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第六作目『不覚』

亡霊に囚われ、今にも殺されようとした、りんを救ったのは、同じ死人の巫女の矢であった。
捨て身の計算で、後ろ向きに投げつけた闘鬼神は、過(あやま)たず、りんを捕らえている男の胸を貫いた。
男が生者であったなら・・・間違いなく心臓を貫かれ絶命したであろう。
しかし、男は忌まわしき死人(しびと)であった。 
既に、この世の生とは無縁の存在。
己が対峙している、もう一人の死人には、蛇の如き刀を掻い潜り、我が爪にて心の臓を貫き
息の根を止めてやった・・・筈であった。 
だが、こ奴も又・・・死人!
男の腕から抜け出し私の許に駆け寄ろうとした、りんは、闘鬼神を胸に刺したままの死人に又も、押さえつけられてしまった。 
己が爪に貫かれた蛇骨とか言う男も、一旦は、倒れ掛かったものの口から血を流しながら起き上がり、小気味良さ気に言葉を吐き捨てる。

「近くで見ると、やっぱ、色男だな。 俺の好みじゃねえけどよ。」

「へへへ、当てが外れたな・・・俺達は、こんな事じゃ死なねえんだよ。」

迂闊(うかつ)であった。
こ奴らは死人(しびと)。 
通常の攻撃では、倒す事が出来ぬのか。

「蛇骨よ、もい、いいだろ。 この餓鬼、殺すぜ。 傷つけられたせいかな・・・医者の野郎怖がって出てこねえ」
  
睡骨と呼ばれた男が、りんに、鉤爪を振りかざそうとしている。
逡巡している暇は無い! 
鉤爪が正に振り下ろされようとした瞬間、己が爪を、蛇骨から引き抜いた時、虚空を切り裂き。破魔の矢が飛び込んできた。 
ゴオォッ―――――
破魔の矢は、りんを殺そうとした睡骨の咽喉元に突き刺さり、その衝撃で、後ろ向きに男は倒れこんだ。 
開放された、りんが、己の名を呼びながら駆け寄ってくる。
矢を放ったのは、巫女。 
だが、この女も死人(しびと)。
骨と墓土の臭いがする。 
女は旧知の仲らしく倒れた男の元に近付いた。

「桔梗・・・さま・・・」

「!」 

これは・・・医者の睡骨なのか? 
桔梗は迷った。

「やっと・・・戻れた・・・黒い光に邪魔されて・・・出て来られなかった・・・」

僅かに訝(いぶかし)みつつ巫女が尋ねる。
 
「あなたは・・・医者の睡骨さまか?」

先程までの禍々しい気は形を潜め、穏やかな医者の睡骨の気が表面に出て来ている。
破魔の矢が四魂の欠片を浄化したせいであろうか・・・?

「桔梗さま・・・私の首の・・・四魂の欠片を・・・取ってください・・・」

「それで・・・私は・・・骨に返る」
 
「!」 

巫女の表情が微かに変化した。

「死を・・・・・・選ぶと?」
 
同じ死人である睡骨の決断は桔梗にとって他人事ではなかった。

「やっと思い出した。 私は一度・・・死んでいる。」

「前に生きていた時も・・・もう一人の私・・・七人隊の睡骨は・・・沢山の人を殺した。」

「私は・・・どうする事も出来なかった。 同じ事を繰り返すのは、もう・・耐えられない。」

「頼む・・・桔梗さま。 欠片を取って・・・私の魂を救ってほしい・・・」

欠片を取れば、この男、睡骨は、偽りの生から開放され・・・骨に返る。
本人の望みのままに欠片を取ってやろうとした、その時、蛇のような動きをする刀が睡骨の咽喉元を切り裂き、欠片を弾き出した。 
飛び出した欠片は弧を描き蛇骨の手に収まった。

「形見がわりにもらってくぜ。 あばよ」 

捨て台詞とともに聖域に逃げ込んでいく死人の男。
欠片を失った睡骨の体は、瞬く間に変化し、骨だけが残った。 
ファサ・・・
りんは、驚きながらも、何故か睡骨という男が可哀想な気がした。
自分を殺そうとした怖い人だったけど本当は優しい人だったんだ。
あの村にいた子供達、あの人が面倒みてると言ってた。
だから・・・あの子達も逃げようとしなかったんだ。
・・・信じてたから、あの人の優しさを。

「あの・・・巫女様・・・助けてくれて・・・有り難う。」

「ああ・・・・・怪我はないか? 怖かったろう。」

「うん、だけど、この人・・・何だか・・・」

「あっ・・・さよならっ。」

殺生丸は、もう用は無いとばかりに歩き始めた。 
りんも後を追う。

(死人の巫女か・・・察するところ、あれが犬夜叉を封印した巫女であろう・・・)

