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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
「・・・可笑(おか)しい」
玉座に頬杖をついた狗姫(いぬき)の御方が何気なく洩らした呟(つぶや)きに松尾が反応した。
「御方さま、どうなさいました?」
昨日、松尾は、西国から天空の城に戻ってきた。
表向きは孫息子の木賊(とくさ)に逢う為の西国訪問である。
名目上、そそくさと辞去する訳にもいかず、結果的に一週間も西国に留(とど)まることになった。
その間、西国に戻った権佐から彼の悪霊とその後の経過について詳しく報告されたので主との話に齟齬(そご)はない。
西国と天空の城との往復は、今回、別段、急ぐ必要がなかったので、ほぼ二日を要した。
往復に要した日数が二日、西国滞在が七日、締めて合計が九日。
つまり、今日で殺生丸が彼の悪霊、曲霊(まがつひ)の追跡を開始して十日目になるのだ。
「あの悪霊の動きだ。あ奴、アチラコチラと右往左往しおって。そうだな、この動きは、まるで・・・」
「まるで?」
松尾が合の手を入れてきた。
「恐らくは・・・陽動」
狗姫が答える。
「陽動。では、彼の悪霊は殺生丸さまを謀(たばか)っているのでございますか?」
松尾の言葉に呼応するように“遠見の鏡”に変化が生じた。
「ムッ、あ奴が出てきたぞ。あの若衆侍めが!」
狗姫の指摘通りに、鏡の中に折鶴に乗った夢幻の白夜が映し出された。
そして、殺生丸の前に立ちはだかる。
巨大な顔面の悪霊、曲霊を連れて。
すぐさま天生牙を抜き放ち曲霊を斬り付ける殺生丸。
だが、何故か、曲霊は、斬られた当初はボウッと霞(かす)むものの、すぐに元通りに復元するではないか。
「やはりな、あれは偽物だ」
“遠見の鏡”をジッと凝視しながら狗姫が自分の考えを口にする。
「御方さま、あれが偽物ならば、本物は、一体、何処に?」
「何処に? 松尾よ、悪霊が望むモノは何だ?」
「それは、勿論、四魂の欠片にございましょう。・・・となれば!」
「そうだ。あの小僧がいる人里だろうな」
「見ろ、松尾。どうやら、殺生丸も気付いたようだぞ」
“遠見の鏡”の中、殺生丸が折り鶴に乗った夢幻の白夜に迫る。
何時の間にか天生牙は鞘に収められている。
鋭い爪が夢幻の白夜を襲う。
慌てて殺生丸の攻撃を躱(かわ)す夢幻の白夜。
瓢箪(ひょうたん)が爪で破壊された。
その中から出てきたのは・・・肉片!
大気に触れると同時に雲散霧消(うんさんむしょう)していった。
「まんまと騙されたようだな、殺生丸。あの悪霊め、随分と悪知恵に長(た)けておるわ」
「御方さま、あの曲霊(まがつひ)なる悪霊が己(おの)が肉片を使って殺生丸さまを惑わしたのは判ります。ですが、何故(なにゆえ)、あ奴は殺生丸さまを十日間も引き回していたのでございましょう」
「単純に時間稼ぎだろうな。松尾よ、覚えておろう。あの悪霊は天生牙で左目を斬られた。如何に霊体とはいえ傷を癒やす時間が必要だったのだろう。正体を明かしたのは、その必要がなくなったからだろうな」
鏡の中に夥(おびただ)しい数の妖怪が映し出された。
ザッと軽く見積もっても千匹は下(くだ)らないだろう。
殺生丸の周りをビッシリと取り囲んでいる。
夢幻の白夜はここで殺生丸を足止めする積りなのだ。
「さて、どうする、殺生丸?」
すると殺生丸が爆砕牙を抜き放った。
ほんの一振り。
唯の一撃。
