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小説第四十三作目『或る祐筆の述懐』 ③

そして、殺生丸様が、お留守にされていた間、残された御一行には、これまた、大変な事が起きていました。
主の不在を狙いすましたかのように、奈落めが、直接、出向いて来たのです。
琥珀の四魂の欠片を、自ら、手に入れようと。
強大な力を持つ奈落に、必死で抵抗する琥珀。
阿吽に乗って、りん様や邪見殿と一緒に、逃亡を図りますが、何と云っても、相手は、あの奈落です。
簡単に逃げおおせる筈もなく、瘴気の雲が、ピタリと後を追ってきます。
奈落自身は、琥珀の欠片に触れる事は出来ないそうです。
何でも、巫女の桔梗が、四魂の玉に残した光に邪魔されるとかで。
その為、琥珀の首を落として、四魂の欠片を入れたまま、持ち帰る積もりだったのです。
襲いかかる瘴気の渦、欠片が、邪気の影響を受けて穢れ始めていきます。
それと同時に、琥珀の意思も、奈落の支配下に。
辛うじて、自分の意思を保つ琥珀。
しかし、身体が、云う事を聞きません。
琥珀が、鎖鎌で、自らの首を刎ねようとした、その刹那、姉の珊瑚が、駆け付けて来ました。
退治屋の里を、一族全てを死に追いやった憎い仇。
奈落と対峙する珊瑚。
強大な力を持つ奈落に対し、一歩も退きません。
敢然と立ち向かう、その誇り高い姿。
最強の女戦士と呼ぶに相応しいでしょう。
追い詰めた獲物を嬲るかのように甘言を弄する奈落に向かって、投げ付けられた新生飛来骨。
珊瑚を侮って掛かった奈落が、何と、体を砕かれたではありませんか! 
然も、砕かれた体の再生を阻みます。
薬老毒仙の毒や薬を掻い潜って再生した飛来骨です。
奈落の体を砕いた上に、更に、相手の邪気を巻き込み、毒を以って敵に打撃を与える。
これが、並みの妖怪なら、ひとたまりも無く粉砕され尽くしている筈です。
形勢悪しと見て取った奈落、即座に退却して行きます。
こういう状況判断の素早さは、何時もながら、実に見事な奴で御座いますな。
アッと云う間に逃亡しました。
助けに駆け付けて来た犬夜叉殿や、お仲間衆。
こうして、この場は、琥珀の欠片を守る事が出来ました。
勿論、りん様や邪見殿もです。
幸いにして、犬夜叉殿の思い人の、かごめは、強力な霊力を持つ巫女です。
穢された琥珀の欠片を浄化する事が出来ました。
その頃、殺生丸様は、どうされていたか、と云いますと・・・断崖に立って海を眺めておられたようです。
昔から何か有ると海辺に出掛けては、そのまま、何時間も海を眺める傾向が有る御方でしたので。
まず、間違いないでしょう。
そして、そんな殺生丸様の邪魔をしたのが、夢幻の白夜です。
お節介な事に神無の鏡の欠片を手渡し、兄弟喧嘩の切欠を作ったのです。
神無、彼女も奈落の分身でしたが、もう、『用無し』と見做され、犬夜叉殿と相討ち覚悟の玉砕戦法に出て死にました。
捨て駒にされたのですな。
何とも、非情としか云い様が、有りませんな。奈落のする事は。


オット、失礼しました。話を戻しまして。
勿論、それも奈落の差し金ですが、罠と判っていて、敢えて、その罠に乗る殺生丸様でした。
この際、もう早い内に決着を付けてしまおうとなさったのでしょう。
鉄砕牙に天生牙を吸収させなければならないのなら、グズグズと時を置く必要も無いと。
どうせ、何時かは、手離さなければならない技であれば、いつまでも持っていても仕方無いと、決断されたので御座いましょう。
お世辞にも気が長いとは云えない御方で御座いますから。
思い立ったが吉日とばかりに、即、行動に移されます。
その脚で、そのまま、弟君に、闘いを挑まれました。
兄君と同じく、弟の犬夜叉殿も、これまた、相当に気が短い。
兄君の挑戦を受けて立たれます。
こういう処は、流石に御兄弟です。
良く似ておられます。
騒然とする、双方の御一行の方々。
天生牙から漂う臭気が、奈落の物と気付き、憤慨される犬夜叉殿。
そんな中、空中に忽然と現れたのは、又しても、夢幻の白夜。
ご親切にも、幻術で、殺生丸様と犬夜叉殿を、二人きりで闘える場へと、お連れしてしまいました。
残された者達は、それぞれ、御二人の安否を心配する事しか出来ません。
