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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
年中、霧が立ちこめる薄暗い場所に存在する瘴気の沼。
ビッシリと藻が蔓延(はびこ)り沼の水は不気味な緑色に濁っている。
水辺には沼の毒気にやられたのだろうか。
骨と化した動物の死骸が転がっている。
ゴボゴボ・・ゴボッ・・・
澱(よど)んだ水の中から奇妙な物体が浮かび上がってきた。
ツルリと長大な禿(は)げ頭、白い髭、長い耳、手には杖。
一見、七福神の寿老人を思わせるような容貌。
だが、決定的に違うのは、その身に纏(まと)う清浄とは言い難い饐(す)えた瘴気。
光を通さぬ盲(めし)いた目、大きな耳。
そして、何よりも特徴的なのは老人の巨大な耳朶(じだ)。
身体の半分以上もの長さがある。
「久し振りだな、耳千里」
濁った水の中から現われた奇怪(きっかい)な老人に権佐は声をかけた。
「“斑(まだら)の権佐”か。さては奈落と夢幻の白夜のことだな」
「誰だ、それは」
「けへへ・・・権佐、お主の雇い主、西国の当代さまに絡んでおる輩よ」
「やはり知っておったか」
「ひょほほ・・・わしの耳はこの世のあらゆることを聞き取るからな」
「ならば話は早い。そ奴らについて詳しく聞かせてくれ。報酬はそちらの望むままに」
「要らぬよ。お主には借りがあるからな」
耳千里は旧知の仲である西国お庭番の頭領“斑(まだら)の権佐”に自分の知る限りのことを教えた。
四魂の玉の由来、奈落誕生の経緯(いきさつ)、それに奈落の分身、夢幻の白夜について。
知りたい情報を全て手に入れた権佐は耳千里に礼を云うが早いか、即、西国へと取って返した。
目にも留まらぬ速さで権佐は、走る、走る、ひた走る。
一日を待たずして権佐は天空の城に帰り着いた。
門番は前以(まえも)って言付かっていたのだろう。
すぐさま、権佐を城内に通した。
そのまま、奥にある主の部屋に案内される。
部屋の中では狗姫と筆頭女房の松尾が待ち構えていた。
「ご苦労であったな、権佐。して首尾は?」
「上々にございます、御方さま」
「そうか、では、早速、聞かせてもらおう」
「ハイ、その前に、まず若さま、イエ、殺生丸さまが、あの若衆侍と拘りを持つ切欠になった四魂の玉についてお話せねばなりません」
「四魂の玉? アア、五百年ばかり前に人界に現われたという奇妙な玉のことか」
「その通りにございます。御方さまは、あの玉が人間の巫女と数多の妖怪の魂が混じり合って生じたという事は御存知でしょうか?」
「イヤ、それは初耳だぞ、権佐」
「これは某(それがし)が、ある事情通より聞き出してきた話でございますが。四魂の玉は五百年前、人界が貴族によって支配されていた時代に忽然と出現しました。当時の人界は天変地異が相次ぎ人心(じんしん)著(いちじる)しく乱れ、所謂(いわゆる)乱世でございますな。丁度、戦国と呼ばれる今の時代と良く似ております。そして、乱世には多くの低級妖怪どもが人界に現われます。それは御存知のように人界と妖界を隔てる結界が緩(ゆる)むからにございます。結界の緩みに乗じて人界になだれ込んだ低級妖怪どもは人間を襲って喰らい肥え太り、益々、数を増やし人の世を脅(おびや)かします。されど、人間達とて我ら妖怪に対して全く対抗手段を持たぬ訳ではありません。霊力に優れた僧侶、巫女、武士(もののふ)が妖怪退治に当たりました。