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『呪【しゅ】(『桜騒動』後日談)』

 

桜、桜、目に入る一面の景色全体が薄紅色の桜の花弁に覆われている。
此処は、西国城から真北、子(ね)の方角にある竜王山脈.
阿吽の足をもってしてもタップリ二時(一時は現在の二時間程度)は掛かる位置にある。
その名の如く竜の巨体がうねるような山並みが続く丘陵地帯である。
殺生丸一行が足を止めた山は、その竜王山脈の中でも一際、抜きん出て高い山で、周囲から見ると竜が頭部をもたげているかのように見える。
山の中腹から見えるのは満開の桜の花の大群、それは、薄紅色の雲霞(うんか)の如く周囲を埋め尽くしている。
“竜桜山(りゅうおうざん)”と呼ばれる此の山は、山全体が三千本もの桜の木に覆われている。
ありとあらゆる桜の木が、その開花時期が微妙にずれるように植えられ、次第に桜前線が山を上昇していく様子が目に見えるようにと配慮されている。
さながら竜が山にとぐろを巻くように桜色の帯が昇っていく。
“竜桜山”と呼ばれるようになった由縁が其処にある。
此処は、西国きっての桜の名所として夙(つと)に名高い。
寒緋桜の花見から発生した御落胤騒動は、奸物どもの姦計が逸早く看破され事無きを得たが、殺生丸自身は、その後、暫く政務に追われる日々が続いた。
何の事はない、桜騒動で世間が騒いでいた間、さぼり続けていた仕事の附けが回ってきたのである。
尾洲と万丈に任せておけば万事問題ないと高を括っていた殺生丸の目算が完全に裏目に出た。
勿論、何事においても老練かつ有能な両名にとって、西国王の仕事の肩代わりをする事など朝飯前である。しかし、それでは主の為になるまいと、両者は“狗姫の御方”に諮(はか)り、敢えて何もせずに放っておいたのである。
そのおかげで、西国城下の桜が満開になり、庶民が花見を楽しんでいる間も、殺生丸は、ひたすら仕事に追われ続けたのであった。
尾洲、万丈、両名の目を盗んで何度か逃亡を企てた殺生丸ではあったが、流石に嘗ての守役達である。
悉く見抜かれ、あえなく執務室に戻る羽目となった。
そんな状況下である。
当然、りんに逢いに奥御殿に行く時間が取れよう筈もなかった。
斯くして、溜まりに溜まった仕事を、殺生丸が、漸(ようや)く片付け終えた頃には、城下の桜は、もう花が殆ど散り、すっかり葉桜になりかかっていた。
そうした様々な事情から、花見の機会を見逃したりんの為に、殺生丸が、息抜きを兼ねて、遥々、足を延ばしたのが此の地である。
竜王山脈は西国王の直轄領内にある。
その為、この竜桜山には桜守りが常駐し、桜の手入れを行っている。
山の各所に設けられた東屋(あずまや)の一つに殺生丸一行は腰を落ち着けた。
その東屋の横には、一際、見事な枝垂れ桜の大木が差招くように枝を拡げ、満開の桜をしたたるように咲かせている。
今回は、人界を旅していた頃のように、殺生丸、りん、邪見のみの御忍びの旅である。
西国に帰還して以来、殺生丸は、以前のように勝手気儘に行動する事は殆ど許されなくなった。
西国王として即位した以上、仕方のない事とは云え、本来、何物にも束縛される事を良しとしない殺生丸にとって、かなり窮屈になった事は確かである。
今回の花見にしても尾洲や万丈は勿論、側近の木賊や藍生にも打ち明けず、コッソリと出掛けてきたのである。
そうでなければ、物々しく警護の者達がゾロゾロと付き従い、御忍びどころか公然たる国主御一行の移動となっていただろう。
況して、りんも連れて行くとなれば、お付きの女官連中までもが、当然の如く、付き添ってくる。
人界に居た頃ならイザ知らず、今や、りんは“狗姫の御方”の養女として正式に認められた姫君である。
気軽に行動する事など本来、許される筈も無い。
そんな諸々の煩わしさを避ける為にも、今回の御忍びの旅は、持って来いだった。
綺麗な物、美しい物に、特に敏感なりんが、目の前の枝垂れ桜に目を遣り、ホウッと溜め息を吐く。


