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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
突然、宴に闖入(ちんにゅう)してこられた御母堂さまは相変わらず強引じゃった。
とはいえ、そのお陰で助かったとも云えるがな。
御母堂さまは付き従えてきた女房衆に命じてアッという間に酒食の膳を整えさせた。
その間、豺牙は苦虫を噛み潰したような顔をしておった。
まっ、無理もないか、自分が用意させた酒肴が無駄になってしまったんじゃものな。
だが、相手が御母堂さまでは下手に文句もいえん。
後でお庭番の権佐殿から聞いた話によると、豺牙が準備させた酒と肴(さかな)には超強力な媚薬を仕込まれていたそうじゃ。
何とまあ恐れ多い、あ奴、端(はな)からは娘の由羅に殺生丸さまを籠絡させる積りだったんじゃな。
面の皮が呆(あき)れるほどに分厚いわい。
おまけにしぶとい事、この上ない。
一度や二度、目論みが失敗したからといって、そうそう簡単に諦めるような輩ではなかった。
豺牙め、次なる手を打ってきおったのじゃ。
彼奴は御母堂さまと殺生丸さまに余興を申し出た。
娘の由羅に舞を披露させてほしいとな。
その申し出に御母堂さまは暫(しば)し考え込んでおられたが、何やら思い付かれたのか、ニッコリと微笑まれ余興を許可された。
既に陽は傾き、辺りは薄暗くなっていたので篝火(かがりび)が焚かれ始めておったな。
宵闇の中、赤々と燃える篝火が周囲を照らし出しておった。
ユラユラと燃える篝火を見ていると現実と虚構の間(はざま)を強く感じるものじゃな。
これぞ“幽玄”なる風情(ふぜい)とでも云えばいいのか。
実に不思議な感覚じゃった。
そんな中、静々と前に出てきた豺牙の娘、由羅は、殺生丸さまと御母堂さまに向かって跪(ひざまず)き恭(うやうや)しく一礼すると扇を手に立ち上がった。
カッポン、カッポン、カッポンポン!
小気味よく響く鼓の音を合図に筝(そう)と笛の音が重なる。
雅(みやび)な音曲(おんぎょく)の調べに合わせ由羅が扇を開いた。
するとな、蝶が二匹、扇の中から現われヒラヒラと飛び始めたんじゃ!
黒、白、赤、青、黄、何とも鮮やかな色を持つ蝶じゃった。
その蝶を見た瞬間、ワシの脳裏に珊瑚の言葉が天啓のように閃(ひらめ)いた。
アッ、珊瑚とはな、ほれ、琥珀の姉じゃよ、女だてらに退治屋をしておった。
あの女退治屋がな、『りん』が行方知れずになった際、必死に言い募(つの)っておったのだ。
「蝶がっ!見たこともない・・綺麗な蝶が・・飛んでたんだ。りんは・・・それを追って川の方へ。その後・・直ぐに雨が降りだして・・・。これ迄に経験したことがない・・・もの凄い大雨だったんだ。アッという間に水が・・そこら中(じゅう)から溢れ出して・・りんを・・捜しに行くことさえ・・出来なかったんだ!」
珊瑚の言い分では『りん』は珍しい蝶に誘われ川の方へ向かったたらしい。
これまで『りん』の失踪にばかり気を取られて珊瑚の言葉に注意しなかったが。
もしかして・・・まさか・・・まさかっ!?
目の前で・・舞い飛ぶ・・・この・・二匹の・・蝶・・は・・・
怖ろしい考えが浮かんできたんじゃ。
ジットリと背中に冷や汗が滲(にじ)み出てきた。
もしや・・・りんは・・わざと・・・川へ誘い出され・・・
殺生丸さまに目をやるとワシと同じ事に思い到られたんじゃろうな。
凍りつくような無表情の中、目だけが異様に爛々(らんらん)と輝き蝶を睨んでおられた。
あの目に滾(たぎ)っていた感情は、間違いない。
怒りの中の怒り、“憤怒(ふんぬ)”あるいは“瞋恚(しんい)”。
『りん』失踪の黒幕が豺牙ならば今直ぐにでも彼奴を八つ裂きにしたいのが殺生丸さまの偽(いつわ)らざるお気持ちだったじゃったろう。
じゃが・・如何せん・・・証拠がなかった!
