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小説第三十二作目『春嵐』 

パチパチ・・・パチッ! 時折、火の粉が爆ぜる。
暖を取る為の焚き火は周囲を灯す明かり代わりにもなる。
間口(まぐち)一間半(一間【いっけん】=尺貫法の長さの単位、一間は1.82m)程の洞窟の中、奥行きは十間程もあろうか。
白銀の長い髪とフサフサした豊かな毛皮が炎に照らし出される。
焚き火の近くには間に合わせの木で作った物干しらしき代物に着物が掛けられている。
着物からはポタッ・・ポタッ・・と雫が垂れている。
秀麗な面差しの貴公子然とした青年が、焚き火を前に胡坐をかいている。
青年の左腕は上腕部の半ば辺りから無い。隻腕である。
上半身裸の格好で懐に何かを護るように抱き込んでいる。
普段は右肩に軽く掛かっている豪奢な白銀の毛皮に包まれた小さな物体。
そこから僅かに覗くのは湿った黒い髪。
一見、優男風の外見からは想像も出来ない程、鍛え上げられた体躯は、青年が武人である事を物語っている。
常ならば雅な羽織袴を身に纏い一部の隙さえ見せない戦国最強の大妖怪、殺生丸。
犬妖族の国、妖怪世界でも最大領土を誇る西国の王が、何故、そんな姿で、このような場所に居るのか。
いつも側に控えている御供の邪見の姿が見当たらない。
忠実な騎獣、双頭竜の阿吽も此処には居ない。
一体、何処へ行ったのか。
この洞窟の中には殺生丸とりんしか居ないらしい。
洞窟の入り口に目を遣れば、外は叩き付けるように篠突く雨。
これでは一歩、外に出ただけで即座に濡れ鼠になるであろう事は間違いない。
風も激しくビュウビュウと唸りを上げている。
この荒れ模様の天候が今の状況に大いに関係しているらしい。

つい先頃、まるで降って湧いたかのように起こった殺生丸の御落胤問題、桜騒動のゴタゴタが片付いた後、息抜きを兼ねて殺生丸は、りんと邪見を連れて花見に出掛けた。
竜桜山という西国きっての桜の名所で花見を楽しんだ一行は、その帰途、予期せぬ豪雨に見舞われた。
いつもの殺生丸ならば、大気の匂いを嗅いだだけで、天候の変化に容易に気付いただろう。
しかし、生憎、その時の殺生丸は、顔にこそ酔った素振りをチラリとも見せなかったが、確かに酔っていた。
花見の途中から闖入してきた御母堂様、“狗姫の御方”が持参した“切れずの瓢(ふくべ)”汲めども汲めども尽きぬ酒が湧き出る瓢箪のせいで信じられないような量の酒を飲み干していたのだ。
並外れた酒豪の殺生丸をして強(したた)かに酔わせる程の大量の酒が、鋭敏な犬妖の嗅覚を鈍らせていた。
そのせいで反応が一瞬、僅かに遅れた。
一天、俄かに掻き曇った空、気付いたと同時に滝のような雨が、ドッと降り注いで来た。
殺生丸の妖力を持ってすれば簡単に阿吽ごと結界を張って雨を凌げた筈だが、余りにも雨脚が急激過ぎた。結界を張る暇も無く、りんや邪見共々、ずぶ濡れになってしまったのである。
同行していた御母堂様や相模、松尾にしても事情は全く同様だった。
彼女達も殺生丸に負けず劣らず浴びるほどの酒を摂取していたのだから。
視界が殆ど利かない土砂降り状態の上、匂いも雨で瞬時に掻き消されてしまう程の悪天候。風は、益々、強くなり雷まで激しく鳴り出している。
春嵐である。
御母堂様と相模、松尾とは、そのまま、はぐれてしまった。
尤も、あの連中なら放っておいても何の心配も無いだろう。
心配なのは、寧ろ、りんを連れている此方の方だった。
何処か適当な場所で雨を避けなければならない。
折良く手頃な洞窟を見つけた殺生丸は、阿吽に指示して急降下させ、その中に入り込んだ。
殺生丸や邪見は、勿論、阿吽も、この程度の雨に濡れたくらいでは、体調を崩す心配は全く無いが、人間であるりんは、そうもいかない。
このまま濡れた着物を着ていれば、間違いなく風邪を引くだろう。
りんの身体が、随分、冷えている。
雨に打たれ体温が低下しているようだ。
この洞窟で暖を取りつつ雨が止むのを待つしか有るまい。
今夜の宿に予定していた陣屋へは、邪見を阿吽に乗せて郡代に使いを出した。
この雨が止んでから屋敷の者達に着替えを持たせて迎えに来るようにと言付けて。
邪見は、この豪雨の中、独り使いに行くのが億劫なのか、ブツブツ愚痴を零していたが、蹴飛ばして黙らせた。
鬱陶しい奴め! 
此方は、只でさえ、機嫌が悪いのだ! 
貴様の愚痴になど構ってられるか! 
ずぶ濡れになった着物がベットリと身体に絡み付くようで気持ちが悪い。
脱いだ着物を焚き火の前に組み合わせた木に引っ掛ける。
りんの小袖や内掛けも私同様、雨に濡れポトポトと雫がしたたり落ちている。
早急に脱いで乾かすように促せば、りんが、何処か、ためらった様子を見せる。
どうした事だ、以前、地獄谷の温泉で、一冬、逗留した時は、私の前で裸になる事を全く躊躇ったりはしなかった物を。
とにかく、濡れた着物を脱がせて、早く暖めてやらなければ風邪を引く。

