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小説第四十三作目『或る祐筆の述懐』 ③

そして、殺生丸様が、お留守にされていた間、残された御一行には、これまた、大変な事が起きていました。
主の不在を狙いすましたかのように、奈落めが、直接、出向いて来たのです。
琥珀の四魂の欠片を、自ら、手に入れようと。
強大な力を持つ奈落に、必死で抵抗する琥珀。
阿吽に乗って、りん様や邪見殿と一緒に、逃亡を図りますが、何と云っても、相手は、あの奈落です。
簡単に逃げおおせる筈もなく、瘴気の雲が、ピタリと後を追ってきます。
奈落自身は、琥珀の欠片に触れる事は出来ないそうです。
何でも、巫女の桔梗が、四魂の玉に残した光に邪魔されるとかで。
その為、琥珀の首を落として、四魂の欠片を入れたまま、持ち帰る積もりだったのです。
襲いかかる瘴気の渦、欠片が、邪気の影響を受けて穢れ始めていきます。
それと同時に、琥珀の意思も、奈落の支配下に。
辛うじて、自分の意思を保つ琥珀。
しかし、身体が、云う事を聞きません。
琥珀が、鎖鎌で、自らの首を刎ねようとした、その刹那、姉の珊瑚が、駆け付けて来ました。
退治屋の里を、一族全てを死に追いやった憎い仇。
奈落と対峙する珊瑚。
強大な力を持つ奈落に対し、一歩も退きません。
敢然と立ち向かう、その誇り高い姿。
最強の女戦士と呼ぶに相応しいでしょう。
追い詰めた獲物を嬲るかのように甘言を弄する奈落に向かって、投げ付けられた新生飛来骨。
珊瑚を侮って掛かった奈落が、何と、体を砕かれたではありませんか! 
然も、砕かれた体の再生を阻みます。
薬老毒仙の毒や薬を掻い潜って再生した飛来骨です。
奈落の体を砕いた上に、更に、相手の邪気を巻き込み、毒を以って敵に打撃を与える。
これが、並みの妖怪なら、ひとたまりも無く粉砕され尽くしている筈です。
形勢悪しと見て取った奈落、即座に退却して行きます。
こういう状況判断の素早さは、何時もながら、実に見事な奴で御座いますな。
アッと云う間に逃亡しました。
助けに駆け付けて来た犬夜叉殿や、お仲間衆。
こうして、この場は、琥珀の欠片を守る事が出来ました。
勿論、りん様や邪見殿もです。
幸いにして、犬夜叉殿の思い人の、かごめは、強力な霊力を持つ巫女です。
穢された琥珀の欠片を浄化する事が出来ました。
その頃、殺生丸様は、どうされていたか、と云いますと・・・断崖に立って海を眺めておられたようです。
昔から何か有ると海辺に出掛けては、そのまま、何時間も海を眺める傾向が有る御方でしたので。
まず、間違いないでしょう。
そして、そんな殺生丸様の邪魔をしたのが、夢幻の白夜です。
お節介な事に神無の鏡の欠片を手渡し、兄弟喧嘩の切欠を作ったのです。
神無、彼女も奈落の分身でしたが、もう、『用無し』と見做され、犬夜叉殿と相討ち覚悟の玉砕戦法に出て死にました。
捨て駒にされたのですな。
何とも、非情としか云い様が、有りませんな。奈落のする事は。


オット、失礼しました。話を戻しまして。
勿論、それも奈落の差し金ですが、罠と判っていて、敢えて、その罠に乗る殺生丸様でした。
この際、もう早い内に決着を付けてしまおうとなさったのでしょう。
鉄砕牙に天生牙を吸収させなければならないのなら、グズグズと時を置く必要も無いと。
どうせ、何時かは、手離さなければならない技であれば、いつまでも持っていても仕方無いと、決断されたので御座いましょう。
お世辞にも気が長いとは云えない御方で御座いますから。
思い立ったが吉日とばかりに、即、行動に移されます。
その脚で、そのまま、弟君に、闘いを挑まれました。
兄君と同じく、弟の犬夜叉殿も、これまた、相当に気が短い。
兄君の挑戦を受けて立たれます。
こういう処は、流石に御兄弟です。
良く似ておられます。
騒然とする、双方の御一行の方々。
天生牙から漂う臭気が、奈落の物と気付き、憤慨される犬夜叉殿。
そんな中、空中に忽然と現れたのは、又しても、夢幻の白夜。
ご親切にも、幻術で、殺生丸様と犬夜叉殿を、二人きりで闘える場へと、お連れしてしまいました。
残された者達は、それぞれ、御二人の安否を心配する事しか出来ません。
そんな状況の中、急に黒雲が出現、雷鳴が轟きました。
ドン! 稲光とともに刀々斎殿が、妖牛の猛々に乗って現れました。
鉄砕牙と天生牙、どちらも、刀々斎殿が、打ち起こした刀です。
謂わば、我が子同然の刀です。
その鉄砕牙と天生牙が、一本の刀になろうとしている気配を、逸早く感じ取って参上されたのでしょう。
嘗て、己が、二つに分けた刀、それが、今、再び、一つになろうとしている。
その瞬間を見届けに来られたのでした。
その場に居る他の者達には、殺生丸様と犬夜叉殿の闘いが、どうなっているのか、その状況を窺う事さえ出来ません。
しかし、刀の生みの親である刀々斎殿には、手に取るように判るのでしょう。
「今、ひとつになった。」
刀々斎殿が、ポツリと呟かれました。
待つ程も無く、空中に巨大な冥道が出現しました。
そして、冥道の中から、御兄弟の姿が。
黒い刃の鉄砕牙を辛うじて構えた犬夜叉殿。
大怪我をしてフラフラの状態のようです。
それに比べ、兄君の殺生丸様の方はと云うと、散策の途中にヒョイと立ち寄ったかのように涼しげな風情でいらっしゃいます。
着衣ひとつ乱されておりません。
もう、用は済んだとばかりに、サッサとその場を立ち去ろうとする殺生丸様を、刀々斎殿が、呼び止められました。
天生牙を持っていかれるようにと。
驚きました。
拙者、てっきり、天生牙は、鉄砕牙に吸収され、もう、影も形も無い物と思い込んでおりましたから。
そんな刀々斎殿の申し出を、にべも無く断り、先を急がれる殺生丸様。
引き取り手の無い天生牙を手に、さて、どうした物かと考え込む刀々斎殿。
そんな刀々殿に、りん様が、お声を掛けられます。
そして、可愛らしい紅葉のように小さな両手に、天生牙を受け取られたのです。
殺生丸様の御機嫌が直ったら、手渡すと申されまして。
流石は、りん様。
幼い乍ら、実に、殺生丸様の御気性を、良く心得ていらっしゃる。
りん様からならば、殺生丸様も、天生牙を受け取る事に『否や』とは申されなかったので御座いましょうな。
その後も、殺生丸様の腰には、以前と同じ様に、天生牙が佩かれておりました。
斯くして、冥道残月破は、半妖の犬夜叉殿の持つ鉄砕牙に吸収されたのでありました。
しかし、不思議な事に、天生牙は、鉄砕牙に吸収されずに残りました。
拙者の考えます処、恐らく、天生牙自身が、非情にして滅却の技、冥道残月破を嫌ったのではないか、と思うのです。
だからこそ、技のみを、鉄砕牙に譲り渡し、自身は、“癒しの刀”として残ったので御座いましょう。
二百年もの間、沈黙を守り続けてきた天生牙です。
二度と、敵を、冥界に送るような事をしたくなかったのかも知れません。
冥道残月破を切り離した天生牙は、今や、文字通りの“癒しの刀”に御座います。