如何に絶大なる権勢を誇る西国王といえど何の証拠もなく豺牙を断罪する事は出来ん。
仮にだ、もし、そんな事をしたら殺生丸さまの、イヤ、延(ひ)いては西国王家の威信に拘る事態に発展するだろう事は必定。
ア~~~ッ、想像するだけでも、とんでもないっ!
『こっ、ここは何としてでも堪(こら)えて下され、殺生丸さまぁ~~~っ!』
あの時、ワシは必死に心の中で祈っておった。
まさか、あれ以上の衝撃が待っていようなどとは思いもせんかったからな。
御母堂さまが用意した次なる余興に、ワシャ、もう目が飛び出そうじゃった。
※『邪見の僕(しもべ)日記⑥』に続く
大変、お待たせしました。
暫(しば)らく潜る日々が続き投稿が遅れました。
謹んでお詫び申し上げます。
以下が新作です。
方斎が告げた占断、それは驚くべきものじゃった。
『りん』が生きていて、然(しか)も、然(しか)もじゃぞ、近い内に戻ってくるというんじゃ。
ワシも驚いたが、殺生丸さまは、もっと衝撃を受けられたことは間違いない。
その朗報を聞くや否や驚くべき変貌を遂げられたからな。
まず殺生丸さまが、どう変わられたかというとだな。
占断を聞いた以上、もう方斎宅に長居は無用とばかりに寝転がっていたワシを蹴飛ばされたんじゃ!
いいか、蹴飛ばされたんじゃぞ。
それまでの殺生丸さまは何をするにも億劫(おっくう)そうでな。
やる気というか気力そのものがゴッソリ抜け落ちておったんじゃ。
当然、ここ二年間、ワシへのお仕置きは皆無。
それ以前は何かというと些細な咎(とが)で、あっ、いやいや、これと云って何もなくてもワシを折檻する御方だったんじゃ。
痛い思いをせずに済むのは正直な話、有難くはあったが、ワシャ、それ以上に殺生丸さまの無気力が辛くってな。
八つ当たりでも気晴らしでも、とにかく何でも構わんから以前のようにお仕置きされたいと願っておったのじゃ。
それが、どうじゃ、この二年の間、強まるばかりだった退廃的な雰囲気が、嘘のように綺麗に払拭(ふっしょく)されておるではないか。
物憂げだった目には鷹のような炯炯(けいけい)たる輝きが戻り幽鬼のようだった四肢には精気が漲(みなぎ)っての。
クゥ~~~~久々に目が覚めるような活力に満ちた御姿を拝見できたのじゃ。
『りん』が失踪する前の殺生丸さまが復活されたんじゃ。
ワシャ、嬉しくて嬉しくて・・・グスン、(涙)、ズズッ、ズビ~~~ッ!(鼻水)
それからというもの、殺生丸さまは西国王としての執務に励まれての、尚且つ『りん』の探索も再開された。
後は、何時、『りん』が現われるのかと心待ちにしておられたんじゃが。
これが待てども待てども、ち~~~~っとも現われん。
半年を過ぎたあたりじゃったかな。
殺生丸さまが待ち切れなくなったのか、又も荒れ始めてな。
今度は前回のように気力が抜け落ちる風ではない。
寧ろ、『苛立つ』と表現するのがピッタリかな。
日毎にイライラが蓄積して鬱屈が溜まっていって・・・もう何というか。
ア~~~あのピリピリした今にも放電しそうな雰囲気には、ワシャ、ホトホト参っておった。
そんな時に催されたのが紅葉の宴だったんじゃ。
まさか、あの宴に、『りん』が来ているなどと誰が想像しようか。
それもな、りんの奴、養女として御母堂さまに連れられて来ておったんじゃぞ。
もう、驚いたの何の、恐れ入りやの鬼子母神じゃな。
まさか、あの、御母堂さまが、豺牙の差し向けた刺客に襲われた『りん』を保護して下さっていたとは・・・。
正直、全く、思い付きもせなんだ。
それが判明したのが紅葉の宴での事じゃったんじゃ。
二百年ぶりに西国に帰還された殺生丸さまが国主の座に就かれて、かれこれ三年が経つ。
