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『松虫 宵虫 秋の虫』


秋の野に 人まつ虫の 声すなり 我かと行きて いざとぶらわん

(秋の野に人を待つというマツムシが鳴いている。私を待っているのだろうか。急いで調べに行こう)
 
古今集 秋上より


二・三日前はジットリと蒸し暑かった夜が、急に涼しくなってきた。
それと同時に秋の虫たちが、賑(にぎ)やかに鳴き出した。
まるで幾千もの鈴が、思い思いにさんざめくかのように。
リ———ン・・リリリッ・・リ———ン・・・チリリッ・・リ———ン
かなりの音量である。
しかし、その音色は煩いばかりの夏の蝉時雨とは違い涼やかで、寧(むし)ろ耳に心地よい。
日中は、まだまだ暑い日が続いているが、風の中に涼気が交じり始めた。
夏から秋へと季節が移り変わろうとしているのだ。

「楓さま、夜は涼しくなってきたね」

童女の域を、ようやく脱しかけた少女が、嬉しそうに傍らの巫女装束の老婆に話しかける。
少女の名は、りん。
老巫女、楓の養い仔である。

「そうさな、今年の夏は暑さが厳しかった。これで、ようやく一息つけるわい」

楓は隻眼である。
刀の鍔(つば)を眼帯に仕立てて右目に掛けている。
それが楓の風貌に侮りがたい威厳を醸(かも)し出している。
戦乱の世である。
楓も、また、数々の修羅場をくぐりぬけてきた兵(つわもの)であった。
村を守る巫女の楓が、孤児(みなしご)のりんを預かってから、かれこれ一年半ほどになる。
りんを楓に預けた人物は人ではない。
村に身を寄せる半妖の犬夜叉の異母兄、殺生丸だ。
人と妖怪の間に生まれた半妖の犬夜叉と違い、殺生丸は純粋な妖怪である。
それも、単なる妖怪ではない。
戦国最強と謳(うた)われる大妖怪である。
妖界にある強大な西国を支配する化け犬一族の若き長でもある。
りんは、そんな殺生丸から楓に預けられた大切な養い仔である。
然も、預けた当人は、国主という重責にありながら、キッチリ三日おきに、りんに逢いに村を訪れてくるのだ。
呆れるほどの律儀さと几帳面さである。
丁度、前回の来訪から数えて今日で四日目。
ソロソロ訪ねてくる頃だろう。
夏の間は暑い日差しを避け、涼しくなる夕方、もしくは月が明るい晩に殺生丸はやってくる。
お供の小妖怪、邪見を従えて。
今宵は上弦の月、天空にかかる半月はにじむような光で下界を柔らかく照らしつつユックリと天頂を目指して上っていく。
ヒタヒタと裸足特有の足音が楓の住まう小屋に向かってくる。
すると盛大な赤子の泣き声も聞こえてきた。
それも一人ではない、二人分。
バサッ、戸口にかけられた筵(むしろ)を勢いよくくぐり抜け半妖の青年が現われた。
夜目にも鮮やかな白銀の髪は腰に届くほど長い。
髪の中からピョコンと飛び出しているのは愛嬌のある犬耳。
月を嵌めこんだような金色の瞳。
真紅の童水干の胸元には泣き喚く二人の赤子が抱かれている。
憮然とした面持ちの犬夜叉が、ぶっきら棒に声を掛ける。

「邪魔するぜ、楓ばばあ」

「どうした、犬夜叉」

「ケッ、どうしたもこうしたもあるか。派手に夫婦喧嘩が、おっぱじまったんだ。。弥勒の奴、今頃、珊瑚にギュウギュウ締め上げられてるだろうぜ」

「ホッ、それは、また、どうして。ハハァ・・・そうか、法師殿、浮気がバレタのだな」

「まあな、弥勒の野郎、先月、妖怪退治に行った先で、よせばいいのに若後家にチョッカイかけやがったんだ。それが珊瑚の地獄耳に入ってな。後は、もうお決まりの修羅場だ。そんな訳で茜(あかね)と紅(くれない)を連れて避難してきた。あんなんじゃ、おちおち寝てられないだろうしな」

茜(あかね)と」紅(くれない)、半年前、弥勒と珊瑚の間に生まれた女の双子である。
泣き喚く赤子を一人づつ、楓とりんが、犬夜叉から受け取りあやす。
楓が犬夜叉に話しかけた。