それだけで雷鳴が轟(とどろ)き千匹もの妖怪が瞬時に抹殺された。
正(まさ)しく“瞬殺”。
「本(ほん)に爆砕牙は凄まじい刀にございますなあ、御方さま」
「ウム、そちのいう通りだな、松尾。全く・・・呆(あき)れるばかりの破壊力だ」
自分の母親と側近が、“遠見の鏡”の前で、そんな会話を交(か)わしているとも知らず、殺生丸は神速ともいえる凄まじい速さでその場を後にした。
無論、夢幻の白夜になど、一切、目もくれない。
【齟齬(そご)】:(上下の歯がくいちがう意から)意味や物事が食い違って合わないこと。
【陽動】:陽動作戦の意味。(陽は偽りの意)。わざと目的とは違うことをして敵の注意をその方面に向けさせ、 相手の判断を誤らせること。
※『愚息行状観察日記(21)=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
ストッ・・・上空から一人の男が大地に降り立った。
とはいえ、その風体(ふうてい)は、到底、人間には見えない。
体型は人型なのだが、頭部は、茶や黄、黒が雑ざった斑(まだら)な毛色の犬。
西国お庭番の頭領を務める権佐(ごんざ)である。
通称“斑(まだら)の権佐”、妖界では三本の指に数えられる凄腕の妖忍である。
権佐は腰に差した小太刀を抜き取り、腰を屈めて片膝をつき、鞘ごと軽く大地を突いた。
トン・・・ボコッ・ボコッ・・ボコボコ・・・
ギシギシ、ギシッ、ギシギシ
奇怪な虫のようなモノが地面から湧いて出てきた。
岩を擦(こす)るような耳障りな鳴き声を上げる。
岩虫と呼ばれる地に潜む下等な妖怪である。
「岩虫よ、つい半日前に、この地で起きたことを教えてくれ」
「何者が現われ、何を語り、そして如何様(いかよう)に戦ったのか」
「ここで起こったこと全てを包み隠さずワシに語ってくれ」
権佐に求められるままに、岩虫は、先日、この地で起きた戦いの様相について語った。
岩虫自身には理解できなくとも、現われたモノ達の名前、会話、使われた武器について、残っている記憶に従い在るがままに詳細に語り尽くした。
岩虫の話を聞き終わった権佐は立ち上がって懐に手を入れ小さめの巾着を取り出した。
そして、徐(おもむろ)に巾着の口を開け、中身を岩虫達の前に振り撒(ま)いた。
パラパラ・・・と地面に零(こぼ)れ落ちたのは色取り取りの瑪瑙(めのう)の小粒。
「これは礼だ」
ギシギシ・・ギシッ・・ギシギシ・・
岩虫どもが目の前に落ちた瑪瑙にモゾモゾとにじり寄る。
そして我先にと瑪瑙を食べ始めた。
瑪瑙は岩虫の大好物なのだ。
権佐が知りたかった情報は岩虫のおかげでスンナリと手に入った。
ワザワザ人界にまで足を延(の)ばした甲斐があったなと権佐はひとりごちた。
もう用は済んだ、長居は無用。
早々に天空の城に戻らねば。
トン・・・権佐は軽く地を蹴って空中に浮かんだ。
と思う間もなく疾風のような速さで走り出した。
黄、茶、黒、の毛色が雑(ま)ざりあって一陣の風となる。
斑(まだら)の風が目にも止まらぬ速さで天空の城に向かう。
俊足(しゅんそく)の権佐なら天空の城から人界までの往復に一日もあれば事足りる。
事実、その日の夕刻には、もう天空の城に帰り着いていた。
門番は権佐を見るなり誰何(すいか)もせず城内に通した。
そのまま権佐は狗姫(いぬき)の御方の私室に通された。
案の定、女主は“遠見の鏡”を眺めつつ部屋の中で権佐を待ち構えていた。
「御方さま、只今、戻りましてございます」
「ご苦労だったな、権佐。して首尾は?」
「上々にございました。松尾殿は?」