その中でも翠子と申す巫女は極めて高い霊力を誇り一度に十体もの妖怪を屠る能力(ちから)を有していたそうです。その霊力に怖れをなした妖怪どもは巫女を葬らんと画策し、巫女に懸想する人間の男に目を付けました。その男の邪心につけ込み男の身体を乗っ取り、男の魂を核に数多の妖怪が融合したのです。そして巫女と融合した妖怪との戦いが、七日七晩、続いたそうです。遂に力尽きた巫女が妖怪に喰われそうになった時、巫女は最後の力を振り絞って妖怪の魂を己が魂の中に取り込み、玉にして体外に排出して絶命。勿論、妖怪も巫女同様、死に絶えました。そして巫女が体外に排出したその玉こそが四魂の玉なのです」
「何とも壮絶な由来を持つ玉だな」
「仰せの通りです。そうした経緯(いきさつ)から四魂の玉は、それを所有する者に強い力を与えます。その為、人間、妖怪を問わず多くの者が先を争って奪い合い所有者は転々と変わりました。最後に四魂の玉を所有していたのが桔梗という人間の巫女でございました。五十年前のことです。四魂の玉を浄化する為に退治屋の首領より預かっていたのです。この巫女に懸想した男がおりました。鬼蜘蛛という野盗にございます。尤も、こ奴が巫女と知り合った時、鬼蜘蛛は大火傷を負い足の骨が砕けて歩くことすら侭(まま)ならない状態でした。ですから巫女が情け心を起こして洞穴に匿(かくま)い世話してやったのでしょう。そこで更に事情をややこしくするのが巫女と当代さまの異母弟、犬夜叉殿が恋仲だったことです」
「あの半妖とか?」
「ハイ、そして、ここからが肝要でございます。一人の女に二人の男、世に言う三角関係という奴でございますな。しかし、鬼蜘蛛は、全身、醜く焼け爛(ただ)れ歩くことすら出来ない身。通常なら諦めるしかないでしょう。しかし、この男の巫女に対する妄執は凄まじかったようです。その執念に妖怪どもが引き寄せられる程に。鬼蜘蛛は身動きさえ出来ない己が身を妖怪どもに差し出すことによって巫女と自由な身体、それに四魂の玉を望んだのでございます」
「それで、そ奴の望みは叶ったのか?」
「叶ったとは申せませんな。鬼蜘蛛の魂を核に数多の妖怪が融合して奈落という半妖が誕生しました。この奈落が画策して、巫女と犬夜叉殿、双方に互いに相手が裏切ったと思わせ殺し合うように仕向けました。巫女は死に犬夜叉殿は神木に封印されました。そして、どうした仕業(しわざ)か、四魂の玉が巫女の死とともに消えています。これが五十年前の出来事にございます。驚くほど奸智に長(た)けた輩でございます。奈落という半妖は」
「したが、権佐、犬夜叉はピンピンしておるではないか」
「封印が解かれたのが、ごく最近なのでございます。不思議なことに犬夜叉殿の封印が解かれるのと同時に四魂の玉も五十年ぶりに出現致しました。しかし、その後、不測の事態により破魔の矢で打ち砕かれ何千何百と知れぬ欠片に分かれました。とはいえ、例え、ひと欠片でも、有する力は大きく妖怪も人も先を争って求める事態となっておりました。そんな中、先程も申し上げました半妖の奈落が散らばった数多の欠片を回収して、ほぼ完全な四魂の玉を所有しております。残る欠片は後ひとつ」
「その奈落とやらは四魂の玉を完成させて何がしたいのだ?」
「さあ、それは某(それがし)には判りかねます。唯、奈落は殺生丸さま、犬夜叉殿と浅からぬ因縁がございます。特に犬夜叉殿とは亡くなった桔梗という巫女を巡って恋敵だったせいで両者の間には激しい怨恨の情が存在すると思われます」
「殺生丸と奈落との関わりは?」
