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『神代櫻(じんだいざくら)④』

歓を尽くす時は矢のように過ぎる。
日が傾きかけた。
今夜は陰暦の十七日、立待月(たちまちのつき)だ。
月が出るのを立ったまま待つ、それ故に付いた月の呼び名。
満月ではないが月明かりは充分に明るい。
酔いを醒ましがてら夜道をユルユルと帰る積りの犬夜叉たち一行が帰り支度を始めた。
そうした様子を窺(うかが)っていたのだろう。
桜神老が、りんに下の連中の動向を教えた。

「楽しい時だったが、どうやら下での宴は終わったようだ。りん、そなたは、あの者達と一緒に帰らねばならぬのだろう」

「はい、桜神老さま、お持て成し有難うございました」

りんが床に手を着き深々と頭を下げ礼儀正しく御礼を云う。

「良い、良い、わしも、そなたや殺生丸に逢えて、大層、楽しかった。オウ、そうじゃ、この宴の縁(よすが)に、これを進ぜよう」

桜神老が右手に持っていた笏(しゃく)をヒュルヒュルと小さな扇に変形させ、りんに差し出した。

「エッ、でっ、でも、そんな大切な物、貰えません」

慌てて断ろうとするりんを桜神老がヤンワリと諭す。

「構わん、受け取っておくれ」

殺生丸も桜神老に加勢する。

「・・・・りん、有難く頂戴しろ」

流石に、それ以上の固辞は失礼に当たると思ったのか、りんが、オズオズと扇を受け取った。
扇は、りんの小さな掌にスッポリと納まるほどに小さい。

「あっ、有難うございます。こんな素敵な扇まで頂いて。大切にします」

大事そうに扇を胸に抱きしめるりんに桜神老が重ねて言う。

「それは、そなたの守りになる。決して手離してはならぬぞ。肌身離さず身に付けておくようにな」

「はっ、はい」

感激で少しボウッとしたりんを舞い飛ぶ桜の花弁が覆い隠す。
気が付いた時、りんは、桜の大木の下にいた。
りんが居なくなってから殺生丸が桜神老に訊ねた。

「・・・何故、りんに、あれを?」

「フフッ、わしは、あの娘が気に入ったのでな。そうそう、あの扇に銘を付けてやらねばの。この桜神老が笏(しゃく)を変化させた扇じゃ。滅多な名は付けられぬ。・・・・春・・・・桜・・・・オウッ、そうじゃ、そうじゃ、思い付いたぞ。風に舞う桜は春を惜しむ。よって、あの舞扇の銘は『惜春(せきしゅん)』。どうだ、殺生丸」

「・・・・『惜春(せきしゅん)』」

「そうだ、桜は風に舞うもの、そして、ゆく春を惜しむものぞ。さて、そろそろ、お主も、西国に戻らねばばるまい、殺生丸。尾洲や万丈が待っておろうて」

「・・・・馳走になった」

立ち上がる西国の若き王に桜神老が別れの言葉を告げる。

「達者での、殺生丸。あの娘を離すでないぞ」

「・・・・・」

後に殺生丸は思い出す。
あの言葉が桜神老の最後の言葉であったと。
神の如き桜は最後まで神算を巡らしておいてくれたのだと。  了


【神算(しんさん)】:思いもよらないような非常に優れたはかりごと。霊妙なはかりごと。


※次回作『名残りの桜』へと続く


【『神代櫻(じんだいざくら)』後書き】
神気漂う有名な日本三大桜を見た時、どうしても桜に因む作品を書かねばならない、そんな気がしました。
その結果、出来たのが、今回の作品『神代櫻(じんだいざくら)』です。
『妖の恋』のサイトマスターchihiroさまの美麗作品「桜舞」にも大いに触発されました。
特に、今回、いきなり新しいオリジナルキャラが出てきたのには驚かされました。
話の都合上、古いオリキャラも出張ってきて懐かしい気持ちも。
新キャラの桜神老、今後の展開にかなり重要な位置を占めます。
まさか、そんな風に動くとは思いもせず、正直、吃驚です。
管理人、思わず「アララ~~~」の気分でした。
 