それにしても、噂が流れるのは、何と早い事か。
『悪事、千里を走る』などと申しますが、これは、人界でも妖界でも変わりません。
悪い噂であればあるほど、それが伝わる速度も、一層、早まります。
それが、関心のある人物の情報となれば、特に。
殺生丸様が、武器を失われたという噂は、アッと云う間に拡がりました。
それを知った身の程知らずの愚かな妖怪どもが、殺生丸様を倒し、名を上げようと、連日、挑んで参りました。琥珀の四魂の欠片も、彼奴らにとっては、体の良い餌のような物です。
まあ、どいつもこいつも、殺生丸様の爪に掛かり、ウンもスンも無く葬られるのが関の山でしたが。
それにしても、鬱陶しい事です。
そんな或る日、トンデモナイ強敵が、襲い掛かって来ます。
まるで、降って湧いたかのように現れた、そ奴の名は、曲霊(まがつひ)。
四魂の玉の中に潜んでいた悪霊その物です。
四魂の玉から出てくる際、妖怪どもの体を、奈落から召し上げたせいか、奈落の臭いを辺り構わず漂わせておりました。
別段、隠す気も無かったのでしょう。
空から、現れるなり、いきなり琥珀の欠片を目掛けて、攻撃してきました。
その凶悪さ、ずる賢さは、下手をすると奈落よりも上かも知れません。
それ程までに、危険、極まりない敵なのです。
曲霊と対峙する殺生丸様。
彼奴の懐に飛び込み、腹中深く、手刀を打ち込まれました。
しかし、奴は、一向に堪えた素振りを見せません。
弱る処か、奈落と同じ様に、触手を拡げて、そのまま殺生丸様を挟み込もうと!
 間一発、後方に飛び退かれ、難を避けた殺生丸様。
然も、驚いた事に殺生丸様の手が!
 毒華爪が! あの猛毒を発する手が!
 焼け爛れているでは有りませんか! 
信じられません・・・殺生丸様が、毒で負けるなどと。
しかし、現実に、その有り得ない事が起きているのです。
彼奴の、曲霊の毒の方が、より強力なのです。
そうした緊迫した状況を、阿吽に乗って見ていた琥珀。
殺生丸様を、少しでも、お助けしようと、微力ながら鎖鎌で曲霊を攻撃します。
ドカッ! 狙い過(あやま)たず曲霊の頭部に鎖鎌が命中。
あっ、頭に、頭部に、鎖鎌が喰い込んでいるのですよ! 
そんな状態にも関わらず、奴は、平然としております。
痛みを感じてないのでしょうか。
平気な顔で、空中の琥珀を睨み据えているのです。
そして、琥珀は、阿吽に同乗している、りん様に塁が及ばないよう、自ら、阿吽から飛び降りました。
琥珀なりに、以前、奈落が、自分の欠片に触れた途端、巫女、桔梗の光によって弾かれた事を思い出し、敢えて、欠片に触れさせようとしたのです。
しかし、その思惑は“凶”と出ました。
曲霊には、桔梗の光が効かないのです。
邪気に欠片を穢され、触手に捉えられ、全く、身動き出来なくなる琥珀。
それだけでは御座いません。
琥珀を助けようとした殺生丸様までが、触手に、隻腕を、右腕を、串刺しにされてしまったのです。
ウグッ、それも、三箇所、三箇所も!
グサッと串刺しですぞっ!
 思わず、ヒイィッ・・と悲鳴を上げたくなってしまいます。
殺生丸様、『戦国最強』と謳われてきた我が主君。
無敵の強さを誇った御方が、これ程、苦戦なさった事が、未だ嘗て、存在したでしょうか。
何と云う怖ろしい敵で御座いましょう。
丁度、この時、犬夜叉殿が、奈落の臭いを嗅ぎ付けて、お仲間を引き連れて、駆け付けて来られました。
そして、鉄砕牙で、触手をブツ斬りに。
初めて見る兄君の痛々しい負傷姿に心を痛めておられたので御座いましょうな。
何しろ、冥道残月破を譲り渡した以上、殺生丸様の武器となる刀は無いのですから。
しかし、同情など死んでも受け付けぬ御方が、殺生丸様です。
半妖の弟御に気遣われたのが、癪に障られたのか、串刺しにされた穴だらけの腕を、妖力を使って、一気に、治癒されました。
流石は、我が君。
そのまま、曲霊に立ち向かうと見せ掛けて、一挙に、本性を露(あらわ)に。
ハイ、我ら犬妖族の真の姿に変化されたのです。
そして、そのまま、曲霊の首を噛み切ってしまわれました。
通常の敵なら、これで、絶命するのが普通です。
しかし、彼奴は、死にません。
首を千切られようが、体を傷付けられようが、一切、お構い無しなのです。
それどころか、好きなだけ壊すが良い、などとほざくのです。
彼奴にとって、体など、所詮、奈落からの借り物。
どれだけ、壊されても構わないのであります。
だからこそ、どれだけ傷つけられようが、壊されようが、全く平気なのでした。
寧ろ、奈落の特性を生かし、分断された部分を再生し、新たに触手を伸ばし、更なる攻撃を仕掛けて来ます。怖ろしく厄介な敵です。
四魂の玉に、長年、潜んでいた悪霊だけあって、霊力の高い巫女の能力を持つ、かごめこそが、己にとって、一番の脅威である事を熟知しています。
その一番の強敵の霊力を、イの一番に、封じました。
曲霊の一睨みで、かごめが、倒れてしまいました。
やはり、悪霊です。
かごめ程の強力な霊力を封じるなど、この世の者に出来る芸当では御座いません。
勿論、奈落には、到底、出来ない業(わざ)です。
巨大な化け犬に変化された殺生丸様に、曲霊の触手が、絡み付き、ギリギリと締め上げ出しました。
このままでは、完全に触手に巻き込まれ潰される!と思った瞬間、殺生丸様が、人型に戻って、触手の包囲陣から脱出されました。
猶も、曲霊に向かって攻撃しようとされます。
そんな兄君を、犬夜叉殿が、援護して冥道残月破を打とうとしますが、急に、触手が散開。
まるで、その技の威力を知っているかのようです。
目標物が、全方向にバラけてしまっては、冥道残月破を使う利点が無くなってしまいます。
そうこうする内にも、バラけた触手が、肉片が、元の妖怪どもに戻って、各自、好き勝手に攻撃し始めました。その中の一群が、りん様、琥珀、法師を乗せている阿吽を目掛けて触手を! 
法師が、風穴で、それらを吸い込もうとするのですが、邪気に操られた琥珀が、その行動を阻止。
危ない! 
その時、殺生丸様が、素早く、りん様達の前に立ちはだかり、迫ってくる触手、妖怪どもを、爪で撃破。
このまま、全員、バラバラの位置に付いていては、各個撃破の格好の的です。
此処は、総員、一箇所に集まり、各人の力を結集する必要が有ります。
それを、逸早く見て取った殺生丸様。
自ら、先頭に立ち、血路を開きます。
そして、全員が、集まった時点で、唯、御一人で、曲霊に向かって行かれたのです。
端で見ている分には、無謀としか思えない行動ですが、殺生丸様には、成算が、お有りでした。
そう、曲霊は、悪霊。
この世の者では無いのです。奴を斬る事が出来るのは、唯一、天生牙のみ。
誰よりも鋭敏な嗅覚を誇る殺生丸様です。
空中に浮遊している曲霊の頭部には、目も繰れずに、迫る触手の攻撃を掻い潜り、悪霊の臭いの元に、鋭く一太刀、お見舞いされました。
オオッ・・・空に現れたのは、巨大な曲霊の顔。
それこそ、彼奴の本体、霊体です。
左目が、斬られてます。
本体を傷付けられ、怒りに震える曲霊。
しかし、霊体を斬る事が出来ても、天生牙は、この世の物を斬る事は出来ない刀です。
即座に、その弱点を見て取った曲霊が、殺生丸様を、触手で串刺しに!
 グウッ・・そっ、それも胴体を二箇所もですっ!
この部分を想像するだけで、拙者、腹が痛くなるような気が致します。
アタタッ・・・そう云えば、弟御の犬夜叉殿も、以前、殺生丸様によって、土手っ腹に穴を開けられた事があったのでしたな。
然も、毒まで注がれたそうで。
尤も、犬夜叉殿は、犬夜叉殿で、殺生丸様の左腕を、鉄砕牙で斬り落とされてるから、お互い様ですか。
何とも、まあ、荒っぽい御兄弟で御座います。
とにかく、半妖の犬夜叉殿でさえ、人間に比べたら、驚異的な体力と回復力を有しておられます。
では、純粋な妖怪である殺生丸様の体力、回復力が、当然、犬夜叉殿を凌駕しているであろう事は、ワザワザ、ご説明するまでも無いでしょう。
とは申しましても、とてつもない痛みであろう事は、間違い御座いますまい。
怖ろしく強情な御方ゆえ、まず表情には出されませんが。


それは、さて置いて、話を先に進めますぞ。
曲霊め、一旦、バラバラに散開させた触手や、妖怪どもを呼び集め、竜か蛇の尻尾のような形に融合させて、殺生丸様を囲い込み始めました。
エエイ、もう触手なのか尻尾なのか、とにかく巨大化した化け物の尻尾のような肉塊で、一気に、押し潰してしまおうとしたのです。
バキバキバキッ! 
誰もが、その凄まじい様相を見て、殺生丸様の『死』を確信しました。
無理も御座いません。
胴体を二箇所も串刺しにされ、その上、あれ程の物理的な衝撃を受けては。
如何に殺生丸様と云えど、一溜まりも無いと、誰もが判断せざるを得なかったでしょう。
殺生丸様が、押し潰され殺されてしまったと思い込んだ犬夜叉殿。
兄君を嘲る曲霊の顔を怒りに任せて両断します。
本体でない以上、どんなに斬り伏せようと無駄なのですが、それでも、そうせずにはいられなかった犬夜叉殿のお気持ち、良く判ります。
普段、どんなに仲が悪くとも、やはり、血が繋がった、此の世に唯一人の兄君です。
肉親の情が、迸(ほとばし)り出ます。
激しい怒りに震えながら、巨大な触手を攻撃する犬夜叉殿。
兄君が、取り込まれている以上、冥道残月破は、勿論、金剛槍破も、他の技も使う事は出来ません。
文字通り、鉄砕牙で斬る事しか出来ないのです。
その隙を衝いて、触手が、犬夜叉殿の手足を絡め取りました。
鉄砕牙を振るえないようにギリギリと締め上げます。
必死に抵抗する犬夜叉殿。
その時、ドクン!と鼓動のような音が。
次の瞬間、ドン!と内部から巨大な触手が破壊され、同時に眩しい閃光が!
バラバラと崩れ落ちた触手の内部から、朧気にボウッと見えて来たのは・・・殺生丸様。
なっ、何と、生きておいでだったのです! 
右手に天生牙を握り締め、喪った筈の左腕の部分からは、バチバチッと凄まじい光を放電させておいでです。一体、何が、起きているのでしょうか?
 敵も見方も唖然とする中、空中にゴォ――ドロドロと鳴り響く音。
棚引く黒雲と共に現れたのは、三つ目の妖牛、猛々に乗った刀々斎殿ではありませんか。
かの御仁が、ワザワザ、この場に現れたと云う事は・・・。
ハイ、当然、刀に関する事に相違御座いません。
刀々斎殿の出現に、何か感ずる物が有られたので御座いましょう、殺生丸様。
しかし、その時、新たな触手が、ググッと上部から覆い被さるように襲い掛かって来ました。
殺生丸様が、バチバチと激しく放電している『無い筈の左腕』を振るわれました。
ドン! 凄まじい衝撃と共に吹き飛ぶ触手。
怖ろしいまでの破壊力です。
闇を切り裂く雷光のような光の中に浮かび上がって来たのは、失った筈の左腕。
そして、その左腕が握り締めている刀。
それは、一見、天生牙に良く似た細身の日本刀。
しかしながら、その刀には、刀身にも柄にもビッシリと雷紋が刻まれております。
雷紋、稲妻を象徴する紋様。
一振りで千の妖怪を薙ぎ払い、破壊し尽す、神の怒りにも似た神剣、“爆砕牙”の出現で御座いました。


破壊された触手が、地面に地響きを立てて落下して行きます。
ドオオン!
犬夜叉殿の手足に絡み付いていた触手も爆砕牙の効果でボロボロです。
そのまま、地面に零れ落ちて行きます。
目の前で 爆砕牙の凄まじい破壊力を見せ付けられても、猶も、殺生丸様と爆砕牙を侮って掛かる曲霊。
破壊された触手の残骸に、新たに妖怪どもを融合させて、再度、攻撃を開始しようと試みます。
次々と残骸に飛び込んで行く妖怪ども。
しかし! 此処で、新たな異変が生じます。
従来ならば、奈落の特性を生かし、一旦、破壊されても、触手は、何度でも再生が可能だった筈です。
にも拘らず、爆砕牙に破壊された残骸に触れた途端、無傷の妖怪どもまでが、同じ様に破壊されていくでは有りませんか!
 何と、何と云う、凄まじい威力を発揮する刀で御座いましょう。
『神の怒りに触れし者、悉(ことごと)く、破壊され尽くすべし』とでも表現すべきでしょうか。
信じられない破壊力で御座います。
鉄砕牙が、豪剣ならば、爆砕牙は、正に神剣と云うべきで御座いましょう。
爆砕牙の途方もない驚異の破壊力を見ても、まだ、悪態を吐く曲霊。
殺生丸様が、止めとばかりに爆砕牙で、彼奴の顔を斬り捨てられました。
バコッ! 跡形も無く粉砕される曲霊の顔。
同時に、曲霊の気配も、臭いも、周囲から霞のように消え失せていきました。
以上が、殺生丸様の失われた左腕の再生と爆砕牙出現の全貌で御座います。
爆砕牙には、刀々斎殿自らが、持参された朴仙翁様の枝から、鞘を彫り出して下さいました。
刀身にも、柄にも、ビッシリと刻み込まれた雷紋に合わせて、鞘にも、同じ雷紋を施してあります。
優雅な天生牙に対し、似たような形状の細身の刀でありながら、爆砕牙は、何とも剥き出しの荒々しさを感じさせる刀で御座います。
きっと、雷紋の持つ呪術的な力が、見た目にも『破壊的な力』を象徴しているからで御座いましょうな。
オオッ!どうやら、除夜の鐘が聞こえてまいりました。
それでは、拙者の話も、ソロソロ、この辺りでお終いにさせて頂く事にしましょう。
長々と御拝聴下さいまして、誠に有難うございました。
エッ、何故、西国に除夜の鐘が有るのか?ですと。 
ハイ、実は、これは、先代様、殺生丸様の父君、闘牙王様が、人間界から持ち込まれた風習なので御座います。
三百年前、丁度、拙者が、城勤めを始めた頃に導入されました。
最初の頃こそ、時を告げる鐘の音に、我ら一同、奇妙な違和感を感じた物ですが、今では、日々の生活、年越しに欠かせない習慣となっております。
我ら、妖怪は、寿命が長い分、どうしても、時という観念が疎(おろそ)かになりがちです。
先代様の頃は、約束の日時に、一日や二日、遅れる事など当たり前、下手すると、一週間、二週間程度の遅れもザラに御座いましたとか。
それどころか、ひと月遅れ、二月、三月遅れなんて事も。
もっと酷い場合など、一年、二年、イエイエ、三年や、五年、中には、十年遅れなんてトンデモナイ豪の者さえ居ったそうで御座います。
そんな、妖怪達の、時間に対する余りにも杜撰(ずさん)な感覚を解消すべく、先代様が、何か良い知恵は無い物かと色々と思案された結果、当時、人間界で流行り出していた寺の鐘が導入されたので御座います。
ハハ・・・勿論、坊主が鐘を衝いている訳では御座いません。
この西国城から北方へ一里(約四キロ)ほどの場所に位置する小高い山の、頂上部分に、鐘が据え付けられているのです。
一時(約二時間)毎に、鐘守りが、鐘を衝いて時間を報せております。
こうして、鐘の音が、日々の生活に、キッチリ節目を付けるようになったおかげで、それ以後、以前のような酷い時間の遅れは、無くなったように見受けられます。
アア~~良い音で御座いますな。
心の澱みを洗いざらい掬い取ってくれるような殷々たる響きに御座います。
今年一年の穢れを払い、新しい年の始まりを告げる鐘の音。
何でも人間界では、百八つの煩悩を打ち消す為に鐘を鳴らすのだとか。
何故、百八つかと申しますと、拙者の聞いた処によりますと、『四苦八苦』に由来しているそうで御座います。四苦で三十六、八苦で七十二、合わせて百八つで御座います。
それでは、皆様、良い年をお迎え下さい。そして、新年、明けましておめでとう御座います。