「当代さまの場合は鉄砕牙絡みにございます。殺生丸さまが二百年もの間、探し求めていた鉄砕牙の在処(ありか)、これは犬夜叉殿の右目に隠された黒真珠に入り口がございました。当代さまは、それを突き止め、今は亡き父君の形見を手にされようとしましたが、結界に阻(はば)まれました。あの刀は異母弟の犬夜叉殿に譲られた物にございますから。されど、それに納得されなかった殺生丸さまは、その場で変化され犬夜叉殿と闘われたのです。その際、犬夜叉殿に左腕を斬り落とされました。当代さまが隻腕なのは、そのせいです」
「殺生丸め、益体(やくたい)もない兄弟喧嘩で左腕を失ったか」
『愚息行状観察日記⑪=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
あの男・・・やはり気になるな。
何故、殺生丸に関わるのか。
執務の合間に浮かんでくる疑問に通称“狗姫(いぬき)の御方”は独りごちた。
ここは天空に浮かぶ城、先の西国王妃の住いである。
因(ちな)みに当代の西国王妃はいないというか存在しない。
当代の西国王、殺生丸が独身だからである。
というよりも問題は肝心要の当代が二百年前に西国を出奔(しゅっぽん)して以来、未だ生国(しょうごく)に戻ってこないことにある。
先代の闘牙王は既に身罷(みまか)って久しい。
当然、嫡子である殺生丸が当代として跡を継ぎ西国を統治するのが本筋である。
にもかかわらず、殺生丸は先代の逝去と、ほぼ時を同じくして西国を出奔した。
理由は先代が残した刀にある。
先代、闘牙王の残した名刀、鉄砕牙。
その刀に並々ならぬ執着を示していた殺生丸は鉄砕牙の探索の為、遥々、人界にまで赴き今もそのまま留(とど)まっているのだ。
従って政務は、実質、西国の留守を預かる留守居役と王太后に当たる“狗姫の御方”によって為されてきた。
「仕方ない。あ奴を使うか」
狗姫(いぬき)は腹心の部下、松尾を呼びつけた。
「松尾! 松尾はおらぬか!」
「お呼びにございますか、御方さま」
執務室の重々しい扉を開け人間なら三十台の半ばとも思える女が入ってきた。
結い上げた銀灰色の髪に緑の瞳、筆頭女房の松尾である。
名前通り松の文様の打ち掛けをはおっている。
一見、怜悧な美貌の妙齢の女。
とはいえ妖怪である。
見た目通りの年齢であるはずがない。
狗姫自身、千年以上の齢(よわい)を経ている。
松尾は、その狗姫の乳母(めのと)を務めていた。
当然、狗姫以上の寿命を誇る。
乳母(めのと)であったせいか、松尾は、主である狗姫に遠慮なく物が言える数少ない存在でもある。
「松尾、権佐(ごんざ)は、今度は、何時、来る?」
「今日辺りに。多分、あと一刻(=約二時間)もすれば参りましょう」
「そうか、此度(こたび)は、あ奴に頼みたいことが有るのでな」
「御方さまが、直接、権佐に頼み事とは珍しゅう御座いますな」
「ちと、愚息の関係で気になることがあってな」
「はて、若さま、あいや、殺生丸さまのことに御座いますか」
「あ奴、人界で妙な男に絡まれておってな」
「妙なとは?」
「ウム、敵ではない。さりとて味方でもない。これがハッキリと断定できぬのだ。それで、そ奴の素性を、一度、洗い出してみようと思ってな。権佐が来たら、この執務室ではなく、直接、妾(わらわ)の部屋に通してくれ」
「畏(かしこ)まりました」
狗姫と松尾の会話に出てきた権佐(ごんざ)とは、西国城の庭全体を管理・統轄(とうかつ)している、お庭番の頭領である。
権佐は、顔が犬で、身体は人型の斑(まだら)のぶち犬である。
茶色に黒、黄色に白と様々な色が混ざりこんだ毛色をしている。