「りん、早く脱げ。」

「でもぉ・・・」

「・・・そのままでは風邪を引く。」

「だって・・・恥ずかしいよ、殺生丸さま。」

「・・・恥ずかしがっている場合ではない。」

りんも今年で数えの十歳。何時までも無邪気で子供子供していると思っていたが、少しは羞恥心が芽生え始めているらしい。
暫くモジモジしていたが、その時、稲光が大音響と共に洞窟の中にまで差し込んできた。
ゴロゴロ・・・ガラガラ・・・ピッシャ――――ン!

「ウヒャァッ!」

りんが頭を抱えて悲鳴を上げる。・・・そう云えば、りんは雷を異様に怖がっていた。

「・・・りん、この嵐は、当分、収まらんぞ。」

「・・・・」

私の言葉にビクッとりんが身体を震わせる。
その様は、まるで小動物のウサギかリスが怯えているような感じを見る者に与える。
覚悟を決めたのか、りんは、一気に着物を脱ぎ捨て私の毛皮の中に潜り込んで来た。
私の胸にピタリとりんの胸が密着する。
小さな心臓の音が伝わってくる。
トクトク・・トクン・トクッ・トクトクトクトクッ・トクン・・トクトクッ・・稲妻に驚いたせいだろう。
りんの心臓の鼓動が些か乱調になっている。
暫くすると落ち着いたのだろう。
規則正しい鼓動の音が響いて来るようになった。
トクン・・トクン・・りんの命の音、この鼓動が、私を安堵させる。
確かに、今、りんが生きていると。
これ迄に二度、りんの心臓は鼓動を止めた。
・・・最初は妖狼族の狼どもに噛み殺されて。小さな身体が無造作に地面に投げ出されていたのを覚えている。
血溜まりの中、生気を失った身体が人形のように倒れていた。
風に運ばれてきた血の匂いに混じる強い獣臭を発する不快な狼どもの臭い。
その血の匂いが私を其処に引き寄せた。
血の匂いは、ここ数日、私の許を訪れていた人間の小娘の物。
小娘は噛み殺されていた。狼どもが小さな身体に群がり小娘を貪っていた。
例え、相手が何者であろうと、気に入らぬ者は、この爪で容赦無く引き裂いてきた己には、屍体など見飽きた物の筈・・・だった。
さしたる感慨も無く、そのまま行き過ぎようとした私を引き止めたのは、己の裡に生じた極、微量の感情。
凪いだ水面のような私の感情に落ちた一滴の雫。
それが、りんだった。
静かに拡がる波紋のような感情のうねり。
父の形見、癒しの刀、天生牙を抜き放ったのは、単なる己の気紛れだったのだろうか・・・・イヤ、違う! 
あの時、既に運命の輪は回り出していたのだろう。
この世の一切の事象、万象は、一見、偶然のように見えながら、その実、全てが必然だと云う。
ならば、りんと私の出会いも、又、出会うべくして出会ったと云うべきなのだろう。
何かに導かれるかのように。
それを容易(たやす)く運命と呼んで良いのか、どうか、それは判らない。
だが、我らを出会わせた大いなる意思とでも云うべき物を感じる事が、確かに有る。
それを痛切に感じさせたのは、りんの心臓が二度目の鼓動を止めた時。この殺生丸にとって、りんの存在が、どれ程、大きいか、取るに足らない人間の小娘の命が、天生牙よりも、何よりも重いと、嫌と言う程、思い知らせてくれた。
他の何者にも代えられない、己にとって唯一無二の存在、りん。
雨に濡れ冷え切った、りんの身体が、少しづつ温まってきたようだ。
それと同時に眠気を催したらしい。
体温が更に上がってきた。
呼吸も次第にユッタリと深くなりつつある。
もう目を開けている事も出来ないのだろう。
りんの身体から力が抜ける。
クタリと私にもたれ掛かってきた。
スゥスゥと安らかな寝息が己の胸を擽る。
洞窟の外では、今も、春の嵐が盛大に荒れ狂っている。
風は相変わらず強く吹き荒れ、雨の勢いも少しも弱まっていない。
時折、雷も鳴っている。
恐らく、今夜一杯、この嵐は、続くのだろう。
そうなると、陣屋から郡代の者が迎えに来るのは、多分、明日の朝。それまでは、この洞窟で嵐を避けて、りんと共に大人しく待つとするか。
焚き火が、洞窟内に熱と暖かな色合いを拡げ、暫しの休息を誘い掛けていた。
久し振りの鯨飲が、流石に殺生丸の身にも堪えていたらしい。
りんを懐に抱いたまま意識が次第に遠のいていった。

