わしが居なくなっても春が巡ってくれば、皆、艶やかに花咲こう」

「・・・・桜神老」

「済まぬな、こんな事を頼んでしまって。だが、そちにしか頼めぬのだ、朴仙翁。この二千年、わしは存分に生きた。思い残す事はない。心残りが有るとすれば、唯ひとつ、殺生丸とりんの事。あれらの行く末が気に掛かってならぬのだ。頼む、聞き届けてくれ、朴仙翁」

「・・・・判った。委細承知しよう」

断腸の思いで朴仙翁は旧友の願いを聞き届けた。

「引き受けてくれるか、朴仙翁。有り難い。これ、この通りだ」

天下無双の美しさを誇る桜の中の桜、『神代櫻』、荘厳なまでの神々しさに神とまで称えられた桜の長老、桜神老。
その誉(ほま)れ高き桜の精が膝を正し朴仙翁に向かい恭(うやうや)しく頭を下げる。

「これが・・・・今生の別れなのだな、桜神老」

「さらばだ、朴仙翁」

それが最後の別れの言葉となった。
ヒュウゥ~~~~~~
急に突風が巻き起こり薄紅色の花びらが風に激しく舞う。
風が治まった後、朴の大木の根元には桜の花弁が夥(おびただ)しく散っていた。

「・・・・あ奴も逝くか」

ポツリと朴仙翁が漏らした言葉に呼応するように雨が降り始めた。
ポツ、ポツ、雨足は次第に激しくなり土砂降りに変わった。
朴の巨木も雨に洗われスッカリ濡れそぼってしまった。
年輪を刻んだ皺深い樹仙の顔から、しとど流れ落ちる雫は雨か、はたまた涙だろうか。
瞼(まぶた)を閉じ暫(しば)し瞑目すると朴仙翁は幹の中に顔を深く埋(うず)めた。
月も星も隠れた漆黒の闇の中、大地に降り注ぐ涙のような雨の音だけが聞こえていた。      了


【範疇(はんちゅう)】:同一性質のものが全て含まれる部類。部門。カテゴリー。

【横溢(おういつ)】:①液体が溢れる。②溢れんばかりに盛んなこと。

【翻意(ほんい)】:決心、意思を変えること。

【粛々(しゅくしゅく)】:①厳(おごそ)かなさま。②静かでひっそりしたさま。

【断腸の思い】:はらわた(腸)がちぎれる程、辛く悲しいこと。


 

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『名残りの桜②』

こうして互いに二千年もの長寿を誇る樹仙が酒盛りを始めた。
皓々と輝く月の光に照らされた穏やかな春の宵。
時折、サヤサヤと樹の枝を揺らす風の音だけが静寂を乱す。

「さて、それでは聞かせてもらおうか、朴仙翁。情報通のそちの事だ。微に入り細を穿(うが)つように実情を知っておろう。生憎(あいにく)、わしは、ここ数年、病(やまい)で臥せっておったのでな。その間の事情が全く判らん。そちが知る限りの経過を教えてくれんか」

盃(さかずき)を手に桜神老が朴仙翁に話の続きを促がす。

「フム、殺生丸が犬夜叉に左腕を斬られたことは話したな。皮肉な事に、選(よ)りにも選(よ)って己が切望する鉄砕牙で斬られたのだ。マア、あ奴自身、犬夜叉を殺す積りだったのであろうからな。それを思えば身から出た錆(さび)とも云える。ともかく、そんな目に遭えば諦めるのが通常の者であろう。だが、殺生丸は違った。益々、闘志を燃やしたのだ。そこに奈落という半妖が拘ってくる。この奈落、元々は犬夜叉と因縁が有ってな。犬夜叉を亡き者にしようと目論んでおったのだ」

「何故だ。その奈落とかいう半妖と犬夜叉の間には、どんな因縁が有ったのだ?」

「良く有る話だ、桜神老。男と男がいがみ合う。その原因は?大概、女に決まっておろうが」

「ハッ、女の取り合いか?」

ピクリと桜神老が片眉を跳ね上げた。

「まあ、話を煎じ詰めれば、そうなるかな。詳しく話し出すとキリが無くなる。ともかく、奈落は犬夜叉に怨みを抱いておった。其処で同じように犬夜叉を憎む殺生丸に目を付けた。桜神老、お主も四魂の玉の事は聞いておろう」