                           了   2008.1/5(土)◆◆猫目石

《第四十三作目『ある祐筆の述懐』についてのコメント》
こんな長い長い作品を読み切って下さった方々に、まず、御礼申し上げます。
まさか、自分でも、こんなに長い作品になるとは思わなかった物ですから。
本当に、お疲れ様でした。
ブログにも書いたように、最初の題は『ある祐筆の憂鬱』でした。
しかし、この題にすると、最初の出だし部分で、すぐに終わってしまうのです。
字数にして、二千字有るか、どうか、それ位、短かったのです。
本来、長編タイプの管理人、よせば良いのに、ついつい、もう少し長くしたい、なんて余計な事を考えまして、題を、今の『ある祐筆の述懐』に変更。
そうしたら、この語り手の聡周(そうしゅう)が、俄然、張り切って、ベラベラ喋り始めまして、ドンドン、収拾が付かなくなりました。
その結果、何と、当初の十四倍もの分量に。
単品としての歴代最長不倒作品、『邪見の道中日記』の有に倍以上、イエ、連載でも、こんなに長い作品は有りません。
年明け早々から、何故か、記録破りに挑戦してしまった管理人、猫目石で御座いました。
最後まで、飽きもせずに読んで下さって、本当に有難う御座いました。 
                
                   2008.1/5(土)★★猫目石

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小説第四十三作目『或る祐筆の述懐』 ②

邪見殿にお聞きした話の中には、神楽なる、これまた、奈落の分身である風使いの女が、何度も出てまいります。
その者の行動から考えると、どうも、殺生丸様に懸想していた節が御座いますな。
当初は、自分の心臓を握る奈落から自由になる為、恐れ多くも、殺生丸様を利用しようと近付いてきたようです。
ある時などは、四魂の欠片と引き換えに自分と手を組み、奈落を倒すよう、取引を持ちかけた事さえ有るそうで。
尤も、殺生丸様は、四魂の欠片などに全く興味が無い御方で御座いますからな。
すげなく断られたそうですが。
その後も、何かと、殺生丸様に絡んで参ります。
この神楽、見かけは、妙齢の女性ですが、少々と云うか、かなり蓮っ葉な感じの女だったようですな。
これも、邪見殿の言葉を、ソックリ再現しますと、まるで、遊び女(あそびめ)か、浮かれ女(うかれめ)のような風情だったそうです。
その気性も、風使いだけに、自由を好み、束縛される事を何より嫌っていたようです。
そんな神楽ですから、何とかして、奈落から逃れる事を考え抜いた末に、我らが主、殺生丸様の事を思い付いたのでしょう。
そうした、神楽にとっては、必死の申し出を、アッサリと断られた腹いせも、多少は、あったのでしょう。
奈落に命じられ、最初に、りん様を拉致したのは、神楽でした。
この場合の奈落の目的は、何とも図々しいと言うべきか、はたまた、神をも恐れぬ所業と云うべきでしょうか。大妖怪であらせられる殺生丸様を、高貴なる血統を誇る我らが主を、奈落め、己の中に取り込もうなどと、怖ろしく不遜な目論見を企てていたのです。
その為に、りん様を、神楽に命じて拉致させたので御座います。
殺生丸様を、瘴気に満ちた穢らわしい己が結界に、誘い込む為に。
この奈落、出自からして卑しい成り上がり者の半妖に御座います。
何でも、元々は、人間で、それも、人を殺(あや)めて金品を奪う夜盗だったと聞き及んでおります。
その汚らわしい夜盗の魂を繋ぎに、数多の妖怪が寄り集まり、生れたのが、奈落だそうです。
そして、この奈落と、半妖の弟御、犬夜叉殿との間には、過去に纏(まつ)わる浅からぬ因縁があるそうで。
その関係で、兄君である殺生丸様も、否応無く、奈落との係わりが生じてしまった由(よし)に御座います。
奈落め、殺生丸様を取り込もうなどと不敬極まりない事を企てた上に、事が成就せぬと見極めた時点で、何と、腹いせに、りん様を殺そうなどと考えていたのです。
退治屋の琥珀なる少年に密かに命じて。
この琥珀、御舎弟の犬夜叉殿の仲間、退治屋の珊瑚の弟でもあります。
奈落の姦計によって、父親や仲間共々、一度は、命を落としたのですが、四魂の欠片を仕込まれ、奈落の意志のままに動く僕として使われておりました。
記憶を失ったまま、奈落を、肉親の、一族の仇とも知らず、彼奴の命じる通りに、りん様を殺そうとした琥珀ですが、間一髪、殺生丸様が、その場に駆け付けられました。
本来なら、その場で、即刻、命を絶たれても、可笑しくない状況でしたが、これも、奈落の策略の一部と気付かれた殺生丸様の恩情により赦され、一命を繋ぎました。
もし、この時、殺生丸様が、琥珀を殺していたら、珊瑚は、弟の仇として、殺生丸様を、生涯、怨んだ事で御座いましょうな。
それと同時に、殺生丸様の弟である犬夜叉殿との関係にも、修復不可能な亀裂が入っていた筈です。
奈落の真の狙いは、恐らく、其処にあったのでしょうな。
実に用意周到と云うか、絡み合った蜘蛛の糸の如き策略です。
この琥珀、後に、一時、殺生丸様の御供として、一行に加わる事になるのですから、驚きですな。
本当に、何処に縁があるのやら、判らない物です。
ともかく、奈落に、生殺与奪の権を握られていると云う点では、神楽も琥珀も同様です。
神楽の場合は、生来の性情が禍(わざわい)して、早々と奈落に、その反抗心を見破られ、常に、監視の目が光っておりました。
神楽自身は、上手く見張りを撒いた積もりでも、その実、奈落は、逐一、その動向を捉えており、何時なりと、神楽を始末する事が出来たのです。
手を下さなかったのは、単に、その時期が来ていなかっただけで。
泳がせて、利用できるだけ利用して、挙句の果てに殺す。
奈落のやり口は、正直、吐き気がする程、卑劣です。
己が手を汚さず、自身は、安全な巣に隠れて、他者を操る。
謀略の天才ですな。
己が分身と云えど、役に立たなくなれば容赦なく殺すし、己に取って代わろうなどと考える者も、これまた同様。
神楽と、ほぼ同じ頃に、白童子なる分身も始末されています。
それも、己が手を下さず、犬夜叉殿の仲間である法師の手によって。
この法師、弥勒と申しまして、五十年前に、祖父が、奈落から受けた呪いのせいで、親子三代に渡って右手に風穴が穿たれております。
この風穴、何でも吸い込んでしまう怖ろしい武器ですが、同時に諸刃の剣で、次第に穴が広がり、遂には、持ち主自身をも吸い込んでしまうのです。
奈落を討ち果たし、その呪いを解かない限り、法師に未来は有りません。
白童子は、その風穴に吸い込まれて死んだのです。
神楽自身は、直接、奈落の手に掛かって死にます。
自由に憧れた神楽を愚弄するかのように、心臓を、神楽に戻し、その上で、瘴気をタップリと体内に注いだのです。
即死さえ許しませんでした。
死に至る僅かな時間を絶望と恐怖に染め上げ、苦しませる為に。
もし、殺生丸様が、神楽の許に赴かなければ、多分、奈落の予想通りになっていたでしょう。
どうして、そんな事まで知っているのかって? 
邪見殿が、話して下さったのではありませんか。
ホレ、何時ぞや、拙者が、宿直をしておりましたら、陣中見舞いに来て下さった、あの時です。
酒と肴を持参して、夜分遅くに、様子を伺いに来て下さったのです。
酒を酌み交わす内に、ドンドン、調子に乗って、アレもコレもと、色々、喋って下さいましたぞ。
何でも、邪見殿は、りん様共々、犬夜叉殿が、世話になっている巫女の楓殿の許に、暫く、身を寄せられていた事があったそうで。
殺生丸様が、その頃、後程、話に出て参ります曲霊(まがつひ)を追跡して、お出掛けだったせいもあって、その逗留期間中、それまでの積もる話を、散々、犬夜叉殿のお仲間衆と交わされたそうに御座いますな。
そのおかげで、様々な疑問点が、一挙に解消したのだと教えて下さいましたぞ。
神楽の最後についても、犬夜叉殿や、お仲間の法師に教えて貰ったとお聞きしてます。
アッと失礼しました。
話を元に戻しまして、神楽は、元々、奈落の分身です。
当然、臭いも、奈落と殆ど同じでしょう。
しかし、我らは、犬妖です。
況して、殺生丸様の嗅覚の鋭さは、一族の中でも、特に、ズバ抜けていらっしゃいます。
極々、微かな臭いの違いに気付き、神楽の居る処に出向かれたのでしょう。
それに、鉄錆のような血の臭いも嗅ぎ取られていた筈です。
多分、臭いだけで、神楽の状況も、ほぼ予測が付いたのではありますまいか。
そして、恐らくは、天生牙で、救ってやろうとなさったのでしょう。
しかし、天生牙は、反応しなかった筈です。
先にも申しましたが、天生牙は、亡き大殿の御意思を体現する刀に御座います。
天生牙は、弱き者、救うべき者を救う刀です。
その天生牙が、全く、何の反応も示さなかった。
それは、つまり、神楽が、救われるべき存在ではなかったからに相違御座いません。
神楽が、奈落の分身として生み出された短い生涯、その間に、神楽に殺された人間、妖怪が、どれ程、居たでしょう。
恐らく、百や二百ではありますまい。
如何に奈落に命令されたからとは云え、殺し過ぎております。
それに、神楽自身、嬉々として、殺しを楽しんでいる場合が、多々あったようです。
まるで、奈落から自由になれない憂さを晴らすかのように。
そのように、散々、他者を嬲り殺して来た者を救う事を、天生牙が、断固として拒んだので御座いましょう。
それにしても、絶望に覆い尽くされて終わる筈だった神楽の最後。
そんな神楽に示された殺生丸様の一片の情、憐憫。
いまわの際に在った神楽にとって、それは、救いだったろうと拙者には、思えるのですが、穿って考え過ぎでしょうか。
多分、殺生丸様は、少なからず神楽に、恩義を感じておられたのだろうと思うのです。
以前、あの世とこの世の境にある、父君の墓場へ赴く為、火の国にある道を教えてくれた事、又、奈落が手に入れた、妖気を隠す不妖璧を捜す為、岳山人の妖気の結晶を渡された事など。
煎じ詰めて考えれば、自分の為にした事でしょうが、それでも、もし、奈落に知れたら、唯では済まないような貴重な情報ばかりでした。
ですから、息耐える寸前の神楽の許に出向かれたのでしょう。
それは、神楽自身、自覚もせずに望んでいた恋愛感情では無かったでしょうが、それでも、少しは、自分の事を思い遣ってくれた証に相違御座いません。
だからこそ、最後に微笑んで逝けたのでしょう。
まだ、父君が、ご存命の頃でしたら、イエ、りん様に出会われる前の殺生丸様でしたら、きっと、神楽の事も、一顧だにされなかったでしょう。
傷ついた神楽を見ても、眉ひとつ動かされず、ソヨとも感情を動かされなかった筈で御座います。
何しろ、犬夜叉殿の想い人、かごめでさえ、以前、毒華爪で溶かしてしまおうとなさった御方で御座いましたから。
やはり、長らく眠っていた、かの君の情を呼び覚ましたのは、りん様で御座いますな。
思えば、神楽は、既に、りん様を庇護し、連れ歩いておられた殺生丸様を、初めて見たのです。
りん様によって目覚め始めていた血も涙もある殺生丸様。
そうした殺生丸様だからこそ、取引を持ちかけてみようと思ったに違いないと、拙者は、考えます。
それに、自分の女としての魅力にも自信が有ったので御座いましょうな。
イザとなれば、色仕掛けくらい平気でやってみせたでしょう。
何でも、邪見殿にお聞きした話では、殺生丸様の面前で、胸を曝(さら)け出した事もあったそうですから。
尤も、その時は、りん様や邪見殿も、その場に居合わせたそうですが。
確か、その時は、何処ぞの妖怪に、胸を撃ち抜かれて、川に落ちたのでしたっけ。
本来なら命取りの筈の部分ですが、奈落に、心臓を握られていた神楽です。
致命傷とはならず、命拾いしております。
川に落ち、流されかけている神楽を見ても、殺生丸様は、関与せず、捨て置けと仰ったそうですが、心優しいりん様が、そんな事をなさる筈もなく。
神楽を助けようと、川の中に入られました。
しかし、背も立たない上に、流れも早い。
足を滑らせて溺れかけてしまわれました。
おまけに、溺れかけた、りん様を助けようとした邪見殿までが、川に流され、結果的に、殺生丸様が、全員、助け上げられたのでしたな。
そうそう、この時の失態で、邪見殿は、殺生丸様から、特大のタンコブを頂戴されたそうです。
イヤイヤ、それにしても、邪見殿は、何かに付けて、殺生丸様から、お仕置きされておいでですな。
白霊山への道行きの途中でも、余計な事を喋ったせいで、タンコブを頂いたと、りん様が、相模殿に話しておられましたぞ。
お仕置きの方法も、水の中に落とされる、踏んづけられる、石をぶつけられる、殴られる、又は、蹴り飛ばされるなどと、実に様々ですな。
それでも、邪見殿にとって、一番、辛いお仕置きは、殺生丸様から、完全に無視される事でしょうから、殺生丸様が、何らかの反応を示される、お仕置きは、寧ろ、嬉しいのではないのですか。
まあまあ、そう熱(いき)り立たれずに、邪見殿。
お手前の、大殿に対する崇拝ぶり、一身を捧げての傾倒ぶりは、この西国でも夙(つと)に有名なのですから。
それに、邪見殿(当たられ役)が、いらっしゃって下さらないと、どんなに、我ら西国の者が困るか、重々、身に沁みております。
何しろ、邪見殿が、りん様に付き添う為に、暫く、相模殿と一緒に、この西国城を留守にされていた間、大殿が、大荒れに荒れられまして。
生きた心地がしないとは、正に、あの事を云うので御座いましょうな。
城勤めの者全員が、それは、それは、大層、難儀致しました。
やはり、大殿の御側には、常に、邪見殿が、控えていて下さらないと。
ハイ、家中の者一同、とっても、邪見殿に感謝しているので御座いますよ。
エエ、それは、もう! 感謝感激、雨霰(あめあられ)とでも表現したいくらいです。
今回、邪見殿が、西国城に戻って来て下さって、本当に有難いと、皆、心の底から思っております。


