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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
陽が陰る。
いつしか夕闇が迫っていた。
辺りが暗くなりだした。
ボッ、篝火(かがりび)がいくつも点(とも)され辺(あた)りを照らし出す。
赤々と篝火が揺れる中、鼓を打つ音が響く。
カッポン、カッポン、カッポンポン・・・ポン!
それを合図に笛の音、筝(そう)の音が鳴り響く。
幽玄の調べに合わせ由羅が扇を手に舞い始める。
宴が酣(たけなわ)になろうとする最中(さなか)、豺牙(さいが)が狗姫と殺生丸に余興を申し出た。
娘の舞を一指(ひとさ)し御目にかけたいと。
豺牙は焦りに焦っていた。
慎重に練り上げ準備した目論見は出端(でばな)から挫(くじ)かれ潰されてしまった。
始めから何もかもが自分の思惑から外れてしまった。
あの土壇場に狗姫の御方が現われさえしなければ・・・主賓の座には由羅と殺生丸が並んで座っていたはずだった。
そして、強力な媚薬入りの酒と精力を増強させる珍味佳肴が作用して・・・殺生丸を籠絡しようとする由羅を大いに助けていたはずなのだ。
それなのに、今、殺生丸は主賓の座に母の狗姫と同席している。
酒と肴も狗姫によって用意され、豺牙が用意した代物は全くの用無し状態に陥っている。
このままでは殺生丸を由羅に籠絡させ時間をかけて西国の実権を握ろうとする遠大な計画が水泡に帰してしまう。
(クッ、何とかせねば・・・。どうすれば、そうだ、あの手があったではないか!)
豺牙は思い付いた策を実行すべく、早速、次のように殺生丸と狗姫に願いでた。
「殺生丸さま、狗姫の御方さま、我が娘、由羅が、余興に舞を披露したいと申しております。お許しいただけますでしょうか」
この豺牙の申し出に対し、狗姫は、瞬時、思案した。
豺牙め、まだ殺生丸の籠絡を諦めてはおらぬらしい。
まだ足掻くか、流石に古狸(ふるだぬき)、実にしぶといことよ。
内心、呆れつつも、奴らが、どのような手管を使ってくるのだろうかと思うにつけ狗姫の悪戯心(いたずらごころ)に火がついた。
面白い、舞の披露を許可してやろうではないか。
勿論、殺生丸も同意の上でな。
斯(か)くして由羅は殺生丸と狗姫の前に進み出て舞を始める仕儀となった。
さてさて、豺牙親子は、如何なる手段を用いてくるのか。
狗姫は目を細めて由羅が舞を始めるのを待った。
宴に参加している殆どの者が注視する中、ユラリ・・・由羅が手にした扇を開いた。
すると、扇から、蝶が二匹、忽然と現われヒラヒラと舞うように飛び始めた。
朱、青、黄、黒、白、鮮やかな四枚の翅(はね)に孔雀の目のような模様。
珍しくも美しい蝶、あれは孔雀蝶ではないか。
蝶の羽から撒き散らされる燐粉が篝火に照らされキラキラと妖しく輝く。
あの燐粉・・・幻惑の術か!?
咄嗟(とっさ)に狗姫は袂(たもと)の中で印を結び気合いで周囲に結界を張り巡らした。
ピン! 大気が張り詰める。
殺生丸も、こちらの意図に気付いたのだろう。
極々、わずかではあるが眉間に皺を寄せ顔を顰(しか)めている。
一見、辺(あた)りには何の変化も見当たらない。
だが、実際には狗姫を中心に強力な結界が、四方、十間(じゅっけん=約18.2m)に亘(わた)り張られていた。
金色の燐粉が見えない壁に阻(はば)まれサラサラと垂直に零れ落ちていく。
由羅の幻惑の術に気付いた者は、妾(わらわ)の他には恐らく、殺生丸、尾洲、万丈、松尾、それに西国女官長の相模、側近の木賊(とくさ)と藍生ぐらいであろうな。
狗姫は、周囲の様子から判断して、そう見当をつけた。
他の者達は、皆、由羅の舞に魅せられ気付きもしない。
豺牙の娘、由羅なる女の扇から蝶が現われるのを見た瞬間、殺生丸の脳裏に三年前の女退治屋の言葉が甦(よみがえ)った。
確か、琥珀の姉で名を珊瑚とかいった。
あの時、女退治屋は、声を詰まらせながら最後に見かけたりんの様子を必死に言い募(つの)っていた。
『蝶がっ!見たこともない・・綺麗な蝶が・・飛んでたんだ。りんは・・・それを追って川の方へ。その後・・直ぐに雨が降りだして・・・。これ迄に経験したことがない・・・もの凄い大雨だったんだ。アッという間に水が・・そこら中(じゅう)から溢れ出して・・りんを・・捜しに行くことさえ・・出来なかったんだ!』
りんは行方知れずになる前に珍しい蝶を追って川の側へ行っていた。
その話から導きだされる答え・・・りんは、わざと川の近くに誘い込まれたのか!?
