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『=反魂香(はんごんこう)⑧=愚息行状観察日記外伝』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


方斎は、狗姫(いぬき)の御方が、さり気なく口にした言葉に驚かされた。
漢の武帝とは、今(注:『犬夜叉』の時代はAD1500年代の後半と推定)を遡(さかのぼ)ること千六百年もの昔、人界の中国大陸に存在した古代帝国の皇帝である。
そんな遥か昔を御存知なのかと。
方斎とて、梟族の長として、かなりの物識りとの自負がある。
だが、目の前の貴婦人に比べれば、知識、経験、度量、どれもが遠く及ばない。
この御方から見ればワシなど洟垂(はなた)れ小僧にしか見えんのだろうな。
ホ~~~ッ、仕方ない、ここは仰(おお)せのままに従おう。
方斎は軽く溜め息を吐いて狗姫に答えた。
 

「ホッ、分かりました。御方さまの望みのままに、この方斎、振舞いましょう。ホ~~ッ、されど、反魂香は、我が父、先代の方斎が存命中に使い果たし欠片すら残っておりません。新たに手に入れようにも反魂樹の生える西海聚窟州の高山には結界が施され蟻一匹でさえ入り込む隙がございません」
 

すると、狗姫の御方は、ワシの言い分を待っていたとばかりに目を眇(すが)めて事もなげに仰(おっしゃ)ったのだ。
 

「確かに、そなたの言う通りだ。反魂樹の樹仙自身が山全体に結界を張っておる。反魂香を得ようと邪(よこしま)な心を持つ輩(やから)どもが次から次へとやって来ては山を荒らしおったからな。それ故、朴仙翁から反魂樹の樹仙に話を通してもらった。そなただけは自由に結界に入れるようにとな。この城を辞したらば、即、向かうがよい。そちの欲する分だけ反魂樹の根を持ち帰っても良いと許可が出ておる」
 

「ホッホッホ~、なっ、何と・・・反魂樹の樹仙が直々(じきじき)に御許可をっ!?」
 

驚いた、まさか、そのような事が可能とは・・・。
そもそも、あの朴仙翁と親交がある事自体、凄い。
二千年もの樹齢を誇る朴仙翁、成る程、あの御仁ならば同じ樹仙同士、反魂樹に話を聞いてもらうことも可能だろう。
 

「首尾よく反魂香を精製したら西国城下にて方士になりすませ。何、反魂香さえ有れば、誰も、そなたを疑いはせん。それに、そなた自身、稀代の方士、小翁(しょうおう)の息子、方士の振る舞い方くらいは教えずとも解っておろう。そうしている内に『反魂香』の噂を聞きつけ、必ずや我が愚息が、そちの許を訪れるであろう」
 

「ホ~~~ッ、殺生丸さまがっ!?」
 

驚いて思わず叫んでしまった。
まさか、西国の当代さまともあろう御方が、直接、胡散(うさん)臭い方士の許を訪れるなど有り得るのだろうか?
 

「必ず来る、間違いなく・・・な」
 

こちらの当惑などお構いなしに狗姫の御方はニヤリと笑い自信たっぷりに頷(うなず)かれた。
 

「ホ~ッ、仮に殺生丸さまが訪問されるとして、ワシは、一体、何をすれば宜しいので?」
 

「そう、それこそが、此度(こたび)、妾(わらわ)が、そちを、此処へ呼び寄せた肝心要の用件なのだ。殺生丸は、そなたに、ある人間の少女を冥府から呼び出すよう求めるだろう。方斎、お主は殺生丸の求めるままに反魂香を炊き上げて死者を呼び出す振りをしてくれ」
 

「ホッ、御方さま、何故に呼び出す振りなどを?」
 

「呼び出す相手が死者ではないからだ。その者は生きておる」
 

「ホッホホ~ホ~~ッ!?」


「ここから先は、極々、内密の話になる。方斎、源伍、そなた達、口は堅いだろうな。もし、一言でも洩らせば・・・。分かっておろうな。命はないぞ」
 

それまで笑っていた狗姫の御方の目がスッと細まりキラリと妖しく光りだした。
内心、ゾッとしたが、そこはワシも梟族の長、一族の特性から諜報活動はお手の物、躊躇(ちゅうちょ)せずに頷(うなず)いた。
勿論、白鷺のお爺(じじ)こと源伍殿は狗姫の御方とは旧知の仲、否やのあろう筈もない。
ワシの横で、すぐさま頷いておられた。
そうした我らの態度を見て納得されたのだろう。
再び相好を崩された狗姫の御方は、徐(おもむろ)に口を開き、またまた我らを吃驚仰天(びっくりぎょうてん)させるような秘密を明かされたのだった。
まさか、西国の当代国主、殺生丸さまが、あの人間嫌いで名高い御方が人間の少女を寵愛されているとはっ!?
実に、実に、驚かされたっ!
どうにも信じがたい事実。
だが、信じるしかあるまい。
狗姫の御方が、そのような大事、わざわざ嘘を吐(つ)かれる理由もない。
然も、ワシらが話している最中、当の人間の少女が部屋の中に飛び込んできた。
この目で確かにその少女を見たのだ、是非もない。
それにしても、如何なる理由で人間の少女が狗姫の御方さまを『母』と呼ぶのか?
詳しい事情までは教えて下さらなかったので要(い)らぬ詮索(せんさく)はせなんだが・・・。
何はともあれ、狗姫の御方が、“りん”という人間の少女を溺愛しておられることだけは良く分かった。
それに、少女の方も、狗姫の御方を、大層、慕っておるようだった。
愛らしい黒髪の少女と白銀の美女が仲睦(なかむつ)まじく語らう様子は中々に目の保養だった。
一年後、紅葉の宴で少女を殺害しようとした黒幕は誅(ちゅう)され実行犯は縛(ばく)についたらしい。
新年の儀で少女は正式に狗姫の御方の養女となり同時に殺生丸さまの許嫁(いいなづけ)として御披露目されたと風の噂で聞いた。 