さてさて、お待たせ致しました。
それでは、如何にして、殺生丸様が、爆砕牙を入手なさったか、そして、喪った左腕が再生したのかを、お話するとしましょう。
それには、まず、闘鬼神の事から順を追って話す必要が御座います。
神楽が、奈落に殺される少し前に、白童子の片割れ、赤子が、操る魍魎丸なる新たな敵が、出現します。
この赤子、こ奴こそ、奈落の心臓その物で御座います。
奈落が、体を、どんなに打ち砕かれようが、斬り刻まれようが、死なないのは、この心臓が、外部に在るせいでした。
ですから、この大切な心臓の在りかを隠す為、奈落は、妖気を隠す不妖璧という代物を、ワザワザ、岳山人から、手に入れたのです。
そして、その不妖璧を、赤子に持たせ、妖気を、他の者に感知されないようにしました。
この赤子、奈落の心臓だけあって、奈落の支配下から逃れ、いずれは、奈落に取って代わろうなどと不穏な企てを目論んでいました。
その為に、自分の鎧代わりになる器を、片割れの白童子と供に、密かに、創り出していたのです。
それが、魍魎丸です。
この魍魎丸、人間の魄(はく)を、材料にして作られた妖怪でして、一旦、破壊されても、再び、元に戻るという厄介な性質を持っておりました。
そして、その体内に、赤子が入った時から、魍魎丸は、赤子の意のままに動く生きた鎧となったのです。
赤子が奈落の心臓、分身なら、当然、魍魎丸とて殺生丸様の敵で御座います。
神楽に手渡された妖気の結晶を手掛かりに来てみれば、丁度、犬夜叉殿達が、魍魎丸と交戦中で御座いました。
運の悪い事に、その夜は、半妖の犬夜叉殿が、妖力を失い、唯の人間になってしまう朔の日で、魍魎丸を相手に、非常に苦戦している最中で御座いました。
そんな時、兄君である殺生丸様が、参戦なさったのです。
武器は、勿論、鬼の牙、闘鬼神に御座います。
魍魎丸も奈落と同じく、敵の妖力を喰って、より力を高めるという特性を持つ妖怪でした。
一時は、闘鬼神の発する妖力を全て吸い尽くすか?と思われたのですが、この時は、殺生丸様の膨大な妖力を、魍魎丸め、納めきれず、左腕が、もげ落ちました。
それと同時に、半妖に戻った犬夜叉殿が、内部から、鉄砕牙で攻撃を仕掛けられました。
御兄弟の猛攻に耐え切れず、魍魎丸は、一旦、神楽を連れて逃亡しました。
この後です。白童子も神楽も死ぬのは。
結果的には、全て、奈落の仕組んだ計画のままに動いたと見るべきでしょうか。
自分から離反を目論んだ白童子は、法師の手によって風穴に吸い込まれ、神楽は、奈落自らが手を下しました。
奈落が、始末すべき分身で、残るは、赤子の操る魍魎丸のみ。
その後、奈落は、新たに、夢幻の白夜なる分身を生み出し、主に、偵察の任を任せるようになります。
夢幻の白夜、こ奴に関しては、ウムム~~・・・実に、掴み処が無いのです。
これまでの分身のように、奈落に取って代わろうと野心満々と言う訳でなし、神楽のように自由に憧れる風でもなし、全く、何を考えているのやら。
とりあえず、こ奴については、保留に致します。
話を続けます。
殺生丸様の妖気を吸うだけの力が、まだ無いと気付いた赤子の操る魍魎丸が、次に目を付けたのは、妖怪の中で最も堅いと言われている冥王獣の甲羅、鎧甲でした。
それと犬夜叉殿の金剛槍破。
この二つを同時に手に入れようと、策を弄し、両者が、闘うように仕向けたのです。
そして、遂に、最強の鎧甲と強力な武器を手中にしてしまったのです。
これ程、強力な防御と攻撃の力を身に付けた魍魎丸。
そんな強敵と殺生丸様は、闘われたのです。
息詰まるような、激しい一進一退の攻防の果て、遂に、闘鬼神が、折れてしまいました。
殺生丸様も、魍魎丸が取り込んだ金剛槍破の腕に握り潰され、あわや一巻の終わりかと思われましたが、天生牙が結界を張り、主人を守り抜きました。
この場面については、邪見殿が、何度も、熱弁を振るって下さったおかげで、耳にタコが出来ております。
犬夜叉殿の奮闘と巫女、桔梗の加勢もあり、相当、魍魎丸を追い詰める処まで行ったのですが、状況が著しく不利と判断した魍魎丸が、瘴気を吐き出し、その場を逃亡。
又しても、魍魎丸を取り逃がした挙句、闘鬼神まで失う結果になってしまいました。
殺生丸様自身、お命に別状は御座いませんでしたが、アチコチ負傷されてました。
尤も、御自分の怪我よりも、武器を失われた事の方が、一層、堪(こた)えてらっしゃったでしょうが。
ですから、刀々斎殿の訪問は、実は、渡りに船だったのではないかと思います。
驚くべき事に、刀々斎殿は、天生牙を、武器として鍛え直すと申し出たのですから。
鍛え直された天性牙が繰り出す技は、その名も、冥道残月破。
冥道を斬り開き、其処から、敵を、文字通り、冥界に送る。
必殺にして滅却の技。
何しろ、冥道が完成した暁には、敵の骸(むくろ)さえ残さないのです。
何とも非情にして危険極まりない技と申せましょう。
新しい技を手中になさった殺生丸様は、早速、技の完成に向けて猛特訓を始められました。
矜持が、非常に高いと云う事は、裏返せば、他者に負ける事に我慢ならない性分でいらっしゃる。
即ち、トンデモナイ負けず嫌いであられると云う事。
そして、その為の努力は惜しまない御方に御座います。
連日、山に籠って、鬼どもを相手に冥道残月破の習得に励まれました。
その甲斐あって、冥道が、完全な円では御座いませんが、まず、巨大な三日月を描くようになりました。
修行の途中に、弟の犬夜叉殿が、雑魚妖怪の沼渡りに苦労している処に出会われ、アッサリ、片付けてしまわれた事もあったとお聞きしてます。