「・・・綺麗・・・りん、夢見てるんじゃないかな? こんな綺麗な所、見た事ないよ。」


     こうした場合、りんに応えてやるのは、必ず邪見である。
相当な物識りなので大抵の質問に答えら
れるし、元々が、お喋りな性分なので話題には事欠かない。


「当たり前じゃっ! この竜桜山はな、恐れ多くも西国王の直轄領、つまり、殺生丸様の天領で、妖怪世界でも指折りの桜の名所として知られておるのじゃ。」


「フ~~ン・・・そうなの。」


     目の前に拡がる夢のような桜の景色に心を奪われ、りんは、邪見の得々とした説明にも、生返事しかしない。
片や、一行の主である殺生丸はと云えば、東屋の縁台に腰を下ろし、半眼のまま、桜を
見るとも見ないとも判断のつかない無表情のまま佇んでいる。
麗らかな春の日差しの中、咲き綻ぶ
満開の桜の花、物憂げに長い白銀の髪を風にそよがせる貴公子の姿。
邪見は、桜よりも己が主の高
雅にして秀麗冠絶たる麗容にうっとりと見惚れていた。
ザアッ・・・風が立つ。
殺生丸の恐ろしく
研ぎ澄まされた鋭敏な嗅覚に嗅ぎ慣れた匂いが届いた。


「チッ・・・もう嗅ぎ付けてきたか。」


    上空に目を遣れば“狗姫の御方”こと殺生丸の御生母様の姿が、それに、西国女官長の相模、母君付きの筆頭女房の松尾が、それぞれ手に絹の平包みで包んだ重箱と思しき荷物を捧げ持っている。


「一別以来じゃの、殺生丸。」


「・・・何の用だ。」


    不機嫌そうな殺生丸に、御母堂様が、手に持つ大ぶりの瓢箪を掲げて見せる。
中身は、間違いなく
酒であろう。チャポチャポと水音が聞こえる。


「見て判らぬか、花見に決まっておろうが。」


「・・・・」


「アッ! おっ、お母さまっ!」


「こっ、これは、御母堂様! 御久し振りでございます!」


「オオッ! りん! 会いたかったぞっ! 小妖怪も元気そうで何よりじゃ。」


りんは無邪気に養母に会えて喜んでいるが、相変わらず、名前を覚えてもらえない邪見の気持ちは、ほんの少しばかり複雑だった。
初めて御母堂様に御目文字してから、もう随分と時が経っている。
一体、何時になったら名前で呼んでもらえるようになるのやら。
この調子では、ズッとこのままであろう。
そう云えば、殺生丸様も儂の名を呼んで下さるようになったのは・・・確かお仕えしてから五十年くらい経ってからであった。
ハア~~~似た者親子と云う訳じゃな。
ン!?・・・チョッと待てよ! 
じゃあ、何で、りんの名は、すぐに覚えられたんじゃ!
・・・・という事はじゃぞ、つまり、つまりだな、儂は、名前を覚える必要さえ無い存在!という事か
!!ガア~~~~ン!!

邪見が、独り、暗く落ち込んでいるのを完全に無視して、殺生丸と御母堂様、それに相模、松尾を交えての花見の酒盛りが始まった。
最強の下戸である、りんは、甘茶に団子を貰ってご機嫌に花見を楽しんでいる。
ポカポカと暖かい春の日差しが、満腹になったりんの眠気を誘う。
ウツラウツラと船を漕ぎ始めたりんに相模が持参の打ち掛けを拡げて緋毛氈の上に寝かせた。
コロンと猫のように丸くなりスヤスヤとお昼寝を始めたりん。
何と長閑な春に相応しい景色だろうか。
一方、大人達は、花を肴に酒を酌み交わす。
殺生丸が、蠎蛇(うわばみ)なら御母堂様は笊(ざる)であった。
お供に付いて来た相模、松尾にしても、酒の強さは尋常ではない。
酒豪同士が、ドンドン酒を酌み交わしているのだ。
この調子では直ぐにも酒が尽きるかと思われたのに、瓢箪の中の酒は、一向に切れる気配がない。
注いでも注いでも中身が減っていかないではないか。
流石に、それを不審に思った殺生丸が、母君に訊ねてみた。


「・・・この瓢箪は、酌めども酌めども酒が尽きぬが、どういう訳だ?」


「フフッ、気が付いたか、これはな、“切れずの瓢(ふくべ)”と云うのよ。どれだけ酒を注ごうが決して酒が尽きぬのだ。」


「何っ!・・・そうか、これが。西国の何処かに所蔵されていると聞いてはいたが。」


「この瓢(ふくべ)は、妾(わらわ)が、まだ闘牙の許に嫁ぐ前に手に入れた代物でな。元々は、薬老毒仙とか云う助平爺が持っておったのだ。あの糞爺(くそじじい)ときたら、会った途端に、いきなり、妾(わらわ)の手を握り尻を撫で回しおってからに。ぶん殴って毒華爪で始末してくれようとしたら、泣きながら、これを差し出したので見逃してやったのだ。」


「・・・・」


「そうでございましたな、一見すると、単なる薄汚い瓢箪にしかみえなかったので御方様が怒って毒華爪を振りかざそうとなさったら、薬老毒仙めが、その瓢箪をヒョイと傾けて酒を流し始めたのでございますよ。ですが、どんなに注いでも酒が尽きる事は全く無くて。それで、ようやっと許してやったのでございましたね。」


