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『神代櫻(じんだいざくら)③』

執務室を飛び出した殺生丸は厩(うまや)へと急いだ。
一瞬、自力で人界まで飛んでいこうかと考えもした。
しかし、阿吽を使う方が格段に速いし体力も温存できる。
城の中庭に位置する厩(うまや)の前で毛皮にしがみ付いていた邪見を振るい落とす。
小柄な従者は軽く目を回しているようだ。
だが、そんな事は意に介さない。
急いでいるのだ。
容赦なく蹴り飛ばして用を言い付けた。

「邪見、阿吽に鐙(あぶみ)と鞍を置け」

「ハッ、ハイィッ!」

こけつまろびつ厩に向かう従者を無表情に見やる。
阿吽のような巨体に小さな邪見が馬具を着けるのは容易ではなかろうが、幸い、厩舎には馬番がいたらしい。
直(ただ)ちに鐙と鞍を乗せられた阿吽が厩から引き出されてきた。
ヒラリと双頭竜に跨(またが)り、即、飛び立つ。
こちらが命じるまでもなく行き先が判っているのだろう。
阿吽は迷うことなく人界に向かって最高速度で飛んでいく。
殺生丸は双頭竜を駆りつつ思考を巡らした。

(あの桜の花は紛れもなく桜神老のものだった・・・そして花びらに混じって香ってきたのは・・・りんの匂い)
(フン、りんを持て成しているからお前も来い・・か・・・如何にも・・・あのご老体のやりそうなことだ)

「せっ、殺生丸さま、りんの許へ行くのでございますか?」

邪見が阿吽の尻尾にしがみついた体勢のまま訊いてきた。

「・・・・・」

確かに、りんの居る処に向かってはいるが、何時もの村ではない。
無言のままでいると、こういう時だけ妙に勘の良い邪見が、再度、尋ねてきた。

「違うのでございますか。では、どちらへ?」

「・・・・桜神老(おうじんろう)」

一言だけ殺生丸は答えた。
これだけで邪見には大方の推測がつく。
殺生丸の従者は頭が鈍くては務まらない。
極端に少ない主の言葉から可能な限り心中を推察し事態を把握しなければならないのだ。
その点、邪見は優秀だった。
一言多い性格が玉に瑕(きず)だが。
阿吽を駆けさせること一時(約二時間)、桜神老の樹が見えてきた。
樹の下では犬夜叉と仲間どもが浮かれ騒いでいる。
異母弟の連れどもに目をやるが、りんは見当たらない。
言うまでもなく、桜神老の結界の中に居るのだろう。

(フッ、相変わらず姦しい奴らだ)

少し離れた場所に阿吽を降下させる。
目ざとく犬夜叉が兄の匂いに気付き視線を寄こしたが気にする必要もないと思ったらしい。
また、仲間達に視線を戻した。
殺生丸は、そのまま地上からス———ッと浮き上がり満開の桜の上に立った。
すると、何もない筈の足元の空間が揺らめいた。
ポッカリと穴が開く。
結界だ。
殺生丸が足を踏み入れると、そのまま内部に引き入れられるように沈んでいく。
大妖の姿が完全に呑み込まれると、また静かに結界が閉じた。
強大な妖気が周囲の場を圧する。
殺生丸の発する凛冽な妖気が結界内にヒシヒシと伝わっていく。
小物の妖怪なら、その尋常ならざる妖気に恐れ戦(おのの)き裸足で逃げだすだろう。。
桜神老が、りんに殺生丸の到着を告げる。

「りん、どうやら、そなたの待ち人が着いたようだ」

「エッ、もしかして・・・・殺生丸さまが?」

「ウム、程なく此処までやって来よう。フフッ、相変わらず何と気の短い」

待つ程もなく殺生丸が現れた。
桜神老に取っては、ほぼ二百年ぶりの再会であった。
脳裏に少年の頃の殺生丸を思い浮かべ今現在の殺生丸とを見比べる。

(ホォッ・・・・これは中々。最後に逢った時は、まだまだ少年の域を出なんだが。闘牙亡き後、西国を出奔し、随分、荒れたと聞いておったがな。フム、見事に成長したものよ)

お気に入りの孫を眺めるように桜神老は目を細めた。

「殺生丸さまっ!」

りんが喜色満面で叫んだ。
頬に赤味が増し瞳が輝く。
満開の桜にも負けない笑顔だ。

「りん・・・・桜神老」

まず、りんに、それから、己を此処まで呼んだ樹仙に目をやる殺生丸であった。

「久しいな、殺生丸。かれこれ二百年ぶりになるかな。どれ、まずは一献(いっこん)傾けようぞ」

桜神老が笏(しゃく)を軽く一振りした。
後方に控えていた桜の女房衆が今度は霊酒と酒器を載せた膳を捧げ持っている。
りんの隣に座った殺生丸が盃を取った。
馥郁(ふくいく)たる香りの酒が注がれる。
霊酒を、一口、味わった殺生丸が呟(つぶや)く。

「・・・・霊妙な味だな」

「フォッフォッ、さもあろう。仙界の神泉苑にて造られた御神酒(おみき)じゃ。これ、客人に舞を」

桜神老の言葉に応えて桜の女房衆が舞を始めた。
舞にあわせて何処からともなく笙(しょう)やひちりき、竜笛(りゅうてき)の音(ね)が聞こえてくる。
翻(ひるがえ)る濃淡の違う桜色の十二単、ユラユラと揺れる冠に飾った桜。
それは見る者をして夢かと思わせる幽玄な美しさに満ちた舞だった。


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【霊妙】:人知では計り知れない程、優れていること。

【笙(しょう)】:雅楽に用いる管弦楽の一つ。吹き口のある壺に七本の竹の管を環状に並べたもの。笙の笛。

【ひちりき】:雅楽用の管弦の一種。中国から伝来した竹製のたて笛で表に七つ、裏に二つの指穴がある。音は高音で哀調を帯びる。

【竜笛(りゅうてき)】:雅楽に使われる横笛。詳しくは作品『竜笛』を参照。


※『神代櫻(じんだいざくら)④』に続く
 

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