そして、どういう経過による物か、夢幻の白夜に追われる琥珀を助ける事になったのです。
そう云えば、邪見殿、この時、貴殿は、琥珀と同じように、白夜の放った瘴気の毒蛇に咬まれたので御座いましたな。
相模殿からお聞きしましたぞ。
毒消しの薬草を貰いに、りん様が、半妖の地念児の許へ行った際の話を。
もう、これは、思い出すだけで、ウププッ・・・笑いが、こみ上げてくるようなお話ですな。
半妖の地念児の母御、若い頃に、自分も、地念児の父親と恋に落ちたせいか“惚れる”という言葉に異様に執着しているらしく、りん様に、しつこく問い質したそうで御座いますな。
その際、気絶している琥珀に、どうやって薬草を飲ませたら良いのか、その方法を詳しく伝授したそうで。
おまけに、その方法が、選りにも選って、『口移し』で御座いますからな。
クククッ・・・殺生丸様が、烈火の如く怒られる筈で御座います。
そのせいで、回復されてからの邪見殿は、お仕置きの嵐だったそうで。
アイヤ、失礼しました。話を進めましょう。
こうして、成り行きで、殺生丸様が拾った琥珀。
りん様の嘆願もあったので御座いましょう。
何時の間にか、御供に加わっておりました。
まあ、あのまま、放っておけば、間違いなく、白夜か、奈落に狙われるでしょうし。
この際、仕方ないと云った処でしょうか。
琥珀が付き従っていた巫女の桔梗は、再び、この世を去りましたそうです。
何でも、奈落の瘴気に蝕まれ、遂に、魂を、現世に留めておけなくなったらしいのです。
アッ! その前に、魍魎丸は、赤子は、奈落に吸収されました。
奈落が、巫女を、桔梗を、罠に掛けて殺すホンの少し前の事だったそうです。
例によって、奈落らしい策略に満ちた方法で。
やはり、策を練る事にかけては、奈落が、一枚上手、本家本元と云った処でしょうか。
ハイ、もう一度、話を戻しまして。
元々、桔梗なる巫女は、死人です。
魂を納める器を壊されては、どうしようもなかったのでしょう。
そうして、益々、力を増しつつある奈落、彼奴に対抗するには、どうしても冥道残月破を完成させておく必要があります。
遂に、決断された殺生丸様。
ご生母の“狗姫の御方様”のおわす天空の城を訪ねられ、その方法について尋ねられたのです。
さあ、此処からが、この話の真骨頂で御座います。
皆様、心して聞いて下さいますよう。
冥道を拡げる為に“狗姫の御方”様が、冥道石を使い、冥界の犬を呼び出されました。
殺生丸様が、天生牙で、冥道残月破を打ち放っても、消える処か、何の損傷も受けておりません。
それどころか、りん様と琥珀を体内に呑み込んで、冥道へと逃げて行ってしまうではありませんか。
冥界の犬に拉致された二人を追って、殺生丸様も、母君の制止にも拘らず、冥道に入られました。
この後の状況は、冥界から、戻って参りました琥珀を、邪見殿が、逐一、問い詰めて聞き出した事に基づいて話しております。
冥道に逃げ込んだ犬を天生牙で斬り、二人を助け出した殺生丸様。
琥珀は、程なく気が付いたのですが、りん様は、息は在るものの、目を覚ましません。
その後も、矢継ぎ早に襲いかかって来る冥界の鳥に竜。
それらを爪で、天生牙で、斬り伏せる殺生丸様。
更に、冥界へと続く道を辿られます。
しかし、此処で、ある異変が生じます。
りん様が、息をしておられないのです。
殺生丸様が、天生牙を振るおうにも、あの世の使い、冥界の餓鬼どもが見えません。
戸惑う殺生丸様。
そんな状況の中、闇が覆い被さってきました。
ドオン、ド―――ンと太鼓を打ち鳴らすような大音響、ゴッ・・ゴオォと凄まじい風が吹き過ぎた後には、りん様の姿は、掻き消えたかのように、何処にも見当たらなかったので御座います。
その時で御座いました。
母君が、“狗姫の御方”様が、救いの手を差し伸べられたのは。
冥道石を使って現世への道を開き、殺生丸様に戻って来るように促されたのです。
そんな御母堂様の申し出を一蹴され、更に、冥界への道を進まれる殺生丸様と琥珀。
その前に出現したのは、不気味な冥界の主の姿。
そして、その、おぞましい巨体が掴んでいるのは、りん様では、ありませんか! 
周囲に広がるのは夥しい死人の山。
即座に飛び出して行かれる殺生丸様。
天生牙を抜き放ち、りん様を掴んでいる、冥界の主の右腕を斬り落としました。
斬り落とすと同時に、霞の如く消え失せていく腕。
落ちて来る、りん様を、殺生丸様が、天生牙を持ったままの右腕で抱き留められました。
冥界の主を斬った以上、これで、りん様が生き返ると思っていらした殺生丸様。
にも関わらず、りん様は、息を吹き返されません。目を開けられません。
その瞬間の殺生丸様の衝撃が、どれ程の物だったか。
琥珀の証言によると、何と・・・天生牙を取り落とされたそうです。
殺生丸様にとって、刀は、力の象徴その物で御座います。
その刀を、大切な天生牙を取り落とされる程の激しい動揺を感じておられたのです!
 あれ程に、力に、冥道残月破に執着してこられた御方が! 
拙者自身、この目で見ても、果たして、信じられましたかどうか。
先代の闘牙王様、豪放磊落、自由闊達な気性の御父君に比べれば、普段から表情の乏しい御方です。
その殺生丸様が、刀を取り落とされるまでに衝撃を受けられた。
それは取りも直さず、殺生丸様が、如何に、りん様を愛しておられるのかを、痛烈に自覚された瞬間でも御座いましたでしょう。
我らには、唯々、想像するしか御座いませんが、恐らく、殺生丸様の御心は、その時、絶望と恐怖に覆い尽くされていたのだろうと推察致します。
神楽に感じた、ほのかな情が、広義の愛、憐憫もしくは慈悲ならば、りん様に感じておられる、強く激しい情こそは、愛その物に御座いましょう。
喪ってはならぬ存在を喪った者が、感じる真の絶望と恐怖。その悲痛。
その時、殺生丸様が、取り落とした天生牙に、死人の山が、縋るかのように雪崩れ込んできました。
まるで、救ってくれと懇願しているかのように。
それを見た殺生丸様が、懐に、りん様を抱いたまま、天性牙を手に取り、天に向かって祈るように翳(かざ)されたのです。
眩しい光が、辺り一面に拡がり、その光によって、死人達が、次々と浄化されていったそうです。
その神々しい様。
正しく神か仏の如き御業(みわざ)に御座います。
それと同時に、冥道が大きく開き、現世への道を開きました。
こうして、殺生丸様と、りん様、そして、琥珀は、冥界からの帰還を果たしたのでありました。
しかし、冥道は大きく拡がりはしたものの、りん様は、息絶えたままです。
そうなった原因の母君に、今しも喰ってかからんとする勢いの殺生丸様。
しかし、其処は、流石に御生母様です。
そんな怒れる御方を、怖れる処か、諄々と諭される“狗姫の御方”様で御座いました。
その御母堂様の話の中で、殺生丸様に、最も、激しく衝撃を与えたのは、天生牙による蘇生が、唯、“一度きり”という事実でした。
それまでは、天生牙さえ有れば、何か有っても、何度でも、りん様を蘇生させる事が出来ると高を括っておられたので御座いましょう。
母君の口を通して語られる亡き御父上の言葉が、殺生丸様の御心に、深く沁み込んでいきます。
殺生丸様が、どうしても知らねばならなかった、愛しい命を救おうとする心、それと同時に、愛しい者を失う恐れと悲しみ。
天生牙を所有する者としての真の心得。
しかし、それを納得したからと云って、りん様が、息を吹き返される訳では御座いません。
悲しみに暮れる殺生丸様の御心を察したかのように、邪見殿が、堪えきれず、さめざめと涙を流されました。
この時の邪見殿の態度は、『下僕とは、斯くあるべし』と他の者に知らしめたいような素晴らしい物で御座いました。
妖怪は、滅多に泣きません。
人間のように感情の塊のような生き物では御座いませんから。
ですから、涙を流す事自体、非常に珍しいのです。
そうした邪見殿の涙の理由を了解された母君様が、殺生丸様に、静かに訊ねられます。
「悲しいか、殺生丸。」と。
その問い掛けに、言葉でこそ答えられなかった殺生丸様ですが、一見、無表情な御尊顔に滲む、どうしようもない悲痛な思いは、隠し様もありません。
それを見て取られた“狗姫の御方”様。
徐(おもむろ)に、首から冥道石の首飾りを外され、りん様の首に、掛けられました。
母君の行動に訝しげな表情をされる殺生丸様。
なっ、何と・・・冥道石から光が! 
ボウ・・・と微かな光が、灯り、それが、ドンドン、大きくなり、周囲を明るく照らし出すまでに強く美しい光が! その光こそ、冥界に置き去られていた、りん様の命の耀きその物。
眩しい光が、消えた後、殺生丸様の聡い妖耳が、捉えたのは、小さな心臓が、確かに、脈打つ音、鼓動。
トクン・・トクン・・トクン・・りん様が、お目を開けられました!
 こっ、この瞬間を想像しただけで、拙者、なっ、涙が、零れそうになります。
どっ、どんなに、殺生丸様が、お喜びだったかと思うと。
ウウッ・・かっ、感動で御座います。
暫く、呼吸を停止していた器官が、急に、動き出したせいで御座いましょう。
りん様が、咽(むせ)て咳き込まれました。
ゴホッ、ゴホ、ゴホ・・そうした音さえも、殺生丸様にとっては、りん様の命が、間違いなく、此の世に戻って来た『証』に他なりません。
ソッと手を差し伸べて、りん様を、優しく撫でられました。
どうしても、御自分の手で、確かめずにはいられなかったので御座いましょうな。
御手に感じる、りん様の柔らかな頬の感触、熱を取り戻した体温、流れる血流、少し癖のある細く柔らかい髪、心地よい匂い、暖かく柔らかなりん様の存在その物を。
こうして、冥道を拡げる為の冥界への道行きは、殺生丸様の、りん様への愛情を確認する結果となって終わりました。


