忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『神代櫻(じんだいざくら)①』

世の中に 絶えて桜の なかりせば、春の心は のどけからまし


在原業平(ありわらのなりひら)  古今和歌集より出典


桜ほど人騒がせな花はない。
明日は咲くか、今日こそ咲くかと気を揉ませ、咲けば咲いたで満開の時を待ち焦がれる。
おまけに散り始めれば、一層、心を惑わされるのだ。
風に花が舞い雪のように地面を覆い尽くす時、まざまざと思い知らされる、この世の無常。
完全に花が散り終えた後でさえ次の年の花に思いを馳せる。
何と罪作りな花だろう。
いっそ、この世に桜が無ければ、どんなにか春の人の心は、のどかであろうに・・・・。
いみじくも古(いにしえ)の歌人が詠んだ桜への尽きせぬ思い。
今も昔も日本人は桜を愛してやまない。


神代(かみよ)の昔から咲くと云われる桜がある。
その桜は千年以上の長きにわたり咲き続けてきた驚異の生命力を誇る。
何時しか人は畏敬の念をもって、その長寿の桜を『神代櫻(じんだいざくら)』と呼ぶようになった。
樹木は千年を超えると仙気を帯びる。
神代櫻は二千年もの樹齢を数える桜の中の桜である。
神の如き桜に相応しく樹仙の名は桜神老(おうじんろう)と云う。
楓の村から山ひとつ隔(へだ)てた小高い丘に、その桜の巨木は存在した。
かごめの居ない三年間、何となく浮かれ騒ぐのを誡(いまし)める気持ちが仲間内にあった。
知らず知らず犬夜叉の気持ちを慮(おもんぱか)ったのだ。
だが、つい先日、かごめが戻ってきた。
浮き立つような気持ちが、自然、周囲に伝染し始めたのだろう。
狐妖術試験から帰ってきた七宝が、偶然、見かけた巨大な桜の話を始めた。

「おら、こないだ村に帰ってくる途中で凄い桜の樹を見つけたんじゃ。怖ろしくデッカイ樹でな。もう、チラホラと花が咲き始めておった」

「七宝、それは山ひとつ越えた丘の上の桜ではないか」

「知っとるのか、楓」

「アア、あの桜を近在で知らぬ者はない。何でも神代(かみよ)の時代から咲いていたそうでな。付いた名前が、これまた凄い。神代櫻(じんだいざくら)と云うのだ。言伝(いいつた)えによると樹齢は二千年に達するらしい」

「凄~~~い。二千年も生きてるんですか、その桜」

りんが驚嘆する。

「神代櫻(じんだいざくら)ですか。名前からして神々(こうごう)しいですな。さぞ見事な桜なのでしょうな。どうです、かごめさまが戻ってこられた御祝いに、皆で、その桜を見に行きませんか」

早速、弥勒が花見を思いついた。

「行こう、行こう、久し振りに、みんな、揃ったんじゃ。ご馳走を一杯持って桜を見に行こう」

お祭り好きの七宝が、はしゃいで誘いに乗った。

「ケッ、てめえら、要は騒ぎたいだけじゃねえのか」

犬夜叉の憎まれ口を新婚ホヤホヤのかごめが咎(とが)める。

「もう、犬夜叉ったら、そんな口を利(き)かないの。でも、花見か、良いわねぇ~~。どう、珊瑚ちゃん?」

「良いねえ、七宝のいう通りに、ご馳走作って、みんなで出かけようよ」

珊瑚もスッカリ乗り気になった。
これで話は決まった。
桜が満開になる頃を見計らって出かける事となった。
三日後の早朝、一行は出立した。
この処、天候は穏やかで陽気も良い。
絶好の花見日和だ。
近頃、足が弱ってきた楓は馬に乗り、横には孫娘のようなりんが付き添う。
それに新婚の犬夜叉とかごめ、子供連れの弥勒と珊瑚夫婦、七宝といった顔触れだ。
総勢十名の大所帯である。
昼近くなって一行は目的地に着いた。
山ひとつ越えた小高い丘は瑞々しい早緑(さみどり)に覆われていた。
その丘を覆い隠すかのようにフンワリと薄紅色の花の雲が拡がっている。
何と巨大な桜だろう。
圧倒的な存在感が見る者をして打ちのめす。
幹回りの太さといったら大の大人が五人がかりで手を伸ばしても抱えきれないのではないだろか。
ゴツゴツした極太の幹が物語る二千年の歳月と風雪。
幹から張り出した枝が四方八方に伸びている。
その枝を滴(したた)るような満開の花が飾る。
一行は桜の樹の根元に茣蓙(ござ)を敷いて腰を落ち着けた。
下から見上げるとスッポリと花の天蓋(てんがい)に包まれているような錯覚を起こさせる。

「綺麗ねぇ~~~天国みたい」

ホォ~~ッと溜め息をついて、かごめが桜を褒めそやす。

「本当だね、こんな見事な桜は見たことが無いよ」

珊瑚も、かごめに同意する。

「何ともはや・・・・この美しさには言葉もありませんな。神代(かみよ)の昔から咲く桜、それ故に付いた名前が『神代櫻(じんだいざくら)』ですか 。イヤ、全く、古今無双の美しさとは、この事ですな、楓さま」

感に堪(た)えぬような弥勒の言葉に楓が応える。

「法師殿、この桜には神が住まうと云われておるのだよ。それもさもありなん。二千年もの時を生きてきた樹だ。神と呼ばれるに相応しい」

「そうですね、神気が漂ってます。何とも厳(おごそ)かな、それでいて、至福を感じさせるこの霊気は・・・・」

途切れた弥勒の言葉を楓が続ける。

「桜が樹にして花だからだろう。この樹に宿るは樹仙であり同時に花仙でもあるのだからな」

「・・・・・そうですか」

弥勒は思わず手を合わせた。
桜の神気に打たれ合掌せずにいられなかったのだ。
見れば楓も桜を見上げて同じように手を合わせている。
ハラハラと散る薄紅色の花弁が例(たと)えようもなく美しい。
まるで夢の中に佇(たたず)んでいるかのような思いさえしてくる情景であった。
そんな弥勒や楓達に比べ花より団子の犬夜叉や七宝は、専(もっぱ)ら、桜よりもご馳走に目がいっていた。
竹篭に盛られた珊瑚とかごめの心づくしの弁当に、早速、手を出して口一杯に頬張っている。
弥勒と珊瑚の双子の娘たち、茜(あかね)や紅(くれない)も同様だ。
唯、りんだけは言葉もなく桜に見入っていた。
サァッ・・・・一陣の風が花を散らし吹きぬけた。
りんの姿は掻き消えていた。
だが、誰も気付かない。
皆、花の宴に酔い痴れていた。

※『神代櫻(じんだいざくら)②』に続く

拍手[2回]

PR