【誅(ちゅう)する】::罪のある者を殺す。悪人を攻め滅ぼす。

 
                                             了

 

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『=反魂香(はんごんこう)⑦=愚息行状観察日記外伝』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


殺生丸と邪見が帰った後、方斎は机の上に置かれた算木(さんぎ)を丸い大きな目でジッと凝視した。
そして、ホウッと息を吐き感に堪(た)えぬかのように低く呟(つぶや)いた。
 

「ホ~ッ、御方さまの予想通りに物事が動いていくわ。神算鬼謀(しんさんきぼう)とは当(まさ)にこの事だな。流石は“白銀の狗姫(いぬき)”と呼ばれた御方じゃ。伝説の軍師と称(たたえ)えられるだけのことはある」
 

算木(さんぎ)が示す八卦は【地】×【雷】の卦、【地雷復(ちらいふく)】。
卦の意味は先程に説明した通りだ。
この卦は復卦(ふくけ)、つまり、(回復、復活、復元、元に戻す、帰ってくる)などを意味する。
だが、それは占断の七割であり全てではない。
残りの三割の内の二割は変爻(へんこう)、つまり◎印が付いた部分が担当している。
今回の場合は初爻(しょこう)、その意味は『遠からず帰ってくる』。
これも卦と同じく【復帰】を意味している。
心配は取り越し苦労と判る。
損失は回復、実りをもたらす、などなど、大吉。
そして、最後の一割は、変爻(へんこう)を引っくり返すことによって生じる卦、即(すなわ)ち、裏にして出てきた卦が暗示する。
方斎は【地雷復】の変爻(へんこう)を示す初爻(しょこう)の算木を引っくり返した。
 


     陰 ̄  ̄              陰 ̄  ̄             
     
     陰 ̄  ̄              陰 ̄  ̄

     陰 ̄  ̄              陰 ̄  ̄
               →

     陰 ̄  ̄              陰 ̄  ̄

     陰 ̄  ̄              陰 ̄  ̄

     陽 ̄ ̄◎              陰 ̄  ̄
 


陽が陰に変わる。
全ての爻(こう)が陰に変化した。
上卦・下卦ともに(陰・陰・陰)。
(陰・陰・陰)は【地】を意味する。
【地】×【地】の卦。
【地雷復(ちらいふく)】の卦は【坤為地(こんいち)】に変わった。
この変爻を引っくり返して得られた卦、これこそが次の段階、つまり未来を暗示しているのだ。
 

「ホホ~~ッ、やはり太極は全てを見通しておるわ。【坤為地(こんいち)】とは、これまた言い得て妙。地、即ち、大地を意味する。母なる大地はあらゆるものを受け入れ養い育てる。その言葉が示すように今回の場合はズバリ【母】を意味しておるわな。ホホッ、全ては【母】である狗姫の御方さま、貴女(あなた)さまの思惑のままに推移しておりますぞ」

    
算木を眺めつつ方斎は回想に耽(ふけ)る。
ひと月前、方斎は旧知の仲の白鷺のお爺こと源伍に連れられて天空の城を訪問した。
というか呼び付けられたのだ、狗姫に。
白雲に守り隠され、天空に浮かぶ巨大な城。
城の前庭の玉座に座していた白銀の美女が城主の“狗姫(いぬき)の御方”だった。
妖界で最大領土を有する西国の王太后にして、当代国主、殺生丸さまの御生母さま。
先代、闘牙王と並び立つほどの妖力の持ち主、且つ、軍略においては並ぶ者なき天才軍師。
噂に聞いたことはあったが実際に彼(か)の御方にお目に掛かるのは初めての方斎だった。
面識もないのに、一体、何用があって呼び出されたのかと、内心、訝(いぶか)しんでいた。
それが、まさか、西国城下で方士紛(まが)いのことをやらされる羽目になろうとは・・・。
如何なワシでも想像もせなんだわ。
第一、何故、反魂香のことを狗姫の御方が知っておられたのか!?
その疑問を率直にぶつければ返ってきたのは思いがけない言葉。
先代の方斎、ワシの父を知っているからだとはな。
そう、確かに、ワシの亡き父親、梟(ふくろう)族の先代の長(おさ)は方士だった。
あの時の会話が脳裏に甦(よみがえ)る。
狗姫の御方が徐(おもむろ)に口を開いてワシに頼み事をしたのだ。
 

「方斎よ、すまんが一つ頼まれて欲しい。そなた西国に行って方士の真似事をしてくれぬか?」
 

「ハッ!? 方士の・・・真似事にございますか」
 

「そうだ。そちの父親、先代の方斎は嘗(かつ)て小翁(しょうおう)と名乗り人界において方士として持て囃(はや)されておった。反魂香を用いて漢帝国の七代目の皇帝、武帝に、亡き愛妾、李夫人の姿を見せてやったであろう」
 

「なっ、何故、貴女さまが、それを御存知なのですか!?」
 

それはワシが幼い頃、父親が酒に酔うと決まって飛び出す若き日の武勇伝だった。
だが、それは、極々、親しい身内の者しか知らないはず。
何故、西国の王太后ともあろう御方が、そんな事を知っておられるのか。
ワシの疑問に狗姫の御方は呆気(あっけ)ないほどサラッと答えてくださった。
 

「ンッ? ああ、当時、妾(わらわ)は人界をうろついておってな。暫(しばら)く漢の宮廷で武将や官吏に化けて遊んでおったのよ。そうした関係で、そちの父親と知り合ったのだ。あ奴は随分と面白い男だったぞ。妖怪よりも人間に興味があった。というよりは人間が持つ際限のない“欲”にな。だから、人界で方士をしておったのよ。当時、漢の皇帝だった武帝なる人間は不老不死に取り憑(つ)かれておってな。その為、随分と怪しげな術を操る輩(やから)が宮廷に出入りしておった。中には宮女(きゅうじょ)に化けた狐や狸もおったぞ。フフッ、今にして思えば、何とも賑(にぎ(やかな顔触れだったわ」
 