「暫(しばら)く西国に逗留だ。此度(こたび)の訪問の名目は松尾が可愛がっている孫息子に会う為となっておるからな。少なくとも四・五日はアチラに留(とど)まらねば格好がつかん。そうでないと溝鼠(どぶねずみ)どもが不審に思うだろう」
「確かに。では、松尾殿には、後程、拙者から詳しく。それでは、まず、彼(か)の悪霊についての御報告を。あ奴の名は曲霊(まがつひ)。長年、四魂の玉に封じ込められてきた妖怪どもの邪念にございました」
「曲霊(まがつひ)・・・とな。又しても四魂の玉絡みか」
「はい、御方さまも既に御存知のように、四魂の玉は古(いにしえ)の巫女と妖怪どもの魂が凝(こ)って出来た物にございます。直霊(なおひ)である巫女の魂、妖怪どもの邪念が凝り固まった曲霊(まがつひ)。四魂の玉は、この相反する霊からなる矛盾の塊り。それ故、今も、あの玉の内部では巫女と妖怪どもの魂が戦い続けていると伝わっております」
「その曲霊が、何故(なにゆえ)、今回、ワザワザ、四魂の玉から出てきたのか?」
「恐らくは最後の欠片を取り込む為ではないか・・・と」
「最後の欠片というと・・・殺生丸が連れていた、あの人間の小僧の首に仕込まれておった物だな」
「御意」
「小僧は、先日の戦いで、その曲霊(まがつひ)なる悪霊に四魂の欠片を穢されて気を失った。その後は縁者(えんじゃ)らしき者に連れられ今は人里におるぞ。(あの女、小僧と似たような戦装束を着ておったからな。それに顔も似ておった。血の繫がりが近いのだろう)殺生丸も先程まで其処におった。刀々斎が爆砕牙の鞘を拵(こしら)えておったからな」
「何と、あの御仁が直々(じきじき)にですか?」
「ウム、どうやら朴仙翁に頼み込んで枝を分けて貰ったようだ。爆砕牙の鞘にする為にな。フフッ、刀々斎め、今回は中々に用意周到だな。まあ、考えてみれば無理もないか。爆砕牙は鉄砕牙や天生牙以上に扱いが難しい刀だ。あれほど爆発的な破壊力を抑え込むには、どうしても朴仙翁の枝でなくてはならん。さもなくば、到底、鞘の任に堪(た)えられまい」
「それは重畳(ちょうじょう)。では、これで名実ともに爆砕牙は殺生丸さまの愛刀にございますな」
「そうだな、まずは目出度い。それでな、権佐、殺生丸の奴、爆砕牙の鞘が出来上がったかと思いきや、即、あの悪霊を追って里を出たのだ」
「殺生丸さまの御気性から鑑(かんが)みて、当然、曲霊を追って討ち果たす所存でおられましょうな」
「だろうな。その後は、この“遠見の鏡”を使って殺生丸の動向を探っておるのだが、今のところ、これといった動きがないのだ。暫(しばら)く、あの悪霊との追いかけっこが続きそうだぞ」
【誰何(すいか)】:「誰か」と声をかけて名を聞くこと。
【縁者(えんじゃ)】:縁続きのもの。親戚。
【重畳(ちょうじょう)】:良いことが重なって、この上なく満足なこと。または、そのさま。
【鑑(かんが)みる】:手本や先例に照らして考える。
※『愚息行状観察日記⑳=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
殺生丸の新しい刀、“爆砕牙”に両断されて物騒な悪霊は消えた。
生憎、本体のほうは仕留められなんだがな
ホホォ~小娘と小妖怪が慌てて殺生丸に駆け寄りおるわ。
小僧と面妖な衣装の巫女は気を失ったままか。
そうだな、丁度よい、ここで両名に殺生丸の“姫”を教えておくとするか。
「松尾、権佐(ごんざ)、良く覚えておけ。この人間の小娘が殺生丸の“姫”だ」