そんな状況の中、急に黒雲が出現、雷鳴が轟きました。
ドン! 稲光とともに刀々斎殿が、妖牛の猛々に乗って現れました。
鉄砕牙と天生牙、どちらも、刀々斎殿が、打ち起こした刀です。
謂わば、我が子同然の刀です。
その鉄砕牙と天生牙が、一本の刀になろうとしている気配を、逸早く感じ取って参上されたのでしょう。
嘗て、己が、二つに分けた刀、それが、今、再び、一つになろうとしている。
その瞬間を見届けに来られたのでした。
その場に居る他の者達には、殺生丸様と犬夜叉殿の闘いが、どうなっているのか、その状況を窺う事さえ出来ません。
しかし、刀の生みの親である刀々斎殿には、手に取るように判るのでしょう。
「今、ひとつになった。」
刀々斎殿が、ポツリと呟かれました。
待つ程も無く、空中に巨大な冥道が出現しました。
そして、冥道の中から、御兄弟の姿が。
黒い刃の鉄砕牙を辛うじて構えた犬夜叉殿。
大怪我をしてフラフラの状態のようです。
それに比べ、兄君の殺生丸様の方はと云うと、散策の途中にヒョイと立ち寄ったかのように涼しげな風情でいらっしゃいます。
着衣ひとつ乱されておりません。
もう、用は済んだとばかりに、サッサとその場を立ち去ろうとする殺生丸様を、刀々斎殿が、呼び止められました。
天生牙を持っていかれるようにと。
驚きました。
拙者、てっきり、天生牙は、鉄砕牙に吸収され、もう、影も形も無い物と思い込んでおりましたから。
そんな刀々斎殿の申し出を、にべも無く断り、先を急がれる殺生丸様。
引き取り手の無い天生牙を手に、さて、どうした物かと考え込む刀々斎殿。
そんな刀々殿に、りん様が、お声を掛けられます。
そして、可愛らしい紅葉のように小さな両手に、天生牙を受け取られたのです。
殺生丸様の御機嫌が直ったら、手渡すと申されまして。
流石は、りん様。
幼い乍ら、実に、殺生丸様の御気性を、良く心得ていらっしゃる。
りん様からならば、殺生丸様も、天生牙を受け取る事に『否や』とは申されなかったので御座いましょうな。
その後も、殺生丸様の腰には、以前と同じ様に、天生牙が佩かれておりました。
斯くして、冥道残月破は、半妖の犬夜叉殿の持つ鉄砕牙に吸収されたのでありました。
しかし、不思議な事に、天生牙は、鉄砕牙に吸収されずに残りました。
拙者の考えます処、恐らく、天生牙自身が、非情にして滅却の技、冥道残月破を嫌ったのではないか、と思うのです。
だからこそ、技のみを、鉄砕牙に譲り渡し、自身は、“癒しの刀”として残ったので御座いましょう。
二百年もの間、沈黙を守り続けてきた天生牙です。
二度と、敵を、冥界に送るような事をしたくなかったのかも知れません。
冥道残月破を切り離した天生牙は、今や、文字通りの“癒しの刀”に御座います。


それにしても、噂が流れるのは、何と早い事か。
『悪事、千里を走る』などと申しますが、これは、人界でも妖界でも変わりません。
悪い噂であればあるほど、それが伝わる速度も、一層、早まります。
それが、関心のある人物の情報となれば、特に。
殺生丸様が、武器を失われたという噂は、アッと云う間に拡がりました。
それを知った身の程知らずの愚かな妖怪どもが、殺生丸様を倒し、名を上げようと、連日、挑んで参りました。琥珀の四魂の欠片も、彼奴らにとっては、体の良い餌のような物です。
まあ、どいつもこいつも、殺生丸様の爪に掛かり、ウンもスンも無く葬られるのが関の山でしたが。
それにしても、鬱陶しい事です。
そんな或る日、トンデモナイ強敵が、襲い掛かって来ます。
まるで、降って湧いたかのように現れた、そ奴の名は、曲霊(まがつひ)。
四魂の玉の中に潜んでいた悪霊その物です。
四魂の玉から出てくる際、妖怪どもの体を、奈落から召し上げたせいか、奈落の臭いを辺り構わず漂わせておりました。
別段、隠す気も無かったのでしょう。
空から、現れるなり、いきなり琥珀の欠片を目掛けて、攻撃してきました。
その凶悪さ、ずる賢さは、下手をすると奈落よりも上かも知れません。
それ程までに、危険、極まりない敵なのです。
曲霊と対峙する殺生丸様。
彼奴の懐に飛び込み、腹中深く、手刀を打ち込まれました。
しかし、奴は、一向に堪えた素振りを見せません。
弱る処か、奈落と同じ様に、触手を拡げて、そのまま殺生丸様を挟み込もうと!