唯、冥道は、拡がりはしたものの、何故か、完全な円を描くには至らなかったので御座います。
その事に思い悩む殺生丸様。そんな煩悶する御方の前に、怪しげな童子が、その疑問を見透かしたかのように現れます。
その童子の主こそは、死神鬼。嘗て、殺生丸様の父君と闘った事もある妖怪。
そして、冥道残月破の元々の持ち主でもあります。
その死神鬼、何と、顔が、頭部の左半分が・・・欠けて無いのです!
そして、それを隠す為に、不気味な仮面を付けております。
然も、それは、全て、殺生丸様の父君、闘牙王様の仕業だと云うのです。
死神鬼との闘いの最中、次第に明らかになっていく天生牙と鉄砕牙の秘密。
弟御の犬夜叉殿も、お仲間と一緒に現場に駆け付けて来られました。
それに、先代様の従者であったノミ妖怪の冥加殿も、ご一緒でした。
死神鬼が、殺生丸様を嘲るように、鉄砕牙から切り離された不要の部分が、天生牙だと教えます。
我らが主は、先にも申し上げましたが、非常に矜持の高い御方です。
それを知った瞬間の殺生丸様の屈辱。
察して余り有ります。
弟君の加勢さえ、その時の殺生丸様にとっては、更に、屈辱の上塗りだった事で御座いましょう。
冥加殿から聞かされる御父上の真意。
殺生丸様ならば、冥道残月破を必ずや物にし、正しく使いこなすだろうとの目論見。
しかし、聡明な殺生丸様は、その先の考えを読んでしまわれた。
完成した冥道残月破を、天生牙を、再度、鉄砕牙に吸収させようと考えておられた父君の思惑を。
こんな業腹な事は御座いません。
殺生丸様が、あれ程、苦労して育てた技を、冥道残月破を、半妖の弟御の持つ鉄砕牙に渡せだなどと!
それを聞いた時、拙者も、如何に何でも、余りにも酷(むご)いと感じた程で御座いました。
尤も、それ以後の展開を知った後では、成る程と納得も致しますが。
ともかく、話を先に進めましょう。
もう、完全に我慢の限界に来た殺生丸様。
死神鬼の冥道に吸収されてしまう天生牙の冥道を見限り、御自分の爪で、闘おうとなさいます。
死神鬼が連発する冥道を掻い潜り、怒りの鉄拳を、不気味な顔面に、直接、叩き込みます。
その激しい衝撃に吹っ飛ばされる死神鬼。
元々、壊れている顔が、更に、ひび割れて、まるで人形のようです。
とても、生き物とは思えません。
死神鬼の身体は、陶器で出来ているのでしょうか。
何とも面妖な奴に御座います。
そして、殺生丸様が、近付いたのを幸い、弟御の犬夜叉殿もろ共、自分の冥道残月破の餌食にせんと、冥道を何個も固め打ちしたのです。
ご兄弟に襲い掛かる何個もの冥道。
犬夜叉殿が、金剛槍破を放たれましたが、焼け石に水、効果は全く有りません。
そのまま、冥道に飲み込まれてしまいました。
最早、これまでか?と思われた時、ドクン!ドクン!ご兄弟の持つ、それぞれの刀が、共鳴しているではありませんか。
勝利を確信し、嘲り笑う死神鬼に向かって、殺生丸様が、天生牙を抜き放ち、渾身の力で冥道残月破を。
オオッ! その冥道は、完全な円を描いているでは御座いませんか。
死神鬼も、死神鬼の放った冥道をも、飲み込む巨大にして完璧な冥道。
冥道に吸い込まれながらも、死神鬼は最後の憎まれ口を叩きます。
最後の最後まで憎々しい奴に御座いました。
トコトン、殺生丸様を痛め付けたかったようです。
こうして、死神鬼を、冥界に送ったものの、依然として、問題は、片付いた訳では御座いません。
寧ろ、厄介な問題だけが、残ったとでも云いましょうか。
その場を後にされた殺生丸様が、向かわれたのは、天生牙を打ち直した刀鍛冶、刀々斎殿の許で御座いました。
この件も、やはり、邪見殿が、巫女の楓殿の許に逗留されていた間に、たまたま、冥加殿が、主人の犬夜叉殿に会いに来られましてな。
その時、これ幸いとばかりに、冥加殿から、アレコレと聞き出されたのです。
冥加殿と云い、邪見殿と云い、元々、お喋りな方々ですからな。
随分と話が弾んだそうです。
さて、万年、火を吹く活火山に居を構える刀々斎殿。
殺生丸様の事を、冥加殿にでも聞いたのか、商売道具を背負い込み、今にも、何処ぞへ出掛けようとしておりました。
まあ、有体に云えば、夜逃げと云う奴でしょうかな。
ご丁寧にも『引っ越しました』などと札を打ち付けて、さて出掛けようとした、その矢先、襲い掛かる冥道残月破。
冥道が、刀々斎殿の家、大昔の恐竜の化石の鼻先を掠めて、その部分を、綺麗サッパリ、冥界に持ち去ってしまいました。
瞋恚(しんい)に燃える殺生丸様。
その怒りの矛先は、当然、天生牙を鍛え直した刀々斎殿に向かっております。
いつもながら、惚(とぼ)けた風貌、物言いの刀々斎殿と、殺生丸様との遣り取り。
そして、最後は、やはり、いつも通りでした。
殺生丸様が、剣を抜き放ち、置き土産とばかりに、冥道残月破を放って帰っていかれました。
おかげで、刀々斎殿の家は、完全に消滅してしまったらしいです。
マア、我が君のお怒りの激しさを思えば、仕方無いでしょうな。

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小説第四十三作目『或る祐筆の述懐』 ①

拙者、西国城にて祐筆頭を務めております聡周(そうしゅう)と申します。
本来の読みは(としちか)なのですが、どうも(そうしゅう)の方が呼びやすいらしく、朋輩が、そう呼び出してからはそれで定着してしまい、今では、その読みで通しております。
それに、祐筆という職業柄、(そうしゅう)の方が語感に重みがあって、相応しかろうと思いまして。
オッと、失礼致しました。
祐筆とは、貴人に侍して文書を作成する事を司る職分で御座います。
幼少の頃より能筆で、文章を認(したた)める事に長(た)けておりましたので、城勤めに上がった時より、この職に任じられました。
それ以来、かれこれ三百年ほど、この西国城で様々な文書の作成に携わって参りました。
御存知のように、先頃、我が西国は、正当なる国主、先代様の御嫡男、殺生丸様が、御帰還遊ばされたばかりで御座います。
先代、闘牙王様が、宿敵の竜骨精との闘いで深手を負ったまま、人間の愛妾の許に駆け付けられ、そのまま亡くなられた後、長らく空位であった国主の座が、ようやっと、埋まったので御座います。
如何に、国母であらせられる先の王妃、“狗姫(いぬき)の御方”様や、亡き大殿の“両懐刀”と謳われた尾洲殿や万丈殿が、周辺諸国に睨みを利かせて、西国の安泰が、一応、保たれていたとは云え、国主が国元においでにならないという異常な事態その物が、どうにも領民の心を、今ひとつ落ち着かさせない気分にさせるようで御座いました。
そんな不安定な状態が二百年ぶりに解消されたので御座います。
それは、もう喜ばしい事で、我ら臣民一同は、長年、待ちわびた国主の御帰還を諸手(もろて)を挙げて歓迎したので御座いました。
勿論、中には、それを喜ばない輩も、一部、居りはしましたが・・・・。
西国王、殺生丸様。絶大な妖力の持ち主として、その名が、妖怪世界に遍(あまね)く知れ渡っている御方。
最強の大妖怪、それと同時に、結果的に、父君ご逝去の原因となりました人間の愛妾のせいで極端なまでの人間嫌いであった事も、妖界では、余りにも有名な既成事実で御座いました。
それなのに、そんな御方が、何故か、“りん”と云う人間の童女を伴って西国に御帰還されたのです。
その場に居合わせた我ら家臣団は、誰も彼も腰を抜かさんばかりに驚いた物で御座いました。
ハイ、実は、拙者も、みっともなくアングリと口を開けてしまい、慌てて袂で口許を隠した次第で御座いました。何しろ、二百年もの放浪の旅の間に伝わって来た、かの君の風評は、残忍酷薄、唯我独尊、独立不羈、冷酷無慈悲、と云った物ばかりで、とても、人間を、況してや、幼子を保護するなどと云う行為からは、程遠い物で御座いましたから。
ところが、正式に国主の座に就かれた殺生丸様は、その童女を殺すどころか、掌中の珠の如く慈しみ、それはそれは大切に養育され始めたのです。
その御寵愛ぶりと云ったら、我ら西国城にお仕えする者が、皆、呆気に取られるような厚遇から始まりました。まず、その、りんなる童女を、幾重にも厳重に張り巡らした結界で守られた『男子禁制』の奥御殿に住まわせました。
更に、殺生丸様ご自身の乳母(めのと)でもあった女官長、相模殿が、専任の世話係という破格の扱いで御座います。
最初の頃は、新国主のほんの気紛れ、その内、飽きるだろうと高を括っておりました者共も、次第に、これは、本気も本気、あの人間の童女を、我らが主は、心底、大切に思っておられるのだと嫌でも気付かされました。以前、人界を放浪されていた頃は、情け容赦なく人間どもを殺しまくっていたと云う風聞が、妖界に洩れ聞こえてくる程、人間嫌いが徹底していた筈の御方が!で御座います。
一体、何が、かの大妖を、そこまで変えたのか? 
長年の放浪を終えられ、かの君が、生国に帰還されて暫くの間、妖怪達は、寄ると触ると、その噂で持ちきりだった程で御座いました。
おまけに、我らが国主は、絶世の美女として世に名高い御生母の“狗姫の御方”様に、生き写しの美貌の主であらせられます。
西国の王という肩書きだけでも、巷の女どもが黄色い声で騒ぐに充分な物を、その上に“玲瓏なる事、玉の如し”とまで形容される、月の化身の如き麗容の持ち主に御座います。
おかげで、かの君が国元に帰還されてから、西国城に持ち込まれた縁談の数と云ったら、それこそ、自薦、他薦、取り混ぜて天空に輝く星の数ほどもあったと云えば、ご想像頂けるでしょうか。
丁度、その頃、先の祐筆頭が、老齢により引退されまして、拙者が、新しい祐筆頭に任命されました。
毎日、部下達を叱咤激励して、残業に次ぐ残業をしても、後から後から、津波の如く押し寄せて来る釣り書きの数々。
余りにも、釣り書きの数が多過ぎて、従来の祐筆の人数では、到底、対処しきれず、重役の方々に直訴して、臨時に各部署から人出を回して貰った程で御座いました。
尤も、当の御本人、国主の殺生丸様は、そんな事には全く興味を示されず、一切、頓着なさいませんでしたが。
しかし、主が、頓着されない分、配下の者共、特に我ら祐筆を務める者達は大変な思いをして断りの書状を認(したた)めていたので御座います。
何しろ、それぞれ、御身分の高い姫君達ばかりで御座います。
下手な断り文でも書いて、相手方の気持ちを傷つけよう物なら戦争さえ起きかねません。
気配りの上にも気配り、それこそ、一字一句に到るまで神経を使って、丁重に、丁重に、お断りせねばならないのです。
その気苦労と云ったら、筆舌に尽くし難い物が御座いました。
ウウッ、思い出すだに涙が・・・。
ア、イヤイヤ、邪見殿、お気遣い有難うございます。
ほんにお互い苦労致しますなあ。これが宮仕えの辛さという奴で御座いましょうか。
オットット、話が脱線致しましたな。
元に戻すと致しましょう。