何時までも妻妾を娶ろうとなさらぬ殺生丸さまに業を煮やした豺牙を始めとする古狸どもがな、音頭を取って盛大に開催されたのが紅葉の宴なんじゃ。
紅葉の宴と銘打ったものの、ありゃ、体(てい)の良い見合いの席じゃったな。
いやいや、豺牙の家中の者にしてみれば、事実上の殺生丸さまと豺牙の娘との婚儀の積りだったんじゃろう。
何てったって豺牙は殺生丸さまの妃の地位を虎視眈々と狙っている古狸どもの筆頭じゃったからな。
そうした心積もりのせいか、宴の準備も、えらく豪華で気合いが入っておったしな。
豺牙の娘、由羅なんぞ花嫁衣裳と見紛う白無垢を着ておったぞ。
いやいや、あれは、誰が見ても花嫁衣裳にしか見えなんだ。
おまけに、通常なら国主の殺生丸さま御独りが上座になるはずの席が対(つい)で用意されておったんじゃ。
対の座布団じゃぞ、あれでは、まるで花婿と花嫁の席次ではないか。
勿論、殺生丸さまは、それを一目で見抜かれたし、重臣の尾洲さま、万丈さま、側近の木賊(とくさ)殿、藍生(あいおい)殿、女官長の相模さまも一様に不快な表情を示しておられた。
聡(さと)い殺生丸さまが豺牙のあざとい企(たくら)みにホイホイ乗っかるとは思えんかった。
さりとて、あからさまに断っては角が立つ。
わしゃ、どうなることかと、内心、ヒヤヒヤしておったわ。
そうしたらな、そこへ、折りよく御母堂さまが乗り込んできて下さってな。
もう、『地獄に仏』とはこの事、仲良く親子が並んで座って事なきを得たんじゃ。
※『邪見の僕(しもべ)日記⑤』に続く
ワシは、それを聞いて居ても立ってもおられんくなってな。
不躾(ぶしつけ)ながら、その客の話の中に割って入り詳細を聞き出したのじゃ。
それは、もう、『微に入り細を穿(うが)つ』ほど入念に。
早速、殺生丸さまに、その事を御報告申し上げたら、大層、驚かれてな。
僅(わず)かながら目を見開かれたのだ、無表情は変わらん。
直ぐにも、その方士に会いたいと仰(おお)せになってな。
うむうむ、殺生丸さまのお気持ちは良~~~く解る、痛いほどに。
例え魂だけとはいえ『りん』に逢いたいんじゃろうな。
斯(か)くなる上は『善は急げ』じゃ!
早速、殺生丸さまと共に、その“反魂香”なる不思議の術を操る方士の家へ訪ねていったのじゃ。
探し当てた方士の家は下町の寂れた裏通りにあった。
世にも稀な“反魂香”を扱う方士は・・・随分と小柄だった。
じゃがっ、くう~~~っ、それでもワシより大きい!
名は確か方斎とか申したな。
全体的にフックラと丸い感じの容貌が如何にも本性の梟(ふくろう)を思わせる男じゃった。
白髪に覆われた大きな丸い頭部、ギョロッとした丸い大きな目、そんな方斎の容姿は妙に愛嬌があった。
もし『りん』が側に居たら「かわいい」とか喚(わめ)いて撫で繰り回していたのではないか。
うっ、羨(うら)ましくなんかないぞ、ワシは!
むっ、話が脱線したな、元に戻すぞ。
最初、方斎は、いきなり訪ねてきたワシ等を小さく開けた扉の後ろから大きな目で胡散(うさん)臭そうに睨み品定めしておった。
押し込み強盗とでも勘違いしたのかも知れん。
あの辺りは余り治安が良いとはいえん地区じゃからな。
方斎が警戒するのも仕方あるまい。
そこへ持ってきて殺生丸さまが金貨を詰めた袋を部屋の中に投げ付けたりするもんじゃから方斎が臍(へそ)を曲げてしまってのう。
ワシャ、只管(ひたすら)、方斎に頭を下げ謙(へりくだ)って方斎の機嫌を取り結んだんじゃ。
主のしでかした無礼(ぶれい)は従者たるワシが償わねばならん。
何としても“反魂香”の術を行ってもらわねばならんかったからな。
うむ、ワシって従者の鑑(かがみ)!
