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三周年記念作品『鼓動』

トクン・・・鼓動が聞こえる。
耳を澄まさなければ聞こえないような小さな小さな音。
だが、それは確かにりんの心の臓が脈打つ音だった。
拍動するごとに冷えた小さな身体に血が巡る。
一旦は活動を永久に停止したはずの器官が動き出す。
全身を駆け巡る血が新しい熱を生み出す。
色を失った肌に生気が甦(よみがえ)る。
厭(いと)わしい死の臭いが払拭されていく。
入れ替わるように、香り出す馨(かぐわ)しい匂い。
りんに相応しい甘く優しい匂い。
始めは、極々、微かに。
そして、次第に鮮やかに。
鼓動が、匂いが、りんの二度目の蘇生を私に告げる。
だが、まだ、足りない。
この目で、しかと確かめなければ。
ユックリとりんの瞼が持ち上がる。
眠りから覚めたような少しボンヤリとした眼差し。
そうだ、この瞳だ。
夜空のように黒い星のような輝きを宿すりんの瞳。
何時も一心に私を追いかけてきた。
狼に噛み殺されたお前が初めて生き返った時、私が感じたのはチョッとした好奇心と軽い驚きだった。
されど、今、お前の二度目の目覚めに感じているのは・・・・言い知れぬ喜びと限りなく深い安堵の思い。
つい先程まで私の胸に巣喰っていた闇のような恐怖と絶望は跡形もなく消え去っていた。
ヒュ———・・・ゴホッ、ゴホ、ゴホ、ゴホッ・・・
完全に途絶えた呼吸を急に再開したせいだろう。
りんが咽(むせ)て咳き込む。
苦しかったのだろう。
少し涙ぐんでいるりん。
自分でも気付かぬ内に手が伸びていた。
直に触れたりんの頬の感触。
温かい、柔らかい。
血が通っている。
紛れもなくりんが生きている証(あかし)。
頬に触れる私に驚いたのか、りんが僅かに眼を見開く。

「殺生丸・・・さま・・・」

鈴を転がすような愛らしい声が私を呼ぶ。
二度と聞けないかと思ったりんの声だ。

「もう・・・大丈夫だ」

りんに、イヤ、己自身に言い聞かせるように呟いていた。
私が『愛しい』という感情を真に理解した瞬間だった。
それと同時に母の言葉が脳裏に思い浮かぶ。

「・・・二度目はないと思え」

りんの死を前に為す術もなく立ち尽くしていた私に掛けられた言葉。
その台詞が内包する意味は・・・・。
“今度だけは助けてやる”
信じられない思いで見守る私の前で母は徐(おもむろ)に冥道石の首飾りを外した。
そして、首飾りを、か細いりんの首に掛けたのだ。
何が起きるのか。
冥道石がボゥ・・・と輝き出した。
ザァ・・・・光りは、益々、強くなり周囲を明るく照らし出す程に。
眩しい輝きがスウッと吸い込まれるように消えた。
次の瞬間、私は二度目の奇跡を目にしていた。
今回は母と冥道石に助けられた。
だが、今度こそ次はない。
では、どうする。
りんに危害が及ばないようにするには、どうしたらいい。
真剣にりんの今後を考え始めたのは、その時からだった。
奈落を追っている現在は今のままで良い。
問題は奈落を滅して以後。
鉄砕牙に対する執着は今や微塵もない。
犬夜叉の守り刀と知った時点で興味は完全に失せた。
奈落を滅してしまえば人界に留まる理由もなくなる。
西国に戻らねばなるまい。
私は考えを廻らし続けた。
そして導き出した一つの結論。
りんを人里に戻す。
西国は駄目だ。
幼いりんには危険過ぎる。
如何に留守居役が目を光らせているとは云え、主の不在に不満分子が暗躍しているだろう事は容易に推測できる。
戻っても当分は国内の掌握に専念しなければなるまい。
必要とあらば血を流す事態も避けられないだろう。
そんな処へりんを連れていくことは出来ない。
さりとて人界も安全とはいえまい。
未だ戦乱の世の中、危険に満ちている。
そうした状況にも拘らず、りんの成長を阻害せず、尚且つ、安全を確保できる場所。
そんな条件を満たす場所は一つしか無い。
・・・・犬夜叉が身を寄せる村。
必然的に出てきた答えに、内心、私は苦笑せずにはいられなかった。
よもや、この殺生丸が犬夜叉を頼りにする日が来ようとはな。
だが、そうするしか有るまい。
人の仔であるりんは人の中で育たねばならぬ。
そして、りんが成長した暁には、りん自身に選ばせれば良い。
人界で生きるか、私と共に西国で生きるか。
殺生丸は将来の伴侶として、りんを視野に置いていた。
その思考には極僅かな迷いさえ見られない。
既に冥界の中で答えは出ている。
りん以上に大切な者など存在しないのだ。
その絶対的事実の前に全ての障害が霧散していく。
りんが人間であることも幼過ぎることも。
トクン・・・トクン・・・トクン・・・・
一定の間隔を保ちながら途切れることなく打ち続けるりんの鼓動。
愛しい気配を確認しつつ殺生丸は天空の母の城を辞去した。
                 了

                         

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