両者が身を乗り出し妾(わらわ)の両脇から鏡を覗きこむ。
台座にドッシリと据えられた大きな楕円形の魔鏡、“遠見の鏡”。
鏡の中央に映し出されているのは、見るからに幼い人間の童女。
松尾が、その姿を見て納得したのか、感じたままを言葉にする。
「御方さまの仰(おっしゃ)った通り、本(ほん)に幼い姫でございますな」
「その通りだ、松尾。まるで雛鳥も同然であろう。だが、この小娘故に、殺生丸は冥府にまで赴(おもむ)き、冥界の主を斬ってまで取り戻そうとしたのだ」
「お名前は何と仰るのでしょうか?」
「名か、名は・・・・・ムッ、そうだ、殺生丸が『りん』とか申しておったぞ」
「りん様ですか、可愛らしい名でございますな」
権佐が小娘よりも更に小さな妖怪を指して尋ねた。
「して御方さま、この小妖怪は?」
「殺生丸の供の者だ。随分とチンチクリンな奴だろう。だが、殺生丸が人頭杖を与えたということは、それだけ、こ奴を信頼しておるという事であろうな。確かに主に対する心遣いは中々見上げたものがあったぞ」
「この者の名は?」
「覚えておらぬ」
名前を訊ねる権佐に対し、妙にキッパリと狗姫(いぬき)が断定した。
「・・・・左様でございますか」
昔から狗姫は興味がないモノは全く覚えようとしない。
その点、殺生丸も同様である。
実に良く似た母子である。
「若さまに取って掛け替えのない姫なのでございますね」
松尾がりんを見て感慨深げに呟(つぶや)く。
やっと、殺生丸に、そうした存在が出来たのが嬉しいのだろう。
「では、この先、何としてもお守りせねばなりますまい」
権佐が、陰の守りとして今後のことを想定して口に出す。
「そちのいう通りだ、権佐」
狗姫は“遠見の鏡”に布をかけ、少し後ろに控えた腹心の部下である両者に向き直った。
そして、まず自分の乳母(めのと)でもある松尾に第一の指示を与えた。
「松尾、そなたは、西国に出向き、留守居役の尾洲と万丈に伝えてくれ。殺生丸の刀、“爆砕牙”が出現したとな。そうさな、鼠どもに、この事が知れると厄介だ。いずれは判ることだが、彼奴(きゃつ)らが知るのは少しでも遅いほうが良い。余計な警戒をさせたくないからな。フム、表向きは孫息子の木賊(とくさ)に逢う為とでも称して婿の万丈を訪ねるのが良かろう。万丈に逢えば、当然、尾洲も同席する。なにせ西国の“二本柱(にほんばしら)”だからな。鼠どもは、この頃、スッカリ警戒心が弛(ゆる)んで忍びの者を張り付かせてはおらんようだが・・・。念の為だ、松尾、この扇を持ってまいれ」
狗姫が、そう云って懐から一本の扇を取り出した。
それは、通称、“聞かずの扇”と呼ばれる狗姫愛用の妖具であった。
表は蝶が華やかに舞い飛ぶ図柄ながら、裏には「見ザル、聞かザル、云わザル」の三猿が象徴的に描かれている。
微弱な妖気を発して周囲一間(いっけん=1.82m)の物音は全て聞こえないようにする妖扇(ようおうぎ)である。
それに因(ちな)んで付けられた銘が“密(ひそか)”、密談にはもってこいの扇である。
通常、妖道具は発する妖気が強ければ強いほど優れた道具と賞される。
しかし、この“聞かずの扇”は、それを逆手に取っている。
妖気が、極々、微(かす)かなので殆どの者に妖具と悟らせないのだ。
誰もが、何の変哲もない扇と思い警戒心を緩(ゆる)ませる。
それこそが、この妖具の最も優れた点なのであった。
“聞かずの扇”を受け取り松尾が頭を下げる。
「畏(かしこ)まりました」
今度は権佐に向かい第二の指示を下す狗姫(いぬき)。