さてさて、ワシの必死の説得が功を奏したのじゃろう。
方斎はこころよく頼みを聞いてくれてな。
“反魂香”の術を行使してくれたのじゃ。
それも“反魂香”が奇術か手品の類ではないかという殺生丸さまの疑いを晴らす為、まずワシの亡き母親を召喚するという手間をかけてな。
あれには驚いた。
まさか、我が母、阿邪(あじゃ)に逢えるとは予想もせなんだわい。
何しろ三百年も前に死に別れたきりじゃからの。
もう、顔も忘れかけておったわ。
じゃが、あの威勢のよい怒鳴り声だけは忘れらようにも忘れられない。
懐かしい・・・生きてた頃は何かにつけ邪聞(じゃもん)父者(ちちじゃ)と一緒に叱られど突かれておったものじゃ。
ううっ、思い出しただけで痛くて涙が・・・。
“反魂香”で呼び出された母者(ははじゃ)は昔とちっとも変わってなかった。
現われるなり、髪を、いや鬘(かつら)を振り乱してワシを引っ叩(ぱた)いたんじゃ。
ワシの母者は、生前、鬘(かつら)を愛用しておった。
でないと父者と見分けがつかんかったからな。
何しろ殆ど同じ顔に背丈じゃ。
母者は、あの鬘(かつら)を甚(いた)く気に入っておったんじゃが・・・。
頭に引っ掛かるところが無いせいで(つるっ禿(ぱ)げ)鬘(かつら)がズレるのはしょっちゅうでな。
酷い時は鬘(かつら)が吹っ飛んでおった。
そういう時はな、絶対に鬘(かつら)の「か」の字も云ってはならん。
何が何でも知らん振りをするんじゃ。
でないと、母者にどんなお仕置きをされることか。
そっ、それにしても、ひょえ~~~~~っ、おっ、驚いた!
“反魂香”とは実体まで伴う術なのか。
ビシッ! バシッ! ドカッ! ポカスカ!
小気味よくワシを殴る母者。
いっ、痛い、あたたたたたたたたたたたたたたたたたた・・・。
三百年ぶりの“愛の折檻(せっかん)”じゃな。
母者の愛が激しすぎてワシは気絶してしもうた。
気が付いた時、ワシは床に寝そべっておった。
ソッと薄目を開いて周囲の様子を窺うとな、方斎が何やら占っておった。
ジャッ、ジャッ、ジャッ、パチッ、ジャッ、ジャッジャッ、パチッ
筮竹(ぜいちく)と算木(さんぎ)を使うところから察して易占じゃな。
問筮(もんぜい)の辞(ことば)、つまり占いの文句を聞いておったらな、どうやら『りん』の生死について占っておるようじゃった。
ゴクリ・・・ワシは生唾(なまつば)を飲み込んだ。
そして全神経を集中して結果を聞こうと耳を欹(そばだ)てたんじゃ。
※『邪見の僕(しもべ)日記④』に続く
まずは拍手を贈って下さった方々に感謝致します。有難うございます。
今ほど、ありふれた日常の有り難さを実感したことは有りません。
今回の大震災&津波で被災した方々に心を痛めてる全ての方々に
少しでも慰めになればと執筆しています。
あれ程の被害を受けながら、尚、他者のことを思いやる人々に涙が零れ落ちました。
頑張れ、日本、負けるな、
東北、みんなが被災した方々の事を思ってます。
コメントを下さった機長さま、ご明察通りです。
管理人は東海地方の愛知県に住んでおります。
今回の大震災では、こちらも少々揺れました。
元々、東海大地震が来る来る
と騒がれ続けてきた地域です。
割と防災意識は高い地方ですが、今回の大震災には・・・。
余りの悲惨さに言葉もありません。
何かしたくても今の状況では動きが取れません。
せめて募金なりと買い物の度にお釣りを募金してます。
つい先頃、三年間、消息不明であった『りん』が戻ってきた。
めでたい、実にめでたい。
これで、わしが殺生丸さまの酷い御勘気に触れることも無くなるじゃろう。
ううっ、ぐすっ、ズズッ、ズビズビ~~~ッ、チ----------ン!(鼻を噛む音)
