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第四十一作目『神在月(かみありづき)』

 掛けまくも 畏(かしこ)み 畏(かしこ)み 申す。

 
陰暦の十月は、神無月(かんなづき)と呼ばれる。
字の示す如く“神の無い月”を意味している。
何故、そのように呼ばれるのか? 
日本全国の神々が、出雲の国は出雲大社に鎮座まします御祭神、大国主命(おおくにぬしのみこと)の許に集結される為である。
それ故、逆に、出雲では、この月を『神在月(かみありづき)』と称する。
大国主命には、国作大己貴命(くにつくりおおなむちのみこと)大物主神(おおものぬしのかみ)、葦原醜男(あしはらのしこお)、大国玉神(おおくにたまのかみ)、顕国玉神(うつしくにたまのかみ)、八千矛神(やちほこのかみ)など様々な異称があるが、別名、幽冥主宰大神(かくりごとしろしめすおおかみ)とも呼ばれる。
幽世(かくりよ)とは、無くなった人々の霊魂が帰る世界の事を云う。
現世(うつしよ)を治めるのが、天照大御神(あまてらすおおみかみ)ならば、大国主命は、幽世(かくりよ)を治める神である。
幽(かく)れたる神事を司る神なのである。
では、幽(かく)れたる神事とは、何か? 
それは、目に見えない縁(えにし)を結ぶ事である。
物事との関係・繋がりから、人と人との結び付き、男女関係、それら全てを引っくるめて“縁”という言葉に包括される。その縁結び一切を統轄しておられる。
 
陰暦の十月十日から七日間、出雲大社で厳かに行われる神在祭(かみありさい)。
それは、神代の時代から連綿と続く行事である。
大国主命は、神在祭の間、この日の本、大和の国の津々浦々から寄り集まってこられた神々と、様々なる『ご縁』について神議(かむはか)りをなさる。
特に、男女間の縁結びについて。
武蔵の国の神社から御出でになった事代主命(ことしろぬしのみこと)が、早速、大国主命に、予(かね)てよりの懸案を奏上される。
事代主命の『コト』とは神の言葉の『言』を、『シロ』は『代理』を意味する。
つまり、事代主命は、託宣を司られる神なのである。
それと同時に、事代主命は、大国主命の息子神でもあられる。

「父神よ、今回の一件については如何したものでありましょうか。」

「今回の一件とは?」

「あの、りんという武蔵の国出身の娘と西国の大妖怪、殺生丸との件で御座います。」

 
「ああ、此処最近には、とんと無かった人と妖怪との婚姻についてか。」

 
「はい、一体、どうされる御積もりなので御座いますか。」

 
「人と妖怪の結びつきについては、これまでにも、例が無かった訳では御座いませんが、殆どが、極々、力も弱く位の低い妖怪との結び付きばかりで、大して、人界に影響を及ぼすような物では御座いませんでした。しかし、今回のように妖力絶大なる高位の大妖怪と人間の娘が婚姻を結ぶ事は、かなりの影響が人界に出るのではないでしょうか。」

 
「待て待て。過去にも大妖怪と人が婚姻を結んだ例があったぞ。あれは、確か、そうそう、今から二百年ほど前の事であったか、その殺生丸とやらの父妖怪と京の都の貴族の姫とのな。」

 
「しかし、父神よ、あの場合は、正式な婚姻とは申せませんでした。云うならば、野合(やごう)とも云うべき類に相当致します。人界、妖界、どちらの世界にも歓迎されず、双方共に悲劇的な結末を迎えた結び付きで御座いました。」

 
「例え、誰に祝福されずとも互いに求め合わずにはおられぬ運命、そんな結び付きが、有るものよ。今回の一件も、恐らく、その類であろうな。いや、今回は、そうとばかりも言い切れぬか。」

 
「このまま、何もしなくて宜しいので御座いますか。」

 
「良い。この件については、一切、干渉してはならぬ。特に、あの、りんと云う娘は、一度ならず二度も、幽世(かくりよ)から、この現世(うつしよ)に舞い戻りし者。一度だけの蘇生ならば、全く例が無い訳でもないが、二度までもとなると・・・・神代の時代から今に到るも前例が無い。事代主よ、そなたも伊邪那岐神(いざなぎのかみ)の事は知っていよう。」