その斑(まだら)な毛色から通称を“斑(まだら)の権佐”、妖界において三本の指に数えられる凄腕の妖忍である。
殺生丸が西国を出奔して以来、二百年この方、天空の城と西国とを足繁(あししげ)く行き来するのが権佐の日常となっている。
狗姫と留守居役との連絡役を果たしているのだ。
松尾の云った通り、一刻ほどして権佐が天空の城にやってきた。
西国城の留守居役からの書状を携えて。
主(あるじ)の言い付け通り、松尾が権佐を狗姫の私室に案内する。
「久しいの、権佐」
「御方さまには、ご機嫌麗しゅう」
「ああ、挨拶の前口上は良い。早速、本題に入りたい」
「御方さま、書状は、どうされます」
「そなたが預かっておいてくれ、松尾。後で読む」
「仰せのままに」
権佐から松尾が書状を受け取り、そのまま側に控える。
狗姫が権佐に声をかけた。
「近う寄れ、権佐。そなたに見せたい物がある」
「ハッ、御前、失礼致します」
“遠見の鏡”を覆っていた布を狗姫が取り権佐に鏡を覗くように促す。
権佐が鏡を覗きこむと若い男の姿が映し出されていた。
「権佐よ、この“遠見の鏡”に映った男の素性を探って参れ」
「はて、この若衆侍にございますか。場所は・・・妖界ではございませんな」
「その通りだ、権佐。こ奴、人界をほっつき歩いている愚息に纏わり付いておってな。それが敵とも味方とも思えぬ風情なのだ。実に胡散臭い。どうも気になってならん」
「何と、若さま、イエ、殺生丸さまにですか」
「こ奴の背後関係も含めて綺麗に洗い出してくれ」
「ハハッ、承知いたしました」
「頼むぞ、権佐。出来るだけ早く知りたいのだ」
「御意(ぎょい)、しからば、これにて御免候(ごめんそうろう)」
探索に向かう為、退出した権佐は、すぐさま掻き消すように姿が見えなくなった。
『愚息行状観察日記⑩=御母堂さま=』に続く
巨大な冥道に呑み込まれていく半妖。
それを見て殺生丸が鉄砕牙に変化した天生牙を捨てた。
黒い冥道に引き寄せられ呑み込まれていく天生牙。
天生牙が冥道に入った瞬間、鉄砕牙が共鳴した。
ムッ、半妖の鉄砕牙が、また変化したぞ。
今度は刀身をビッシリと覆う緑色の鱗。
鱗の形状からして、あれは竜もしくは竜人の物だな。
どうやら、あれも半妖が会得した技と見える。
随分と多彩な技を駆使するものよ。
闘牙が鉄砕牙を所持していた頃は風の傷と爆流破だけであったが。
ンッ、鉄砕牙が変化したと同時に妖気が。
あれは半妖の妖気だな。
中心に妖穴がある。
何と、半妖が己の妖穴を斬りおった。
一気に大きくなっていく半妖の妖気の渦(うず)。
冥道が半妖の妖気に侵食されていくではないか。
この分なら半妖が冥道から脱出するのも時間の問題だろうと思った矢先、背後から金剛石の槍が嵐のように襲いかかってきた。
半妖の背中に金剛石の槍が、二本、命中した。
鉄砕牙に変化した天生牙からだ。
天生牙も鉄砕牙と同じく闘牙の牙から打ち出された刀。
謂わば闘牙の分身と云ってもよい。
その刀が己が息子を害そうなどとする筈がない。
ということはだ、あれは、あの鏡の欠片を操る者の意思だな。
いかん、瘴気が金剛石の槍から放散された。
半妖の妖気が弱まっていく。
それを見て殺生丸が即座に動いた。
自ら冥道の中に乗り込んでいく。
弟を助ける積りか。
変化した天生牙を掴んだ殺生丸が大きく振りかぶった。
受けて立つ半妖の弟。
見かけはソックリ同じ鉄砕牙と鉄砕牙の打ち合い。
打ち合うのが兄弟なら刀までもが兄弟剣。
奇(く)しき運命(さだめ)よな。
火花が飛び散るような激しい一撃。
その衝撃で殺生丸の刀を覆っていた鏡の欠片が掃(はら)われた。
変化が解けた。