   2009.4/22.(水)   ★★★猫目石

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『神代櫻(じんだいざくら)③』

執務室を飛び出した殺生丸は厩(うまや)へと急いだ。
一瞬、自力で人界まで飛んでいこうかと考えもした。
しかし、阿吽を使う方が格段に速いし体力も温存できる。
城の中庭に位置する厩(うまや)の前で毛皮にしがみ付いていた邪見を振るい落とす。
小柄な従者は軽く目を回しているようだ。
だが、そんな事は意に介さない。
急いでいるのだ。
容赦なく蹴り飛ばして用を言い付けた。

「邪見、阿吽に鐙(あぶみ)と鞍を置け」

「ハッ、ハイィッ!」

こけつまろびつ厩に向かう従者を無表情に見やる。
阿吽のような巨体に小さな邪見が馬具を着けるのは容易ではなかろうが、幸い、厩舎には馬番がいたらしい。
直(ただ)ちに鐙と鞍を乗せられた阿吽が厩から引き出されてきた。
ヒラリと双頭竜に跨(またが)り、即、飛び立つ。
こちらが命じるまでもなく行き先が判っているのだろう。
阿吽は迷うことなく人界に向かって最高速度で飛んでいく。
殺生丸は双頭竜を駆りつつ思考を巡らした。

(あの桜の花は紛れもなく桜神老のものだった・・・そして花びらに混じって香ってきたのは・・・りんの匂い)
(フン、りんを持て成しているからお前も来い・・か・・・如何にも・・・あのご老体のやりそうなことだ)

「せっ、殺生丸さま、りんの許へ行くのでございますか?」

邪見が阿吽の尻尾にしがみついた体勢のまま訊いてきた。

「・・・・・」

確かに、りんの居る処に向かってはいるが、何時もの村ではない。
無言のままでいると、こういう時だけ妙に勘の良い邪見が、再度、尋ねてきた。

「違うのでございますか。では、どちらへ?」

「・・・・桜神老(おうじんろう)」

一言だけ殺生丸は答えた。
これだけで邪見には大方の推測がつく。
殺生丸の従者は頭が鈍くては務まらない。
極端に少ない主の言葉から可能な限り心中を推察し事態を把握しなければならないのだ。
その点、邪見は優秀だった。
一言多い性格が玉に瑕(きず)だが。
阿吽を駆けさせること一時(約二時間)、桜神老の樹が見えてきた。
樹の下では犬夜叉と仲間どもが浮かれ騒いでいる。
異母弟の連れどもに目をやるが、りんは見当たらない。
言うまでもなく、桜神老の結界の中に居るのだろう。

(フッ、相変わらず姦しい奴らだ)

少し離れた場所に阿吽を降下させる。
目ざとく犬夜叉が兄の匂いに気付き視線を寄こしたが気にする必要もないと思ったらしい。
また、仲間達に視線を戻した。
殺生丸は、そのまま地上からス———ッと浮き上がり満開の桜の上に立った。
すると、何もない筈の足元の空間が揺らめいた。
ポッカリと穴が開く。
結界だ。
殺生丸が足を踏み入れると、そのまま内部に引き入れられるように沈んでいく。
大妖の姿が完全に呑み込まれると、また静かに結界が閉じた。
強大な妖気が周囲の場を圧する。
殺生丸の発する凛冽な妖気が結界内にヒシヒシと伝わっていく。
小物の妖怪なら、その尋常ならざる妖気に恐れ戦(おのの)き裸足で逃げだすだろう。。
桜神老が、りんに殺生丸の到着を告げる。

