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『名残りの桜①』

宴は終わった。
犬夜叉一行も殺生丸達も去った。

「さて、わしも、あ奴の許へ出向くとするか」

桜の花びらが旋風に舞い輪のように桜神老の周囲を取り囲んだ。
そう思いきや、既に桜神老の姿は見えなくなっていた。
夜風に花が舞う。
満月は十五夜、次の夜は十六夜(いざよい)。
十七夜は立待月(たちまちづき)。
月は欠け始めたばかりで、まだまだ、充分に明るい。
立待月(たちまちづき)に照らされ薄紅色の帯が細く長く糸のように墨色の夜空にたなびく。
何処を目指しているのだろう。
人も獣でさえ滅多に訪れない深山幽谷。
そこに巨大な朴の木が存在する。
樹齢は二千年、神代櫻(じんだいざくら)と同じく、この地上でも指折りの長寿を誇るのは間違いない。
朴の大木の根元に薄紅色の帯が密集し回転し始めた。
見る間に人型を取る。

「朴仙翁、わしじゃ、桜神老じゃ」

ボコッ、桜神老の呼びかけに巨木の幹に顔が浮き出てきた。

「ホオッ、これは珍しい。久しいな、桜神老。かれこれ百年ぶりではないか」

殷々(いんいん)と朴の樹仙の声が周囲に響く。
旧友との再会に桜神老が頬をゆるめる。

「フフッ、相変わらず息災のようだの、朴仙翁。久し振りに、その皺くちゃ顔が見とうなってな」

「何の、お主こそ皺々(しわしわ)の爺(じじい)ではないか。フン、まあ、わしと違って、そちらは花仙でもあるから妙に艶々(つやつや)しておる がな」

「フォッフォッ、妬(や)くな、妬(や)くな、桜の精が皺々(しわしわ)では話になるまい。それでは花を愛(め)でる者に失礼という物」

旧友との小気味よい会話の応酬に思わず弛んだ口許を袂(たもと)で覆(おお)い隠す桜神老であった。
その何気ない所作から零(こぼ)れる老人とは思えぬ艶(つや)やかさ。
流石は海内随一(かいだいずいいち)と謳われる桜の精である。

「ホッ、まあ良い。それで何用だ、桜神老。このように、突然、訪ねてきたのには訳があろう」

「まあな、先程、殺生丸に逢った。それに、あ奴が惚れこんでいる、りんという人間の娘にもな」

パキッ、パキパキッ、朴の幹に手が浮き出てきた。
朴仙翁が考え込むように顎を撫でる。

「成る程、それでか。お主は昔から利かん坊の殺生丸を可愛がっておったからな、桜神老」

「それは、そちも同様であろう、朴仙翁。二百年ぶりに殺生丸を見たが、実に見事な若武者になっておった。さぞ闘牙も泉下(せんか)で喜んでおろうて」

「・・・・そうなるまでが大変だったがな」

当時を思い返して朴仙翁がボソリと呟いた。
朴仙翁は、闘牙王の形見、鉄砕牙、天生牙、二振りの刀の鞘に自分の枝を提供している。
その関係もあってか殺生丸が何か疑問に思った際は、まず、朴仙翁を訪ねるのが常道であった。

「フム、犬夜叉との確執だな、半妖の異母弟。聞いておるぞ。そうそう、あ奴も見たぞ。仲間と連れだって、わしの処へ花見に来ておったのでな。犬夜叉は母親似と見えて余り闘牙には似ておらぬな。だが、眉の辺りは父親にソックリであった。殺生丸は闘牙を崇拝しておったからな。その父親が、あろうことか、あ奴が毛嫌いしておった人間の女との間に仔を作ったのだ。おまけに、それが父親が亡くなった直接の原因でもあるのだからな。潔癖な殺生丸にしてみれば赦し難い所業だろうて」

