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名残りの桜③』

「確証は無い。だが、どうも、その節がある。以前、殺生丸は、りんと、もう一人の人間の少年、琥珀なる者を連れて自身の母親の館、天空の城を訪ねておる。勿論、従者の邪見もな。理由は明白。奈落の分身、赤子の操る魍魎丸との闘いで殺生丸は闘鬼神を失った。その後、刀々斎が武器として天生牙を打ち直した。天生牙の繰り出す技、冥道残月破は冥道を以って敵を消滅させる技。だが、その冥道が、どうしても拡がらぬ、真円にならぬ。業を煮やして殺生丸は母親を訪ねた。冥道を拡げる方法を知る為にな。天空の城を訪問後、冥道は飛躍的に拡がった。にしても、それは、どのような方法で?その方向へ思考を進めていくと、どうしても冥道石に突き当たる。冥道石、生前、闘牙が持っておった冥界の宝玉。今は奥方の“狗姫(いぬき)の御方”が持っていると聞く。あれは冥界と現世とを繋ぐ石だ。冥道石を使えば冥界の使者を呼び寄せることが可能になる。冥界の使者と戦い打ち負かせば冥道は拡がる。でなければ、殺生丸自身が冥界に赴き主(ぬし)を倒さなければならん。その際、どうも、りんが冥界に連れ去られたようなのだ。生者(せいじゃ)が冥界に連れていかれる。それは即ち『死』を意味する。まして人間の幼子など冥界の霊気に当たっただけで息絶えてしまおう。琥珀という少年も一緒に連れて行かれたが、あの者は、四魂の欠片で生を繋いでおる存在、謂わば生きた死者。元々、死んでおるからな。さして影響は無かったようだ。だが、りんは違う。冥界から戻ってきた殺生丸は隻腕に死んだりんを抱えておったらしい。天生牙が死者を蘇生させるのは一度きり。りんは既に天生牙で生き返った身。天生牙での蘇生は叶わぬ。殺生丸には手の打ちようがない。では、どうなったのか。“狗姫の御方”が冥道石を使ったらしい。それで、りんは息を吹き返したようだ」

「フゥ~~~ッ、とんでもない話だな、朴仙翁。わしも今生(こんじょう)にあって長いが、二度も生き返った話は聞いた事がないぞ。一度だけなら少数だが前例がない訳ではない。事実、闘牙が助けた犬夜叉の母がそうだ。だが、二度となると、わしの二千年の生を以ってしても記憶にない」

「確かに。それ故、あの娘は特別な存在なのだ、桜神老よ」

「最早、人としての範疇(はんちゅう)を超えておるな、朴仙翁」

「如何にも。これは推測だが、殺生丸が、りんと出逢ったのも偶然ではなかろう。精妙な因果の導きを感じるのだ」

「そうだな、そちは思索の末に答えに辿り着く、朴仙翁。だが、わしは直感で、それを感じ取るのだ。どうして、そうなのかなどとは聞くな。わしにも判らんのだから。だが、それが間違っていた事はない。一度もな」

不意に桜神老が居ずまいを正(ただ)し朴仙翁に向き直った。

「頼みが有る、朴仙翁」

「何だ、急に改まって」

「殺生丸とりん、両者の行く末を見届けてくれ。わしの代わりに」

「どういう意味だ。穏やかではないな、桜神老。まるで、この世に別れを告げるかのような・・・・まさか、そうなのか」

「わしの寿命は間もなく尽きる。今年中にな」

「馬鹿な、お主は流石に若い頃とまではいかんが充分に生気横溢(おういつ)しておるではないか。何故に、そのような・・・・」

「理由は聞くな。知らぬ方がいい」

「この朴仙翁に理由を聞くなだと。酷なことを、何故だ、桜神老」

「知れば要らぬ波紋が生じる。そちになら判ろう。ごく僅かにでも干渉すれば物事は全く違う様相を見せる恐れが有ると。この世は微細な因果の糸が張り巡らされた舞台だ。その糸を、極々、僅かでも乱したくないのだ。今のまま推移させたい。今後、殺生丸とりんの運命は激動の波に晒(さら)される。過酷な運命に出来るだけの命綱は投げておいた。後は両名の互いを思う心の強さに賭けるのみ」

「翻意(ほんい)の余地は全く無いのか、桜神老」

「無い」

「何もせず粛々(しゅくしゅく)と死出の旅路に赴(おもむ)く積りか。だが、それでは、名にし負う『神代櫻(じんだいざくら)』の系譜が途絶えてしまうではないか」

「その点は心配せずとも良い。かれこれ千五百年前、甲斐の国に根付いた息子がおる。あれが、わしの跡を立派に継いでくれようさ。それにな、わしの子や孫、玄孫(やしゃご)は、この秋津島の国全土に根付いておる。わしが居なくなっても春が巡ってくれば、皆、艶やかに花咲こう」

「・・・・桜神老」

「済まぬな、こんな事を頼んでしまって。だが、そちにしか頼めぬのだ、朴仙翁。この二千年、わしは存分に生きた。思い残す事はない。心残りが有るとすれば、唯ひとつ、殺生丸とりんの事。あれらの行く末が気に掛かってならぬのだ。頼む、聞き届けてくれ、朴仙翁」

「・・・・判った。委細承知しよう」

断腸の思いで朴仙翁は旧友の願いを聞き届けた。

「引き受けてくれるか、朴仙翁。有り難い。これ、この通りだ」

天下無双の美しさを誇る桜の中の桜、『神代櫻』、荘厳なまでの神々しさに神とまで称えられた桜の長老、桜神老。
その誉(ほま)れ高き桜の精が膝を正し朴仙翁に向かい恭(うやうや)しく頭を下げる。

「これが・・・・今生の別れなのだな、桜神老」

「さらばだ、朴仙翁」

それが最後の別れの言葉となった。
ヒュウゥ~~~~~~
急に突風が巻き起こり薄紅色の花びらが風に激しく舞う。
風が治まった後、朴の大木の根元には桜の花弁が夥(おびただ)しく散っていた。

「・・・・あ奴も逝くか」

ポツリと朴仙翁が漏らした言葉に呼応するように雨が降り始めた。
ポツ、ポツ、雨足は次第に激しくなり土砂降りに変わった。
朴の巨木も雨に洗われスッカリ濡れそぼってしまった。
年輪を刻んだ皺深い樹仙の顔から、しとど流れ落ちる雫は雨か、はたまた涙だろうか。
瞼(まぶた)を閉じ暫(しば)し瞑目すると朴仙翁は幹の中に顔を深く埋(うず)めた。
月も星も隠れた漆黒の闇の中、大地に降り注ぐ涙のような雨の音だけが聞こえていた。      了


【範疇(はんちゅう)】:同一性質のものが全て含まれる部類。部門。カテゴリー。

【横溢(おういつ)】:①液体が溢れる。②溢れんばかりに盛んなこと。

【翻意(ほんい)】:決心、意思を変えること。

【粛々(しゅくしゅく)】:①厳(おごそ)かなさま。②静かでひっそりしたさま。

【断腸の思い】:はらわた(腸)がちぎれる程、辛く悲しいこと。


 

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