元の天生牙だ。
幅広の鉄砕牙と違い細身の美しい刀。
それが・・・折れた。
イヤ、あれは、わざと折りにいったな。
殺生丸の表情を見れば判る。
遣る瀬無さと惜別の情が綯(な)い交(ま)ぜになった複雑な思いを宿す目。
そうか、殺生丸、冥道残月破を自ら半妖に譲るか。
覚悟の上で天生牙を折ったのだな。
そなたらしい、今、この場で、あの技を半妖にくれてやるとは。
天生牙が折れた途端、鉄砕牙が変化した。
今までに見たこともない黒い刀身、冥道残月破を取り込んだ鉄砕牙だ。
ンッ、半妖は瘴気にやられ気を失ったようだ。
あの瘴気は半妖の身には流石にきつかろうな。
ホッ、殺生丸が弟の背中に突き刺さった金剛石の槍を抜いてやりおった。
あれにも少しは兄らしいことが出来るのだな。
だが、半妖は目を覚まさない。
どうするのか?と思ったら、殺生丸の奴、すかさず半妖に一発喰らわしおったわ。
さしずめ、兄から弟に対する辛口の教育的指導とでも言えばよいのか。
妾(わらわ)には兄弟姉妹が居らぬので良く判らんが男兄弟とはああいうものなのか。
何とも、まあ、荒っぽいのう。
とは云うても兄弟揃って未だ冥道の中。
早く脱出せねば、そのまま、両名とも、あの世行きだぞ。
ほれ、もう身体が消えかけておる。
半妖が意を決して黒い鉄砕牙で冥道を斬った。
ヨシッ、冥道が下界に向けて開いたぞ。
ンッ、冥道から何かが落ちた。
光に煌めいて、あれは・・・・。
半妖は気力・体力が限界にきておったらしいな。
転がるように冥道から落ちていく。
それに比べ殺生丸の方は悠然と何事も無かったかのように地面に降りていく。
何とも対照的な兄弟だのう。
刀々斎が殺生丸に何やら話しかけておる。
チッ、こういう時こそ会話を聞きたいのだがな。
だが、まあ、何となく推測はつく。
冥道から落ちてきた天生牙を持っていけとでも云うておるのだろうて。
不思議だな、あの時、折れたと思った天生牙が無傷で冥道から出て来るとは。
全ては闘牙の望んだままに物事が推移したということかな。
でなければ天生牙が元通りのままの筈がない。
冥道残月破を鉄砕牙に譲った以上、もう天生牙に攻撃能力はない。
尤も厳密に云えば違うがな。
天生牙は、この世のモノこそ斬れぬが、あの世のモノは斬れるのだから。
刀々斎を無視してズンズン歩いていく殺生丸。
それを必死に追う小妖怪。
ンッ、あの小娘が天生牙を刀々斎から受け取ったぞ。
フフッ、それでよい。
そなたからなら殺生丸も天生牙を受け取るであろう。
いずれ天生牙が役立つ機会も巡ってこよう。
必ずしも敵がこの世のモノだけとは限らぬからな。
さて、それでは、仕事に戻るとするか。
明日、また暇を見つけて覗いてみるとしよう。
云っておくが、まだまだ愚息の観察は終わっておらんぞ。
『愚息行状観察日記⑨=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
待たせな。
さてさて、傷心の殺生丸はどうしていようか。
早速、覗いてみるとしよう。
ンッ、これは海だな。
ホォ、我が息子殿は海を前に絶壁で黄昏(たそがれ)ておるか。
フッ、青春じゃのう。
悩め、悩め、悩み抜いた末に道が見えてくる。
ムッ、あ奴、何者ぞ。
巨大な折り鶴に乗って殺生丸の前に現われた若い男。
形(なり)から判断するに何処ぞの若衆侍(わかしゅうさむらい)か色小姓のような感じだな。
それにしても妙に胡散臭さを感じさせる奴だな。
如何なる目的で殺生丸に近付くのか。
あ奴の素性(すじょう)を知らぬ故、皆目、見当がつかん。
