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小説第三十三作目『百花の王【金牡丹】』


牡丹、その栽培の歴史は古く、遥か二千年の昔にまで遡れる。
嘗て、広大な中国大陸を三百年近く支配した大唐帝国。
その第六代目の玄宗皇帝が愛して止まなかった絶世の佳人、楊貴妃を詩人の白楽天は「長恨歌」で牡丹の花になぞらえたと云う。
その豊麗な美しさから「花王」「花神」「天香国色」「富貴草」と讃えられ、又は「二十日草」「深見草」「鎧草」などと呼ばれてきた花。
かの外国(とつくに)では“花の中の花”として讃えられてきた百花の王。
確かに、唯、一輪で、これ程までに艶やかな花は他に無いだろう。
美しいだけではない、牡丹は薬にもなる。
その根は漢方薬の大黄牡丹湯の原料として珍重されてきた。
竜桜山より四半時(=約三十分)、殺生丸一行は他国にまで広くその名を知られる壮麗園に到着した。
百万株を超える牡丹が此処で栽培されている。
およそ、この世に牡丹と呼ばれる花で、この壮麗園に存在しない種は無いとまで評されている。
文字通り壮麗なまでの牡丹の園である。
広大な敷地を持つ壮麗園の門前に多くの花守り達が揃い殺生丸一行を待ち受けていた。
緑色を帯びた長い総髪と顎ひげ柔和な浅緑の瞳、長老と思われる老人が前に進み出て挨拶をした。


「ようこそ、いらせられませ。郡代の相馬様の先触れを頂き、お待ち申し上げておりました。私は、この壮麗園の総代を務めております。花守りの長、花宗斎(かしゅうさい)と申します。本日、この佳き日に、西国王、殺生丸様、王母の“狗姫の御方”様、直々の御来駕を賜りました事は誠にこの上ない慶びに御座います」


「はて、花宗斎とやら、佳き日・・とは?」


花宗斎の言葉を御母堂様が問い質す。


「はい、我ら花守りの長年の念願でありました新種の牡丹が、つい先程、花開いたので御座います。その慶びの日を計ったかのように御二方に、こうして御出座し頂けた事は正しく天佑神助の証。新しき花にとって何よりの言祝(ことほ)ぎとなりましょう」


「そうか、して、その新しき花とはどのような特徴があるのじゃ」


「黄の花・・・に御座います」


「黄・・・とな。牡丹と云えば、まずは、赤、白、薄紅、赤紫、紫。今、申した色の牡丹は全て見た事があるが黄の牡丹とは・・・聞いた事さえ無いぞ。成る程、それは珍しい。是非とも見たい。花宗斎よ、案内してくれ」


「はい、それでは、御案内つかまつります」


結界が張られているのだろう。
昨夜の嵐の痕跡さえ感じさせない。
一歩、門の内をくぐれば園内は、花、花、花。
目に付く限り、夥しい牡丹の花で埋め尽くされている。
古(いにしえ)の唐の宮廷人を虜にしたのも宜(むべ)なるかなと思わせる、その華麗な艶姿。
牡丹の花に魅せられたのか、りんが感に堪えぬかのようにホウッ・・と溜め息を吐く。


「・・・綺麗。昨日の竜桜山の桜も夢みたいに綺麗だったけど、今日の・・・お花は、心が何処かに行っちゃいそうな感じ」


「そうだな、りん、確かに。伊達に“百花の王”と呼ばれてはおらんと云う訳だ」


「・・・・」


咲き誇る牡丹の嬌艶、いずれ劣らぬ見事な艶麗さ、薫る芳香。
赤、白、薄紅、赤紫、紫、とお馴染みの色合いの花々の横を通り抜け奥まった一角に、その花は咲いていた。厳重に囲い込まれた藁苞(わらづと)を花宗斎がソッと取り払う。
現れたのは・・・朝露を花弁に含み日輪をそのまま写し取ったかのような、黄色と云うよりは寧ろ金色とでも呼びたいような華麗な一輪の花。


「オオッ・・・何と見事な。・・・素晴らしい」


「ワアッ! まるで・・・お日様みたい」


「・・・・」


「このような牡丹は、これまで見た事が、有りませぬ」


「・・・何と果報な事。寿命が延びるような心地が致します」


期せずして一行の中から三々五々、感嘆の声が洩れる。
誰もが、今迄、見た事の無い黄金色の牡丹に見惚れていた。
そんな一行に向かって花宗斎が思わぬ要望を示した。


「この新種の牡丹は、まだ、名前が付いておりませぬ。今日という、この日に御来園下さったのも、きっと、何かの縁。殺生丸様、“狗姫の御方”様、どうか、この花に名前を付けてやって下さいませんか」