「四魂の玉?アア、あれか。人間の巫女と妖怪の魂が混ざり合ったとか云う妙な玉の事だな。あの玉を巡って、随分、人間や妖怪が争い続けておったな」

如何にも興味なさそうに桜神老が四魂の玉について話す。
二千年もの歳月を重ねてきた樹仙に取っては何程の事でもないのだろう。

「その四魂の玉が犬夜叉と奈落に深く拘ってくるのだ。五十年ほど前、犬夜叉は四魂の玉を守っていた人間の巫女と恋に落ちた。犬夜叉は大妖怪の父と人間の母との間に生まれた半妖。その血の半分は妖怪、もう半分は人間だ。人の血が人を求めさせるのか。そのまま、何事もなく巫女と上手く行けば良かったのだが、其処に奈落が絡んでくる。奈落は鬼蜘蛛とかいう野盗の魂を核に生まれた半妖でな。そ奴、鬼蜘蛛が巫女に惚れておったのだ。完全な岡惚(おかぼ)れだが、だからと云って引き下がるような者ではない。野盗をしておったくらいだ。欲しければ奪う、そういう考えが身に染(し)み付いた輩(やから)であろう。その妄執に妖怪どもがつけ込んだ。そ奴の身体を喰らい魂を取り込んだのさ。そうして誕生したのが半妖の奈落だ。その半妖が犬夜叉と巫女との仲を引き裂いた。わざわざ互いに裏切られたと思い込ませてな。結果、犬夜叉は巫女に封印され、巫女は死んだ。これが五十年ほど前の犬夜叉の封印の真実だ。巫女の死と共に四魂の玉の消息はプッツリと途絶えた。そして、今から三年、イヤ、四年前になるかな。突然、四魂の玉が出現した。同時に犬夜叉の封印も解かれた。封印を解いたのは死んだ巫女の生まれ変わりでな。それが犬夜叉の今の女房と聞いておる。確か、かごめとか云う名だった」

朴仙翁の言葉に聞き覚えがあるのだろう。
桜神老が口を挟んできた。

「かごめ?アア、あれか、あの巫女姿の。ホホッ、犬夜叉め、完全に女房殿の尻に敷かれておるな。何ぞ気に入らぬ事でもやらかしたのか、あの巫女が『お座り』とか言うたら、犬夜叉の奴、地べたに、こっ酷(ぴど)く叩き伏せられておったのだ。あれは魂鎮めの言霊だな。犬夜叉の首に掛かっている念珠が言霊に反応する仕組みになっておる。生半可な力では外せまいて。ククッ、あれでは、まるで犬の首輪だな。尤も、犬夜叉は化け犬の血が半分混じっておる半妖だからな。まるっきりの見当違いという訳でもあるまい」

「マア、そう言ってやるな、桜神老。あれで犬夜叉とかごめは三年も離れ離れになっておったのだ。奈落と四魂の玉の消滅に絡む因果のせいでな」

「ホォッ、ようやっと消滅したのか。実にしぶといな、四魂の玉は」

「ウム、あの玉は今生(こんじょう)に対する執着が怖ろしい程に強くてな。五百年の長きに亘(わた)って悪しき因果を廻(めぐ)らし続けたのだ。それが為に時さえも歪めてな。だが、破魔の巫女、かごめによって遂に消滅させられた。思えば、その為に、この時代に呼び寄せられたのだろうな、かごめは。だからこそ役目を終えたと同時に元の世界へ連れ戻された。犬夜叉が、この時代へ戻されたように。そして、そのまま終わるかと思ったのだが。つい先頃、三年ぶりに、かごめが戻ってきたのだ。犬夜叉とかごめ、双方の強い思いに天が応えたのだろうな。取り分け犬夜叉の願いにな。わしらのような者にすれば三年如き何ほどの物でもなかろうが、短命の種にとっては決して短いとは云えぬ長さの時だ。まして、もう一度、逢える保証は何処にも無かったのだからな。それを思えば地べたに叩き伏せられる痛みさえ犬夜叉に取っては喜びであろう」

「そうか、闘牙の次男は人の娘と結ばれたか。見た処、似合いの番(つがい)のようだ。あの細君なら犬夜叉も幸せになれよう。それにしても詳しいな、朴仙翁。まるでその場で見ておったかのようではないか」