 
「あの、御夫婦で国生みをなされた男神(おがみ)で御座いますな。」

 
「ウム、あの御方でさえ、妻であった伊邪那美神(いざなみのかみ)に逢われる為に、黄泉国(よみのくに)に降りられたのは一度きり。それも命からがら戻られたのだ。神にさえ、容易ならざる事を二度も成し遂げるとは、到底、唯の人間の業(わざ)とは思えぬ。況して、今は、彼の大妖に連れられ、この人界から遠く隔たった異界である妖界の西国に住まっておる。最早、あの娘は、我ら日の本の神々の手を離れた存在と考えるしかあるまい。今後、あの者達が、この大和に関わってくる事は、まず有るまい。我らが掌握せしは、飽くまでも、この秋津島の大和民族に関する事のみ。両名に関しては、今更、神議する必要は在らず。この事、しかと左様、心得よ。」

 
「畏(かしこ)まりました。」

 
  事代主命が、その場を引き下がると、次から次へと他の神々が、それぞれ自分の管轄する地域の縁結びについて大国主命に相談し、その判断を仰いだ。
八百万の神々と云われるだけあって、その数の多さも、半端ではない。
喧々諤々の議論は、夜中まで続いた。
やっと、日本各地の神々が、境内にある東西二宇の十九社の客社に落ち着かれたのは、人も獣も寝静まる深夜になってからであった。
  大国主命も、神議(かむはか)りに使用した拝殿から、自身の住い屋である本殿に向かわれた。
 
  随分、風が強い。境内の木々が、吹き荒ぶ風に翻弄され、大きく揺らいでいる。
この分では、海も、さぞかし荒れている事だろう。
この時期は、いつも天候が荒れる。
神在祭の時期に発生する暴風雨は、特に『神荒(かみあれ)』と称される。
八百万の神々は、まず、大国主命のお使い神である海蛇(=竜蛇神)に先導されて、出雲大社の西方にある稲佐浜(いなさのはま)に上陸される。
そうした神々を、出雲大社の神官一同が、稲佐浜に赴き、出迎える。
これが、神在祭の始まりだ。
そして、竜蛇神を先頭に、二本の大榊に宿られた神々を、恭しく出雲大社へとお迎えするのだ。
吹き荒ぶ風の中、本殿に向かわれる大国主命に声を掛ける者が居た。男神ではない。見目麗しい女神である。

 
「我が背の君よ、あの事は、黙っておられましたな。」

 
「須勢理(すせり)か。あの事とは、一体、何の事ぞ。」

 
   正式な名称は、須勢理毘売命(すせりびめのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)の娘神にして、大国主命の正妻である。
この出雲大社に夫君と同様に祀られている。

 
「お隠しなさいますな。神在祭の三日前、この出雲大社の本殿を、直接、目指して、赴いてきた、それは大きな一羽の白鷺が、おりました。あれは、恐らく、海を隔てた外つ国(とつくに)から参った者。さしずめ、大陸の神々からの使者で御座いましょう。」

 
「流石は、我が妻。気付いておったか。」

 
「何故、先程の人と妖怪との婚姻の件、不問になさいました。」

 
「その訳を明かして、どうするのだ。大陸の神々が、図々しくも、この日の本の神事に干渉してきたと教えてやるべきだと云うのか。そんな事をすれば、八十禍津日神(やそまがつひのかみ)や大禍津日神(おおまがつひのかみ)を始めとする血の気の多い連中が、黙ってはおるまい。」

 
「ですがっ!」

 
「この大和の国、秋津島は、戦国時代の真っ只中だ。日の本統一の気運は、芽生え始めてはおるが、まだまだ先の事。それに比べ、海の向こうにある大陸の大国は、多少の衰退は見えるものの、未だ、強大な力を有しておる。彼我の実力の差は、歴然としておる。神々が、戦うと云う事は、即ち、人間を使って代理戦争をすると云う事なのだぞ。わざわざ、勝ち目の無い戦を招くような愚は、断じて避けねばならぬ。」

 
「・・・・・でも、口惜しゅう御座います。」

 
「そう、気を落とすな。そなたの気持ちも判らぬではないが、別段、此度の件を、隠匿しても、我らは、痛くも痒くもない。それで、良しと致せ。徒(いたずら)に人間の血を流させてはならぬ。それでなくとも、今は、戦で傷つき、血を流し死んでいく人間が、多すぎるのだから。」