五十年前に、一体、あの巫女と犬夜叉の間に、どのような経緯があったのか。
聖域から遠ざかるごとに、体にのしかかるような圧力が薄れていく。
死人共との闘いで受けた傷も、血が止まり、治り始めている。
しかし、殺生丸の心は晴れなかった。 
もし、あの瞬間・・・あの巫女が破魔の矢を放たなかったら? 
りんは、どうなっていただろう?
間に合わぬ!と思った。 
刹那・・・・瞬きする瞬間にも等しい一瞬の時、己は・・・どうする事もできなかった。
睡骨の鉤爪で体を引き裂かれ、りんは、絶命していたであろう。
一度は狼に噛み裂かれ、二度目は鋭い鉤爪に引き裂かれ・・・。
死の恐怖と断末魔の苦痛を二度までも味あわせる事になっていた筈だ。
くっ・・・何たる不覚!
勿論、己には天生が牙ある。 
りんが死んだとしても生き返らせる事が出来るだろう。
しかし・・・二度目も天生牙が発動するという保証は・・・何処にも無い。
それを思う時・・・殺生丸の心中に湧き上がってきた感情は、馴染みの無いものであった。
りんを・・・童女を失う・・・。 
それは・・・その感情は・・・確かに恐怖であった。
天生牙の試し斬りで冥府から呼び戻した命。 
以来、旅の供に加え、行動を共にしてきた。
よく笑い、よく喋り、一体、何が、そんなに嬉しいのか?と思うほど、童女は己を見ては駆け寄り何度も何度も「大好き」と、幼い声で、思いのありったけを告げてくる。
これ程までに純粋な好意を向けてくる存在は、今迄、誰もいなかった。
己に向けられてきた感情は、畏怖、恐怖、羨望、絶望、媚を含んだ劣情、哀願。
いつしか・・・己は・・・童女が傍らにいる事を当然の事として受け止め、その気配を、匂いを常に探り、無意識に危険から遠ざけようとしてきた。
それが・・・この様は、どういう事だ!
死人(しびと)の巫女に助けられるとは!
何という失態! 
りん一人を守る程度の事、どれ程の事であろうと高を括っていた。
その油断が、この体(てい)たらくだ! 
奈落は、益々、姦計を巡らしてくる。
己の弱点を正確に突いてくる。 
四魂の欠片を使い、生者だけでは飽き足らず、死者までも墓場から連れ戻し己が姦計の駒として使い捨ててくる。 
一体、どのような手段を使ったものか、自分だけは安全な白霊山の結界に守られ、今、この時にも、更なる策を立てているに違いないのだ!!
ギリッ・・・と歯を食い縛った己を見て、りんが、話しかけて来た。

「ごめんなさい・・・殺生丸さま・・・りんが捕まったりしたから・・・」

己の袂(たもと)に滲んだ血に、大きな目を潤ませながら一生懸命、謝ってくる。
何故、お前が、謝る必要がある・・・殺されかけたのは・・・お前ではないか。

「殺生丸さまが・・・りんのせいで・・・怪我するなんて・・・ひっく、ひっくぅ・・・」

大粒の涙をポロポロと零し、りんが泣く。 
私の傷は、もう治りかけている。
お前が泣く必要など・・・何処にもないのだ。 
慰めの言葉など・・・己は知らぬ。
だから・・・隻腕の右手で、泣きじゃくる、りんの髪を撫でてやった。
柔らかな幼子の髪・・・細く、しなやかで、少し癖のある、りんの髪。
今まで・・・りんに触れた事は殆ど無かった。 
鋭い爪が、己が体内に溜められた毒が、か弱い童女を傷つけはしまいかと、敢えて触れぬようにしてきたからだ。
己の指に絡みつく、黒い艶のある髪は、お転婆なりん、そのもののように跳ねる癖がある。
りんの身体から、雛特有の乳臭い甘酸っぱいような匂いが、立ち昇る。
もしかしたら・・・喪っていたかもしれぬ・・・この手の中の童女の存在。
か弱く幼いりん・・・暖かな微笑み、差し伸べられる小さな手、曇りの無い眼差し。
その全てが・・・どれほど己にとって価値あるものか・・・痛い程の自覚が、殺生丸を苦しめた。

(・・・二度と・・・二度と、あのような目には遭わせぬ!)

(このような不覚は・・・二度と取らぬ!)

冷酷非情と怖れられた大妖の心に芽生えた童女への感情。
庇護する者への保護者としての情。 
その感情は、童女が少女に、少女から娘へと成長するにつれ更に大きく育ち、殺生丸の心中に根付く事になる。
夜盗に家族を惨殺され心に傷を負う童女と、孤独を孤独とさえ知らぬ孤高の大妖。
一見、余りにもかけ離れた存在の間に培われていく信頼と愛情。
後に、人間と妖との垣根さえ乗り越える絆となる想いが、この日、生まれた。        了

                                   2006.5/31(水) 作成◆◆

《「不覚」についてのコメント》

白霊山で死人コンビの蛇骨と睡骨に、りんちゃんが攫(さら)われた事件を題材に殺生丸の心情を主体に書いてみました。 
原作では、りんちゃんを助けた後の事について、一切、触れていません。
ですから、もし、殺生丸ならば、あの件をどう考えるか?と想像してみました。

2006.8/10(木)★★★猫目石

 

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