桜神老の指摘に朴仙翁の顔が揺らぐ。
年輪を刻んだ顔に微笑みらしき物が浮かぶ。

「それはそうであろう。わしはお主と違って、この場を動けん。だからこそ、この地を訪れる鳥や獣を全て手なずけておる。わしの目となり耳となってもらう為にな。その者らが齎(もたら)す情報は、どんなに些細な物であろうと聞き漏らさん。取り分け化け犬の兄弟に関する事はな。そうして得た膨大かつ断片的な情報を慎重に繋ぎ合わせ組み合わせていく。すると自然に真実が描き出されてくる。欠け落ちた部分は推測で補えばいい。フォッフォッ、思索は、元々、わしの得意分野だからな。さして難しいことでもない」

「其処だ、それが、わしには出来ん、朴仙翁。その際限のない持続した思索がな」

「仕方なかろう、桜神老。お主は樹仙にして花仙でもある。取り分け花の中の花と謳われる桜の精だ。お主の本質は花を咲かせることに有る。花が謎解きなどしようか。花は、唯、其処にあるだけで良い。見る者をして桃源郷に誘い溜め息を吐(つ)かせる。それこそが花の本分」

朴仙翁から返された思いがけない言葉に虚を衝かれ、桜神老の盃を運ぶ手が、ピタリと止まった。
しかし、次の瞬間、桜の精の顔は、これ以上ない程に笑み崩れていた。

「クッ・・・ククッ・・・・そうか、そうであったな。フフッ、まさか、そちのような朴念仁に諭(さと)されようとは。ハハハッ、これは愉快、愉快」

「ムウッ、朴念仁だと、失敬な奴だな、桜神老」

朴念仁と云われ些(いささ)か気分を害した朴仙翁を桜神老が宥(なだ)める。

「クククッ、そう怒るな、朴仙翁。仕方なかろう、そちは何時も思索に耽(ふけ)ってムッツリと無愛想だからな」

「フン、そうそう、お主のように誰彼構わず愛想を振り撒(ま)けるか。浮気な桜の精め」

「ホホホッ、その通り、わしは桜の精よ。さればこそ相手を選ばず花を愛でてもらわねばならん.。愛想も振り撒(ま)こうぞ。そして花は花を知るもの。それ故、あの人の花が気に掛かるのだ、朴仙翁」

桜神老の言葉に、暫時(ざんじ)、訝(いぶか)しみ眉をひそめた朴仙翁だが、直ぐさま誰を指しているのか思い当たったのだろう。
躊躇(ちゅうちょ)せず言葉を返した。

「人の花?・・・そうか、りんの事だな」

「察しが良いな、朴仙翁。そうだ、あの、りんという娘、人の仔でありながら幽冥界の匂いがした。それは尋常ではない。如何なることぞ。そちならば答えてくれよう」

「フム、お主も気付いたか、桜神老よ。あの娘、りんはな、一度、天生牙で 生き返っておるのだ」

「天生牙、では、殺生丸は、あの刀を使ったのだな」

「方斎(ほうさい)から聞いた話では、そうだ」

「方斎というと・・・・梟(ふくろう)族の長(おさ)ではないか。驚いた、そちは随分と顔が広いのだな、朴仙翁よ」

「フォッフォッ、考えてもみろ、桜神老。鳥はアチコチに出没する故、情報を集めるには打ってつけ。だがな、鳥目(とりめ)という程だ。殆どの鳥は夜目が利かん。その点、梟族は夜にこそ動く。夜間の隠密活動には持って来いの種族よ。前々から渡りをつけておこうと考えておったのでな。ホレ、お主も良く知っておろう。“白鷺のお爺(じじ)”の異名を持つ白鷺族の長老の源伍。あ奴に仲立ちを頼んでおいたのよ」

「成る程、白鷺の源伍か。そちとは博識同士で気が合っておったな。では話を戻そう。まず、一度、りんは死んだ。だが、殺生丸が天生牙を使って蘇生させた。為に、りんから幽冥界の匂いがするのだな」