「りん、どうやら、そなたの待ち人が着いたようだ」

「エッ、もしかして・・・・殺生丸さまが?」

「ウム、程なく此処までやって来よう。フフッ、相変わらず何と気の短い」

待つ程もなく殺生丸が現れた。
桜神老に取っては、ほぼ二百年ぶりの再会であった。
脳裏に少年の頃の殺生丸を思い浮かべ今現在の殺生丸とを見比べる。

(ホォッ・・・・これは中々。最後に逢った時は、まだまだ少年の域を出なんだが。闘牙亡き後、西国を出奔し、随分、荒れたと聞いておったがな。フム、見事に成長したものよ)

お気に入りの孫を眺めるように桜神老は目を細めた。

「殺生丸さまっ!」

りんが喜色満面で叫んだ。
頬に赤味が増し瞳が輝く。
満開の桜にも負けない笑顔だ。

「りん・・・・桜神老」

まず、りんに、それから、己を此処まで呼んだ樹仙に目をやる殺生丸であった。

「久しいな、殺生丸。かれこれ二百年ぶりになるかな。どれ、まずは一献(いっこん)傾けようぞ」

桜神老が笏(しゃく)を軽く一振りした。
後方に控えていた桜の女房衆が今度は霊酒と酒器を載せた膳を捧げ持っている。
りんの隣に座った殺生丸が盃を取った。
馥郁(ふくいく)たる香りの酒が注がれる。
霊酒を、一口、味わった殺生丸が呟(つぶや)く。

「・・・・霊妙な味だな」

「フォッフォッ、さもあろう。仙界の神泉苑にて造られた御神酒(おみき)じゃ。これ、客人に舞を」

桜神老の言葉に応えて桜の女房衆が舞を始めた。
舞にあわせて何処からともなく笙(しょう)やひちりき、竜笛(りゅうてき)の音(ね)が聞こえてくる。
翻(ひるがえ)る濃淡の違う桜色の十二単、ユラユラと揺れる冠に飾った桜。
それは見る者をして夢かと思わせる幽玄な美しさに満ちた舞だった。


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【霊妙】:人知では計り知れない程、優れていること。

【笙(しょう)】:雅楽に用いる管弦楽の一つ。吹き口のある壺に七本の竹の管を環状に並べたもの。笙の笛。

【ひちりき】:雅楽用の管弦の一種。中国から伝来した竹製のたて笛で表に七つ、裏に二つの指穴がある。音は高音で哀調を帯びる。

【竜笛(りゅうてき)】:雅楽に使われる横笛。詳しくは作品『竜笛』を参照。


※『神代櫻(じんだいざくら)④』に続く
 

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『神代櫻(じんだいさくら)②』

りんの前に薄紅色の狩衣(かりぎぬ)を着た老人が立っていた。
立烏帽子(たてえぼし)を被り右手には笏(しゃく)を持っている。
髪も髭(ひげ)も薄紅色で長く地を這っている。
何と高雅で深遠な気を纏(まと)った老人であろう。
思わず、りんは目をパチクリさせて辺りを見回した。
つい先程まで確かに桜を見上げていたはずなのに・・・。
何時の間にか、りんは柔らかな桜色の毛氈(もうせん)の上に座っていた。
薄紅色の御簾、記帳、畳、何もかもが桜一色の室内だった。

(ここ、何処だろう? それに、このお爺さんは?)