桜神老の言葉に朴仙翁が付け加える。

「それだけなら、まだしも。闘牙は鉄砕牙を犬夜叉に天生牙を殺生丸に遺したからな。喉から手が出るほどに欲しい鉄砕牙は半妖の弟の物、殺生丸には役立たずの天生牙だ。誇り高い殺生丸が怒り狂っても無理はなかろう。鉄砕牙を巡って、随分、無茶な兄弟喧嘩を繰り広げたらしい。その際、殺生丸は犬夜叉に左腕を斬られてな。暫く隻腕になっておったのだ」

朴仙翁の聞き捨てならぬ言葉に桜神老が話を遮(さえぎ)った。

「隻腕?しかし、先程、見た時、殺生丸にはチャンと両腕とも有ったぞ」 

「お主、その目で見たであろう、桜神老。殺生丸が腰に差しておった二振りの刀を。一振りは天生牙だが、もう一振りは新しい刀で爆砕牙という。鉄砕牙と天生牙は闘牙の牙から打ち出された、謂わば亡き父親の形見。だが、爆砕牙は違う。殺生丸の中から出てきた殺生丸自身の刀だ。その破壊力は鉄砕牙を軽く凌駕する。それだけではない。一度(ひとたび)、爆砕牙の攻撃に晒された対象は文字通り塵となるまで粉々に粉砕されるのだ。更に、爆砕牙の攻撃を受けた対象を取り込めば本体にまで、その破壊力は波及する。まるで神の怒りを思わせるような怖るべき刀だ。だからこそ、殺生丸が爆砕牙を正しく使いこなす器量を備えるまで、二重、三重の封印が父である闘牙の手にによって施されていた。以前、殺生丸が、わしの処に来た時、あ奴は既に隻腕で同じように二本差しだった。だが、あの時は天生牙と闘鬼神という邪剣との組み合わせだった。尤も、邪剣とはいっても、殺生丸が完全に制御しておったがな。あの剣(つるぎ)、闘鬼神は何でも鉄砕牙を噛み砕いた鬼の牙から作られた物だったそうな。お主も刀々斎は知っておろう。ホレ、鉄砕牙、天生牙を打ち出した、あの惚(とぼ)けた刀鍛治さ。その刀々斎が破門した弟子、灰刃坊(かいじんぼう)なる者に殺生丸が打たせたのが闘鬼神だ。邪気に満ちた鬼の牙から同じく邪(よこし)まな刀鍛治が打ち出した剣(つるぎ)、それが邪剣、闘鬼神よ。本来ならば、その邪気の強さ故に誰にも持てない筈の剣なのだがな。何しろ、生みの親である灰刃坊にまで取り憑いて犠牲にしたくらいだ。だが、そんな邪気まみれの剣を、殺生丸め、易々と御(ぎょ)して己の物にしてしまったのだ。全く大した奴ではないか。どう足掻いても鉄砕牙は手に入らぬ。ならば、それ以上の剣を手に入れてみせよう。フフッ、如何にも殺生丸らしい考え方であろうが」

「それで、その物騒な闘鬼神とやらは、どうなったのだ」

「マア、そう先をせかすな、桜神老。順を追って説明してやる故(ゆえ)に。何しろ長い話でな。語り尽くそうと思えば夜を徹して話さねばなるまいて」

「そうか。では、そうしてもらおう。何、今宵は準備万端、整えてきたのでな」

桜神老が懐から何かを取り出し、ヒュッと指を振った。
それは見る間に拡がりフワリと朴の木の根元周辺を覆った。
柔らかい薄紅色の毛氈(もうせん)だ。
その上に桜神老がユッタリと胡坐(あぐら)をかいて座り込む。
次に桜神老が懐から取り出したのは小さな酒瓶であった。
それを掌(てのひら)の上に置き呪(しゅ)を唱え始めた。
すると、小さな酒瓶は次第に大きくなっていくではないか。
遂には桜神老の手の倍ほどの大きさに。

「フム、まずは、これ位の大きさで良かろう。ホレ、朴仙翁、そちも飲め」

桜神老が大きな酒瓶から酒を朴の木の根元にトクトクと注ぐ。

「ムムッ、ホオッ、これは霊酒だな。では、遠慮なく馳走になろう」


【泉下(せんか)】:(黄泉の下の意)死者が行くという地下の世界。冥土。あの世。


※『名残りの桜②』に続く

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