「ハハハッ! あの後、その薬老毒仙と酒盛りをして大いに盛り上がったのであったな、松尾。確か、その時は、相模、そなたも一緒では、なかったか?」


「はい、ご一緒しておりました。あの御老人ときたら、御方様だけでなく、私や松尾殿にまで、しつこく色目を使っておりました。」


「クックッ・・・根っからの女好きに酒好きの飲兵衛爺だからな。女好きと云えば、殺生丸、そなたの父上、闘牙も相当な物であったぞ。あ奴は、筋金入りの女誑(たら)しでな。若い内から、その手の武勇談には事欠かぬ男であった。美男の上に口は立つ、腕も立つ、と三拍子揃っている物だから、大抵の女子(おなご)が、闘牙に惚れ込みおってな。全く、狗神の呪(しゅ)が掛かっておらなんだら、そこら中、闘牙の落し胤だらけになる処だったわ。」


「・・・狗神の呪(しゅ)とは何だ?」


殺生丸が、初めて聞く言葉に鋭く反応して、母君に聞き返した。


「ウン? ああ、そう云えば、そなたは元服する直前に父上と死に別れたのであったな。通常ならば、元服と同時に、その事を教えられるのだが。良かろう、話してやろう。我らが狗神の血を引く末裔である事は知っておろう。嘗て、狗神の長の地位を巡って一族の者が激しく争った事が、あったのだ。我ら狗神の直系の血を引く者の妖力が、如何に甚大であるかは云うまでも無かろう。犬妖としての本性を顕わにして相争ったせいで、この国その物が危うく崩壊しかけた程の凄まじさだった。戦いに勝利を収めた新しい長は、その事を大層、憂えて、以後、直系の者に対して子々孫々にまで至る呪(しゅ)を掛けたのよ。妄(みだ)りに子供を増やさぬようにとな。即ち、男と女、双方が真に望まなければ、決して子供が出来ないと云う血に潜(ひそ)ませた狗神の呪をな。だからこそ、殺生丸、闘牙の子供は、そなたと、あの半妖しか居らぬのだ。」


「では・・・初めから判っていたのだな。あの祖牙丸なる子供が、私の落し胤でない事を!」


「当たり前だ、そなたのような朴念仁が、簡単に子供を欲しがるか。」


「私の子でないと知りながら・・・何故、あのような茶番を!!」


「あの親子の後ろで一体、誰が糸を引いているのか知りたかったからな。」


「・・・・」


「それに、あの者達を放置しておけば、何処ぞの馬鹿者が、担ぎ上げて乱を起こすやも知れぬ。」


「尾洲や万丈も知っていたのか?」


「勿論じゃ。あの者達は、闘牙の股肱の臣だぞ。尾洲と万丈は、闘牙が、まだ幼い仔犬の頃から随従してきたのだ。当然、闘牙自身から聞かされておるわ。」


「・・・私だけが、何も知らされていなかった。」


     恨めし気に殺生丸が“狗姫の御方”を睨(ね)めつけた。
それだけで数多の妖怪が恐れをなして
逃げ惑うと云われる西国王の白眼視。
しかし、そんな息子に怯むどころか、寧ろ愉しげに、御母堂
様は、しれっと言ってのける。


「敵を騙すには、まず味方からと云うではないか。今回、そなたが何も知らずに動揺していたからこそ敵の“虚”を衝(つ)けたとも云えるぞ。」


「・・・・」


     確かに母の言う通りかもしれない。だが、それでも、己の事にも拘らず、何も知らされなかったと云う事実は、殺生丸の自負心を甚く刺激した。
よくよく思い返してみれば、今回の“桜騒動”は、
最初から最後まで母の掌の上で踊らされていたような物だったと、殺生丸は、苦い嘆息と共に思い知った。
桜が雪のように静かに舞い散る。
一片の花弁がハラリと盃に落ちてきた。
殺生丸は鬱々
とした思いを押し流すかのように一気に盃を飲み乾した。      了 

 

(第三十一作目『呪【しゅ】(『桜騒動』後日談)』につてのコメント)

     題に『桜』を入れたので◆とにかく時間に追われ続けて書き上げた感のある作品です。
毎日、桜の
状態を見る度に「早く仕上げなくちゃっ!!!」と気持ちが焦りました。
おかげで殆ど突貫作業で
仕上げました。
ほぼ、毎週のように新作を出したのではないでしょうか??(まるで週刊誌並み!)
ひとまず◆これで『桜騒動』は終着しました。次は、何を書こうかな?新しいネタを探さなくちゃ!!!
少し休もうかしらん???(-。-)y-゜゜゜
                                 2007.4/21.(土) ★★★猫目石


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