※『=反魂香(はんごんこう)⑧=愚息行状観察日記外伝』に続く

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『=反魂香(はんごんこう)⑥=愚息行状観察日記外伝』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


「ホ~~ッ、では、占わせて頂きますぞ」


方斎がバッと筮竹(ぜいちく)を手に取った。
易は、本来、五十本の筮竹と六本の算木(さんぎ)を組み合わせて占う。
方斎が問筮(もんぜい)の辞(ことば)を唱えつつ筮竹を捌(さば)きはじめた。
 

「汝ノ態勢、常アルニヨル、大極に御伺い奉(たてまつ)る、西国王、殺生丸さまが、今後も、“りん”なる人間の少女の捜索を続行することは吉なりや凶なりや? 八卦にて疾(と)く知らしめ給え」
 

ジャッ、ジャッ、ジャッ、筮竹を捌(さば)くたびに小気味よい音が生じる。
出てきた卦の示すままに算木を置いていく方斎。
六本の算木の配置が全て終わった
得られた八卦は以下の通りであった。
 

    
            陰 ̄  ̄ 
     
        陰 ̄  ̄

     陰 ̄  ̄ 


     陰 ̄  ̄ 

     陰 ̄  ̄

     陽 ̄ ̄◎


上部の三つが三つとも全て陰、これは【地】を意味する。
下部の上二つが陰、最後が陽、こちらは【雷】を意味する。
易は、この上下の卦の組み合わせで六十四通りもの八卦が出来る。
 

「ホッ、出ましたぞ、殺生丸さま。この八卦は『地雷復』の初爻(しょこう)にございます」
 

「それで、りんは・・・生きているのか?」
 

「ホ~~ッ、お気持ちは解りますが、些(いささ)か、せっかち過ぎますぞ。まずは『地雷復』の卦の意味する処を読み取らねば・・・」
 

「勿体ぶらずに早く言えっ!」
 

結果が待ちきれないのだろう。
殺生丸が苛立つ気持ちを抑えきれずに方斎の言葉を遮(さえぎ)った。
 

「ホッホ~~、仕方がございませんなあ。それでは、まず結果から言うとしましょう。殺生丸さま、貴方さまが捜しておられる人間の“りん”なる少女。この卦から判断しますと遠からず戻ってくるでしょうな」
 

「生きて・・・いるのだなっ!?」
 

「ホォ~~ッ、この卦は復卦(ふくけ)、つまり、(回復、復活、復元、元に戻す、帰ってくる)などを意味します。だから、まあ、必然的に、そういう事になりますかな」
 

方斎の返答に無表情だった殺生丸がカッと瞠目(どうもく)した。
驚愕と喜色が青白かった頬にサッと赤味を走らせる。
それまで殺生丸が纏(まと)っていた荒(すさ)んだ厭世的(えんせいてき)な雰囲気が瞬時に払拭(ふっしょく)された。
見るがいい、あんなにも物憂げで無気力だった眸(ひとみ)が、今や鷹のように炯炯(けいけい)たる眼差しに変わってるではないか。
目を疑うような劇的な変化である。
そこには嘗(かつ)てのように気力を充溢させた若き西国の王がいた。
もう先程までの遊蕩に身を持ち崩しかけた道楽者の面影は欠片もない。
 

「・・・そうか」
 

方斎の占断を聞いて殺生丸は僅かながらクッと口角を上げた。
それは久々の本物の笑みだった。
殺生丸がスッと立ち上がった。
そのまま踵(きびす)を返して出て行くのかと思いきや、床に寝そべった邪見に近付き声を掛けた。
先程、反魂香で冥府から呼び出した母親に折檻されまくったせいだろう。
邪見は床に伸びたままピクリともしない。
 

「起きろ、邪見」
 

「・・・・・・」
 

返答がない。
すると、いきなり殺生丸が邪見を蹴り飛ばした。
軽く十尺(約3メートル)ばかり吹っ飛んだろうか。
ベチャッと床に叩きつけられた邪見。
 

「ふぎゃっ!」
 

「・・・いつまで寝たふりをしている。帰るぞ」
 

「ヒョエ~~~ッ、殺生丸さま、きっ、気付いておられたのですかっ!?」
 

まさか狸寝入りがバレているとは思わなかったのだろう。
しどろもどろな応答の邪見であった。
 

「当たり前だ。貴様の息遣いが途中から変わった。それに匂いもな」
 

「ハヒィ~~~ッ、流石は殺生丸さま。御見逸(おみそ)れしましたあっ!」
 

蹴り付けられながらも邪見は嬉しかった。
元通りの主が返ってきたのだ。
以前の何か気に入らないと、即、邪見に当り散らす殺生丸さまが!
りんの生存が絶望視され始めた頃から殺生丸はパタッと邪見に当たらなくなった。
殴らない、蹴らない、勿論、石もぶつけなければ水責めもしない。
というより邪見の存在自体、殆ど、気にもされなかった。
大体、以前の殺生丸は八つ当たりするだけの気力(=妖力)自体が半減してしまっていた。
それ程までに『“りん”の行方知れず』は殺生丸の心を深く蝕(むしば)んでいたのだった。
だが、今回の件で“りん”の生存が確認できた。
そうと知った途端、殺生丸は忽(たちま)ち気力を取り戻し以前のように邪見を蹴り飛ばしたのだ。
どうして従者として喜ばずにいられようか。
正直、蹴られるのは痛い。
だが、この痛みが嬉しくて堪(たま)らないのだ。
このジンジンとした痛みこそが、大切な主、殺生丸さまが完全に復活された証なのだから。
・・・・・・痛いけど嬉しい、痛くても嬉しい・・・・・・。
端(はた)からみれば矛盾しているとしか思われない喜びを邪見は噛みしめていた。