 間一発、後方に飛び退かれ、難を避けた殺生丸様。
然も、驚いた事に殺生丸様の手が!
 毒華爪が! あの猛毒を発する手が!
 焼け爛れているでは有りませんか! 
信じられません・・・殺生丸様が、毒で負けるなどと。
しかし、現実に、その有り得ない事が起きているのです。
彼奴の、曲霊の毒の方が、より強力なのです。
そうした緊迫した状況を、阿吽に乗って見ていた琥珀。
殺生丸様を、少しでも、お助けしようと、微力ながら鎖鎌で曲霊を攻撃します。
ドカッ! 狙い過(あやま)たず曲霊の頭部に鎖鎌が命中。
あっ、頭に、頭部に、鎖鎌が喰い込んでいるのですよ! 
そんな状態にも関わらず、奴は、平然としております。
痛みを感じてないのでしょうか。
平気な顔で、空中の琥珀を睨み据えているのです。
そして、琥珀は、阿吽に同乗している、りん様に塁が及ばないよう、自ら、阿吽から飛び降りました。
琥珀なりに、以前、奈落が、自分の欠片に触れた途端、巫女、桔梗の光によって弾かれた事を思い出し、敢えて、欠片に触れさせようとしたのです。
しかし、その思惑は“凶”と出ました。
曲霊には、桔梗の光が効かないのです。
邪気に欠片を穢され、触手に捉えられ、全く、身動き出来なくなる琥珀。
それだけでは御座いません。
琥珀を助けようとした殺生丸様までが、触手に、隻腕を、右腕を、串刺しにされてしまったのです。
ウグッ、それも、三箇所、三箇所も!
グサッと串刺しですぞっ!
 思わず、ヒイィッ・・と悲鳴を上げたくなってしまいます。
殺生丸様、『戦国最強』と謳われてきた我が主君。
無敵の強さを誇った御方が、これ程、苦戦なさった事が、未だ嘗て、存在したでしょうか。
何と云う怖ろしい敵で御座いましょう。
丁度、この時、犬夜叉殿が、奈落の臭いを嗅ぎ付けて、お仲間を引き連れて、駆け付けて来られました。
そして、鉄砕牙で、触手をブツ斬りに。
初めて見る兄君の痛々しい負傷姿に心を痛めておられたので御座いましょうな。
何しろ、冥道残月破を譲り渡した以上、殺生丸様の武器となる刀は無いのですから。
しかし、同情など死んでも受け付けぬ御方が、殺生丸様です。
半妖の弟御に気遣われたのが、癪に障られたのか、串刺しにされた穴だらけの腕を、妖力を使って、一気に、治癒されました。
流石は、我が君。
そのまま、曲霊に立ち向かうと見せ掛けて、一挙に、本性を露(あらわ)に。
ハイ、我ら犬妖族の真の姿に変化されたのです。
そして、そのまま、曲霊の首を噛み切ってしまわれました。
通常の敵なら、これで、絶命するのが普通です。
しかし、彼奴は、死にません。
首を千切られようが、体を傷付けられようが、一切、お構い無しなのです。
それどころか、好きなだけ壊すが良い、などとほざくのです。
彼奴にとって、体など、所詮、奈落からの借り物。
どれだけ、壊されても構わないのであります。
だからこそ、どれだけ傷つけられようが、壊されようが、全く平気なのでした。
寧ろ、奈落の特性を生かし、分断された部分を再生し、新たに触手を伸ばし、更なる攻撃を仕掛けて来ます。怖ろしく厄介な敵です。
四魂の玉に、長年、潜んでいた悪霊だけあって、霊力の高い巫女の能力を持つ、かごめこそが、己にとって、一番の脅威である事を熟知しています。
その一番の強敵の霊力を、イの一番に、封じました。
曲霊の一睨みで、かごめが、倒れてしまいました。
やはり、悪霊です。
かごめ程の強力な霊力を封じるなど、この世の者に出来る芸当では御座いません。
勿論、奈落には、到底、出来ない業(わざ)です。
巨大な化け犬に変化された殺生丸様に、曲霊の触手が、絡み付き、ギリギリと締め上げ出しました。
このままでは、完全に触手に巻き込まれ潰される!と思った瞬間、殺生丸様が、人型に戻って、触手の包囲陣から脱出されました。
猶も、曲霊に向かって攻撃しようとされます。
そんな兄君を、犬夜叉殿が、援護して冥道残月破を打とうとしますが、急に、触手が散開。
まるで、その技の威力を知っているかのようです。
目標物が、全方向にバラけてしまっては、冥道残月破を使う利点が無くなってしまいます。
そうこうする内にも、バラけた触手が、肉片が、元の妖怪どもに戻って、各自、好き勝手に攻撃し始めました。その中の一群が、りん様、琥珀、法師を乗せている阿吽を目掛けて触手を! 