そんな大抵の俗事に無頓着な我らが主、殺生丸様にも、流石に無視出来ない事態が起こりました。
先代、闘牙王様の母方の従兄弟に当たる犲牙(さいが)殿から重陽の節句の宴への御招待が参ったので御座います。
表向きは九月九日の重陽を祝う宴でありましたが、裏を返せば、体(てい)の良い見合いの席で御座います。犲牙殿には、由羅姫という自慢の一人娘が居られまして。
己が娘と殺生丸様を結び付け、外戚として、西国の実権を握ろうと云う魂胆が、我ら家臣の者達にも垣間(かいま)見える程、露骨で御座いました。
それに、犲牙殿には、殺生丸様が、西国を留守にしておられた間、国主が不在なのを良い事に領民から重税を取り立て暴利を貪っていたとの黒い噂も御座いました。
しかし、かの御仁は、曲がりなりにも国主の縁戚に連なる者。
妄(みだ)りに探索の手を伸ばす訳にも参りませんでした。
こうした犲牙殿を筆頭とする、西国に巣喰う専横な古狸どもに釘を刺すには、どうしたら良いか。
一計を案じられた殺生丸様は、重陽の宴に、りん様を連れて、ご出席なさったのです。
案の定、犲牙殿は、自分の娘、由羅殿と殺生丸様とが、既に言い交わした婚約者でもあるかのように振舞おうとしたのでありますが。
そんな見え透いた計略を、事前に察知した殺生丸様により、完膚無きまでに面目を失う羽目に陥ったのでありました。
そう、西国に「その妖(ひと)在り」と謳われる伝説的機織り名人、“白妙のお婆”殿の手に成る、“虹織り”の羽織と打ち掛けによって。
殺生丸様とりん様、御二方が、お召しになった、お揃いの“虹織り”の衣装だけでも、充分、効果は高かったのでしょうが、更に、織り出された紋様が、又、凄かったのです。
曇天の中、俄(にわ)かに差し込んで来た陽射しに煌めき浮き出てきた文様は・・・“比翼連理”。
これは、漢文を学んだ者ならば、誰一人知らぬ者は無い有名な故事に基づいた言葉に御座います。
嘗て、広大な大陸を支配した大唐帝国の六代目の玄宗皇帝と愛妾の楊貴妃との熱愛を詠(うた)った言葉。
『地にありては連理の枝にならん 天にありては比翼の鳥にならん』、男女相愛の理想を詠いし、こよなく美しい言葉。
これを初めて習った時、拙者、甚(いた)く感動し、白楽天なる詩人の書いた『長恨歌』を一気に読みきった覚えが御座います。
エッ、何ですか! 
妖怪に、そんな情緒が理解出来るのか?ですと、失礼な! 
我ら犬妖族を、そんじょそこらの本能しか無い下等妖怪と一緒にしないで頂きたい! 
犬妖族は、妖怪の中でも、非常に高等で複雑な感情を充分に理解出来る種族なのです。
妖界は、天界、特に、神仙界との関係が深い。
そして、天界と人界は、密接不可分な関係にあります。
人界、即ち地。地が乱れれば、天も乱れる。逆も、また、然り。
ですから、天界に著しく影響を与える人界についての知識を、妖界は、ある程度、持っている必要があるのです。
特に拙者などは、情感豊かで、様々な書物を人界から数多(あまた)取り寄せ、人間の感情について、日夜、研究している程なのです。
コホン、失礼しました。
話を元に戻しまして。
つまり、それくらい“比翼連理”とは有名な故事なのです。
殺生丸様は、この故事を“虹織り”で織らせる事によって、犲牙殿を始めとする己が娘や親族を、西国王妃にせんとする野心家どもの機先を制したので御座います。
実に、鮮やかな先制攻撃です。
それまで年若な国主と、内心、殺生丸様を侮っていた古狸共も、こうまで見事な政治的手腕を見せ付けられては、迂闊(うかつ)に動く事は出来ません。
暫くは、鳴りを潜めていたのですが、大事件が起こりました。
西国城が、長年の宿敵、妖猿族に襲撃されたのです。
丁度、その時、拙者は、書庫の整理の為、大量の書類を抱えて、中庭に接した廊下を歩いている最中で御座いました。
バリバリッ・・・と大音響が鳴り響き、何事?と周囲を窺おうとした次の瞬間、突然、背後から衝撃を受けました。
その後の記憶が、全く途切れているので御座います。
気が付いた時は、城内の大広間に寝かされておりました。
目を開ければ、母と妻、子供達が大泣きしているではありませんか。
何でも、拙者は、背後から忍び寄った襲撃者によって一撃のもとに斬り殺されていたとか。
事実、右肩から袈裟懸けに着物が切られ、夥(おびただ)しい血痕が付着しておりました。
しかし、それ程の重傷にも拘らず、何処にも傷跡が見当たりません。
周囲にも同じような様子の者が、多数、寝かされており、拙者と同様、次々と目を開け、起き上がり始めていました。
家族の話によると、殺生丸様が天生牙を振るって妖猿族の襲撃で殺された者達を、全員、救って下さったとの事。
何と言う、奇跡! 
我らが主に対する敬意は、最早、畏敬を通り越して、神に対する信仰にも等しい物になりました。
このような御方を、国主に戴く西国の幸運に感謝の念を抱かずにはおれませんでした。
そして、今回の襲撃の目的が、殺生丸様が寵愛する人間の幼子、りん様を狙った物である事を知りました。
己が野心の為に、犬妖族の宿敵、妖猿族と手を結び、同胞の命までも平気で犠牲にする犲牙殿、イエ、謀反人、犲牙めの汚いやり口に、心底、嫌気が差しました。
それに引き換え、自分の命を狙われながら、その敵の命乞いをした、りん様の純真にして慈悲深い心根に、拙者、大層、感動致しました。
事実、りん様とて危機一髪の処だったそうです。
もう、後、僅か一瞬でも、殺生丸様が駆け付けるのが遅れていたら、りん様は、命を落とされていたでしょう。
りん様の命が狙われた事に激怒された殺生丸様は、犲牙の一族を最後の一名に至るまで、自ら、手打ちにされる御積もりだったそうです。
もし、この時、りん様が、大殿を諌(いさ)めて下さらなかったら、犲牙の一族は、女も子供も、それこそ、赤子に至るまで悉(ことごと)く皆殺しにされていたでしょう。
この西国城襲撃事件によって、殺生丸様の、りん様に対する寵愛の深さが広く世に知れ渡りました。
その後、他国は、どうか知りませんが、西国内において、りん様を軽んずるような馬鹿な真似をする者は誰も居なくなりました。
拙者も、りん様に対する見方が、それまでとは一変致しました。
そうした情勢が、めまぐるしく変化する中、次の年の正月、りん様は、殺生丸様の御生母であらせられる“狗姫の御方”様の正式なる養女となられたので御座います。
西国の、イエ、妖界でも屈指の実力者である殺生丸様と、その母君“狗姫の御方”様。
この御二方から後見される身となった、りん様は、今や、押しも押されぬ西国の姫君で御座います。
斯くして、りん様を護る為の、磐石(ばんじゃく)の態勢が整い、もう滅多な事は起きまいと思っておりましたが、又しても、事件が発生しました。


そう、あれは、もう、今から三年ほど前の出来事になりますか。
早咲きの緋桜の宴に端を発した事件なので、後に『桜騒動』と西国史に記載される事になる“御落胤騒動”で御座います。
事の発端は、五十年前、殺生丸様が人界を放浪されていた頃に遡(さかのぼ)ります。
当時、殺生丸様は、豹猫一族の残党と、父君、闘牙王様の過去の因縁による戦いをなさっておられました。
一応、戦に勝利されたものの、肝心の豹猫一族は取り逃がすわ、味方は大損害を受けるわ、という散々な結果だったそうで御座います。
邪見殿から聞いた処によると、何でも、殺生丸様の半妖の異母弟、犬夜叉殿は、その頃、人間の巫女に封印され、その戦闘には参加しなかったそうで御座います。
半妖とは云え、最強の大妖怪であられた先代様、闘牙王様の血を受け継いだ御方です。
並みの妖怪などに比べたら、遥かに力がある弟御で御座います。
兄君として、内心、少なからず頼みにしておられましたのでしょうな。
それに、父君が残された筈の形見の名刀、鉄砕牙も、その所在が、杳(よう)として知れませんでした。
鉄砕牙さえ有れば、豹猫一族の残党との戦いも、かように苦戦せずに済みましたでしょうに。
何しろ、かの刀は、一振りで百の妖怪を薙ぎ払うという豪刀に御座います。
その形見を手に入れんが為に、殺生丸様は、二百年もの間、人界を放浪されていたので御座いますから。
結局、その鉄砕牙は、様々な経緯(いきさつ)の果てに、御舎弟の犬夜叉殿の物になりました。
しかし、その代わりと云っては何ですが、殺生丸様は、その鉄砕牙さえ足元にも及ばない驚異的な破壊力を秘めた爆砕牙を手中になさいました。
その威力ときたら、正に、神の雷(いかずち)と呼ぶに相応しい神剣で御座います。
唯の一振りで千の妖怪を薙ぎ払い破壊し尽す爆砕牙。
対するに、一振りで百の命を救う天生牙。
“癒し”と“破壊”相反する二振りの名刀を所有される西国王、殺生丸様。
我が主君は、今や、名実ともに最強の大妖怪でいらっしゃいます。
アットット、そうそう、五十年前の事情に戻りましょう。
豹猫一族との戦いに苦戦された殺生丸様、我らが国主は、これまた周知の事実でありますが、非常に矜持の高い御方に御座います。
それは、もう、海よりも深く山よりも高く、他に、比肩しうる者が見当たらない程に。
鉄砕牙さえ有れば、楽勝であった筈の戦に苦戦された憂さを晴らそうにも、その怒りを、ぶつける当の相手が居りません。
父君は、とうの昔に泉下に降(くだ)られ、弟君は、巫女に封印された身。
そうした憤懣(ふんまん)やるかたない気持ちが、女性(にょしょう)との無節操な関わりへと殺生丸様を駆り立てたので御座いましょう。
下世話な表現をするなら、相当、“自棄(やけ)のやんぱち”になっておられた訳で御座いますな。
妖力甚大であると云う事は、そのまま、絶大な精力の持ち主と言い換える事が出来ます。
邪見殿に伺った処では、何でも、多い時は一晩に、五名もの女性(にょしょう)と同衾(どうきん)なさった事もあったとか。
イヤハヤ、実に、羨ましいですなあ。
アッ、アイヤ、失礼致しました。
どうか、この事は、妻には内緒にして下さい。
あれで、相当な焼餅焼きなのです。
さてさて、話を戻しまして、その頃の殺生丸様と関係して子供が出来たと訴え出て来た女が居たので御座います。
女の名は、阿娜(あだ)、子供の名は、祖牙丸。
もう、花見の宴どころでは御座いません。
蜂の巣を突付いたような大騒ぎになりました。
殺生丸様は、西国に戻って以来、浮いた噂ひとつ無い朴念仁、又は、唐変木との専(もっぱ)らの噂で。
イエイエ、これは、拙者が申した訳では御座いません。
御生母である“狗姫の御方”様が、常々、そう仰っているのです。
『堅物の中の堅物』と評判の我らが主に、そんな時期が在ったのか、と正直、拙者、親近感さえ感じました。
何しろ、我らが主君は、いつも完璧で、僅かな隙すら見つけられない御方で御座いますから。
この騒動は、結局、祖牙丸なる子供が、真っ赤な偽物であると露見し事無きを得ましたが、一時は国内どころか国外でさえも騒然とした状況を呈しておりました。
全く呆れた事に、阿娜なる女は、謀反人、犲牙の長男、雷牙の愛人で、彼奴との間に出来た子を殺生丸様の“御落胤”と偽っていたので御座います。
そして、いずれは、祖牙丸を、お世継ぎに、阿娜を、お部屋様にさせ、この西国を、己が思うままに私(わたくし)せんとする雷牙めの悪巧みだったので御座います。
その為に、殺生丸様とは似ても似つかぬ我が子の容貌を、妖術を使って変容させていたのです。
逸早く、奴らの計略を見破った“狗姫の御方”様が、幻術返し、破邪の呪(しゅ)を掛けて祖牙丸の真の容貌を満座の面前で暴かれました。
白日の下に曝(さら)け出された祖牙丸の容貌は、朱色の縮れた髪、赤い瞳。
我らが麗しき主君、殺生丸様の、陽に透ける白銀の髪、金の瞳とは、どう頑張っても似ておりません。
ご丁寧にも、殺生丸様の有名な額の月の徴は、札を貼って似せていたらしく、その残骸が、シュウシュウと焼け焦げておりました。
流石に、頬の妖線までは似せる勇気が無かった物と見えます。
犲牙といい、雷牙といい、親が親なら子も子で御座います。
再三再四、飽きもせずに西国の実権を握ろうと姦計を企てるとは。
何とも諦めの悪い一族です。
親子共々、三名とも極刑と、その場で決定したのですが、その三日後、養母の“狗姫の御方”に連れられた、りん様が、直接、刑場に赴かれ、又も、犲牙の時と同様、国主に、彼奴らの命乞いをなさったのです。
何という優しさでありましょうか。
寵愛する姫君のたっての願いに、さしもの殺生丸様も折れざるを得ませんでした。
拙者、一度ならず二度までも示された、りん様の真の慈悲深さに、心より感服致しました。
我らが主、西国王、殺生丸様、気難しい事この上ない性情の御方が、何故、りん様を愛して止まぬのか、その理由が判るような気が致します。
あのように純真無垢な心の持ち主は、人界は勿論の事、神仙界でも、極々、稀で御座いましょう。