「権佐、聞いた通りだ。西国への使いは松尾が引き受ける。そちは急ぎ人界に赴(おもむ)き、先程の悪霊の素性(すじょう)を洗ってくれ」
「ハッ、仰(おおせ)せのままに」
両者は与えられた使命を果たすべく速(すみ)やかに退出した。
そして、各々(おのおの)全く違う方角へ向けて出発した。
松尾は極秘の朗報を携え西国へ、権佐は奇怪な悪霊の素性を糺(ただ)すべく人界へと。
『愚息行状観察日記⑲=御母堂さま=』へと続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
宙に浮かぶ生首めがけて突っ込んでいく殺生丸。
有象無象の触手が愚息を搦(から)め捕(と)らんと一斉に蠢(うごめ)き出す。
それらを躱(かわ)し生首の近くに辿り着いた殺生丸が思いもかけない行動を取った。
天生牙を抜いたのだ。
冥道残月破を鉄砕牙に譲った今、天生牙に攻撃能力はない。
有るとすれば、それは、あの世の者を斬る能力(ちから)。
そうか、あの生首の男、この世の者ではないのだな。
殺生丸が天生牙で虚空を斬り裂いた。
オオッ、現われたのは憎悪に燃える巨大な顔。
天生牙に斬られて左目が傷付いている。
あれこそが生首の本体なのだろう。
すると、あ奴は生身((なまみ)を持たぬ悪霊なのだな。
だからなのか、操っている体が、どんなに破損しようと些(いささ)かも堪(こた)えなかったのは。
尚も悪霊を天生牙で攻撃しようとする殺生丸。
だが、敵は、それを阻(はば)もうと触手で即席の防御壁を作り出す。
分厚い防御に攻撃を弾(はじ)かれる殺生丸。
天生牙に現世のモノは斬れない。
悪霊は瞬時に天生牙の弱点を見破り手を打ってきた。
グゥッ、前と後から、極太の触手が、妖鎧を打(ぶ)ち破って殺生丸の胴体を串刺しに!
「ヒッ、若様!」
「殺生丸さまっ!」
松尾がこらえ切れずに小さな悲鳴を漏(も)らす。
権佐も信じられぬとばかりに声を上げる。
我ら化け犬一族は心の臓を傷つけられぬ限り、命に別状はない。
だが、如何に強靭な体力を有する化け犬といえど、あれほどの重傷を負って平気なはずがない。
殺生丸を串刺しにした二本の触手に加えて他の触手がグルグルと覆(おお)い被(かぶ)さるように巻きつき、完全に殺生丸の姿が見えなくなってしまった。
兄の惨状に堪(たま)らず半妖が飛び出し、猫又に跨(またが)って悪霊の生首を両断する。
半妖は飛べぬからな。
そのまま半妖は猫又から触手の塊(かたまり)の上に跳び下りた。
怒り狂って鉄砕牙で触手を斬りまくる半妖。
そうこうする内に切断された悪霊の生首が修復され元に戻った。
何とも憎々しい、その表情。
悪意に満ちた嘲(あざけ)りの言葉が鏡のこちら側にいる我々にまで聞こえてきそうだ。
触手が半妖を捉(とら)えた。
このまま兄弟揃って悪霊の餌食になってしまうのか。
そう思った次の瞬間、光が!
殺生丸を覆いつくしていた触手の塊(かたまり)の中から強烈な光が溢れ出した。
稲妻のように眩しい光が触手を切り裂いて四方に八方に拡がっていく。
破壊された触手の中から現われたのは・・・殺生丸!
妖鎧には二ヶ所も穴が開き毛皮は焼け焦げ着物の両袖は肩の辺りまで千切れている。
当然、右腕はむき出しで天生牙を握り締め、残骸の中、仁王立ちしておるわ。
惨憺(さんたん)たる有り様だな、殺生丸。
だが、とにもかくにも生きておる。
ホゥッ・・・思わず知らず小さな安堵の溜め息が漏れたわ。
よもや、我が息子が、こんなことで死ぬとは思わなんだが、流石にヤキモキさせられた。
あれは何だ!?