りんの訝(いぶか)しむ気持ちを察したのか、老人が口を開いた。
柔らかく艶のある声が耳に心地よく響く。

「驚かせて済まぬ。だが、闘牙王の嫡子、殺生丸の心を捉えたという娘を、どうしても間近で見たくてな」

「お爺さん、殺生丸さまを知ってるの?」

りんが驚いて老人に尋ねる。

「フォッフォッ、あ奴が、まだ襁褓(むつき)をしていた頃から知っておるぞ」

「えっ、そうなの、凄~~い。アッ、もしかして、お爺さん、桜の精なの?あの朴(ほお)の木のお爺さんみたいに」

「朴仙翁(ぼくせんおう)のことか。アア、奴との付き合いは長い。わしは桜神老(おうじんろう)と云ってな。この神代櫻の樹仙じゃ」

老人がパンパンと軽く手を叩いた。
すると桜色の十二単(じゅうにひとえ)を着た女房衆が五名、何処からともなく現われた。
五名とも桜を飾った冠を被っている。
みな、同じ桜かと思いきや、良く見ると、それぞれ花の色、花弁の形状が微妙に違う。
色は殆ど白に近い色から濃い薄紅色まで、花弁はキリッとした一重からポンと愛らしい毬のような八重までと変化に富んでいる。
桜の女房衆は、それぞれ、美味しそうなご馳走を盛った膳を手にしている。
そして、りんの前に膳を置いてから静々(しずしず)と後ろに下がって控えた。

「ささっ、腹が空いておろう。そなたの為に用意させた馳走じゃ。遠慮なく食べるがいい」

「はいっ、アッ、でも、桜神老(おうじんろう)さま、楓さまと犬夜叉さま、それに、かごめさまや他の人達は?」

「あの者たちは、それぞれ下で楽しくやっておる。心配せずとも良い」

 りんが桜神老の歓待を受けていた頃、一陣の風が西国を目指していた。
風の内部では桜の花弁が舞い飛んでいるので端から眺めると桜色の帯のように見える。
猛烈な速さで桜色の帯が無色の風の中から抜け出していく。
あたかも意志を持っているかのようである。
その風の名は小旋風、東風(こち)、春先に東方から吹く風である。
東風は人界と妖界の間にある結界をも易々(やすやす)と飛び越え西国の城下に入った。
目指す先は西国城、妖界きっての山のように巨大な城である。
天守閣に城主、西国王、殺生丸の執務室がある。
簡素だが居心地の良い書院作りの部屋の中、一際、豪奢な主が政務を執っていた。
長い白銀の髪、金色の眸(ひとみ)、月の光のように玲瓏な美貌である。
その美貌を更に際立たせようというのか。
額には月の徴(しるし)、頬には朱の妖線が二筋走る。
そして、最後の仕上げとばかりに豊かな白銀の毛皮が右肩から流れている。
生半可な美女では、到底、太刀打ちできないような美丈夫である。
尤も、当人は、そんな事に全く頓着しないのであるが。
西国王の机の真横には壱の従者、邪見が、前方には尾洲と万丈、先代からの重臣が控えている。
因(ちな)みに両名は、以前、殺生丸の守役も務めていた。
中肉中背の尾洲は金茶の髪に青い目、一方の万丈は漆黒の髪に琥珀色の目で大柄な体躯である。
更に尾洲と万丈の後方に控えるのは万丈の息子、木賊(とくさ)と尾洲の息子、藍生(あいおい)。
両名とも似たような背格好ではあるが、容貌は木賊が灰色の髪に緑の目、藍生は栗色の髪に明るい水色の目と、これまた、親達同様に全く対照的であった。
木賊と藍生は殺生丸が西国に帰還すると同時に取り立てられた側近である。
不意に開け放たれた障子窓から突風が飛び込んできた。
ブワッ・・・・風は瞬時に拡散し通り抜けていった。
部屋中に撒き散らされた夥(おびただ)しい薄紅色の花弁。
次の瞬間、尾洲と万丈の目に映ったのは風のように駆け抜けていく若き主君の姿。
豪奢な白銀の毛皮には矮小な従者が振り落とされまいと必死にしがみ付いていた。