気が付いた時は、既に、眩しい朝陽が洞窟内に差し込んで来ていた。
嵐の後の清々しい大気の匂いが鼻腔に漂う。
それと同時にガヤガヤと騒々しい声が近付いて来る。
邪見?・・・イヤ、あの声は、チッ! 
連中も一緒に付いて来たようだ。
待つ程も無く母と相模、松尾が、姿を見せた。
恭(うやうや)しく郡代に案内されて、ゾロゾロと洞窟内に入って来た。
どうやら、昨日は、あの嵐の中、そのまま郡代の預かる陣屋に赴いたらしい。
三名とも昨夜の春嵐の名残を少しも感じさせないスッキリとした出で立ちで現れた。
何が面白いのか、母が、独り、ニヤニヤと人(=妖)の悪い笑みを浮かべて、己に話し掛けてきた。
いつもの事ながら、妙に癇に障る。

「良く眠れたようだな、殺生丸。」

「・・・・」

「りん様の具合は、どうで御座いますか?」

相模が、早速、りんの体調を気遣って訊いて来た。松尾も隣に控えている。

「・・・大事ない。」

毛皮に抱き込んでいたりんを相模の腕に手渡した。
相模が、まだ寝ぼけ眼のりんに、手早く下着や小袖を着付け帯を結ぶ。
その上から、紅雀の内掛けを羽織らせ、キッチリと身嗜みを整えさせた。
私の着替えは、松尾が、持参して来た。
相模と松尾に手伝わせ新しい着物に着替える。
小袖の上に羽織を纏った。
袴も新しい物に穿き替えたい処だが、もう乾いてしまっている。
屋敷に落ち着いてからで良かろう。この地方を預かる郡代の相馬が、挨拶をしにやって来た。
父の代から仕える重臣で、尾洲、万丈とは肝胆相照らす仲の友人でもある。
雪のような白髪が、肩に懸かり、長く垂れ下がる眉毛、小柄な身体と相俟って、一見、好々爺といった印象を与えるが、その実、体術の達人である。
私も幼い頃、良く稽古を付けてもらった。
その鮮やかな体捌(さば)きから“飛燕の相馬”の異名を持つ歴戦の武将。
今も、その穏やかな褐色の双眸に潜む力強さは、失われていない。

「お久しゅう御座います、若、いや、殺生丸様。」

「相馬の爺か、世話になるぞ。・・・尤も、あの連中は、もう厄介を掛けておろうがな。」

「昨夜は、あの嵐で御座いましたからな。難儀なさいましたな、若。御三方は、早々と当方にお越し下さったので安心致しましたが、若は、ともかく、人の仔であるりん様は、あの雨に打たれて体調を崩されるのではないかと、内心、案じておりました。その後、邪見殿が、若の使いとして這う這うの体(ほうほうのてい)で飛び込んで来られたので、いっその事、嵐を突いてお迎えに参上しようかとも思ったのですが、御方様に『その必要は無い、却って邪魔になる。』 と強く止められましたので、今朝になってから、このように罷(まか)り越した次第で御座います。」