 
「・・・・はい。」

 
  肩を落とした正妻を抱き寄せ、大国主命は、本殿に引き籠もった。
その頃、東西二宇の客社では、八百万の神々による飲めや歌えやのドンチャン騒ぎが繰り広げられていた。
人間達は、出雲に集(つど)った神々が、厳粛に、しかつめらしく神在祭を過ごしておられると思い込んでいるらしい。
  確かに、神議の間は、真剣な討議が続くが、一旦、それが終われば、酒食を共にして大騒ぎするの
  が常の事であった。
そもそも、神代の時代、天の岩戸に、お隠れになった天照大御神を誘い出す為、催された乱痴気騒ぎとも云うべき宴の故事からも、その様相は、窺い知れる。
 
  完全に、人気が、いや、神の気配さえ無くなった境内から、飛び立つ物体があった。
全身、白い羽毛に覆われた白梟である。
海からの強風に逆らい翼をはためかせ、目的の地へと急ぐ。
四半時(=ほぼ三十分)程、飛び続け、漸く小高い山の中に辿り着いた。
群雲が風で吹き飛ばされ、上弦の月が、雲間から覗いている。
既に先客が待っていた。
月の光に照らし出されたのは、ヒョロリと細長い容姿に白衣を纏った老人。
一際、高い檜の木の天辺に、スックと直立している。
強風に揺らぐ木の上で、ふら付く事もなく平然と立っている。
怖ろしいまでに見事な平衡感覚である。
とても、普通の人間には、真似できない離れ業、まるで天狗のようである。
しかし、それにしては、天狗特有の突き出た長い鼻が無い。
風貌も、魁偉と云うよりは、寧ろ、穏やかな賢者といった感が有る。
  その檜の木から少し離れた杉の木の天辺に、同じ様に、白梟も、翼を仕舞い込んで留まった。
  見る間に、梟の姿から、人型に変化する。

 
「ご苦労だったな、方斎。して、首尾は、如何に。」

 
  白梟の名は、方斎。フックラとした小柄な容貌が、元々の本性である梟に似ている。
そして、樹上の老翁は、博識で世に名高い白鷺族の長老、源伍、別名“白鷺のお爺”であった。

 
「ハッ、源伍殿の思惑通り。出雲の大神は、此方の要請を聞き届けて下さいました。」

「そうか、弁(わきま)えて下さったか・・・・有り難い。」

 
「これで、無事、大任を果たせましたな。」

 
「ウム、あちらで待っておられる、あの御方に、吉報を、お届けする事が出来よう。それにしても、済まんな、方斎。梟族の長ともあろう、お主に、こんな間諜のような役割をさせて。」

 
「何を水臭い。我ら梟族が、嘗て、源伍殿から受けた恩に比べれば、これしきの事、何でも御座いませんぞ。それに、こうした隠密を要する仕事は、夜目と遠耳の利く梟族でなければ、到底、務まりませぬ。」

 
「そうは云うてものう。何も、長である、そなたが、直々に出向いて来ずとも。」

 
「長だからこそで御座います。このような大事、やたら気の逸る若造に任せて、万が一、しくじりでもしたら、何と、あの御方に言い訳出来ましょうぞ。」

 
「それは、そうだが・・・」

「ささっ、そんな事よりも、今は、この知らせを一刻も早く、あの御方の許へ。」

 
「オオッ、そうであったな。長居は、無用。」

 
「ではっ!」

 
「ウムッ!」

 
  瞬時に、人型から本性の鳥の姿に戻る、源伍と方斎。
源伍は、優美な鶴にも似た大きな白鷺の姿に、方斎は、先程の白梟の姿に。
両者共、そのまま、翼を大きく拡げ、遥か、海の彼方を目指して飛んで行く。
白鷺の源伍と白梟の方斎が、姿を消すと、天空に掛かる月も、厚い群雲に隠され、辺りは、再び、闇に覆われた。
墨を溶かし込んだような暁闇の闇の中に、全てが包み込まれ見えなくなった。
  後に残ったのは、唯、海から吹き付ける眇眇(びょうびょう)たる『神荒』の風の音だけだった。
 