今迄、りんの失踪にばかり気を取られ、その可能性に気付きもしなかったが。
ということは・・・この幻惑の蝶・・・豺牙の仕業か!?
殺生丸の脳裏に『りん失踪』の真相が稲妻のように閃(ひらめ)いた。
それと同時に隣(となり)に座る母親が無言で結界を結んだ。
狗姫を中心に、突然、四方に張り巡らされた結界。
一気に周囲の気が張り詰める。
(この結界!母上か!?)
視線を横に流せば目に映るのは自分と酷似した白皙の顔。
『おや、気付いたか』と云わんばかりの母のしたり顔が飛び込んできた。
この事態を楽しんでいるのだろう。
瞳は躍るように輝き口角が上がっている。
忌々(いまいま)しいが素早い対応は流石というべきか。
空中に撒き散らされた蝶の燐粉が煌(きら)めきながら下に落ちていく。
結界に阻まれ殺生丸と狗姫の位置にまで到達できないのだ。
成る程、この燐粉で私を幻惑する積りだったのか。
愚かな・・・私は毒に耐性がある。無論、母上もだ。
豺牙め、こんな子供騙(だま)しの術が効くと思ったのか?
殺生丸は地面に散らばる夥(おびただ)しい燐粉を厳しい目で見据えた。
もし、これが日中だったなら気にも留めず見過ごしたかもしれない。
だが、今は宵闇の中、燐粉は篝火に照らされキラキラと輝き、豺牙親子が何を企(たくら)んでいたのかを明らかにしていた。
※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑤』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
艶(あで)やかな一行は殺生丸や豺牙(さいが)から少し離れた位置に静かに降り立った。
地面に着地すると同時に牛車に繋がれていた三つ目の妖牛が大きく嘶(いなな)いた。
ブモォ~~~~~~
通常よりも一回り大きな牛車に相応しく、それを牽(ひ)く牛も並みの大きさではない。
手入れが良いのだろう、全身、真っ黒な毛並みがツヤツヤと黒光りしている。
大きく頑丈そうな胴体を支える逞(たくま)しい四肢、頭から突き出た大きな角、見事な体躯である。
もし闘牛に出したとしても楽々と優勝しそうな威容を誇る牛だが、妙に愛嬌がある。
それは妖牛の顔のせいだった。
何とも惚(とぼ)けた感じがする三つ目、その顔を見たが最後、誰もが、緊張感など何処かに忘れ去ってしまうからだろう。
そのせいか、威圧感を与えるほど大きな体格にも拘らず、牛飼いは勿論、お付きの女房衆からも可愛がられているらしい。
牛車から妖牛が離され轅(ながえ)が下ろされた。
牛車の箱、または屋形とも呼ばれる乗車部分の前に搨(しじ)が置かれる。
お付きの女房が二名がかりで御簾(みす)をスルスルとたくし上げた。
屋形(やかた)の中からスッと御出座(おでま)しになったのは西国で最も高貴な女性。
前西国王妃にして当代さまの御生母、王太后の狗姫(いぬき)の御方である。
絶世の美姫として世に名高い前王妃は、襟元は朱金、そして次第に金へと色が変化するボカシ染めの技法を駆使した絹地に大輪の菊と南天をあしらった優美な打ち掛けを身に纏(まと)っておられた。
菊は文字通り『秋』を象徴する花、南天は『難』を『転ずる』の意味から縁起物として喜ばれる草木。
秋という季節に合わせた高雅にして艶麗な趣きの衣裳である。
牛車から降りられた狗姫の御方は女房達を引き連れ殺生丸の方へやって来た。
当然、豺牙は西国に属する臣下として挨拶せねばならない。
(なっ、なぜ、狗姫の御方が、ここに!?)
