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『錦繍事変(きんしゅうじへん)④』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


陽が陰る。
いつしか夕闇が迫っていた。
辺りが暗くなりだした。
ボッ、篝火(かがりび)がいくつも点(とも)され辺(あた)りを照らし出す。
赤々と篝火が揺れる中、鼓を打つ音が響く。
カッポン、カッポン、カッポンポン・・・ポン!
それを合図に笛の音、筝(そう)の音が鳴り響く。
幽玄の調べに合わせ由羅が扇を手に舞い始める。
宴が酣(たけなわ)になろうとする最中(さなか)、豺牙(さいが)が狗姫と殺生丸に余興を申し出た。
娘の舞を一指(ひとさ)し御目にかけたいと。
豺牙は焦りに焦っていた。
慎重に練り上げ準備した目論見は出端(でばな)から挫(くじ)かれ潰されてしまった。
始めから何もかもが自分の思惑から外れてしまった。
あの土壇場に狗姫の御方が現われさえしなければ・・・主賓の座には由羅と殺生丸が並んで座っていたはずだった。
そして、強力な媚薬入りの酒と精力を増強させる珍味佳肴が作用して・・・殺生丸を籠絡しようとする由羅を大いに助けていたはずなのだ。
それなのに、今、殺生丸は主賓の座に母の狗姫と同席している。
酒と肴も狗姫によって用意され、豺牙が用意した代物は全くの用無し状態に陥っている。
このままでは殺生丸を由羅に籠絡させ時間をかけて西国の実権を握ろうとする遠大な計画が水泡に帰してしまう。
(クッ、何とかせねば・・・。どうすれば、そうだ、あの手があったではないか!)
豺牙は思い付いた策を実行すべく、早速、次のように殺生丸と狗姫に願いでた。
 

「殺生丸さま、狗姫の御方さま、我が娘、由羅が、余興に舞を披露したいと申しております。お許しいただけますでしょうか」
 

この豺牙の申し出に対し、狗姫は、瞬時、思案した。
豺牙め、まだ殺生丸の籠絡を諦めてはおらぬらしい。
まだ足掻くか、流石に古狸(ふるだぬき)、実にしぶといことよ。
内心、呆れつつも、奴らが、どのような手管を使ってくるのだろうかと思うにつけ狗姫の悪戯心(いたずらごころ)に火がついた。
面白い、舞の披露を許可してやろうではないか。
勿論、殺生丸も同意の上でな。
斯(か)くして由羅は殺生丸と狗姫の前に進み出て舞を始める仕儀となった。
さてさて、豺牙親子は、如何なる手段を用いてくるのか。
狗姫は目を細めて由羅が舞を始めるのを待った。
宴に参加している殆どの者が注視する中、ユラリ・・・由羅が手にした扇を開いた。
すると、扇から、蝶が二匹、忽然と現われヒラヒラと舞うように飛び始めた。
朱、青、黄、黒、白、鮮やかな四枚の翅(はね)に孔雀の目のような模様。
珍しくも美しい蝶、あれは孔雀蝶ではないか。
蝶の羽から撒き散らされる燐粉が篝火に照らされキラキラと妖しく輝く。
あの燐粉・・・幻惑の術か!? 
咄嗟(とっさ)に狗姫は袂(たもと)の中で印を結び気合いで周囲に結界を張り巡らした。
ピン! 大気が張り詰める。
殺生丸も、こちらの意図に気付いたのだろう。
極々、わずかではあるが眉間に皺を寄せ顔を顰(しか)めている。
一見、辺(あた)りには何の変化も見当たらない。
だが、実際には狗姫を中心に強力な結界が、四方、十間(じゅっけん=約18.2m)に亘(わた)り張られていた。
金色の燐粉が見えない壁に阻(はば)まれサラサラと垂直に零れ落ちていく。
由羅の幻惑の術に気付いた者は、妾(わらわ)の他には恐らく、殺生丸、尾洲、万丈、松尾、それに西国女官長の相模、側近の木賊(とくさ)と藍生ぐらいであろうな。
狗姫は、周囲の様子から判断して、そう見当をつけた。
他の者達は、皆、由羅の舞に魅せられ気付きもしない。
豺牙の娘、由羅なる女の扇から蝶が現われるのを見た瞬間、殺生丸の脳裏に三年前の女退治屋の言葉が甦(よみがえ)った。
確か、琥珀の姉で名を珊瑚とかいった。
あの時、女退治屋は、声を詰まらせながら最後に見かけたりんの様子を必死に言い募(つの)っていた。


『蝶がっ!見たこともない・・綺麗な蝶が・・飛んでたんだ。りんは・・・それを追って川の方へ。その後・・直ぐに雨が降りだして・・・。これ迄に経験したことがない・・・もの凄い大雨だったんだ。アッという間に水が・・そこら中(じゅう)から溢れ出して・・りんを・・捜しに行くことさえ・・出来なかったんだ!』


りんは行方知れずになる前に珍しい蝶を追って川の側へ行っていた。
その話から導きだされる答え・・・りんは、わざと川の近くに誘い込まれたのか!?
今迄、りんの失踪にばかり気を取られ、その可能性に気付きもしなかったが。
ということは・・・この幻惑の蝶・・・豺牙の仕業か!?
殺生丸の脳裏に『りん失踪』の真相が稲妻のように閃(ひらめ)いた。
それと同時に隣(となり)に座る母親が無言で結界を結んだ。
狗姫を中心に、突然、四方に張り巡らされた結界。
一気に周囲の気が張り詰める。
(この結界!母上か!?)
視線を横に流せば目に映るのは自分と酷似した白皙の顔。
『おや、気付いたか』と云わんばかりの母のしたり顔が飛び込んできた。
この事態を楽しんでいるのだろう。
瞳は躍るように輝き口角が上がっている。
忌々(いまいま)しいが素早い対応は流石というべきか。
空中に撒き散らされた蝶の燐粉が煌(きら)めきながら下に落ちていく。
結界に阻まれ殺生丸と狗姫の位置にまで到達できないのだ。
成る程、この燐粉で私を幻惑する積りだったのか。
愚かな・・・私は毒に耐性がある。無論、母上もだ。
豺牙め、こんな子供騙(だま)しの術が効くと思ったのか?
殺生丸は地面に散らばる夥(おびただ)しい燐粉を厳しい目で見据えた。
もし、これが日中だったなら気にも留めず見過ごしたかもしれない。
だが、今は宵闇の中、燐粉は篝火に照らされキラキラと輝き、豺牙親子が何を企(たくら)んでいたのかを明らかにしていた。

※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑤』に続く

 

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