  来春に予定された西国王、殺生丸と人間の娘、りんとの婚儀。
大々的に公(おおや)けにされた事実は、各界に様々な波紋を投じた。
妖界、天界、人界、その全てに。
特に、妖界においては、最大領土を誇る強大な西国の国主の縁談は、長年、その動向を探る各国の注目の的であったし、年頃の姫を抱える国々にとっては、最大の関心事でもあった。
その西国王が、人間の娘を正室に迎える。
  嘗て、妖界に前代未聞の醜聞を巻き起こした先代でさえ、人間の娘を寵愛しつつも飽くまで愛妾に留め置いた物を、当代は、誰憚る事なく、堂々と正室に据えようと云うのである。
その実に大胆不敵なる行為。
妖力甚大なる当代にして、初めて可能な行動であったろう。
かの大妖に比肩し得る実力者は、現在の妖界には、存在しない。
いや、古今東西を見回しても存在しないと言い換えるべきだろう。
一振りで千の妖怪を薙ぎ倒す、いや、破壊し尽す爆砕牙と、一振りで百の命を救う天生牙。
  “破壊”と“癒し”、相反する代名詞を持つ二振りの名刀を所持する史上最強の大妖怪、殺生丸。
  今回の婚姻は、その卓絶した実力と強大無比な国力を背景にして、初めて実現可能な難事であった。
  来春に向けて、婚礼の準備が、本格的に始まり、急に、各部署の慌ただしさが増した。
それと同時に、水面下の下工作も、益々、活発化し始めた。
今回の交渉などは、その最も端的な例である。
  恐れ多くも、一国の最高神に次ぐ地位にある出雲の大神に、今回の婚儀について一切の干渉を避けるよう要請し、その要求を呑ませるなど、一体、誰が画策した事なのか。
そんな事が出来るのは、神は神でも、人界において絶大なる勢力を有し、尚且つ、高次の存在。
いと高き神々の領域にある者でなければ、為し得ぬ業(わざ)であった。
各界の様々な思惑が、事情が、密接に絡まりながら、事態は、粛々と進行していく。
既に、季節は、初冬に入った。
残された時間は、極、限られている。
  婚儀に関わる者達は、一層、忙しく、手を、頭を、働かせつつ、準備に余念が無い。
間も無く、雪が、降り始めるだろう。
あらゆる物が、白一色に覆われ、大地は、暫し、休息の時につく。
それまでに、出来る限りの下準備、交渉を進めておかねばならない。
そして、雪が解け、緑が蘇り、地上が、一面の花に覆われる頃、殺生丸とりんの婚議が、厳粛且つ壮大に執り行われるだろう。
                  了        2007.11/18(日)完成 ◆◆猫目石
 
 
第四十一作目『神在月(かみありづき)』についてのコメント》
  この作品、出来次第、公開する積もりでいたのですが、ふと、カウンターを見ると、かなり、六万に、近付いていました。大体、三日か四日で到達しそうな気配でした。
それに、今年の出雲大社の神在祭が(11/19)から始まるので、それに合わせて公開する事にしました。
まるで、暫し、公開を待てと神々から指示が下されたかのような感じでした。
ですから、この作品は、六万打達成(予定)記念の御祝いも兼ねています。

出雲大社に管理人が、お参りしたのは、丁度、今から二十年前だったと記憶しています。
日本の縁結びの総本山と言っても過言ではない場所です。
管理人が、お参りした時期は、まるでピタリと照準を合わせたかのように神在月、神在祭の真っ最中でした。当時は、そんな事、全然、知らなくて、その偶然に吃驚するやら、感謝するやらでした。
そして、また、その御霊験のあらたかな事、次の年に、今の旦那と出会い、アレヨアレヨと言う間に結婚してました。
真剣に、結婚を考えてらっしゃる方は、一度、お参りされるのも良いかも知れません。

遥か昔から営々と続けてこられた神在祭という神事。
(何時頃から続いてきたのか正確に判らない程です)
  日本神話を紐解けば、必ず、この出雲の神々の記述に行き当たります。
それ程、重要な神々です。
この作品を書くに当たり不遜な気持ちで書いてはならぬと思い、出来る限り、神棚にお供えをして、二礼二拍手一礼のお参りを欠かさないようにしました。
更に、冒頭にも祝詞(のりと)の決まり文句を入れました。
正に[掛けまくも 畏(かしこ)み 畏(かしこ)み 申す]の気持ちで書き上げました。

                          2007.11/18(日)★★猫目石
 
 

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