「成る程、それにしても法師殿も懲りない御仁だな」

「弥勒の女好きは筋金入りだぜ。美女に成りすました奈落に誑(たぶら)かされたっていう爺さん譲りだろうな。にしても、別に相手とどうこうなったってんじゃねえ。チョコッと気のありそうな口を利いただけだぜ。それなのに珊瑚の奴、鬼みてえに怒るんだ」

「潔癖な珊瑚にしてみれば、それだけでも許しがたいのであろうよ。それにな、犬夜叉、お主も人のことは云えぬであろう。ホレ、以前、かごめに妖狼族の若い男がチョッカイかけたことが有っただろうが。確か、鋼牙とか云ったな。お前、そ奴が、かごめに近付くだけでも癇癪(かんしゃく)を起こしていたそうではないか」

「ウッ・・・・・・」

思いがけない楓の指摘に藪蛇(やぶへび)になった犬夜叉がグッと詰まる。

「それに法師殿と珊瑚の場合は犬も喰わぬ夫婦喧嘩だ。放っておけ」

「ねえ、楓さま、どうして夫婦喧嘩は犬も喰わないの?」

りんが不思議そうに楓に訊いてきた。

「ホッ、それはな、りん。夫婦喧嘩とは、大抵、ささいな事が原因で起きるのが常。どうせ、その内、仲直りするに決まっておるのさ。だから、何でも拾って食べる犬でさえ見向きもせん程、つまらんという意味じゃよ」

「フ~~~~ン、そうなの?」

まだまだ男女の機微などサッパリ判らないりんは、小首を傾(かし)げつつ相槌をうつ。
バサッ、勢いよく入り口の筵(むしろ)を払いのけて新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)が現われた。

「邪魔するぞい。楓、りん」

「邪見さまっ!」

矮小な緑色の体躯にまとった水干、チョコンと被った烏帽子(えぼし)が従者の身分を物語る。
殺生丸の忠実な下僕、小妖怪の邪見である。
右手には人頭杖(にんとうじょう)と呼ばれる奇妙な杖を握っている。
犬夜叉が邪見を見て、からかい気味の軽口をきく。

「何でえ、邪見じゃねえか。アァ、もう三日たったのか。りんを迎えに来たんだな。おめえも毎度毎度ご苦労なこった」

「フン、余計なお世話じゃ。貴様なんぞに用はないわい。りん、殺生丸さまがお待ちじゃ。早う来い」

すると邪見も負けじと人頭杖を振りたてて憎まれ口を叩く。
犬夜叉と邪見の憎まれ口のたたき合いは、殺生丸が半妖の犬夜叉を蔑(さげす)んでいた頃から続いている習慣だ。
ザッと数えてみても百年以上は経過しているだろう。
怖ろしく年季が入っている。
主である殺生丸の犬夜叉に対する認識が、多少、変わったからと云って、今更、直りそうもない。

「アッ、はい、直ぐ行きます。犬夜叉さま、茜ちゃんをお願いします」

あやしていた赤子を犬夜叉に渡して、りんは、邪見と共に待ち人のもとへ出かけた。
半月が照らす夜道に秋の虫の大合唱が響き渡る。
リ———ン・・リリリッ・・リ———ン・・・チリリッ・・リ———ン
りんが何気なく邪見に話しかける。

「邪見さま、秋の虫の鳴き声って綺麗だね」

「ハッ、んなもん、毎年、同じではないか」

「ン~~~そうかも知れないけど、でも、蝉の声よりは良いと思わない?蝉が一斉にウワ~~ンと鳴くと、只でさえ暑苦しい夏が余計に暑く感じるんだもん」

「まあな、立秋も過ぎたからな。これからは過ごしやすくなるじゃろう」

爺と孫のような会話を交わしながらノンビリと夜道を歩いていく邪見とりん。
殺生丸が待っている一本松の許へ行く途中に弥勒と珊瑚の家がある。
そこを通りかかった途端、大きな物音が。
バリーン! ガチャ—ン! ドカッ!
驚いた邪見が目をむいて喚(わめ)く。