オッホン、あいや失礼。
では、話を続けよう。
実はな、『りん』が生きているらしい事は一年前に判っておったのじゃ。
まず、その事について話さねばならんな。
殺生丸さまは倒れた後も『りん』の探索を続けられんじゃが、二年目に入った辺りからだろうか。
人界へ渡られる回数がガクッと減った。
それで二年を過ぎた頃だったかな、完全に人界へ赴(おもむ)かれなくなった。
捜しても捜しても『りん』の手がかり一つ見つけられん状態が続いておったからな。
あれではなあ、いかに鉄の自制心を誇る殺生丸さまと云えど精神的に参ってしまわれたのじゃろうて。
何せ『りん』の生死が一向に判らんかったもんなあ。
その頃からじゃったな、殺生丸さまの遊郭通いが始まったのは。
当時の殺生丸さまはな、今にして思い返せば完全に自棄(やけ)になっておられたのだろう。
あまり大きな声では云えぬが・・・(内緒じゃぞ!)国主としての執務を放ったらかして、連日、昼日中(ひるひなか)から廓(くるわ)通いをしておられたのだ。
勿論、わしは殺生丸さまに御供しておったわさ。
従者としての務めじゃからな。
あれは萬陳楼といって西国でも指折りの高級遊郭だった。
今でも贅を尽した建物と遊女が美人揃いなことで評判のはずじゃ。
まあ、御忍びとはいえ西国王が利用するような場所じゃからの。
そこで殺生丸さまが贔屓にしておられたのが連雀(れんじゃく)という源氏名を持つ妓女でな。
萬陳楼で一番の売れっ妓(こ)じゃった。
美人なことは勿論じゃが、殺生丸さまが、あの女を贔屓にされたのには訳がある。
連雀の瞳は琥珀色なんじゃが、髪の色がな、『りん』と同じ黒髪だったんじゃ。
それに、少し小柄で華奢な感じが、より一層、『りん』を思わせたんじゃろうな。
尤(もっと)も、『りん』とあの女では性格からして雲泥の差じゃが。
あの連雀という遊女、最初の内こそ、しおらしそうな風情を装っておったがな。
殺生丸さまが連続して店に通うようになるに従い本性を現しよった。
大方、愛妾として西国城に落籍(ひか)される夢でも見たんじゃろう。
ドンドン態度がデカクなって次第に周囲の者を見下(みくだ)すようになっていったんじゃ。
まあ、殺生丸さまのような大物に通われて“逆上(のぼ)せ上(あ)がった”んじゃろうな。
殺生丸さまが自分に恋い焦がれているとでも勘違いしたらしい。
殺生丸さまには矢鱈(やたら)ベタベタとへばり付きペチャクチャおべんちゃらを云う癖に、従者であるワシに対しては、あ奴、まるで自分が女主人であるかのように偉そうに振舞い始めたんじゃ。
それも決まって殺生丸さまが見ていない時に限ってな。
お前はワシの主ではないわい!(怒)
実に図々(ずうずう)しい女じゃ。
思い上がるにも程がある。
全く、『りん』とは似ても似つかん輩(やから)じゃった。
あっ、済まん済まん、つい私情が・・・。
まあ、結局、殺生丸さまは半月ほどで連雀に嫌気が差して通われなくなったがな。
『りん』と同じ黒髪の女じゃが、所詮、代用品にもなれなかったという処か。
殺生丸さまが「もう通わない」と宣言した途端、あの女、大騒ぎしよっての。
泣くわ喚(わめ)くわで聞くに堪(た)えん有り様じゃったな。
あんな不愉快な女のことは置いといて話を続けるぞ。
一年前の或る日、ワシは例によって萬陳楼の待合室で殺生丸さまを待っておった。
萬陳楼くらいの高級店になると立派な待合室があってな。
ワシのような御付きの者や他の客が寛(くつろ)いで過ごせるようになっておる。
そこで、ワシは、ある噂を小耳に挟んだのじゃ。
死者を甦らせるという“反魂香”なる代物についての話をな。
【廓(くるわ)】=遊郭(ゆうかく)=色里=遊里
※『邪見の僕(しもべ)日記③』に続く