半妖に左腕を斬り落とされて殺生丸は隻腕だったはず。
その失われたはずの左腕部分から激しく放電しているではないか。
バチバチと空中に走る電光の凄まじさ。
本当に音が聞こえるような錯覚を起こしそうだ。
ムッ、悪霊の後方に見覚えのある黒雲が出現した。
三つ目の妖牛に跨(またが)る惚(とぼ)けた顔の刀鍛治。
そうか、刀々斎のお出ましか。
ならば、あれは・・・・。
「松尾、権佐、よく見ておけ。いよいよ現われるぞ、殺生丸の刀、爆砕牙が!」
“遠見の鏡”から目を離すことなく狗姫(いぬき)は声を張り上げた。
上方から触手が四本、殺生丸を狙って今にも振り下ろされようとしている。
刀々斎が駆け付けてきたことに殺生丸も気付いたらしい。
殺生丸が無かったはずの左腕を鋭く振るった。
闇を切り裂く雷光のような輝きと共に凄まじい衝撃が殺生丸を狙っていた触手に走る。
眩しい光の中、浮かび上がってきたのは細身の刀を握った殺生丸の左腕。
刀身と柄をビッシリと覆い尽くす雷紋が刀の性質を物語る。
“爆砕牙”その名の通り爆発的な破壊力を秘めた殺生丸の刀。
殺生丸本人さえ知らなかった殺生丸の中に隠されてきた刀。
その破壊力の余りの凄まじさに父である闘牙が封印した刀。
殺生丸自身に、爆砕牙を振るうに相応しい器量が、大妖怪としての度量が生じるまで、存在その物が秘匿(ひとく)されてきた究極の破壊力を有する刀、爆砕牙。
その秘刀が、遂に失われた左腕とともに現われたのだ。
「長かったな、殺生丸・・・もう現われないのかと思ったぞ」
「御方さま・・・おっ、おめでとうございます」
松尾が目を潤ませながら寿(ことほ)ぎを口にする。
「私からも・・・おめでとうございます」
権佐も感極まったのか上擦(うわず)る声で祝いの言葉を述べ頭を下げる。
「喜ぶのは、まだ早い。殺生丸は、まだ、あの悪霊を倒しておらんぞ」
そうだ、爆砕牙の出現を祝うには、まだ早い。
あの悪霊を倒さねばな。
爆砕牙の攻撃を受け浮力を失って地に叩きつけられる触手。
すると新たな妖怪どもが触手の残骸を取り込んで新たに合体しようとし始めた。
またしても融合して新たな触手が出現するのか?
何っ! 何が起きているのだ!?
信じがたい現象が繰り広げられていた。
残骸を取り込んだ妖怪どもが悉(ことごと)く破壊されていく。
文字通り完全に塵(ちり)となるまで。
そうか、爆砕牙は一度(ひとたぶ)振るえば攻撃対象を再生不能なまでに破壊する。
更に、爆砕牙の攻撃を受けた残骸を取り込めば無傷の敵までもが同様に破壊されるのだ。
何という怖るべき破壊属性を持った刀だ。
まるで神の怒りその物ではないか。
闘牙が厳重に封印するはずだな。
あんな刀を以前の非情な殺生丸が持ったら破壊王にしかなれなかっただろう。
悪霊の生首を殺生丸が爆砕牙で斬り捨てた。
だが、本体は逃げおおせたようだ。
『愚息行状観察日記⑱=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
突如、鮮やかな紅(くれない)の衣が翻(ひるがえ)った。
次の瞬間、懐かしい幅広の刃(やいば)が男の絡みつくような触手を断ち切っていた。
鉄砕牙、今は亡き夫、闘牙の牙から打ち出された刀。
それを軽々と振るう生意気そうな顔の小童(こわっぱ)。
殺生丸と同じ白銀の髪、金色の瞳が両者の血の繫がりをマザマザと見せつける。
「御方さま、あの火鼠(ひねずみ)の衣は・・・」
松尾が声を発する。
「そうだ、松尾。あの半妖の小童(こわっぱ)が殺生丸の弟、闘牙のもう一人の息子、『犬夜叉』だ」
兄を助けに来たのか、半妖。
半妖の仲間、人間どもも駈け付けてきたな。
相対する兄弟、だが、殺生丸は半妖の弟に助けられたのが不満のようだ。
フム、気合で腕の傷を塞(ふさ)ぐか。
ムッ、殺生丸の目が赤くなった。
変化する積りだな。
そこまで追い詰められているのか。