これも、邪見殿から、お聞きした事ですが、何でも、殺生丸様とりん様との出会いには天生牙が深く関係しているとか。
鉄砕牙を巡る争いで、御舎弟の犬夜叉殿に、“風の傷”を、お見舞いされた殺生丸様を、天生牙が、初めて結界を張り、お守りしたそうですな。
二百年もの間、沈黙を守って来た、かの名刀が、遂に、その意思を明らかにした瞬間で御座いました。
鉄砕牙、天生牙、共に、御二方の父君である闘牙王の牙から打ち起こされた刀と聞き及んでおります。
即ち、二振りの刀の意思は亡き大殿の御意思と考えて宜しいかと。
嘗て、殺生丸様が、弟の犬夜叉殿に、鉄砕牙で左腕を斬り落とされた事も、父を同じくする半妖の弟を、冷酷にも殺そうとする兄君に対する父君の制裁と拙者には思えてならないのです。
そして、“風の傷”から、殺生丸様を護ったのも同じく父君の御意思に御座いましょう。
深手を負い、半死半生の状態の殺生丸様を、りん様が住んでいた村の近くに運んだのも単なる偶然とは思えません。
それも、天生牙の導きで御座いましょう。
この世に偶然は無いそうです。
一見、偶然のように見えながら、全ては必然であるのだと。
そう考えて行くと、御二方は見えざる運命の糸に導かれ、出会うべくして出会われたとしか思えないので御座います。
アッ、これは、相模殿。
オオッ、これは、実に有り難い! 
お茶と菓子で御座いますな。
いやはや、忝(かたじけな)い。
馳走になります。
そう云えば、以前、この話を邪見殿に伺った際、相模殿も同席しておられたので御座いましたな。
邪見殿でさえ御存知なかった当時の詳しい状況を、相模殿が、りん様から色々と聞いておられたおかげで、随分と助かりました。
それにしても、驚くべき事実で御座いますな。
まさか、あの大殿に、瀕死の重傷を負うような過去が有ったとは。
拙者には想像も出来ませんでしたぞ。
それで、犬夜叉殿から“風の傷”を喰らい、瀕死の状態で、動く事さえ儘(まま)ならぬ殺生丸様を、りん様が、助けようとなさった訳でしたな。
イヤハヤ、何と勇気があられる事か! 
まかり間違えば、大殿の爪で瞬時に引き裂かれておられたやも知れませんぞ。
相模殿にお聞きした処では、りん様は、家族を、夜盗どもに殺され、天涯孤独の孤児の身であられたとか。
而も、目の前で家族を殺されたせいで口を利く事さえ出来なかったと。
おまけに、そんな、お気の毒な境遇のりん様を、村人どもは哀れむどころか、事ある毎に虐待していたそうですな。
実に、許し難い仕打ちに御座います。
まあ、その後、妖狼族の狼どもに村中の人間が喰い殺されたそうですが。
その時、りん様も、村人同様、狼どもに噛み殺されたのでしたな。
その場に居合わせた邪見殿の言葉を、ソックリそのまま拝借すると、りん様は、血の海の中にボロ雑巾のように倒れ付しておられたそうで御座います。
無惨にも喉を噛み切られ、絶命した、りん様。
そんな、りん様を、殺生丸様が、初めて自らの御意思で天生牙を使って冥界から呼び戻されたので御座いましたな。
それ以後、常に、りん様を、連れ歩かれ、それは、大切に庇護しておられたそうで。
奈落なる半妖に、りん様が目を付けられ、拉致された事も一度や二度では無いとお聞きしましたぞ。
その度に、殺生丸様が直々に乗り込まれ無事に取り戻されたそうですな。
それにしても、りん様が二度も冥界から呼び戻された事は尋常では御座いません。
一度目は、天生牙で、二度目は“狗姫の御方”様が、いつも首から下げておられる冥道石で蘇生なさったとか。
アッ、そう云えば、拙者も一度は天生牙で救って頂いたのでした。
それに、邪見殿も、拙者同様、天生牙で蘇生した身で御座いましたな。
拙者や邪見殿のように、天生牙で蘇生した者は多くはありませんが、全く存在しない訳ではありません。
しかし、二度もの冥界からの蘇生となると、これは、りん様以外、居られません。
そうした事を色々と考え合わせると、益々、りん様は、唯の人間とは思われません。
りん様ご自身は、何の力も持ち合わせておいでではないのに、あの御方が、絡むと、次から次へと、驚くべき事が起きているのです。
不思議な御方だ。
まるで、殺生丸様を導く為に天から遣わされた使者のような気さえ致します。
もし、殺生丸様が、りん様に出会わなければ、天生牙は目覚める事なく、今も大殿は人界を放浪されていた事で御座いましょう。
勿論、爆砕牙も出現しなかったでしょうし、失われた左腕も再生しなかったでしょうな。
そうそう、大殿の左腕再生と爆砕牙の出現。
これも、実に信じ難い、正に奇跡のような出来事で御座いますな。
この事については、後程、詳しくお話せねば。
では、此処らで、お茶を一服。
チョット失礼致します。
フゥ~~美味い。
一息吐けました。
何しろ、長い長い物語で御座いますからな。
何と云っても、殺生丸様が人界を放浪なさっていた期間が二百年。
如何に、我ら、妖怪の寿命が長いと申しましても、これは、かなりの年数に相当します。
この二百年の内、邪見殿が、供をするようになったのが、ここ百五十年程の事。
何でも、殺生丸様の強さ、美しさに、惚れ込んで、押しかけ女房ならぬ押しかけ御供だったそうで。
まあ、その心情に免じて、あれ程に気難しい御方が、お供を許されたのでしょう。
人頭杖を邪見殿に託された事、それ自体が、殺生丸様が相当に信頼を寄せておられる証だと思います。
エッ、御存知なかったのですか? 
邪見殿、あれも、西国の宝物なので御座いますよ。
それを、殺生丸様ご自身が、直々に邪見殿にお預けになったのです。
並々ならぬ信頼だと考えて宜しいか・・・と。
(それを聞いて嬉し泣きする邪見、人頭杖を抱き締め、もう、オイオイと号泣状態・・・)
コホン、とっ、とにかく、我らが主、殺生丸様は、御自分が、お気に召さない事は、絶対になさらない御方である事は間違い御座いません。
そして、一度、執着されたが最後、容易な事では、まず諦めようとはなさいません。
鉄砕牙に対する飽くなき執着が、その良い例で御座います。
二百年、二百年ですぞ! 
如何に敬愛する父君の形見の宝刀とは云え、鉄砕牙を捜し求めて人界を延々と彷徨うなど、普通の者には、到底、真似出来る業では御座いません。
大殿の諦める事を知らぬ、その粘り強さが、遂に、鉄砕牙の在り処を突き止められました。
半妖の弟御、犬夜叉殿の右目の黒真珠に封じられていたのです。
黒真珠を、無理矢理、犬夜叉殿の右目から取り出し、異界への道を開き、とうとう、父君の骸(むくろ)に封じられし鉄砕牙を発見なさいました。
しかし、イザ、我が手にせんとなさったものの、当の鉄砕牙には、結界が張られ、殺生丸様には触れる事さえ出来なかったので御座います。
挙句、激しい兄弟喧嘩の果てに、ご自身が熱望なさった鉄砕牙で、己が左腕を、斬り落とされてしまわれたのです。
通常の者なら其処で諦めるのが普通でしょうが、我らが主は非常に強情な御方でも御座います。
そんな目に遭いながら、諦めるどころか、二度三度と、弟君から、執念深く鉄砕牙を奪おうとなさったのです。そんな狷介孤高な御方が、漸く、鉄砕牙を諦めざるを得ない羽目に陥られたのが、例の“風の傷”を受けられた一件で御座いました。
その後、りん様を、天生牙で冥界から呼び戻され、天生牙の真の所有者となられた殺生丸様ですが。
あれ程、頑固に、覇道、即ち、力に固執なさっておられた御方です。
どうしても、鉄砕牙に対抗し得る武器が必要でした。
そんな時、新しい剣に格好の素材を見つけられました。
然も、それは、鉄砕牙を噛み砕いた悟心鬼なる鬼の牙でした。
この悟心鬼、宿敵の半妖、奈落から生れた分身で、敵の心を読むという特異な能力の持ち主で御座いました。
奈落の瘴気に満ちた鬼の牙から打ち起こされた刀剣です。
案の定、『闘鬼神』と名付けられた、その剣は、邪気塗れの妖剣で御座いました。
事実、剣を打ち起こした刀鍛冶自身、闘鬼神の凄まじい怨念に支配され命を落とす羽目になったそうです。
アッ、この時です。邪見殿が、天生牙で蘇生したのはっ! 
たまたま、運悪く、闘鬼神に操られた刀鍛冶に斬り殺されてしまったそうです。
それを、殺生丸様が、天生牙を振るって蘇生させたのだと、お聞きしてます。
さて、話を戻しまして、とにかく、通常の妖力しか持たない妖怪なら、悟心鬼の怨念に取り憑かれ、闘鬼神の意思のままに操られてしまうのでしょうが、殺生丸様は、驚くべき事に何の造作もなく闘鬼神を御(ぎょ)してしまわれたのです。
御舎弟の犬夜叉殿でさえ、手に取る事は愚か、近付く事も出来なかったと云う途方も無い怨念を発する妖剣を!です。
この事実一つ取りましても、我らが主君の妖力が、如何に、桁外れであるのかが判ろうという物です。
斯くして、殺生丸様は、闘鬼神を手中になさいました。
鬼の怨念が渦巻く闘鬼神ではありますが、その威力は本物で御座いました。
早速、ご自身が、疑問に感じておられた点を解明すべく弟の犬夜叉殿と刃(やいば)を交(まじ)えられました。
何故、半妖の犬夜叉殿の血の匂いが急に変化したのかを知る為に。
疑問点は、即座に解消せねば気に入らぬ性分の御方でも御座いますので。
まあ、総じて気が短い御方と申せましょうな。
この時は、鉄砕牙と天生牙の生みの親である刀鍛冶の刀々斎殿が犬夜叉殿を庇(かば)われて事無きを得ましたが。
その後、父君のお知り合いである二千年の樹齢を保つ朴の木の樹仙、朴仙翁様の許に赴かれ、直接、御自分の疑問を問い質(ただ)されたそうです。
朴仙翁様との問答から、御自分なりの結論を引き出されたのでしょう。
鉄砕牙の守護を失い、妖怪化した弟御を止める為に駆け付けられたそうです。
兄君としての義務と思われたのでしょうな。
口では、どんなに半妖の弟御を蔑まれようと、殺生丸様の行動には、兄としての、ほのかな情が通っております。
そして、殺生丸様の中に眠っていた情、慈悲心を呼び覚ましたのは、紛れも無く、りん様なのです。


※『ある祐筆の述懐②』に続く

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