※『=反魂香(はんごんこう)⑦=愚息行状観察日記外伝』に続く

 

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『=反魂香(はんごんこう)⑤=愚息行状観察日記外伝』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


「ホホ~~ッ、では、改めてお伺いいたします。殺生丸さま、貴方さまが冥府から呼び出したい御方の名前は?」
 

「りん・・・だ。我ら妖怪と違い、人間の・・・少女だ」
 

方斎からの問いかけに殺生丸は躊躇なく返答した。
当初、持っていた反魂術への疑いは、今しがたの邪見の母とのやり取りで完全に霧散していた。
例え、魂だけの存在だとしても、りんに逢えるかも知れない。
まして、方斎の反魂術は一時的にせよ肉体を纏(まと)うらしい。
先程の邪見の母、阿邪による邪見への折檻で、それが確認できた。
ということは、りんを抱きしめることも可能な訳だ。
そう思うだけで否(いや)が応にも膨らむ期待を殺生丸は身の内に感じていた。
 

「分かりました。ホッ、それでは反魂香を焚き上げる準備をしますので、暫(しば)し、お待ちを」
 

方斎は小袋から親指の先ほどの大きさの霊薬を取り出し香炉に載せ火を点じた。
白濁した煙が室内に拡がり出す。
方斎が目をつむって手で印を結びつつ呪(しゅ)を唱(とな)え出した。
 

「ホ~~ッ、天を我が父と為し、地を我が母と為す、六合中に南斗・北斗・三台・玉女在り、左方に青龍、右方に白虎、前方に朱雀、後方に玄武、前後扶翼す、冥府より人間の少女、“りん”が魂を反魂せしめよ、ホッホッホ~~~ッ、急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」
 

呪(しゅ)に応じて煙が何度も人型を取ろうとするのだが、それは見る間にグズグズと崩れていく。
そうこうする内に反魂香は香炉の中で燃え尽きてしまった。
同時に煙も消え失せた。
結局、最後まで、りんが現われることは無かった。
 

「・・・どういうことだ」
 

殺生丸は酷(ひど)く訝(いぶか)しげに方斎に訊ねた。
眉間に深く皺が寄っている。
怖ろしく機嫌が悪そうである。
無理もない。
二年ぶりに、りんに逢えるかもしれないと思った期待が見事に裏切られたのだ。
殺生丸の凄まじい睨みに動じもせず方斎はチョコンと首を傾(かし)げた。
 

「ホホ~~ッ、おかしいですなあ。この反魂香は西海聚窟州の高山に生(は)える三千年もの樹齢の返魂樹(はんごんじゅ)の根から精製した世にも稀(まれ)なる霊薬。霊験(れいげん)あらたかなること限りなしと謳(うた)われてきた比類なく貴重な代物です。これまで、ワシは何十回いやいや何百回となく反魂術を試みてきましたが、今回のように冥府から死者を呼び出せなかったのは僅(わず)かに二例のみです。ホッ、包み隠さず有り体(てい)に申せば一例は既に魂が転生しておりました。もう一例は呼び出す相手が死者ではなかった。ホホ~ッ、即(すなわ)ち、生者(せいじゃ)、生きておったのですよ」
 

方斎の説明に殺生丸が、ハッとする。
転生または生存。
それは、殺生丸に取って究極の二者択一だった。
『天国と地獄』と言い替えてもいい。
もし転生ならば・・・絶望的だ。
りんに逢う可能性は完全に断たれる。
だが、もし、生存ならば・・・。
期待と不安が忙しく交錯する。
気持ちが逸(はや)って今にも猛(たけ)り狂いそうになる。
殺生丸は努めて無表情を保ちながら、ややもすると暴れ出しそうになる心を必死に抑え込んで方斎に問うた。
 

「ならば・・・りんは、どちらの例に該当(がいとう)するのだ」
 

「ホ~~~ッ、そうですな。先程の従者、邪見殿の話を聞いた限りでは、りんという少女、大雨の日に川の側で姿を見たのが最後とのことでしたな。状況から鑑(かんが)みて、転生と生存、そのどちらにも可能性が有ります。ホ~~ッ、となると・・・これは占ってみませんと、どちらか判りませんな。さてさて、少々、お待ち下され」
 

そう言い置くと方斎は部屋の隅に置かれた箪笥(たんす)に向かい中から漆塗りの黒い箱を取り出した。
そして、机の上に箱を置き(ふた)を開けた。
中には算木(さんぎ)と呼ばれる三寸余り(約10cm)の木製の角棒が六本と箸(はし)ほどの長さの細い棒が何十本も納められていた。
殺生丸は、それらに見覚えがあるのだろう。
大して驚きもせず呟(つぶ)いた。
 

「・・・易占(えきせん)か」
 

「ホ~~ッ、左様にございます。巷(ちまた)では『当たるも八卦、当たらぬも八卦』などと揶揄(やゆ)されておりますがな。ホッ。それは、ろくに易を理解もせず熟練もしていない輩(やから)が当てずっぽうに八卦を見た結果にございます。真の易は千変万化する陰陽の諸相を筮竹(ぜいちく)にて占い算木に映しだす極めて神秘的な占術にございます。ここで、その薀蓄(うんちく)について語り出せば延々と長くなってしまいますので割愛いたしましょう。今でこそ、気軽に庶民が街頭で失せ物や進路、その他、諸々(もろもろ)の悩みを占ったりしてますが、本来、易は、国家の命運を占う術(すべ)でございました。そう、帝王たる者が修めるべき学問だったのでございます」
 