「大殿!」「お館さま!」

木賊と藍生が矢継早(やつぎばや)に叫ぶ。

「放っておけ」「・・・・仕方なかろう」

事情が判らず騒ぎ立てる息子達に比べ親達の方は落ち着いたものである。

「しかし、父上・・・」

得心がいかず口を開こうとした木賊に万丈が重々しい声で答える。

「桜の御老公が若を呼ばれたのだ」

「あの御方に呼ばれたとあっては何をさて置いても駆け付けねばなるまい」

尾洲も万丈の言葉を肯定する。

「桜の御老公・・・・もしや、桜神老(おうじんろう)様のことですか」

木賊が幡(はた)と気付いた。
その言葉に藍生も主君の失踪の理由に思い当たった。
執務室に散らばる薄紅色の桜の花弁と香り、それに混じって香るほのかな人の仔の匂い。
尾洲と万丈が顔を見合わせ申し合わせたように呟(つぶや)く。

「どうやら桜の御老公は若の人間の姫を持て成しておられるようだな」

「・・・・これでは矢も盾もたまらず若が飛び出していかれたのも道理」


【御】:漢語について種々の敬意を表す。「—活躍」「—無礼」「—飯」など。
【老公】:年老いた貴人の敬称。


※『神代桜(じんだいざくら)③』に続く

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『神代櫻(じんだいざくら)①』

世の中に 絶えて桜の なかりせば、春の心は のどけからまし


在原業平(ありわらのなりひら)  古今和歌集より出典


桜ほど人騒がせな花はない。
明日は咲くか、今日こそ咲くかと気を揉ませ、咲けば咲いたで満開の時を待ち焦がれる。
おまけに散り始めれば、一層、心を惑わされるのだ。
風に花が舞い雪のように地面を覆い尽くす時、まざまざと思い知らされる、この世の無常。
完全に花が散り終えた後でさえ次の年の花に思いを馳せる。
何と罪作りな花だろう。
いっそ、この世に桜が無ければ、どんなにか春の人の心は、のどかであろうに・・・・。
いみじくも古(いにしえ)の歌人が詠んだ桜への尽きせぬ思い。
今も昔も日本人は桜を愛してやまない。


神代(かみよ)の昔から咲くと云われる桜がある。
その桜は千年以上の長きにわたり咲き続けてきた驚異の生命力を誇る。
何時しか人は畏敬の念をもって、その長寿の桜を『神代櫻(じんだいざくら)』と呼ぶようになった。
樹木は千年を超えると仙気を帯びる。
神代櫻は二千年もの樹齢を数える桜の中の桜である。
神の如き桜に相応しく樹仙の名は桜神老(おうじんろう)と云う。
楓の村から山ひとつ隔(へだ)てた小高い丘に、その桜の巨木は存在した。
かごめの居ない三年間、何となく浮かれ騒ぐのを誡(いまし)める気持ちが仲間内にあった。
知らず知らず犬夜叉の気持ちを慮(おもんぱか)ったのだ。
だが、つい先日、かごめが戻ってきた。
浮き立つような気持ちが、自然、周囲に伝染し始めたのだろう。
狐妖術試験から帰ってきた七宝が、偶然、見かけた巨大な桜の話を始めた。

「おら、こないだ村に帰ってくる途中で凄い桜の樹を見つけたんじゃ。怖ろしくデッカイ樹でな。もう、チラホラと花が咲き始めておった」

「七宝、それは山ひとつ越えた丘の上の桜ではないか」

「知っとるのか、楓」

「アア、あの桜を近在で知らぬ者はない。何でも神代(かみよ)の時代から咲いていたそうでな。付いた名前が、これまた凄い。神代櫻(じんだいざくら)と云うのだ。言伝(いいつた)えによると樹齢は二千年に達するらしい」

「凄~~~い。二千年も生きてるんですか、その桜」

りんが驚嘆する。

「神代櫻(じんだいざくら)ですか。名前からして神々(こうごう)しいですな。さぞ見事な桜なのでしょうな。どうです、かごめさまが戻ってこられた御祝いに、皆で、その桜を見に行きませんか」