法師が、風穴で、それらを吸い込もうとするのですが、邪気に操られた琥珀が、その行動を阻止。
危ない! 
その時、殺生丸様が、素早く、りん様達の前に立ちはだかり、迫ってくる触手、妖怪どもを、爪で撃破。
このまま、全員、バラバラの位置に付いていては、各個撃破の格好の的です。
此処は、総員、一箇所に集まり、各人の力を結集する必要が有ります。
それを、逸早く見て取った殺生丸様。
自ら、先頭に立ち、血路を開きます。
そして、全員が、集まった時点で、唯、御一人で、曲霊に向かって行かれたのです。
端で見ている分には、無謀としか思えない行動ですが、殺生丸様には、成算が、お有りでした。
そう、曲霊は、悪霊。
この世の者では無いのです。奴を斬る事が出来るのは、唯一、天生牙のみ。
誰よりも鋭敏な嗅覚を誇る殺生丸様です。
空中に浮遊している曲霊の頭部には、目も繰れずに、迫る触手の攻撃を掻い潜り、悪霊の臭いの元に、鋭く一太刀、お見舞いされました。
オオッ・・・空に現れたのは、巨大な曲霊の顔。
それこそ、彼奴の本体、霊体です。
左目が、斬られてます。
本体を傷付けられ、怒りに震える曲霊。
しかし、霊体を斬る事が出来ても、天生牙は、この世の物を斬る事は出来ない刀です。
即座に、その弱点を見て取った曲霊が、殺生丸様を、触手で串刺しに!
 グウッ・・そっ、それも胴体を二箇所もですっ!
この部分を想像するだけで、拙者、腹が痛くなるような気が致します。
アタタッ・・・そう云えば、弟御の犬夜叉殿も、以前、殺生丸様によって、土手っ腹に穴を開けられた事があったのでしたな。
然も、毒まで注がれたそうで。
尤も、犬夜叉殿は、犬夜叉殿で、殺生丸様の左腕を、鉄砕牙で斬り落とされてるから、お互い様ですか。
何とも、まあ、荒っぽい御兄弟で御座います。
とにかく、半妖の犬夜叉殿でさえ、人間に比べたら、驚異的な体力と回復力を有しておられます。
では、純粋な妖怪である殺生丸様の体力、回復力が、当然、犬夜叉殿を凌駕しているであろう事は、ワザワザ、ご説明するまでも無いでしょう。
とは申しましても、とてつもない痛みであろう事は、間違い御座いますまい。
怖ろしく強情な御方ゆえ、まず表情には出されませんが。


それは、さて置いて、話を先に進めますぞ。
曲霊め、一旦、バラバラに散開させた触手や、妖怪どもを呼び集め、竜か蛇の尻尾のような形に融合させて、殺生丸様を囲い込み始めました。
エエイ、もう触手なのか尻尾なのか、とにかく巨大化した化け物の尻尾のような肉塊で、一気に、押し潰してしまおうとしたのです。
バキバキバキッ! 