「では・・・たかが人間の少女ごときの運命を占うのは不服か?」
 

殺生丸の問いに方斎はニコッと笑って返答した。
 

「ホッ、とんでもございません、殺生丸さま。貴方さまは西国の国主です。この西国、二百万の民草の命運を、その双肩に担(にな)っておられる。そんな御方が寵愛して止まぬ人間の少女。その少女の行方が知れぬが故に、貴方さまは自棄(やけ)になり、連日、政務を蔑(ないがし)ろにして遊郭に籠もっておられるとお聞きしました。という事は、少女の行方が知れぬ限り貴方さまの心が安らがれる事はありますまい。となると、この占断は西国の運命を占うに等しいのではありませんかな。ホホ~~ッ、この方斎、心して占わせて頂きますぞ」


※『=反魂香(はんごんこう)⑥=愚息行状観察日記外伝』に続く
 

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『=反魂香(はんごんこう)④=愚息行状観察日記外伝』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


「ケホッ、ケホッ、ゴホッ、むむっ、煙い!」
 

室内に充満する煙に咽(むせ)て邪見は顔を顰(しか)めた。
涙まで盛大に出てきた。
大きな出目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
折りしも死者を甦らせるという反魂香を焚(た)き上げているまっ最中である。
そんなウルウルと涙ぐむ邪見をポカリと打ち据える者が!
 

「相変わらず煩(うる)さいね、この子は」
 

目の前に現われた者の姿を見て邪見は驚愕した。
 

「グゲェ~~~ッ! はっ、母者(ははじゃ)~~!?」
 

それは、三百年前に死に別れた邪見の母親だった。
見れば邪見と瓜二つの容姿である。
違いは邪見の水干に対し唐風(からふう)の女物の衣装を身に付けている処だろうか。
髪も邪見と違ってフサフサだが、どうも不自然な感じだ。
おそらく鬘(かつら)だろう。
先程、方斎は、反魂術が偽物ではないと証明する為に邪見の身内を甦らせると宣言した。
その為、邪見は、二脚しかない椅子の一脚に座らされ死者を甦らせるという反魂香を嗅がされているのだ。
方斎に亡くなった身内の姿を強く思い浮かべろと云われ邪見は咄嗟(とっさ)に亡き母のことを念じてしまった。
だが、まさか、本当に出て来るとは思わなかったのだ。
わざわざ殺生丸を此処まで連れて来ておいて何だが、邪見は、内心、反魂術なる物に対しては半信半疑だった。
唯、気休めでも紛(まが)い物でもいいから、殺生丸を、りんに逢わせ気力を取り戻させたかったのである。
そこへ本物の母親の出現である。
もう吃驚仰天(びっくりぎょうてん)、恐れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしぼじん)である。
邪見は唖然・茫然とするばかりだった。
そんな邪見にお構いなしに母親はビシバシと遠慮なく邪見を殴る。
 

「ヒィ~~~~ッ、やめて下されぇ~~~~母者(ははじゃ)~~~~」
 

「お黙り、邪見。お前、ま~だ自分に都合が悪くなると嘘を吐いているね」
 

「ええっ、そっ、そんな事はありません、母者!ワッ、ワシは嘘など一度も吐いたことはございません!」
 

「嘘つけっ!そもそも、それが、もう嘘だろうが。お前ときたら一度(ひとたび)口から出した言葉を、何度、撤回した!?最初の内こそ数えておったが余りにも回数が多いので馬鹿らしくなって途中から止(や)めてしまったわ。それに主に対する不敬な物言いも聞き捨てならん。その最たるものが魍魎丸(もうりょうまる)と殺生丸さまが闘っていた時のアレだ。『熟した柿のようにグッチャグチャになってるかもしれん』だったか。全く失礼にも程があろう。まだまだ他にもあるぞ。ホレ、あれじゃ。爆砕牙が出現する際、化け犬に変化した殺生丸さまが曲霊(まがつひ)と闘っていた時のことじゃ。お前が心の中でコッソリ思った無礼極まりない台詞よ。『犬だし、あまり賢そうではないし。変化を解けば小さくなって、すり抜けられそうなものだが・・・。お気づきにならぬのか!?犬だから』」
 

「ヒョエ~~~ッ、なっ、何で、母者が、そんな事を知っておるんじゃ~~~っ!?」
 

「馬鹿たれ、あの世では何もかもお見通しなんじゃ。本当に情けない。おまえは子供の頃から嘘つきで、その癖、それを直ぐ皆に見破られておった。大人になって少しは懲りたかと思えば、セコイ性根はちっとも治っとらんじゃないか!」
 

そう云いながらも邪見の母は小気味よく折檻する手を休めない。
ビシッ! バシッ! ドカッ! ポカスカ!
立て続けに母親から殴られ、遂に邪見は「ウ~~ン」と一言(ひとこと)呻(うめ)いたかと思うと、そのままバッタリ気を失ってしまった。
山ほどのタン瘤(こぶ)が見る間に膨らんでいく。
気絶した邪見の傍(かたわ)らで母親がビシッと床に正座して居住まいを正(ただ)した。
そして床に手をつき殺生丸に向かって深々と頭を下げる。
殺生丸の眸(ひとみ)が、極々、微かに揺らいだ。
 

「たいそう見苦しい処をお見せして申し訳ございません、西国王、殺生丸さま。お初にお目にかかります。邪見の母、阿邪(あじゃ)と申します。愚息がお世話になっております。御存知のように小心翼々の我が息子、色々とお腹立ちの点は多々ございましょうが、主を思う忠義の心だけは誰にも負けませぬ。今後とも、どうぞ、よしなにお願い致しまする」
 

口上をキッチリ述べ終わると邪見の母、阿邪の姿は煙のように薄れ消えていった。
何時の間にか反魂香の煙も室内からスッカリ消え失せていた。
まるで夢を現実に見ていたかのような感覚だった。
方斎が殺生丸を見やって問いかけた。
 

