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『早蕨(さわらび)①』

岩走る 垂水(たるみ)の上の さわらびの 萌え出(い)づる春に なりにけるかも


志貴皇子(しきのみこ) 万葉集より出典


冬場は凍り付き音もなく静まり返っていた滝が蘇(よみがえ)る。
雪解け水が勢い良く岩場に流れ落ちる。
迸(ほとばし)る水の音は命の賛歌。
大地が目覚める。
樹々の新芽が、早蕨(さわらび)が顔を出す。
くすんだ焦げ茶色の中に潜む瑞々しい若葉の色。
硬直した世界に輝かしい色調が戻り始める。
日毎(ひごと)に明るさを増す陽射し。
時おり思い出したかのように冬の寒さが舞い戻りはするものの、春の踊るような行進を止(とど)めることは出来ない。
梅の花が綻び野山に霞が立つ。
早春の息吹きに満ちた光の中、僧形の男が一軒の庵(いおり)を訪れた。
墨染めの衣、紫の袈裟(けさ)、右手には錫杖(しゃくじょう)。
僧形ではあるが剃髪をしていない。
総髪のままだ。
それも、前髪を垂らし残りの髪は項(うなじ)の辺りで束ねている。
両耳に嵌められた耳礑(じとう)といい、益々もって普通の僧とは思えない。
僧は僧でも男は法師であった。
一般の僧侶に比べ戒律が緩(ゆる)い。
総髪も耳礑(じとう)も、その表れである。
法師の名は弥勒、村に住み着いている半妖、犬夜叉の仲間である。

「楓さま、いらっしゃいますか」

庵の中から老女が顔を出す。
楓に初めて会う者は、まず隻眼に驚かされる。
刀の鍔(つば)を眼帯にして右目に掛けているのだ。
異形の巫女である。
しかし、残った左目に宿る光は思慮深く、楓に対する村の者達の信頼は厚い。
事実、巫女の霊力は何度も村の危機を救ってきた。

「おお、法師殿ではないか。暫(しばら)く顔を見なんだが珊瑚は元気か?」

弥勒の妻、珊瑚は、つい先頃、三人目の赤子を産み、そのお産を助けたのが巫女の楓であった。

「はい、その節は大変お世話になりました。産後の肥立ちも良く息子ともども元気にしております」

「そうか、そうか、それは良かった。何はともあれ中に入って白湯(さゆ)でも飲みなされ」

「はい、お邪魔します」

一見、何処にでもありそうな粗末な庵。
だが、中に入れば見事な家具調度に目を奪われる。
李朝の白磁の壺、白檀(びゃくだん)の箪笥(たんす)、唐(から)渡りの青磁の椀、衣桁(いこう)に掛けられた小袖は蝶が舞い飛ぶ縞模様の紬(つむぎ)。
都ならイザ知らず、よもや、こんな田舎で目にしようとは夢にも思わない贅沢な品々。
目利きが見れば、イヤ、素人目であっても、一目で、とんでもなく高価な物ばかりだと看破(かんぱ)するのは間違いない。
どれもが大名屋敷にあっても可笑しくないような逸品揃いである。
そんな上物が、至極、無造作に置かれているのである。

「おや、りんは何処に?」

弥勒が楓の養い仔の姿を探す。

「アア、例によって、あの御仁がおいでなのでな」

「ハハァ、殺生丸ですか。それにしても、律儀(りちぎ)なことで。前回、村に来たのが、確か四日前。キッチリ三日おきの訪問ですな。」

「そうさな、いくら逢いに来るとりんに約束したとはいえ・・・・。イヤハヤ、判で押したような几帳面さだ」

「殺生丸が村に来る度、娘達は気も漫(そぞ)ろでソワソワと落ち着きがなくなります。困った物です。今では誰も私に見向きもしません。これでも、以前は、結構、女子(おなご)に人気があったのですが」