誰もが、その凄まじい様相を見て、殺生丸様の『死』を確信しました。
無理も御座いません。
胴体を二箇所も串刺しにされ、その上、あれ程の物理的な衝撃を受けては。
如何に殺生丸様と云えど、一溜まりも無いと、誰もが判断せざるを得なかったでしょう。
殺生丸様が、押し潰され殺されてしまったと思い込んだ犬夜叉殿。
兄君を嘲る曲霊の顔を怒りに任せて両断します。
本体でない以上、どんなに斬り伏せようと無駄なのですが、それでも、そうせずにはいられなかった犬夜叉殿のお気持ち、良く判ります。
普段、どんなに仲が悪くとも、やはり、血が繋がった、此の世に唯一人の兄君です。
肉親の情が、迸(ほとばし)り出ます。
激しい怒りに震えながら、巨大な触手を攻撃する犬夜叉殿。
兄君が、取り込まれている以上、冥道残月破は、勿論、金剛槍破も、他の技も使う事は出来ません。
文字通り、鉄砕牙で斬る事しか出来ないのです。
その隙を衝いて、触手が、犬夜叉殿の手足を絡め取りました。
鉄砕牙を振るえないようにギリギリと締め上げます。
必死に抵抗する犬夜叉殿。
その時、ドクン!と鼓動のような音が。
次の瞬間、ドン!と内部から巨大な触手が破壊され、同時に眩しい閃光が!
バラバラと崩れ落ちた触手の内部から、朧気にボウッと見えて来たのは・・・殺生丸様。
なっ、何と、生きておいでだったのです! 
右手に天生牙を握り締め、喪った筈の左腕の部分からは、バチバチッと凄まじい光を放電させておいでです。一体、何が、起きているのでしょうか?
 敵も見方も唖然とする中、空中にゴォ――ドロドロと鳴り響く音。
棚引く黒雲と共に現れたのは、三つ目の妖牛、猛々に乗った刀々斎殿ではありませんか。
かの御仁が、ワザワザ、この場に現れたと云う事は・・・。
ハイ、当然、刀に関する事に相違御座いません。
刀々斎殿の出現に、何か感ずる物が有られたので御座いましょう、殺生丸様。
しかし、その時、新たな触手が、ググッと上部から覆い被さるように襲い掛かって来ました。
殺生丸様が、バチバチと激しく放電している『無い筈の左腕』を振るわれました。
ドン! 凄まじい衝撃と共に吹き飛ぶ触手。
怖ろしいまでの破壊力です。
闇を切り裂く雷光のような光の中に浮かび上がって来たのは、失った筈の左腕。
そして、その左腕が握り締めている刀。
それは、一見、天生牙に良く似た細身の日本刀。
しかしながら、その刀には、刀身にも柄にもビッシリと雷紋が刻まれております。
雷紋、稲妻を象徴する紋様。
一振りで千の妖怪を薙ぎ払い、破壊し尽す、神の怒りにも似た神剣、“爆砕牙”の出現で御座いました。


破壊された触手が、地面に地響きを立てて落下して行きます。
ドオオン!
犬夜叉殿の手足に絡み付いていた触手も爆砕牙の効果でボロボロです。
そのまま、地面に零れ落ちて行きます。
目の前で 爆砕牙の凄まじい破壊力を見せ付けられても、猶も、殺生丸様と爆砕牙を侮って掛かる曲霊。
破壊された触手の残骸に、新たに妖怪どもを融合させて、再度、攻撃を開始しようと試みます。
次々と残骸に飛び込んで行く妖怪ども。
しかし! 此処で、新たな異変が生じます。
従来ならば、奈落の特性を生かし、一旦、破壊されても、触手は、何度でも再生が可能だった筈です。
にも拘らず、爆砕牙に破壊された残骸に触れた途端、無傷の妖怪どもまでが、同じ様に破壊されていくでは有りませんか!
