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『名残りの桜②』

こうして互いに二千年もの長寿を誇る樹仙が酒盛りを始めた。
皓々と輝く月の光に照らされた穏やかな春の宵。
時折、サヤサヤと樹の枝を揺らす風の音だけが静寂を乱す。

「さて、それでは聞かせてもらおうか、朴仙翁。情報通のそちの事だ。微に入り細を穿(うが)つように実情を知っておろう。生憎(あいにく)、わしは、ここ数年、病(やまい)で臥せっておったのでな。その間の事情が全く判らん。そちが知る限りの経過を教えてくれんか」

盃(さかずき)を手に桜神老が朴仙翁に話の続きを促がす。

「フム、殺生丸が犬夜叉に左腕を斬られたことは話したな。皮肉な事に、選(よ)りにも選(よ)って己が切望する鉄砕牙で斬られたのだ。マア、あ奴自身、犬夜叉を殺す積りだったのであろうからな。それを思えば身から出た錆(さび)とも云える。ともかく、そんな目に遭えば諦めるのが通常の者であろう。だが、殺生丸は違った。益々、闘志を燃やしたのだ。そこに奈落という半妖が拘ってくる。この奈落、元々は犬夜叉と因縁が有ってな。犬夜叉を亡き者にしようと目論んでおったのだ」

「何故だ。その奈落とかいう半妖と犬夜叉の間には、どんな因縁が有ったのだ?」

「良く有る話だ、桜神老。男と男がいがみ合う。その原因は?大概、女に決まっておろうが」

「ハッ、女の取り合いか?」

ピクリと桜神老が片眉を跳ね上げた。

「まあ、話を煎じ詰めれば、そうなるかな。詳しく話し出すとキリが無くなる。ともかく、奈落は犬夜叉に怨みを抱いておった。其処で同じように犬夜叉を憎む殺生丸に目を付けた。桜神老、お主も四魂の玉の事は聞いておろう」

「四魂の玉?アア、あれか。人間の巫女と妖怪の魂が混ざり合ったとか云う妙な玉の事だな。あの玉を巡って、随分、人間や妖怪が争い続けておったな」

如何にも興味なさそうに桜神老が四魂の玉について話す。
二千年もの歳月を重ねてきた樹仙に取っては何程の事でもないのだろう。

「その四魂の玉が犬夜叉と奈落に深く拘ってくるのだ。五十年ほど前、犬夜叉は四魂の玉を守っていた人間の巫女と恋に落ちた。犬夜叉は大妖怪の父と人間の母との間に生まれた半妖。その血の半分は妖怪、もう半分は人間だ。人の血が人を求めさせるのか。そのまま、何事もなく巫女と上手く行けば良かったのだが、其処に奈落が絡んでくる。奈落は鬼蜘蛛とかいう野盗の魂を核に生まれた半妖でな。そ奴、鬼蜘蛛が巫女に惚れておったのだ。完全な岡惚(おかぼ)れだが、だからと云って引き下がるような者ではない。野盗をしておったくらいだ。欲しければ奪う、そういう考えが身に染(し)み付いた輩(やから)であろう。その妄執に妖怪どもがつけ込んだ。そ奴の身体を喰らい魂を取り込んだのさ。そうして誕生したのが半妖の奈落だ。その半妖が犬夜叉と巫女との仲を引き裂いた。わざわざ互いに裏切られたと思い込ませてな。結果、犬夜叉は巫女に封印され、巫女は死んだ。これが五十年ほど前の犬夜叉の封印の真実だ。巫女の死と共に四魂の玉の消息はプッツリと途絶えた。そして、今から三年、イヤ、四年前になるかな。突然、四魂の玉が出現した。同時に犬夜叉の封印も解かれた。封印を解いたのは死んだ巫女の生まれ変わりでな。それが犬夜叉の今の女房と聞いておる。確か、かごめとか云う名だった」

朴仙翁の言葉に聞き覚えがあるのだろう。
桜神老が口を挟んできた。

「かごめ?アア、あれか、あの巫女姿の。ホホッ、犬夜叉め、完全に女房殿の尻に敷かれておるな。何ぞ気に入らぬ事でもやらかしたのか、あの巫女が『お座り』とか言うたら、犬夜叉の奴、地べたに、こっ酷(ぴど)く叩き伏せられておったのだ。あれは魂鎮めの言霊だな。犬夜叉の首に掛かっている念珠が言霊に反応する仕組みになっておる。生半可な力では外せまいて。ククッ、あれでは、まるで犬の首輪だな。尤も、犬夜叉は化け犬の血が半分混じっておる半妖だからな。まるっきりの見当違いという訳でもあるまい」

「マア、そう言ってやるな、桜神老。あれで犬夜叉とかごめは三年も離れ離れになっておったのだ。奈落と四魂の玉の消滅に絡む因果のせいでな」

「ホォッ、ようやっと消滅したのか。実にしぶといな、四魂の玉は」

「ウム、あの玉は今生(こんじょう)に対する執着が怖ろしい程に強くてな。五百年の長きに亘(わた)って悪しき因果を廻(めぐ)らし続けたのだ。それが為に時さえも歪めてな。だが、破魔の巫女、かごめによって遂に消滅させられた。思えば、その為に、この時代に呼び寄せられたのだろうな、かごめは。だからこそ役目を終えたと同時に元の世界へ連れ戻された。犬夜叉が、この時代へ戻されたように。そして、そのまま終わるかと思ったのだが。つい先頃、三年ぶりに、かごめが戻ってきたのだ。犬夜叉とかごめ、双方の強い思いに天が応えたのだろうな。取り分け犬夜叉の願いにな。わしらのような者にすれば三年如き何ほどの物でもなかろうが、短命の種にとっては決して短いとは云えぬ長さの時だ。まして、もう一度、逢える保証は何処にも無かったのだからな。それを思えば地べたに叩き伏せられる痛みさえ犬夜叉に取っては喜びであろう」