「さて、納得して頂けましたかな、殺生丸さま」
 

「・・・確かに」
 

殺生丸は小さく頷いた。


※『=反魂香(はんごんこう)⑤=愚息行状観察日記外伝』に続く


 

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『=反魂香(はんごんこう)③=愚息行状観察日記外伝』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


ヒュルル~~~~カサッ・・
ヒュ~~~~カサカサ・・・
風に落ち葉が舞う。
冬が近いせいだろう。
吹き付ける風が冷たい。
日が落ちた今は尚更だ。
邪見は人頭杖を右手に前を行く主を追って足早に歩いていた。
今から向かう先は西国城下の下町。
賑(にぎ)やかな表通りとは違い殆ど誰も通らない寂れた場所。
そんな裏通りの一角にある家を主従は目指していた。
見つかったのは、こじんまりとした古い小さな家だった。
だが、キチンと掃除されているのだろう。
こざっぱりとして清潔そうな感じだ。
邪見は教えられた通りに小さな家の扉を叩いた。
 

「ご免下され、方斎殿、ご在宅か」
 

ギィ~~扉が開いた。
ギョロリとした丸い大きな目が覗(のぞ)く。
少し警戒気味に小柄な方士が尋ねる。
 

「どなたかな、ホッ、こんな夜更(よふ)けに」
 

ズイと殺生丸が前に乗り出し口を開いた。
 

「貴様が方士の方斎か」
 

殺生丸の形(なり)からして貴人と判断したのだろう。
 

「如何にも。ホ~~ッ、そういうお前さんは何者かね」
 

「名乗る必要はない。貴様、死者を甦らせる反魂術を操ると聞いたが真(まこと)か」
 

「ああ、それは本当だが、ホ~ッ」
 

「・・・ならば」
 

方斎の返答を聞くなり殺生丸は懐((ふところ)から袋を取り出し部屋の中に投げ入れた。
チャリン、チャリ------ン!
何枚もの金貨が袋から飛びだし床にこぼれ落ちた。
 

「それだけ有れば足りるだろう。幻を見せてもらおう」
 

高飛車な殺生丸の言動に些(いささ)かムッとしたのだろう。
方斎はピシャリと申し出を断った。
 

「断る。ホッ、わしの反魂術は奇術や手妻(てづま)の類(たぐい)ではない。金を拾ってトットと帰ってくれ」
 

今にも扉を閉め不意の来客を追い返そうとする小柄な方士を邪見が慌(あわ)てて宥(なだ)めた。
 

「あっ、あいや、おっ、お待ち下され、方斎殿、失礼は主に代わって、このワシが幾重(いくえ)にもお詫び致そう。じゃから、どうか、どうか、死者を甦らすという反魂術を!」
 

そう云うなり邪見はサッと部屋の中に入り込み、床に這(は)いつくばってセッセと金貨を拾いだした。
アッという間に金貨を拾い終えた邪見は、烏帽子(えぼし)頭をペコペコ下げながら方斎に恭(うやうや)しく袋を差し出した。
 

「ホホ~ッ、お前さんは?」
 

方斎は自分よりも更に小柄な緑色の小妖怪に訊ねた。
 

「アッ、これは御無礼いたした。ワシは邪見と申す。こちらにおわす殺生丸さまの従者を務めさせて頂いておる者じゃ」
 

ペラペラと自己紹介する邪見を他所(よそ)に殺生丸は能面のように無表情なまま物憂げに佇(たたず)んでいた。
元々、感情を殆ど見せない性質(たち)の殺生丸だが、りんが失踪して以来、益々、それに拍車がかかっている。
イヤ、もっと悪い。
無表情の中に癒(い)やされない病巣のような虚無が漂っている。
何処か投げやりな風情(ふぜい)の殺生丸を見やって方斎が酷評する。
 

「ホッ、主の方はえらく不躾(ぶしつけ)だが、お前さんはチャンと礼儀を心得てるようだな」
 

「申し訳ない。殺生丸さまも、前は、もう少しマシな対応をされておったのじゃが。二年前に寵愛していた人間の少女が行方知れずになってしもうて・・・。それ以来、あらゆる事に無気力になってしまわれたのだ」
 

邪見が、もう習慣になってしまった溜め息をハァ~~と吐いて簡単に事情を説明した。
 

「ホホ~~ッ、行方知れずのう。然(しか)も人間の少女とは、これまた酔狂な。ホッ、それで、その後、何らかの進展はあったのかな、邪見殿」
 

「それが・・・正直な話、サッパリなのじゃ。“りん”が失踪した状況から見て亡くなっている可能性は高い。何せ大水の出た日、川の側で姿を見たのが最後の目撃情報じゃからの。その後、二年経ったが、未だ手がかり一つ見つかっておらん。生きておるのか、死んでおるのか、それすらも分からんのだ。これでは諦めようにも諦められん。じゃから、藁(わら)にもすがる思いで、今日、ここへ来たのだ。もし、“りん”が死んでおるのなら死者を甦らせるという反魂術で冥府から呼び出せるのではないかと思ってな。頼む、方斎殿、殺生丸さまを“りん”に逢わせてくれ」
 

「“りん”と言うのかね、その人間の少女、ホ~~ッ」
 

邪見は方斎に問われるままにスラスラと答えた。
 

「ウム、失踪したのが数えで確か・・・九(ここの)つの年じゃった。生きていれば十一になる」
 

「ホッ、そうか。お前さんの必死さに免じて反魂術を使ってやろう。だが、あの御仁はワシの仙術を奇術か手品の一種と疑っておるようだな。ホ~~ッ、よしっ、それでは、まず、その“りん”なる人間の少女を呼び出す前に、邪見殿、お主の身内を呼び出してみせよう。ホホ~~ッ、我が方術が決して“まやかし”なんぞではないことを、その目でシカと確かめてもらうとしよう」
 