 何と、何と云う、凄まじい威力を発揮する刀で御座いましょう。
『神の怒りに触れし者、悉(ことごと)く、破壊され尽くすべし』とでも表現すべきでしょうか。
信じられない破壊力で御座います。
鉄砕牙が、豪剣ならば、爆砕牙は、正に神剣と云うべきで御座いましょう。
爆砕牙の途方もない驚異の破壊力を見ても、まだ、悪態を吐く曲霊。
殺生丸様が、止めとばかりに爆砕牙で、彼奴の顔を斬り捨てられました。
バコッ! 跡形も無く粉砕される曲霊の顔。
同時に、曲霊の気配も、臭いも、周囲から霞のように消え失せていきました。
以上が、殺生丸様の失われた左腕の再生と爆砕牙出現の全貌で御座います。
爆砕牙には、刀々斎殿自らが、持参された朴仙翁様の枝から、鞘を彫り出して下さいました。
刀身にも、柄にも、ビッシリと刻み込まれた雷紋に合わせて、鞘にも、同じ雷紋を施してあります。
優雅な天生牙に対し、似たような形状の細身の刀でありながら、爆砕牙は、何とも剥き出しの荒々しさを感じさせる刀で御座います。
きっと、雷紋の持つ呪術的な力が、見た目にも『破壊的な力』を象徴しているからで御座いましょうな。
オオッ!どうやら、除夜の鐘が聞こえてまいりました。
それでは、拙者の話も、ソロソロ、この辺りでお終いにさせて頂く事にしましょう。
長々と御拝聴下さいまして、誠に有難うございました。
エッ、何故、西国に除夜の鐘が有るのか?ですと。 
ハイ、実は、これは、先代様、殺生丸様の父君、闘牙王様が、人間界から持ち込まれた風習なので御座います。
三百年前、丁度、拙者が、城勤めを始めた頃に導入されました。
最初の頃こそ、時を告げる鐘の音に、我ら一同、奇妙な違和感を感じた物ですが、今では、日々の生活、年越しに欠かせない習慣となっております。
我ら、妖怪は、寿命が長い分、どうしても、時という観念が疎(おろそ)かになりがちです。
先代様の頃は、約束の日時に、一日や二日、遅れる事など当たり前、下手すると、一週間、二週間程度の遅れもザラに御座いましたとか。
それどころか、ひと月遅れ、二月、三月遅れなんて事も。
もっと酷い場合など、一年、二年、イエイエ、三年や、五年、中には、十年遅れなんてトンデモナイ豪の者さえ居ったそうで御座います。
そんな、妖怪達の、時間に対する余りにも杜撰(ずさん)な感覚を解消すべく、先代様が、何か良い知恵は無い物かと色々と思案された結果、当時、人間界で流行り出していた寺の鐘が導入されたので御座います。
ハハ・・・勿論、坊主が鐘を衝いている訳では御座いません。
この西国城から北方へ一里(約四キロ)ほどの場所に位置する小高い山の、頂上部分に、鐘が据え付けられているのです。
一時(約二時間)毎に、鐘守りが、鐘を衝いて時間を報せております。
こうして、鐘の音が、日々の生活に、キッチリ節目を付けるようになったおかげで、それ以後、以前のような酷い時間の遅れは、無くなったように見受けられます。
アア~~良い音で御座いますな。
心の澱みを洗いざらい掬い取ってくれるような殷々たる響きに御座います。
今年一年の穢れを払い、新しい年の始まりを告げる鐘の音。
何でも人間界では、百八つの煩悩を打ち消す為に鐘を鳴らすのだとか。
何故、百八つかと申しますと、拙者の聞いた処によりますと、『四苦八苦』に由来しているそうで御座います。四苦で三十六、八苦で七十二、合わせて百八つで御座います。
それでは、皆様、良い年をお迎え下さい。そして、新年、明けましておめでとう御座います。

                           了   2008.1/5(土)◆◆猫目石

《第四十三作目『ある祐筆の述懐』についてのコメント》
こんな長い長い作品を読み切って下さった方々に、まず、御礼申し上げます。
まさか、自分でも、こんなに長い作品になるとは思わなかった物ですから。
本当に、お疲れ様でした。
ブログにも書いたように、最初の題は『ある祐筆の憂鬱』でした。
しかし、この題にすると、最初の出だし部分で、すぐに終わってしまうのです。
字数にして、二千字有るか、どうか、それ位、短かったのです。
本来、長編タイプの管理人、よせば良いのに、ついつい、もう少し長くしたい、なんて余計な事を考えまして、題を、今の『ある祐筆の述懐』に変更。
そうしたら、この語り手の聡周(そうしゅう)が、俄然、張り切って、ベラベラ喋り始めまして、ドンドン、収拾が付かなくなりました。
その結果、何と、当初の十四倍もの分量に。
単品としての歴代最長不倒作品、『邪見の道中日記』の有に倍以上、イエ、連載でも、こんなに長い作品は有りません。
年明け早々から、何故か、記録破りに挑戦してしまった管理人、猫目石で御座いました。
最後まで、飽きもせずに読んで下さって、本当に有難う御座いました。 
                
                   2008.1/5(土)★★猫目石

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