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『早蕨(さわらび)⑤』

先程からジッと考え込んでいた楓が、ふと真顔になった。
考えが纏(まと)まったらしい。
何かを確かめるかのように楓が弥勒に訊ねた。

「りんと殺生丸の出会いには鉄砕牙が関係していると聞いておるが、法師殿、真(まこと)か」

「ハイ、殺生丸が風の傷を受けたのが切欠と思われます。あの時、天生牙が結界を張って殺生丸を守り今では廃村となった村の外れの森に運んだようです。その後、鋼牙が狼どもを率いて、その村を襲ってます。その際、りんも狼どもに噛み殺されたのでしょう。これまでに聞いた事から判断して、まず、間違いないと思われます。」

当時の状況を思い返して邪見が興奮して話し出す。

「あの時は、もう、どんなに心配したことか。阿吽に乗ってアチコチ殺生丸さまを捜しまわったわい。やっと見つけ出した時、殺生丸さまは大怪我を負われて血塗れで、わしゃ、胆が潰れるような思いをしたんじゃっ!」

微に入り細を穿(うが)つ邪見の説明は続く。

「妖鎧の前立ては崩れ落ち、お召し物もボロボロで、それは酷い有様じゃった。それにも拘らず起き上がられ急に或る方向に向かって歩き出されたんじゃ。付き従っていくと狼どもが何かに集(たか)っておるのが見えた。それが、りんじゃ。狼に噛み殺されておった。餌にされたんじゃろうな。まだ喰い足りないのか、狼どもめ、りんの亡骸(なきがら)に未練たっぷりじゃったが、殺生丸さまのひと睨みで逃げていきよった。そのまま踵(きびす)を返そうとした殺生丸さまが、何を思われたのか、亡骸に向き直って天生牙を抜き放たれた。そして、虚空に向かって天生牙を振るわれたんじゃ。何かを斬られたのは確かじゃ。音がしたからな。その後、殺生丸さまは、りんを右腕で抱きかかえられ様子を窺(うかが)っておられた。すると驚いたことに、りんが息を吹き返したんじゃ。わしゃ、吃驚仰天(びっくりぎょうてん)したぞ。あっ、あんなに人間を嫌っておられた殺生丸さまが人間の小娘を助けられたんじゃからな。あの頃は、何故、殺生丸さまが、あんなみすぼらしい人間の小娘に関心を持たれたのか、とんと見当がつかなんだが・・・・。わしが必死になって殺生丸さまを捜し回っておった数日の間、何が起こっていたのか。りんに問い質してもサッパリ要領を得んし。ともかく、余人には窺い知れぬ何かが有ったんじゃろうな」

邪見の後を引き継ぐように今度は弥勒が話し始めた。

「その後、殺生丸は鉄砕牙の代わりに闘鬼神を手に入れたんですよね。殺生丸の完全なる大妖怪の力に目を付けた奈落は、卑怯にも、りんを人質に己の結界に誘い込みました。殺生丸を自分の中に取り込む為です。奈落の目論見は、幸いにも叶いませんでしたが。犬夜叉が赤い鉄砕牙で結界を斬りましたからね。以来、殺生丸に取っても奈落は宿敵となります。それも、恐らくは自分を取り込もうとしたせいではなく、りんを琥珀に殺させようとしたからでしょう。兄弟揃って同じ敵を付け狙うようになったのです。白霊山でもそうでしたが、あの世の境でも同様でした。その後、奈落を裏切った分身の赤子が操る魍魎丸との戦いにおいても、結果的には協力する形になってます。魍魎丸との戦いで闘鬼神を失った殺生丸は今度は冥道残月破という新たな技を手に入れます。あれは刀々斎殿が天生牙を打ち直したからでしたよね、邪見殿」

「アア、そうじゃ。魍魎丸との戦いで闘鬼神を失ったのは、さしもの殺生丸さまにも相当堪えたんじゃろうな。海辺で独り黄昏(たそがれ)ておられたわ。そんな時、いきなり刀々斎が現われて天生牙を持ち帰ったんじゃ。武器として打ち直すと云うてな。当初は細い三日月のような形の冥道じゃったが、以前、話したように冥界での戦闘を切欠に、大分、真円に近くなった。そして皮肉なことに真円になった途端、何の因果か、犬夜叉に譲る羽目になったんじゃ」

「殺生丸に取っては、さぞかし業腹(ごうはら)だったでしょうな。あれ程、苦労して育てた技を譲り渡さねばならないとは」

殺生丸の心情を察して話す弥勒に邪見が噛み付く。

「当たり前じゃろうが。鉄砕牙を望めども手に入るどころか左腕は斬られるわ、風の傷は喰らうわ、代わりに手に入れた闘鬼神は失うわと散々な目に遭われたのじゃ。そしたら役立たずと思っていた天生牙が思いがけず武器に変わったんじゃ。冥道残月破を手に入れられた殺生丸さまが、どんなに精進されたことか。それなのに犬夜叉なんぞにポイとくれてやらなければならんとは。骨折り損のくたびれ儲(もう)けではないか」