斯(か)くして方斎は殺生丸と邪見を室内に招きいれ反魂術を実践することとなった。


【方士(ほうし)】::神仙の術を行うひと。道士。


※『=反魂香(はんごんこう)④=愚息行状観察日記外伝』に続く
 

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『=反魂香(はんごんこう)②=愚息行状観察日記外伝』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


我が名は邪見。
妖界でも最大領土を誇る西国の王、殺生丸さまの一の従者じゃ。
ハア~~~~フゥ~~~~ハア~~~~
今の状況に思わず知らず溜め息が出る。
最近、こればっかりじゃ。
イヤ、そうではない。
二年前、人界で、りんが行方知らずになってからじゃな。
それ以来、こんな状態がズ~~~ッと続いておるのだ。
アァ~~~ッ、りん、今、何処におるんじゃ!?
生きておるのか? 死んでおるのか?
それすらも分からんとはっ!?
寵愛するりんが行方知れずになってからというもの、殺生丸さまは次第に物事に興味を失くされ無気力になってしまわれた。
今では政務を放り出し昼日中から遊郭に上がり込み放蕩三昧(ほうとうざんまい)の日々じゃ。
重臣の尾洲さまが、万丈さまが、必死に諭(さと)されても一向に聞こうとなさらん。
大国の国主ともあろう者が・・・嘆かわしい。
そうは言うものの、殺生丸さまの辛いお気持ちを想像するとなあ・・・。
わしゃ、何も云えん。
あんなに大事にしていたりんが失踪してしまったんじゃもんなあ。
それも死んでしまったというのなら、まだ無理矢理ではあるが諦めもつこう。
だが、実際には、生きているのか、死んでいるのか、皆目(かいもく)、見当(けんとう)もつかん状況にある。
こういうのが、一番、始末が悪い。
忘れることも諦めることも出来ん。
気持ちは宙ぶらりん。
進むことも退(ひ)くことも出来ん。
ハア~~~~どうしたら良いんじゃろうか。
又も溜め息をついたわしの耳に不意に飛び込んできた信じがたい言葉。
 

「聞きましたか、近頃、評判の方士の話」
 

「ええ、何でも亡くなった家族や恋人を呼び出す不思議な術が使えるとか」
 

(なっ、なっ、何じゃとおぉっ!)
 

邪見は心の中で叫んだ。
 

「それは本当の事ですか。眉唾(まゆつば)でありませんか」
 

「いやいや、本当です。実際、妻を亡くした私の友人が、その方士に頼み込んで八年ぶりに亡き妻と逢ったそうです。友人は甚(いた)く感激して涙を流してましたよ」
 

邪見は、矢も盾もたまらず、話をしていた者達に声を掛けた。
 

「そっ、その話を、是非とも詳しく聞かせて下されっ!」
 

そして、話を、逐一(ちくいち)聞き出した。
ここは西国でも指折りの遊郭、萬陳楼(まんちんろう)の一室。
遊びに来たお大尽達が御指名の遊女が来るまでユッタリと一服しつつ待てるよう設(しつら)えた小部屋である。
ユラリ・・・鬼火のような妖気がゆらめく。
遊郭特有の艶(つや)めいた室内の雰囲気が一瞬にして凍りついた。
ゾクリ・・・背筋が粟立(あわだ)つ。
壮絶な色香を漂わせる美貌の主が部屋に入ってきた。
男でありながら女以上に麗しい。
通常、やつれれば容貌に翳(かげ)りが生じそうなものだが、この男の場合は、それさえも美しい。
投げやりな心情が却(かえ)って絶世の美貌に磨きをかけ危うい雰囲気を醸(かも)し出している。
男も女も、漏れなく、その妖しい毒気に中(あ)てられてしまいそうである。
 

「殺生丸さまっ!」
 

邪見は、主の許へ駆け寄った。
殺生丸の身体からは酒の匂いがプンとした。
蟒(うわばみ)と呼ばれるほどの酒豪の殺生丸である。
その殺生丸の身体から、これほどの匂いがするということは、並々ならぬ量の酒を聞(き)こし召したに違いない。
酒に酔うことで心の痛みを消そうとするかのような主の行為に邪見は涙を禁じ得なかった。
水干の袖で邪見がソッと涙を拭いてると女の声が聞こえてきた。
ネットリと媚(こび)を含んだ甘ったるい拗(す)ねたような声。
 

「こんな処にいらしたの、殺生丸さま」
 

現われたのは、この遊郭、萬陳楼(まんちんろう)が抱(かか)える一番の売れっ妓(こ)、連雀(れんじゃく)。
極彩色の衣装が熟(う)れた女の身を飾っている。
猫のような目は琥珀色で眉尻を赤く染め切れ長の目を更に大きく見せている。
客から贈られたのだろう。
高価な装身具の数々が孔雀の羽のように灯りに煌(きら)めいて輝く。
婀娜(あだ)な仕草が、大層、艶(なまめ)かしい女だ。
だが、なにより特筆すべきは、女が、りんと同じ黒髪だということにある。
この処、殺生丸が、連日、通っている妓女(ぎじょ)である。
殺生丸が、すっかり自分の虜だとでも勘違いしているのであろう。
女は、しどけなく殺生丸に甘えるようにもたれかかった。
 

「うふふっ、殺生丸さま、今宵も私の処に来て下さいますわよね」
 

西国の王が、比類なき美貌の男が、もう半月も、欠かすことなく通ってきてくれているのだ。
女は栄華に彩られた己の未来を思い描くようになっていた。
もうすぐ落籍(ひか)され西国城に迎えられるだろうと。
きっと、どんな贅沢も我が儘も思いのままに違いない。
お世継ぎを産めば正室の座も夢ではない。
頭の中で、夢は、益々、膨(ふく)らむばかり。
だが、次の瞬間、女の夢は潰(つい)えた。
 