「・・・・」

母が、相馬との会話に無遠慮に割り込んできた。

「久方振りの、りんとの水入らずは楽しかったであろう? 殺生丸。」

「・・・・」

「そなたの我慢も、流石に、そろそろ限界だろうと思ってな、相馬に迎えは要らぬと申し付けておいたのだ。下世話な話だが、“ヒトの恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んでしまえ”という言葉が有るくらいだからな。」

「・・・・」

「妾は、もしかすると、もしかするかも知れんと思ったのだがな。相模や松尾は、そなたが、まだ幼いりんに、無体な振る舞いに及ぶような事は、断じてあるまいと申しておったわ。」

「・・・・」

「袴を脱がなかった処を見ると、フム、どうやら、辛うじて理性は保っておったようだな。」

「・・・・」

「御方様・・・・」

無表情のまま、殺生丸の怒りが、沸々と、煮えたぎり、今にも限界点ギリギリに到達しようとしている。
見るに見兼ねて、相馬が、口を挟もうとした次の瞬間、鈴を転がしたような愛らしい声が、飛び込んできた。
周囲を覆っていた剣呑な雰囲気が、一瞬にして払拭された。

「殺生丸さまっ! 昨日は有難う。」

「りん・・・体調は良いか?」

「うんっ! グッスリ寝たから、とっても気分が良いよ。」

「・・・そうか。」

武将として数々の戦場で名を馳せ、少々の事では動じなくなっている相馬が、殺生丸の変わり様に、思わず目を瞬かせた。
相馬が、覚えている限り、嘗ての殺生丸は、癇症の上に負けず嫌いで、凡そ寛容などと言う言葉から最も遠い気性の持ち主であった。
一旦、怒りを爆発させたが最後、何者もその行動を止める事は出来ないとまで云われてきた激情の持ち主が、人間の、それも稚い童女が、声を掛けただけで瞋怒(しんど)の感情を治めるとは・・・。
噂には聞いていたが、この目で見ても未だ信じられぬ。

「りん・・・この者が、今夜の宿の主、相馬だ。」

殺生丸に促され、相馬を見やった、りんは、ニッコリと陽が輝くような笑顔を見せた。

「お早うございます、りんです。よろしくお願いします!」

「御初に御目に掛かります、りん様。 相馬と申します。“相馬の爺”と御呼び下され。」

「相馬の・・・爺?」

「りん、相馬は、私が幼い頃の武芸の師だったのだ。それもあって、今も“爺”と呼んでいる。」

「フ~~~ン、そうなの、殺生丸さま。」

「殺生丸様ぁ~~~~~っ! り~~~~~んっ!」

邪見が、大声で、喧しく私とりんの名前を呼ばわりながら闖入して来た。
毎度の事ながら騒々しい奴だ。
どうも、阿吽の背で寝惚けて、慌てて飛び起きて来たらしい。
その証拠に水干には涎の跡が。
大きな出目を擦り擦り飛び込んできた。
眠気覚ましに一発、蹴りを喰れてやった。ドカッ!

「ヒェ~~~~そっ、そんな、殺生なっ! 殺生丸様ぁ~~~~!」

「ア~~~ッ、邪見さま、飛んでっちゃったよ、殺生丸さま。」

「・・・心配するな。その内、戻って来る。」

「そう? 殺生丸さま。」

「・・・・」

やはり、基本的な性格は、変わってはおられんらしい。
相馬は内心ひとりごちた。
小妖怪の従者への仕打ちを見る限り、全く昔と同じではないか。
つまり、若の寛恕の心は、この人間の幼子限定と云う訳だな、フム、面白い。
とは言え、極々、僅かながら若の纏う妖気が、柔らかくなったような。
以前なら側に居るだけで神経がピリピリするような剥き出しの殺意が韜晦(とうかい)されている。
それだけでも大した物だ。
この“りん”と云う人間の童女が、殺生丸様に及ぼす影響は、計り知れぬ物が有るという訳だな。
とにかく、若には、この“りん”という存在が不可欠なのだろう。
相馬は、折に触れては西国城から伝わって来る噂と、これまでの経緯から、殺生丸とりんの関係について自分なりに推察してみた。
そんな相馬を尻目に、今日も今日とて意気軒昂な御母堂様、“狗姫の御方”が、早速、本日の行楽について立案された。
勿論、右手には、シッカリと“切れずの瓢(ふくべ)”を携えておられる。