「確かにそうですが、そうすることによって殺生丸は爆砕牙と左腕を得たのですよ。結果的には良かったじゃありませんか。ねえ、邪見殿」

「頭では、そう納得しても感情的に収まらんのじゃ」

「まあまあ、そういきり立たず理性的に考えてみましょう。冥道残月破は確かに凄い技ですが、爆砕牙には遠く及びません。だって、そうでしょう。犬夜叉が冥道残月破を撃ったとしても一度に片付けられる敵の数は高(たか)が知れてます。精々、妖怪百匹あたりが良い所でしょう。それに比べ爆砕牙は一度(ひとたび)振るえば千もの敵を屠(ほふ)ることが可能です。殺生丸が、その気になれば、もっと多くたって平気の平左でしょう。それに数だけでは有りません。一旦、爆砕牙の攻撃に晒(さら)された対象を取り込めば無傷の敵さえ破壊されてしまうという怖るべき特性を持ってます。神の怒りその物のような刀です。あんな刀を滅多な者が持って良い訳がありません。そう、天に選ばれた存在にしか持てない刀ですよ、爆砕牙は。殺生丸が奈落との最後の戦いに加勢してくれて本当に助かりました。私達だけで奈落を倒すことは、まず、不可能だったでしょうから。爆砕牙の驚異的な力無くしては」

「ムムッ、そっ、そう思うか、法師よ」

弥勒の言葉にチョッピリ気を良くした邪見が問い掛ける。

「ハイ、邪見殿も、実際に目にして御存知のように奈落は何千、イヤ、何万もの妖怪を己の中に取り込んでいました。無尽蔵といっても可笑しくない程の膨大な質量です。そんな奈落を葬るには、どうしても殺生丸の爆砕牙が必要でした。尤も、それを知っていたからこそ曲霊(まがつひ)が、りんに憑依して奈落の体内に連れ去ったんでしょうけどね。殺生丸の持つ二振りの剣、天生牙と爆砕牙を封じる為に。曲霊は天生牙を怖れていました。奴は、四魂の玉から出て来たこの世の者ならぬ悪霊ですからね。天生牙だけが奴を斬ることが出来ます。そして、爆砕牙、あの剣が振るわれれば奈落に勝ち目は有りません。だからこそ、殺生丸に取って唯一の弱点、りんを拉致したのです。りんを救出しない限り、絶対に、殺生丸は爆砕牙を振るえない。相手の弱点を掴むことに長(た)けた奈落らしい卑怯なやり方です。それに戦っている最中は夢中で気が付きませんでしたが。今にして思い返してみると・・・・。どうも奈落は自分の最期を悟っていたのではないかと思えてならないのです」

「奈落がかぁっ?!」

邪見が素っ頓狂な声を上げた。

「法師殿、そう考える根拠は?」

楓が弥勒に訊ねる。

「爆砕牙の出現と四魂の玉の完成です。奈落は鬼蜘蛛を核に無数の妖怪どもが融合して誕生した半妖です。鬼蜘蛛の心は桔梗さまを望み、妖怪どもは四魂の玉を。奈落は相反する望みを同時に持つ存在でした。その為、桔梗さまを慕う人間の心を一度、体外に出した程です。楓さまも御存知でしょう、あの顔のない男、無双です。しかし、時期が早すぎたのか、再度、奈落は無双を体内に取り込んでいます。そして、遂に白霊山で鬼蜘蛛の心を分離させてます。その後で桔梗さまを瘴気の谷に落とし込んだのです。しかし、桔梗さまは死ななかった。それどころか、奈落の支配下から逃げ出した琥珀を連れ歩き、琥珀の四魂の欠片を使って奈落を滅ぼそうとされました。奈落が最も怖れていたのは桔梗さまの霊力です。分身の赤子が操る魍魎丸を再び取り込んだ奈落は蜘蛛の糸の計略を使って桔梗さまを絡め取りました。そして、遂に器を壊し桔梗さまの魂を今生(こんじょう)から葬り去ったのです。あの時、私は確信しました。奈落は鬼蜘蛛なのだと。何故なら、奈落は犬夜叉に攻撃され自分の身が危うくなるまで桔梗さまを抱きしめて離そうとしなかったのです。あれは恋敵に愛しい女を奪われまいとする男の執着その物でした。桔梗さまの魂が今生から去った以上、奈落の望みは四魂の玉の完成だけとなりました。曲霊(まがつひ)の協力もあって琥珀から欠片を奪い、遂に奈落は四魂の玉を完成させました。では、その先は?何も無かったのではないでしょうか。奈落の、イエ、鬼蜘蛛の本当の望みは桔梗さまを得ることでしたから。四魂の玉は、ついででしか無かったのです。桔梗さまが今生にいらっしゃらないのなら、もう何の望みも有りません。鬼蜘蛛が奈落なら虚しさしか感じなかったのではないでしょうか。本当の望みは決して叶わなかったのですから。それに爆砕牙の出現が有ります。奈落に取って犬夜叉の冥道残月破は大して脅威ではなかった筈です。奈落は無尽蔵に近い質量を持っていましたから。しかし、爆砕牙となると話は違います。あの、一旦、攻撃を受けた対象を悉(ことごと)く破壊してしまう怖るべき特性。如何な奈落といえども爆砕牙を振るわれては、どう足掻いても助かりません。それが判っていながら奈落は最後の戦いを仕掛けて来ました。まるで己の死期を悟ったかのように。イヤ、寧ろ、自分の死を演出したのです。最後の最後まで我々をきりきり舞させ、挙句、自分の死と引き換えに、かごめさまを冥道に攫(さら)う段取りまで付けていたのです。実に怖るべき執念です」

※『早蕨(さわらび)⑥』に続く


 

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