「その通り。だがな、桜神老、どうも、それが一度きりではないらしいのだ」

「何とっ! 一度ならず二度までも、りんは死んだというのか?」

信じがたい朴仙翁の言葉に流石の桜神老も耳を疑った。


【岡惚れ】:①相手の心に関係なく一方的に好きになること。片思い。②決まった相手のいる人に恋すること。横恋慕。

【本分】:本来の務め。尽くさなければならない義務。

【幽冥界】:死後の世界。冥土。あの世


※『名残りの桜③』に続く



 

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『名残りの桜①』

宴は終わった。
犬夜叉一行も殺生丸達も去った。

「さて、わしも、あ奴の許へ出向くとするか」

桜の花びらが旋風に舞い輪のように桜神老の周囲を取り囲んだ。
そう思いきや、既に桜神老の姿は見えなくなっていた。
夜風に花が舞う。
満月は十五夜、次の夜は十六夜(いざよい)。
十七夜は立待月(たちまちづき)。
月は欠け始めたばかりで、まだまだ、充分に明るい。
立待月(たちまちづき)に照らされ薄紅色の帯が細く長く糸のように墨色の夜空にたなびく。
何処を目指しているのだろう。
人も獣でさえ滅多に訪れない深山幽谷。
そこに巨大な朴の木が存在する。
樹齢は二千年、神代櫻(じんだいざくら)と同じく、この地上でも指折りの長寿を誇るのは間違いない。
朴の大木の根元に薄紅色の帯が密集し回転し始めた。
見る間に人型を取る。

「朴仙翁、わしじゃ、桜神老じゃ」

ボコッ、桜神老の呼びかけに巨木の幹に顔が浮き出てきた。

「ホオッ、これは珍しい。久しいな、桜神老。かれこれ百年ぶりではないか」

殷々(いんいん)と朴の樹仙の声が周囲に響く。
旧友との再会に桜神老が頬をゆるめる。

「フフッ、相変わらず息災のようだの、朴仙翁。久し振りに、その皺くちゃ顔が見とうなってな」

「何の、お主こそ皺々(しわしわ)の爺(じじい)ではないか。フン、まあ、わしと違って、そちらは花仙でもあるから妙に艶々(つやつや)しておる がな」

「フォッフォッ、妬(や)くな、妬(や)くな、桜の精が皺々(しわしわ)では話になるまい。それでは花を愛(め)でる者に失礼という物」

旧友との小気味よい会話の応酬に思わず弛んだ口許を袂(たもと)で覆(おお)い隠す桜神老であった。
その何気ない所作から零(こぼ)れる老人とは思えぬ艶(つや)やかさ。
流石は海内随一(かいだいずいいち)と謳われる桜の精である。

「ホッ、まあ良い。それで何用だ、桜神老。このように、突然、訪ねてきたのには訳があろう」

「まあな、先程、殺生丸に逢った。それに、あ奴が惚れこんでいる、りんという人間の娘にもな」

パキッ、パキパキッ、朴の幹に手が浮き出てきた。
朴仙翁が考え込むように顎を撫でる。

「成る程、それでか。お主は昔から利かん坊の殺生丸を可愛がっておったからな、桜神老」

「それは、そちも同様であろう、朴仙翁。二百年ぶりに殺生丸を見たが、実に見事な若武者になっておった。さぞ闘牙も泉下(せんか)で喜んでおろうて」

「・・・・そうなるまでが大変だったがな」

当時を思い返して朴仙翁がボソリと呟いた。
朴仙翁は、闘牙王の形見、鉄砕牙、天生牙、二振りの刀の鞘に自分の枝を提供している。
その関係もあってか殺生丸が何か疑問に思った際は、まず、朴仙翁を訪ねるのが常道であった。

「フム、犬夜叉との確執だな、半妖の異母弟。聞いておるぞ。そうそう、あ奴も見たぞ。仲間と連れだって、わしの処へ花見に来ておったのでな。犬夜叉は母親似と見えて余り闘牙には似ておらぬな。だが、眉の辺りは父親にソックリであった。殺生丸は闘牙を崇拝しておったからな。その父親が、あろうことか、あ奴が毛嫌いしておった人間の女との間に仔を作ったのだ。おまけに、それが父親が亡くなった直接の原因でもあるのだからな。潔癖な殺生丸にしてみれば赦し難い所業だろうて」