「なっ、何じゃ!? あの騒々しい物音は? スワッ、物盗りか?」

「ウウン、エッ・・・とね、あれは夫婦喧嘩だよ、邪見さま。法師さまがね、浮気したんだって」

そうこうする内にも、家財道具が、ビュンビュン飛んでくる。
危なっかしいこと、この上ない。
これは堪らんと難を避ける為、邪見とりんが垣根の側に身を潜めると聞こえてくる聞こえてくる。
大騒動の夫婦喧嘩が。
怒り心頭に発しているのだろう。
怒鳴る珊瑚の金切り声が辺りに響き渡る。

「この浮気者! 今日という今日は愛想が尽きたっ!」

「おっ、落ち着いて下さい、珊瑚! こっ、これは誤解です! 何かの間違いです!」

「やかましいっ! 聞く耳もたん!」

元退治屋の珊瑚は男顔負けの武辺者(ぶへんしゃ)である。
その分、直情的で、すぐさま腕っ節に訴えるところが有る。
弥勒の浮気話を聞いた途端、即、カァ~~~~ッと熱くなったらしい。
怒鳴りながら珊瑚が徳利を掴んで、弥勒に向かって力任せに投げ付けた。
それを弥勒はヒョイと躱(かわ)したが、運悪く隠れていた邪見の顔面を直撃。

ヒュルルルル~~~~ッ・・・・ドカッ!

「ウゲェッ!」

「邪見さまっ!」

そのまま、邪見の意識はパタッと途切れた。
ズキズキと疼(うず)くオデコの感覚に引っ張られるように、ユックリと覚醒し始める意識の中、邪見の耳に飛び込んできたのは・・・・。

「すまない、珊瑚。私が至らないばかりに」

「ウウン、あたしこそご免ね、法師さま」

「珊瑚・・・・」

「法師さま・・・・」

砂を吐きそうに甘い夫婦の睦言(むつごと)。
どうやら、夫婦喧嘩は収まり仲直りの真っ最中らしい。
漂う気配は濃厚なまでに艶(なまめ)かしい。
チュッ、チュッ、チュチュッ・・・
(ギョッ、なっ、何じゃ!?今の物音は???)
このまま黙っていたら、こ奴ら、目の前で、どれだけ不埒(ふらち)な真似を仕出かすことやら。
ガバッ!邪見は、無理矢理、身体を起こした。

「ウワッ! じゃっ、邪見、だっ、大丈夫?」

「邪見殿、誠に申し訳ない。珊瑚に代わりお詫び申し上げます」

赤い顔でしどろもどろの珊瑚を抱きしめたまま、弥勒が落ち着いて詫びを入れる。

「全く! 貴様らのおかげでトンデモナイとばっちりじゃ。ンンッ、りんはどうした?」

邪見が痛むオデコを恐る恐る触ってみれば、これまた特大のタンコブが出来ている。
それに周囲を見回してみても、りんの姿が見当たらない。

「りんなら兄上が待っていると云って、邪見殿の様子を確かめてから出て行きましたよ」

弥勒が邪見の問いかけに答える。

「何とっ!こうしてはおれん 。急いで追いかけねば」

人頭杖を引っ掴んで弥勒と珊瑚の家から慌(あわ)てて飛び出す邪見。
息せき切って主の待つ一本松の許へ駆け付けてみれば・・・・。
そこには殺生丸の腕に抱かれてスヤスヤと眠るりんの姿が。
長い白銀の髪が半月の光を弾いて朧(おぼろ)に煌めく。
ヒュ~~夜風が出てきた。
この季節には珍しいほど冷たい風だ。
吹き付ける夜風を少しも当てまいとするのか。
殺生丸が更に深く懐にりんを抱き込んだ。
何者にも少女を害させまいとするかのように。
りんに注ぐ眼差しは、長年、殺生丸に仕える邪見でさえ見たことがない程、柔らかい。
どう考えても、今の状況では自分は単なるお邪魔虫だろうと邪見は判断した。
怖ろしく嗅覚の鋭い主である。
当然、邪見が側に来ているのは判っているはずである。
それを敢えて黙っているということは『邪魔するな』という意味であろう。
邪見はソッと静かにその場に座り込み主が声を掛けるまで待つことにした。

リ———ン・・リリリッ・・リ———ン・・・チリリッ・・リ———ン

一面に生茂る薄(すすき)の野原、秋の虫が、りんの為に子守唄を歌うかのように鳴いていた。 

                  了



 

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