「りん、残念だが、昨夜の嵐で、竜桜山の桜は、あらかた散ってしまったらしい。昨日が、最後の花見日和だった訳だ。だが、桜ばかりが花ではないぞ。この地方には、有名な牡丹園もある。牡丹は、別名“百花の王”とまで讃えられる花だからな。今日は、其処へ参ろう。」

「おっ、お母さま、牡丹って?」

「何っ! 牡丹を知らんのか? りん。」

「うっ、うん。」

「それでは、尚更、連れて行ってやらねばなるまい。相馬、案内を頼むぞ。」

「ハッ、畏まりました。」

当時、牡丹は、『富貴草』の別名の通り、富裕層でなければ目にする事の出来ない正しく高嶺の花だった。
りんが、知らないのも無理はなかった。
結局、殺生丸の意向など何処吹く風、御母堂様の強引な仕切りの許、そのまま牡丹園として他国にも広く名の知れ渡る『壮麗園』に直行する事となった。
りんは殺生丸と阿吽に騎乗、他の者は、皆、自分の妖力で空を飛行している。

「ねぇ、殺生丸さま。」

「・・・何だ、りん。」

「あのね、前に、りんが、阿那(あだ)さん達の命を助けてくれるようにお願いした時、殺生丸さま、言ってたよね、『礼なら言葉ではなく態度で示せ』って。あれから、殺生丸さまに、全然、会えなくて・・・・ちっとも御礼できないでいるんだけど。りん、何をすれば良いのかな?」

「・・・それなら、昨夜、もう済んだ。」

「エッ! りん、何もしてないよっ!」

「・・・とにかく、済んだのだ。」

「?????」

春嵐という思わぬ突発現象のおかげで、期せずして、生身のりんを直に抱擁できた殺生丸は、無表情な顔のまま、誰知られる事なく、独り、昨夜の事を思い返し感慨に耽っていた。
小鹿のように伸びた手足、背中の半ば辺りにまで届く緑の黒髪、あどけないながら将来の大輪の花を予感させる愛らしい顔、りんは、小柄ながら、着実に成長している。
今、暫くの猶予を与えよう。
・・・・後、何年、先の事になるだろう。
何時の日か、その身が、女としての徴を受けた時、その時こそは、誰憚る事なく、お前を私の物にしよう。
誰にも否やは言わせぬ。
りん、お前自身にもだ。
我らが出会ったのが、運命なら、惹かれ合うのも、又、運命なのだろう。
ならば、結ばれるのも、当然の事。
人の仔でありながら、妖である私に付いて来たお前。
何処までも付いて来い。
その儚い命を繋ぎ止めておく為に、己は、あらゆる手立てを尽くそう。
例え、それが侵してはならぬ禁忌に触れる事で
あろうと構わぬ。
この殺生丸が、この世で、唯一、愛して止まぬ存在。
りん、二度と・・・喪わぬ!    了
                                                                            
                                                                                                                                                                                                                                                 【瞋怒(しんど)】=怒り。いらだち。通常の辞書では載っていません。「広辞苑」より引用。
 【韜晦(とうかい)】=自分の才能・地位・本心などを包み隠すこと。


《第三十二作目『春嵐』についてのコメント》
今回の作品は三万打達成の御礼作品であると同時に、小説を書き始めて一周年の御祝い作品でもあります。
昨年の今日、五月八日に処女作『闘鬼神再び』を書き上げたのが、私にとっての“小説事始め”となっております。
以来、昨年の八月にブログを立ち上げ、現在に到っております。
私の中では、未だ、殺りんに対する熱が、熱く燃え盛っております。
まだまだ書きたいネタも尽きてはおりませんので、これからも「書きたい!」という意思がある限り書き続けていく所存でございます。
ご訪問、有難うございました。
心より御礼申し上げます。     

                              2007.5/8.(火) ★★★猫目石
 

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