豺牙が、うろたえるのも無理はない。
闘牙王が身罷(みまか)って以来、かれこれ二百年が経つが、これまで狗姫が公式の場に姿を現したことは殆どなかったのだ。
だからこそ、今回の宴も、勿論、欠席と見込んで何の用意もしていなかった。
狗姫の不意の登場に、内心、慌(あわ)てふためきながらも、そこは流石(さすが)に古狸、豺牙は狼狽する気持ちをグッと堪(こら)え殊勝な顔を作り挨拶した。
「こっ、これは狗姫の御方さま、ご来臨を賜わり誠に恐縮至極(きょうしゅくしごく)に存じます」
「豺牙か、久しいな、邪魔するぞ」
狗姫は、そう宣(のたま)うと、すぐさま筆頭女房の松尾に頷いた。
すると、それが合図だったのだろう。
松尾が後方に控えていた女房衆に声を掛けた。
すぐさま狗姫に付き従ってきた十数人の女房達がキビキビと動き始めた。
血のように赤い猩々緋の毛氈に瑠璃色の毛氈が次々と足され忽(たちま)ち宴席が拡がる。
上空から見れば赤の陣地に青の陣地が喰い込むように見えただろう。
そして、狗姫は何喰わぬ顔で微笑みながら豺牙の姦計を潰(つぶ)しにかかった。
「どれ、わざわざ豺牙が対(つい)で用意してくれた席だ。殺生丸、妾(わらわ)と並んで座るがよいぞ」
「・・・・・・・」
殺生丸に否やはない。
用意された主賓の座に母と息子は並んで着座した。
この場に狗姫が現われた時点で豺牙の計画は初(しょ)っ端(ぱな)から躓(つまず)いた。
今、ここで、西国王である殺生丸の横に座れるのは身分からいって王太后の狗姫を置いて他にいないのだ。
豺牙は周到に仕組んだ目論見の一端が頓挫したことを覚(さと)った。
とはいえ、まだ計画の全てが瓦解(がかい)した訳ではない。
要は殺生丸が由羅に籠絡されてしまえばよいのだ。
その下準備として殺生丸に饗(きょう)する薬酒には強力な媚薬が仕込まれているし、肴(さかな)は精力を増強させる物ばかりを用意してある。
素早く気持ちを立て直し豺牙は家臣に酒と肴を出すよう口を開きかけた。
その矢先、狗姫が豺牙の機先を制するように声を掛けた。
「突然、押しかけて済まんな、豺牙。せめてもの詫びに酒と肴を用意させた。遠慮なくやってくれ」
「あっ、いや・・・その」
狗姫に付き従ってきた女房衆が次々と贅(ぜい)を尽した山海の珍味を盛り付けた膳を運び込み主だった家臣の前に置いていく。
如何に豺牙が古狸とはいえ最高権力者を二人も前にしてゴリ押しは出来ない。
不満気(ふまんげ)に口を噤(つぐ)むしかなかった。
更に酒を満たした徳利と盃(さかずき)が大量に運ばれ宴席を埋め尽した。
酒食を全て狗姫に提供されてしまった以上、豺牙は一言も口を挿(はさ)めない。
この時点で豺牙が用意した酒と肴は完全に『用無し』とされてしまった。
「ほれ、殺生丸、盃(さかずき)を取れ。薬老毒仙から巻き上げた“切れずの瓢(ふくべ)”ぞ」
そう云って狗姫は松尾から受け取った瓢箪(ひょうたん)を振ってみせた。
チャポチャポ・・・中の酒が揺れる音がする。
瓢箪に巻き付けられた赤い飾り紐(ひも)がユラユラと揺れる。
「・・・薬老毒仙」
「んっ、そなたも知っておろう。あの助兵衛爺と妾(わらわ)との一件を」
「・・・・・・」
「ふふっ、この“切れずの瓢(ふくべ)”は妾の嫁入り道具の一つ。酌(く)めども酌(く)めども酒が尽きぬ不思議な瓢箪。どれ、殺生丸、そなたも妾も音に聞こえし酒豪。今日は思う存分、飲み明かそうではないか」
そんな狗姫の言葉に殺生丸が無言で盃を差し出す。
国主親子が酒を酌み交わすと同時に華やかな宴が始まった。
【轅(ながえ)】::牛車の前方、左右に長く前に出ている木のこと。
【搨(しじ)】::机のような形をした台で、車から牛を放した時に車を水平に保つため軛(くびき)の下に置くもの。
※『錦繍事変(きんしゅうじへん)④』に続く