「仕方あるまい。独り者ならイザ知らず、今では妻帯して三人もの子持ちの身。それに、法師殿、お主、今の境遇に満足しておろう」

「そうですね。確かに」

フッと弥勒が柔らかく微笑む。
恋女房の珊瑚のことでも思い出しているのだろう。

「独り者といえば、法師殿、犬夜叉はどうしておる?」

「犬夜叉ですか。相変わらず元気ですよ。この頃は我が家の双子にオモチャにされてます。あの犬耳が甚(いた)くお気に入りのようで」

「そうか。かごめも、あの犬耳が気に入っておったな」

楓の脳裏に懐かしい少女の面影が甦る。

「楓さま、かごめさまは、もう戻ってこないのでしょうか?」

弥勒は、かごめが冥道に消えたあの日以来、抱き続けた疑問を老いた賢い巫女にぶつけてみた。
かごめは、或る日、突然、骨喰いの井戸を通って現われた不思議な少女だった。
五百年後の世界から来たという。
信じられないような話だったが、かごめは体内に四魂の玉を持っていた。
それは、かごめが楓の亡き姉、桔梗の生まれ変わりだという動かし難い証拠だった。
かごめの出現に呼応するように犬夜叉が五十年の封印から目覚めた。
同時に次から次へと厄介な事件が続出した。
まず、四魂の玉が、かごめ自身の破魔の矢によって砕け散ってしまった。
そこから必然的に犬夜叉とかごめによる四魂の欠片捜しの旅が始まった。
四方八方に四魂の玉が砕け散ったせいで欠片の争奪戦がアチコチで始まりだした。
人と人、人と妖怪、或いは妖怪同士の間で、欲が欲を呼び、おぞましい所業が繰り返される。
そして、信じられない事態が出現した。
何と、鬼女、裏陶(うらすえ)が、四魂の欠片を集めさせる為、五十年前に亡くなった桔梗を甦らせたのだ。
本来、有ってはならない過去世(桔梗)と来世(かごめ)が現世(戦国時代)において遭遇してしまったのだ。
犬夜叉と桔梗が再会したが為に次々と明らかになっていく驚愕の事実。
複雑に絡み合っていた謎が解き明かされていく。
徐々に見えてくる真実。
遂に、五十年前の悲劇の真相が判明した。
洞穴に匿(かくま)われていた夜盗、鬼蜘蛛が桔梗に寄せる妄執と四魂の玉を狙う妖怪どもの思惑、両者の利害が結びつき、その結果、鬼蜘蛛の魂を核に数多の妖怪が一つになって“半妖”奈落が誕生した。
その奈落の姦計によって犬夜叉と桔梗は互いに裏切られたと思い込まされていたのだ。
奈落こそが犬夜叉と桔梗が憎むべき真の敵だった。
弥勒と七宝、珊瑚と雲母は、四魂の玉にまつわる過去の因縁(いんねん)と現世の由縁(ゆえん)が複雑に絡まり合った末に巡り合った仲間だった。
何度も激しい戦闘が奈落との間で繰り返された。
四魂の玉が完成に近付けば近付くほど、一層、妖力を増していく奈落。
そんな中、桔梗が奈落の張り巡らした蜘蛛の糸の計略に落ち今生から去った。
奈落は最後の欠片を琥珀から奪い四魂の玉を完成させた。
遂に最後の決戦が火蓋(ひぶた)を切った。
戦いは地上ではなく空中で始まった。
大蜘蛛に変化した奈落の体内で。
熾烈を極めた攻防戦は村が危うく壊滅寸前に追い込まれるまでに激しかった。
しかし、犬夜叉の兄、殺生丸の協力もあって、遂に奈落は滅された。
だが、四魂の玉は、かごめの破魔の矢に射抜かれながらも消滅しなかった。
それどころか、奈落の最後の願掛けにより、かごめが冥道に呑み込まれてしまった。
更に骨喰いの井戸までもが忽然と消失してしまったのだ。
全ては四魂の玉が、奈落に、そう願わせたせいだった。
犬夜叉は、独り、かごめを追い冥道に乗り込んでいった。
残された者達は為す術もなく、唯々、犬夜叉とかごめの無事を祈り待ち続けるしかなかった。
三日後、光の柱が立ち、骨喰いの井戸は元の場所に何事も無かったかのように存在した。
そして、犬夜叉だけが井戸を通って戻ってきた。
かごめは戻ってこなかった。
犬夜叉に問い質しても、「かごめは無事だ」と答えるのみ。
頑として、それ以上の詮索を許さなかった。
その後、三年間、犬夜叉は貝のように堅く口を閉ざしたままだった。

※『早蕨(さわび)②』に続く

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