桜神老の言葉に朴仙翁が付け加える。

「それだけなら、まだしも。闘牙は鉄砕牙を犬夜叉に天生牙を殺生丸に遺したからな。喉から手が出るほどに欲しい鉄砕牙は半妖の弟の物、殺生丸には役立たずの天生牙だ。誇り高い殺生丸が怒り狂っても無理はなかろう。鉄砕牙を巡って、随分、無茶な兄弟喧嘩を繰り広げたらしい。その際、殺生丸は犬夜叉に左腕を斬られてな。暫く隻腕になっておったのだ」

朴仙翁の聞き捨てならぬ言葉に桜神老が話を遮(さえぎ)った。

「隻腕?しかし、先程、見た時、殺生丸にはチャンと両腕とも有ったぞ」 

「お主、その目で見たであろう、桜神老。殺生丸が腰に差しておった二振りの刀を。一振りは天生牙だが、もう一振りは新しい刀で爆砕牙という。鉄砕牙と天生牙は闘牙の牙から打ち出された、謂わば亡き父親の形見。だが、爆砕牙は違う。殺生丸の中から出てきた殺生丸自身の刀だ。その破壊力は鉄砕牙を軽く凌駕する。それだけではない。一度(ひとたび)、爆砕牙の攻撃に晒された対象は文字通り塵となるまで粉々に粉砕されるのだ。更に、爆砕牙の攻撃を受けた対象を取り込めば本体にまで、その破壊力は波及する。まるで神の怒りを思わせるような怖るべき刀だ。だからこそ、殺生丸が爆砕牙を正しく使いこなす器量を備えるまで、二重、三重の封印が父である闘牙の手にによって施されていた。以前、殺生丸が、わしの処に来た時、あ奴は既に隻腕で同じように二本差しだった。だが、あの時は天生牙と闘鬼神という邪剣との組み合わせだった。尤も、邪剣とはいっても、殺生丸が完全に制御しておったがな。あの剣(つるぎ)、闘鬼神は何でも鉄砕牙を噛み砕いた鬼の牙から作られた物だったそうな。お主も刀々斎は知っておろう。ホレ、鉄砕牙、天生牙を打ち出した、あの惚(とぼ)けた刀鍛治さ。その刀々斎が破門した弟子、灰刃坊(かいじんぼう)なる者に殺生丸が打たせたのが闘鬼神だ。邪気に満ちた鬼の牙から同じく邪(よこし)まな刀鍛治が打ち出した剣(つるぎ)、それが邪剣、闘鬼神よ。本来ならば、その邪気の強さ故に誰にも持てない筈の剣なのだがな。何しろ、生みの親である灰刃坊にまで取り憑いて犠牲にしたくらいだ。だが、そんな邪気まみれの剣を、殺生丸め、易々と御(ぎょ)して己の物にしてしまったのだ。全く大した奴ではないか。どう足掻いても鉄砕牙は手に入らぬ。ならば、それ以上の剣を手に入れてみせよう。フフッ、如何にも殺生丸らしい考え方であろうが」

「それで、その物騒な闘鬼神とやらは、どうなったのだ」

「マア、そう先をせかすな、桜神老。順を追って説明してやる故(ゆえ)に。何しろ長い話でな。語り尽くそうと思えば夜を徹して話さねばなるまいて」

「そうか。では、そうしてもらおう。何、今宵は準備万端、整えてきたのでな」

桜神老が懐から何かを取り出し、ヒュッと指を振った。
それは見る間に拡がりフワリと朴の木の根元周辺を覆った。
柔らかい薄紅色の毛氈(もうせん)だ。
その上に桜神老がユッタリと胡坐(あぐら)をかいて座り込む。
次に桜神老が懐から取り出したのは小さな酒瓶であった。
それを掌(てのひら)の上に置き呪(しゅ)を唱え始めた。
すると、小さな酒瓶は次第に大きくなっていくではないか。
遂には桜神老の手の倍ほどの大きさに。

「フム、まずは、これ位の大きさで良かろう。ホレ、朴仙翁、そちも飲め」

桜神老が大きな酒瓶から酒を朴の木の根元にトクトクと注ぐ。

「ムムッ、ホオッ、これは霊酒だな。では、遠慮なく馳走になろう」


【泉下(せんか)】:(黄泉の下の意)死者が行くという地下の世界。冥土。あの世。


※『名残りの桜②』に続く

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