早速、弥勒が花見を思いついた。

「行こう、行こう、久し振りに、みんな、揃ったんじゃ。ご馳走を一杯持って桜を見に行こう」

お祭り好きの七宝が、はしゃいで誘いに乗った。

「ケッ、てめえら、要は騒ぎたいだけじゃねえのか」

犬夜叉の憎まれ口を新婚ホヤホヤのかごめが咎(とが)める。

「もう、犬夜叉ったら、そんな口を利(き)かないの。でも、花見か、良いわねぇ~~。どう、珊瑚ちゃん?」

「良いねえ、七宝のいう通りに、ご馳走作って、みんなで出かけようよ」

珊瑚もスッカリ乗り気になった。
これで話は決まった。
桜が満開になる頃を見計らって出かける事となった。
三日後の早朝、一行は出立した。
この処、天候は穏やかで陽気も良い。
絶好の花見日和だ。
近頃、足が弱ってきた楓は馬に乗り、横には孫娘のようなりんが付き添う。
それに新婚の犬夜叉とかごめ、子供連れの弥勒と珊瑚夫婦、七宝といった顔触れだ。
総勢十名の大所帯である。
昼近くなって一行は目的地に着いた。
山ひとつ越えた小高い丘は瑞々しい早緑(さみどり)に覆われていた。
その丘を覆い隠すかのようにフンワリと薄紅色の花の雲が拡がっている。
何と巨大な桜だろう。
圧倒的な存在感が見る者をして打ちのめす。
幹回りの太さといったら大の大人が五人がかりで手を伸ばしても抱えきれないのではないだろか。
ゴツゴツした極太の幹が物語る二千年の歳月と風雪。
幹から張り出した枝が四方八方に伸びている。
その枝を滴(したた)るような満開の花が飾る。
一行は桜の樹の根元に茣蓙(ござ)を敷いて腰を落ち着けた。
下から見上げるとスッポリと花の天蓋(てんがい)に包まれているような錯覚を起こさせる。

「綺麗ねぇ~~~天国みたい」

ホォ~~ッと溜め息をついて、かごめが桜を褒めそやす。

「本当だね、こんな見事な桜は見たことが無いよ」

珊瑚も、かごめに同意する。

「何ともはや・・・・この美しさには言葉もありませんな。神代(かみよ)の昔から咲く桜、それ故に付いた名前が『神代櫻(じんだいざくら)』ですか 。イヤ、全く、古今無双の美しさとは、この事ですな、楓さま」

感に堪(た)えぬような弥勒の言葉に楓が応える。

「法師殿、この桜には神が住まうと云われておるのだよ。それもさもありなん。二千年もの時を生きてきた樹だ。神と呼ばれるに相応しい」

「そうですね、神気が漂ってます。何とも厳(おごそ)かな、それでいて、至福を感じさせるこの霊気は・・・・」

途切れた弥勒の言葉を楓が続ける。

「桜が樹にして花だからだろう。この樹に宿るは樹仙であり同時に花仙でもあるのだからな」

「・・・・・そうですか」

弥勒は思わず手を合わせた。
桜の神気に打たれ合掌せずにいられなかったのだ。
見れば楓も桜を見上げて同じように手を合わせている。
ハラハラと散る薄紅色の花弁が例(たと)えようもなく美しい。
まるで夢の中に佇(たたず)んでいるかのような思いさえしてくる情景であった。
そんな弥勒や楓達に比べ花より団子の犬夜叉や七宝は、専(もっぱ)ら、桜よりもご馳走に目がいっていた。
竹篭に盛られた珊瑚とかごめの心づくしの弁当に、早速、手を出して口一杯に頬張っている。
弥勒と珊瑚の双子の娘たち、茜(あかね)や紅(くれない)も同様だ。
唯、りんだけは言葉もなく桜に見入っていた。
サァッ・・・・一陣の風が花を散らし吹きぬけた。
りんの姿は掻き消えていた。
だが、誰も気付かない。
皆、花の宴に酔い痴れていた。

※『神代櫻(じんだいざくら)②』に続く

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