「何と・・・我らにか?」


「はい」


「・・・・」


「それは・・名誉な事であるが、この花を咲かせる為に、これまで苦心惨憺して来たのは、そなた達、花守りであろうに」


「恐れながら、西国王様、王母様に、御名を賜る事は、この花と花を育てた花守りにとって最高に栄誉な事に御座います。何卒、直々に御名をお授け下さいますように」


「フム・・・そうだな。この花に相応しい名か」


「・・・金麗」

それまで、碌に口を利こうとしなかった殺生丸がポツリと呟いた。


「ウム、そうだな、殺生丸の云う通り金色(こんじき)にして麗しき花じゃ」


「オオッ! 確かに。正に、この花その物のような名前で御座います」


「決まりじゃな。この花は『金麗』だ」


「有難う御座います。恭悦至極に存じます」


花宗斎が柔和な顔を更にホワリと綻ばせて微笑んだ。その後、一同は花宗斎に案内されて広大な園内をグルリと一周した。おおまかな説明の後、各自、案内役の花守りを連れて気に入った場所へと移動する事になった。紅白の牡丹の咲く場所へ移動しようとした殺生丸とりんの許に聞き慣れた濁声が響いてきた。


「殺生丸様~~~っ! り~~~んっ! お捜ししましたぞっ!」


邪見がタタタッと走りながらやって来た。
殺生丸に蹴り飛ばされた割には、案外、元気そうである。
駆け込んできた邪見を見て相馬が気さくに話し掛ける。


「オオッ、どうやら無事なようでしたな、邪見殿。配下の者どもに探し出して、お連れするように命じておいたのですが、存外、時間が掛かったようで」


「かたじけのう存じます、相馬様。木に引っ掛かって難議していた処を御家来衆に助けて頂きました。お陰様で、こうして殺生丸様に追い付く事が出来ました。重ねて御礼を申し上げます」


「ハハッ、何の、何の」


「戻ってこられて良かったね、邪見さま」


「ウッ・・ウムッ、まっ、まあな」


りんに答えながらも気難しい主の方にチラッと視線を遣る邪見であった。


「・・・・」


無言ながら刺々しい雰囲気は感じられない。
どうやら殺生丸の勘気、解けたようである。
終始、和やかな雰囲気の内に牡丹の花見を終えた一行は花宗斎ら花守り達に見送られ壮麗園を後にした。
だから、殺生丸達は知らない。
御母堂様が、“狗姫の御方”が秘かに花宗斎に依頼したある要件を。
それは数年先の将来を見越した母としての依頼であり心遣いでもあった。
牡丹の原種とも云うべき赤紫の花が咲く一角への案内役を務めた花宗斎を物陰に呼び込み、御母堂様、“狗姫の御方”はズバリと直截に尋ねられた。


「花宗斎、あの花、『金麗』は、今の処、何株あるのだ?」


「ハッ、今日、咲いたばかりの、あの一株に続き近日中に咲きそうな気配の物が、後、二・三株ほど御座いますが」


「そうか、では、後・・数年、いや、遅くとも三年後には百株ほど用意出来るように致せ」


「何とっ! 百株とは。恐れながら・・・その理由をお訊ねしても宜しいでしょうか?」


「ウムッ・・まだ確定とまではいかぬがな。今のままなら、まず、三年後くらいに間違いなくあの花で西国城の大広間を飾る必要が出てくるだろう、とだけ申しておく」


「・・・成る程。西国王様に関係する事柄に御座いますな」


「フフッ、察しが良いな、花宗斎」


「花が、ましてや、牡丹が関係する行事ともなれば、まず、十中八九、慶事。これが白菊や白百合ともなれば弔事も関係してきましょうが。・・・承知致しました。壮麗園の名に懸けて三年後には『金麗』を百株お納め出来ますよう、我ら、花守りの総力を挙げて尽力致しましょう」