殺生丸が右腕で攻撃すると見せかけ、一気に巨大な化け犬の本性を顕(あらわ)にしおった。
そして、そのまま男の頭部を喰いちぎった。
当然、これで男は絶命すると誰もが思っただろう。
だが、男の体からは見るだに濃厚な瘴気が溢れだし周囲に充満する。
あの瘴気の濃度、到底、か弱い人間どもの身では耐えられまい。
やはりな、人間達が堪(たま)らず空中に逃げ出した。
法師は気絶した小僧を連れ小娘とともに双頭竜に騎乗。
女退治屋は同じく気絶した巫女を乗せ子狐妖怪と一緒に猫又に。
首を捥(も)がれた体から何本もの極太の触手が生えてきた。
通常ならば殺生丸に首を噛みちぎられた時点で男は死んでいる筈。
にも拘(かかわ)らず、三白眼の男は生首だけで生きて今も何か喋っているらしい。
化け犬に変化した殺生丸の口中に銜(くわ)えられたままの状態でな。
クッ、音声が拾えないのが悔やまれてならぬわ。
それにしても実に不気味な存在だな。
あ奴には痛覚が無いのか。
殺生丸の牙が顔に喰い込んでいるというのに。
薄気味の悪い笑みが貼りついたように消えない。
極太の触手が何本も大挙して半妖に襲いかかる。
宝仙鬼から譲り受けた金剛槍破で迎え撃つ半妖。
しかし、金剛石の槍は標的を貫くことなく虚空に飛び散った。
不気味な触手だらけの体は宙に浮かび半妖の攻撃をやり過ごしたのだ。
そのまま触手は覆いかぶさるように化け犬の殺生丸に巻きつきギリギリと締め上げている。
銜(くわえ)えられていた生首までもが変化し触手が生え出した。
今しも殺生丸の牙から逃れ口から這い出ようとしておる。
獲物を離すまいと殺生丸がグッと力を込めて噛みしめる。
だが、殺生丸の牙が、どれほど深く喰い込もうと、生首は一向に痛痒(つうよう)を感じておらぬようだ。
あの男、本当に生き物なのか?
触手に締め付けられる兄を助けようと半妖が鉄砕牙を振るおうとする。
しかし、あの生首が殺生丸に絡みついておっては手も足も出せぬ。
チッ、一難去って、また一難か。
奴め、このまま殺生丸を絞め殺す気だな。
殺生丸に巻きついた触手が更に数を増し完全に愚息を覆いつくしてしまった。
殺(や)られたか!?
イヤ、そうではない。
流石に形勢不利と見て取ったのだろう。
変化を解いた殺生丸が人型に戻り、辛(から)くも触手地獄から脱出した。
フゥッ、冷や冷やさせおるわ、頑固者め。
松尾も権佐もハラハラしながら状況を見守っておる。
だが、こうまで追い込まれながらも、殺生丸は、やはり殺生丸だった。
退(ひ)く気など一切皆無。
またしても触手だらけの化け物に向かっていきおる。
爪で触手を薙ぎ払えるだけ薙ぎ払うが、如何せん、数が多過ぎる。
それ見たことか、アッという間に触手に絡め取られかけた。
半妖が、それを見て急いで触手を斬り落とし兄に助太刀する。
ムッ、鉄砕牙の刃の色が黒く変わった。
遂に出すのか、半妖、殺生丸から譲り受けた冥道残月破を。
だが、『敵も然(さ)る者、ひっかくもの』ぞ、半妖の行動に即座に対応してきた。
瞬時に自(みずか)らの操る体を四方八方に分散させたのだ。
あれでは冥道残月破は撃てん。
仮に撃ったとしても殆ど効果がない。
不味いな、このままでは各個撃破するしか道がないではないか。
そんな状況下にあって殺生丸が動いた。
まず小娘が乗っている双頭竜を狙った触手を爪で薙ぎ払った。
フム、やはり、そなたの姫を庇(かば)うか、殺生丸。
その上で先陣を切って飛散した妖怪の体を突っ切り、人間どもを一箇所に寄り集めさせた。
成る程な、これならば同士討ちはない。
次はどう動くのかと思ったら、何と、殺生丸の奴、そのまま空中に浮かぶ生首に突っ込んでいくではないか。
無謀だ、殺生丸、あの男にはそなたの爪も毒も利かん。
見す見す死にに行くようなものだ! 戻れっ! 殺生丸!!
『愚息行状観察日記⑰=御母堂さま=』に続く