「そうか、闘牙の次男は人の娘と結ばれたか。見た処、似合いの番(つがい)のようだ。あの細君なら犬夜叉も幸せになれよう。それにしても詳しいな、朴仙翁。まるでその場で見ておったかのようではないか」

桜神老の指摘に朴仙翁の顔が揺らぐ。
年輪を刻んだ顔に微笑みらしき物が浮かぶ。

「それはそうであろう。わしはお主と違って、この場を動けん。だからこそ、この地を訪れる鳥や獣を全て手なずけておる。わしの目となり耳となってもらう為にな。その者らが齎(もたら)す情報は、どんなに些細な物であろうと聞き漏らさん。取り分け化け犬の兄弟に関する事はな。そうして得た膨大かつ断片的な情報を慎重に繋ぎ合わせ組み合わせていく。すると自然に真実が描き出されてくる。欠け落ちた部分は推測で補えばいい。フォッフォッ、思索は、元々、わしの得意分野だからな。さして難しいことでもない」

「其処だ、それが、わしには出来ん、朴仙翁。その際限のない持続した思索がな」

「仕方なかろう、桜神老。お主は樹仙にして花仙でもある。取り分け花の中の花と謳われる桜の精だ。お主の本質は花を咲かせることに有る。花が謎解きなどしようか。花は、唯、其処にあるだけで良い。見る者をして桃源郷に誘い溜め息を吐(つ)かせる。それこそが花の本分」

朴仙翁から返された思いがけない言葉に虚を衝かれ、桜神老の盃を運ぶ手が、ピタリと止まった。
しかし、次の瞬間、桜の精の顔は、これ以上ない程に笑み崩れていた。

「クッ・・・ククッ・・・・そうか、そうであったな。フフッ、まさか、そちのような朴念仁に諭(さと)されようとは。ハハハッ、これは愉快、愉快」

「ムウッ、朴念仁だと、失敬な奴だな、桜神老」

朴念仁と云われ些(いささ)か気分を害した朴仙翁を桜神老が宥(なだ)める。

「クククッ、そう怒るな、朴仙翁。仕方なかろう、そちは何時も思索に耽(ふけ)ってムッツリと無愛想だからな」

「フン、そうそう、お主のように誰彼構わず愛想を振り撒(ま)けるか。浮気な桜の精め」

「ホホホッ、その通り、わしは桜の精よ。さればこそ相手を選ばず花を愛でてもらわねばならん.。愛想も振り撒(ま)こうぞ。そして花は花を知るもの。それ故、あの人の花が気に掛かるのだ、朴仙翁」

桜神老の言葉に、暫時(ざんじ)、訝(いぶか)しみ眉をひそめた朴仙翁だが、直ぐさま誰を指しているのか思い当たったのだろう。
躊躇(ちゅうちょ)せず言葉を返した。

「人の花?・・・そうか、りんの事だな」

「察しが良いな、朴仙翁。そうだ、あの、りんという娘、人の仔でありながら幽冥界の匂いがした。それは尋常ではない。如何なることぞ。そちならば答えてくれよう」

「フム、お主も気付いたか、桜神老よ。あの娘、りんはな、一度、天生牙で 生き返っておるのだ」

「天生牙、では、殺生丸は、あの刀を使ったのだな」

「方斎(ほうさい)から聞いた話では、そうだ」

「方斎というと・・・・梟(ふくろう)族の長(おさ)ではないか。驚いた、そちは随分と顔が広いのだな、朴仙翁よ」

「フォッフォッ、考えてもみろ、桜神老。鳥はアチコチに出没する故、情報を集めるには打ってつけ。だがな、鳥目(とりめ)という程だ。殆どの鳥は夜目が利かん。その点、梟族は夜にこそ動く。夜間の隠密活動には持って来いの種族よ。前々から渡りをつけておこうと考えておったのでな。ホレ、お主も良く知っておろう。“白鷺のお爺(じじ)”の異名を持つ白鷺族の長老の源伍。あ奴に仲立ちを頼んでおいたのよ」

「成る程、白鷺の源伍か。そちとは博識同士で気が合っておったな。では話を戻そう。まず、一度、りんは死んだ。だが、殺生丸が天生牙を使って蘇生させた。為に、りんから幽冥界の匂いがするのだな」

「その通り。だがな、桜神老、どうも、それが一度きりではないらしいのだ」

「何とっ! 一度ならず二度までも、りんは死んだというのか?」

信じがたい朴仙翁の言葉に流石の桜神老も耳を疑った。


【岡惚れ】:①相手の心に関係なく一方的に好きになること。片思い。②決まった相手のいる人に恋すること。横恋慕。

【本分】:本来の務め。尽くさなければならない義務。

【幽冥界】:死後の世界。冥土。あの世


※『名残りの桜③』に続く



 

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