「オオッ! 承諾してくれるか。花宗斎、恩に着るぞ」


「勿体ない御言葉。この花宗斎、“狗姫の御方”様の母御前(ははごぜ)としての御心に甚(いた)く感服致しました」


「あ奴には黙っておいてくれ。それでなくとも極め付けのへそ曲がりだからな」


「左様で御座いますか? ハハッ、諒解しました」


陣屋に着いた一行は、それぞれに用意された部屋に落ち着き下にも置かぬ持て成しを受けた。
山海の珍味をふんだんに使い贅を尽くした夕餉の後は例によって済し崩し的に飲めや歌えの無礼講へと移行していった。
何しろトンデモナイ酒豪達が勢揃いしている。
殺生丸と御母堂様が大酒飲みだと云う事は既に判明しているが、相模と松尾にしても、いずれ劣らぬ酒の強さである。
そこに更に相馬が加われば西国でも指折りの酒豪達の揃い踏みとなる。
小柄な身体にも似合わず相馬自身は恐ろしく酒に強い。
尾洲や万丈も相当に酒に強い方ではあるのだが相馬には遠く及ばない。
普段、一滴も飲まない癖に、いざ飲み始めると顔色も変えずに淡々と盃を空け気が付けば周りの者は全て酔い潰れていたと云う伝説の逸話を持つ剛の者である。
殺生丸が蟒蛇(うわばみ)で御母堂様が笊(ざる)ならば相馬は“蔵”である。
同じ音を持ちながら倉でもなければ庫でもない。
つまり、蔵は、勿論、酒蔵の事で酒蔵をも飲み尽くす程の大酒飲みという意味である。
“狗姫の御方”の持参した“切れずの瓢(ふくべ)”に加え今宵は相馬が、この地方特産の数々の美酒を樽ごと用意させていた。
肴も、珍味、美味が山のように大皿に盛られている。
りんの世話の為、宴を中座した相模が戻って来た。
昨夜の春嵐遭遇の疲れを考え今宵は早目に床に就かせたのである。
残った大人達は、早速、酒盛りを再開した。
次々と開けられ飲み干されていく大樽の酒。
真っ先に酔い潰れたのは、やはり、邪見であった。
酒好きではあるが、元々、身体が小さい上にそう酒に強い方でもない。
酔っ払わせて旅をしていた頃の話を聞き出そうとした御母堂様に次から次へと盃に酒を注がれたせいもある。
元々、口が軽い性質の邪見ではあるが、まさか、当の主の前でウッカリ口を滑らす訳にもいかない。
冷や汗と脂汗を交互に掻きつつ、しどろもどろの問答を繰り返す内に緑色の顔が酒のせいで真っ赤になり何とも形容し難い顔色に変化していった。
そうこうする内に、いきなりバタッ!と倒れ徳利(とっくり)を抱え込んだままグゥグゥと鼾(いびき)を掻いて眠り込んでしまった。
殺生丸は無表情なまま、御母堂様は陽気に喋りながら盃を空ける。
相模や松尾は御母堂様の話に付き合う感じで同じく盃を重ねる。
相馬は御母堂様の話を聞きながらも殺生丸にも話し掛ける。
注ぎ交わされる盃、返杯に次ぐ返杯。
空になった徳利がドンドン増えて、そこら中に転がっていく。
その内、徳利が尽きたらしい。
酒樽から直接、枡で酌み出して飲むようになり始めた。
そんな様相が、かれこれ、既に一刻。
呆れた飲みっぷりである。
それでも、この酒豪陣には何程の事でも無いらしい。
未だ潰れそうな気配を見せる者は誰一人(=妖)として見当たらない。
顔色一つ変えていないのだ。
この様子では下手をすると朝まで延々とこの調子が続くのかも知れない。
そんな中、よもやま話に興じていた御母堂様が口も利かずに黙々と酒を飲み続ける息子をからかってやりたくなったのか昨夜の様子を微に入り細に入り訊ね出した。