「・・・次はない」
 

殺生丸は女の腕を引き剥(は)がし踵(きびす)を返した。
女の悲鳴が辺りに響いたが、殺生丸が振り返ることはなかった。


【落籍(ひか)す】::遊女・芸者などの借金を肩代わりして身請けすること。


※『=反魂香(はんごんこう)③=愚息行状観察日記外伝』に続く


 

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『=反魂香(はんごんこう)①=愚息行状観察日記外伝』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれないに 水くくるとは
 


神代の時代には不思議なことが数々あったという。
その頃でさえ、こんな絶景は前代未聞であろう。
目も眩まんばかりの韓紅(からくれない=鮮やかな真紅)に染められた秋の龍田川。
 


作:在原業平明臣(ありわらのなりひらあそん) 百人一首より出典
 


下界では紅葉が見事に色付き大地を鮮やかに彩(いろど)っていた。
燃えるような緋色の絨毯(じゅうたん)に雑(ま)じる濃淡の黄色と緑。
これぞ艶(あで)やかさの極み、錦繍(きんしゅう)とは正(まさ)に言い得て妙。
狗姫(いぬき)が、りんを引き取って、そろそろ二年になろうかという深まりゆく秋の頃、それは起こった。
権佐が、突然、天空の城にやってきた。
元々、権佐は、ほぼ、ひと月に一度の割合で西国から、この城を訪れる。
だが、前回の訪問から、まだ三日と経っていない。
ということは、西国で何事かが起きたに違いない。
狗姫は勝手知る者の気軽さで権佐を自室へと招き入れた。
いつものように側には筆頭女房の松尾が控えている。
ガバッ、権佐が、その場に跪(ひざまず)き深く深く頭を下げた。
土下座だ。
権佐は西国お庭番の頭領である。
役目柄から云っても、このような礼を取る必要はない。
 

「御方さま、此度(こたび)の突然の訪問の無礼、お許し下さい」
 

「どうしたのだ、権佐。そのように畏(かしこ)まって。何かあったのか」
 

「はい、実は・・・殺生丸さまのことにございます」
 

「アレが、どうかしたのか?」
 

「お願いでございます、御方さま。何卒(なにとぞ)、殺生丸さまをお助け下さい!」
 

狗姫は目を眇(すが)めて権佐に話の続きを促した。
 

「一体、何が有ったというのだ、権佐。詳しく事情を話せ」
 

狗姫に求められるままに権佐は昨今(さっこん)の殺生丸の状態を切々と語った。
りんの失踪後、次第に自暴自棄になっていった殺生丸が政務を蔑(ないがし)ろにして今では全く顧みようとしなくなったこと。
そして、重臣の尾洲と万丈が、何度、諌(いさ)めようと聞く耳を持たないと。
 

「某(それがし)は、これまで御方さまの御命令を守って、りんさまの事を誰にも洩らしておりません。しかし、二年経っても手がかり一つ掴めない絶望的な状況に、さしもの殺生丸さまも荒(すさ)んでしまわれました。まるで幽鬼のような形相(ぎょうそう)にございます。近頃では真っ昼間から遊郭に入り浸り放蕩(ほうとう)に耽(ふけ)られる有り様。重臣の尾洲さま、万丈さま、御二方(おふたかた)も、困り果て頭を抱(かか)えておられます」
 

権佐の申し様に狗姫が眉を顰(ひそ)めて口を開く。
 

「詰まる所、あ奴が自棄(やけ)になって国主としての義務を放棄しておる。そう言いたいのだな、権佐」
 

「然様(さよう)にございます」
 

「チッ、全く不甲斐ない。りんが、あのような事になったのも元を辿(たど)れば殺生丸の認識の甘さにあったものを。未だ、政敵の仕業(しわざ)とも気付かず虚(うつ)けておるとは。半妖を見よ。文句も云わず、三年間、巫女の不在に耐えたではないか」
 

狗姫の厳し過ぎる言葉に傍(かたわ)らの松尾が殺生丸の弁護に回った。
 

「御方さま、そうは仰(おっしゃ)いましても、犬夜叉殿と殺生丸さまとでは事情が違います。犬夜叉殿と巫女は生き別れ。それも巫女が元の世界に戻っただけのこと。命の危険があった訳ではございません。それに引き換え、殺生丸さまの場合は、大雨の最中(さなか)、増水した川の側で消息を絶つという非常に危険な状況でりんさまが失踪されています。二年も寵愛するりんさまの生死も分からず行方も知れずとあっては、如何に気丈な殺生丸さまといえど、最早(もはや)、限界にございましょう」
 

「ムゥッ、松尾よ、そなたも、そう考えるのか・・・」
 

筆頭女房の松尾は沈着冷静なことで定評がある。
乳母(めのと)の言い分に狗姫は暫(しば)し思案を廻(めぐ)らした。
 

「分かった、権佐。源伍を呼べ」
 

狗姫の言葉に権佐がパッと顔を上げ反応した。
無表情だが顔色が先程とは比べ物にならないほど明るい。
狗姫の意図を瞬時に察したのだろう。
微(かす)かに表情を緩めて権佐が礼の言葉を口にする。
 

「ハッ、白鷺(しらさぎ)のお爺殿にございますな。御方さま、有難うございます」
 

「殺生丸は我が息子。礼をいわれる筋はない。寧(むし)ろ、妾(わらわ)の方こそ、そちに礼を云わねばならん。権佐よ、よくぞ進言してくれた」
 

「勿体(もったい)ない御言葉にございます」
 

権佐は敬愛する王太后に深く頭を下げ額(ぬか)ずいた。
 

 

※『=半魂香(はんごんこう)②=愚息行状観察日記外伝』に続く

 

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