「今朝の様子から判断して生身のりんを毛皮に抱き込んでいたようだな、殺生丸」


「・・・・」


「りんの抱き心地は、どうであった?」


「・・・・」


「りんも、もう数えで十歳になる。出会った頃に比べれば、かなり成長しておっただろう」


「・・・・」


「我ら、妖と違い、人の仔の成長は、早い。とは言え、りんは、まだまだ子供、手は出せぬな」


「・・・・・・」


「辛い処だな、殺生丸。気の短いそなたには、さぞかし歯痒い事だろう」


「・・・・・・・・・・」


母親の揶揄に耐え切れなくなったのか殺生丸がスッと立ち上がった。そして、そのままプイと部屋から抜け出して行ってしまった。


「御方様・・・若様をからかうのも程々になされませ」


松尾が、たしなめるように女主に声を掛けた。


「フフッ、ああもブスッとした無表情のまま横で酒を飲まれていると、どうも辛気臭くてな。ついつい、悪戯心が起きてしまう」


相馬が“狗姫の御方”と松尾の会話に加わってきた。


「それにしても、若は変わられましたな」


「やはり、そう思うか、相馬よ」


「はい、以前の若でしたら、あそこまで我慢なさいませんでした。確かに変わられた」


「まあな・・・りんのお陰。」


「西国城からの噂を聞いた時は、正直な処、この耳を疑いましたが・・・」


「あれの人間嫌い、尋常ではなかったからな、父親のせいで。だが、その殺生丸が人の仔の命を天生牙で救った。冥府にある父親の導きかも知れんな」


「・・・・仰る通りで御座いましょう」


郡代である相馬の住んでいる陣屋には主の趣味を反映して数寄屋造りの茶室が庭の中に建てられ、それが、一層、風雅な趣きを醸し出している。
昨夜の嵐に隠された月が顔を出している。
今宵は、望、満月だ。
皓皓と冴え渡る月の光が辺りを照らし出している。
酔ったと云う程ではないが、かなりの酒量に些かほてった身体を夜風に晒していた殺生丸の鼻腔にフッと馨ってきた匂い。
その幽(かそ)けき芳香に引き寄せられるように歩いていけば、そこは湯殿。
この屋敷は温泉の湯元に近いので、其処から、直接、湯を引き込んでいる。
その為、贅沢にも常時、湯殿を使用する事が可能となっている。
内湯の他に露天風呂も作られ季節毎の情緒を楽しめるように設計されている。
遠目の利く殺生丸の妖視に飛び込んできたのは月明かりに照らし出された童女の姿。
一旦、褥に入ったものの目が覚めて風呂に入り直そうとでも思ったのだろう。
大きな露天風呂でパチャパチャと湯を跳ね散らして遊ぶ姿は何とも愛らしく子供っぽい。
それでいながら、あどけない童女から可憐な少女へと、その成長に伴う移行が華奢な身体に、極、僅かな艶を帯びさせた。
昨夜は生身のりんの感触を直に肌で感じた。
今夜は目で確かめる事となった。
母の揶揄に我慢し切れず酒席を抜け出してきた。
しかし、それは真実を衝いていたからではないのだろうか。
りんの成長を待つ為の暫しの猶予。
数年後、さぞかし、りんは美しくなっているだろう。
殺生丸は酒ではなく、りんの将来の姿を思い描き、その姿にこそ酔い痴れた。
妖怪である己にとって数年など、ほんのつかの間に過ぎない時の筈。
だが、その須臾(しゅゆ)の時が・・・・待つ身には、こうまでも長い。
溢れかけ出した感情を鋼鉄のような理性で縛り封印する。
今は、まだ良い、制御出来る。
されど、果たして何時まで持つか。
この想いは遠からず堰を切って奔流となるだろう。
雲が掛かったのか、月明かりが、俄かに陰った。
それを契機に殺生丸も自らの想念を断ち切るようにその場を後にした。
この日から数えて丁度、三年後、西国城の千畳敷の大広間を世にも希少な金色の牡丹が飾る事になる。
御母堂様に花宗斎が約束した、あの百株の『金麗』である。
招待された各国の使節の誰もが驚きに目を見開く。
それはそうだろう。
そんな牡丹を目にした事がある者は他国には誰も居ないのだから。
いや、西国の者でさえ、あの日、『金麗』を目にした一行以外、初めて見る者ばかりなのだ。
嘗て古代中国では黄色は皇帝を表す至尊の色とされてきた。
黄色は金色に繋がる。
豊かな穀物の実りを連想させる事から「豊穣」「財力」などの意味も併せ持つ。
至尊の色、金色(こんじき)と“百花の王”と謳われる牡丹との組み合わせ。
西国王、殺生丸とりんの婚儀を飾る眩しい程の金牡丹は紛れも無く、この婚礼が今昔にも稀な瑞兆である事を、鮮やかに印象付けていた。 

              了

《第三十三作目『百花の王【金牡丹】』についてのコメント》
桜に続いて牡丹を考えた時、“吉祥”として黄色の牡丹を思い付きました。
しかし、調べてみると黄色の牡丹は既に存在していました。
でも、何かが引っ掛かりました。
記憶にある限り黄色の牡丹は、絵画でも見た事がありません。
と云う事は、比較的、近世になってから出現したに違いないと検索に掛けて調べてみました。
中々、ヒットしませんでしたが遂にその点について言及している箇所を見つけました。
何となく東洋で発生したのではない、という勘が働きましたが、ビンゴ! 
やはり西洋、それもフランスで改良され逆輸入された物でした。
「犬夜叉」世界は戦国時代の設定となっています。
恐らくは1500年代の後半(織田信長が、話に出てきます)。
黄色牡丹は1800年代に出現、つまり、戦国時代には存在しなかったと云う事になります。
そんな訳で今回の作品に人間界だったら、当然、有るはずも無い“瑞兆の花”として作品の中に登場させました。  
                  
                                      2007.5/23.(水)★★猫目石

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