奴が現われるなり、殺生丸が冥道残月破をお見舞いしたということは、間違っても好意を抱いてはおらんな。
かといって完全な敵とも思えんし、さりとて味方でもないようだ。
会話を交わしておる様子から判断して、一応、顔見知りといった程度か。
何を話しておるのやら。
この“遠見の鏡”は見たいと念じた物を映す重宝(ちょうほう)な鏡だが、生憎、音声までは伝わらん。
その点が不便といえば不便よな。
いっそ遠鼓(えんこ)の精でも愚息の側に張り付けようか。
さすれば周囲の物音を残さず拾い上げられるのだが。
イヤ、それでは殺生丸に“遠見の鏡”を使用していると覚(さと)られてしまうな。
そんな危険は冒(おか)せん。
止(や)めておこう。
オオッ、殺生丸が右手で若衆侍を串刺しにした。
相当、癇に障(さわ)ったと見えるわ。
しかし、敵もさるもの引っ掻くもの、分身の術を使っておった。
若衆侍の姿は掻き消すように見えなくなり、後には蓮の花が一輪、燃えて消え落ちた。
蓮の花は、あの若衆侍の幻術の形代(かたしろ)か。
ンッ、殺生丸の手に残ったのは何だ。
ちと・・・見えにくい。
「鏡よ、もっと大きく見せよ」
狗姫(いぬき)が“遠見の鏡”に命じると映っていた部分がスッと拡大された。
フム、あれは欠片(かけら)だ、鏡の破片だな。
それを一頻(ひとしき)り眺めた後、殺生丸が歩き出した。
表情が先程とは変わっておる。
何かを決したらしいな。
はて、何処へ行く積りなのか。
辿り着いたのは、半妖の弟と、その仲間達が野営を張る場所。
陽は完全に落ち、周囲は暗くなっておるからな。
我ら妖(あやかし)に不自由はないが夜目の利かぬ人間どもは不用心に動かぬ方が良い時分。
ンッ、以前、この城に連れて参ったあの小娘と小妖怪、小僧も一緒に居るな。
すると、殺生丸の奴、いきなり抜刀して半妖に闘いを挑んだではないか。
どうしようというのだ。
半妖も戸惑っておるようだ。
業を煮やしたか、殺生丸め、冥道残月破を喰らわしおった。
完成したばかりの真円の冥道残月破。
大した威力だな。
兄の本気を見せられ流石に覚悟したか。
半妖も鉄砕牙を抜き放って応じてきた。
ムッ、半妖が鉄砕牙を振るったが技が出て来んではないか。
何っ!? 天生牙が鉄砕牙に変化した!
どういう事だ!?
そうか、あの若衆侍が鏡の欠片を殺生丸に渡したのは、これを狙っておったのか。
あの鏡の欠片は相手の妖力をソックリ奪い取る力を持っているのだな。
まるで鏡に映したかのように。
鉄砕牙に変化した天生牙は、無論、鉄砕牙の妖力を全て奪い取っておるのだろう。
ンッ、先程の若衆侍めが折鶴に乗って、又してもしゃしゃり出てきよった。
何をする気だ。
若衆侍が瓢箪(ひょうたん)を手にシャカシャカと振ったかと思うと中身をバッと大きく円形に撒き散らしおった。
オオッ、殺生丸と半妖が立っている周囲が地面ごと円形にザックリと抉(えぐ)り取られ、その場から消えた。
どうやら、抉り取った部分を何処ぞ異次元の世界に飛ばしたらしい。
あの若衆侍も用が済んだのかサッサと姿を消しおったわ。
幻術か、それも相当な使い手だな。
だが、この“遠見の鏡”は見る者が『見たい』と念じた物を映す不思議の鏡。
異次元だとて、それは変わらぬ。
暫時(ざんじ)、鏡は曇ったが・・・よし、映ったぞ。
これは、また、異様な場所だな。
周囲は奇妙な形をした妖怪だらけ。
空中には地面をすくい取ったような足場が幾つも浮かんでおる。
そして眼下はゴボゴボと泡を吹き出す瘴気の海。
そこで繰り広げられるは鉄砕牙同士の攻撃の応酬。
ホォ~半妖の顔が妖怪化しておるではないか。
赤い目、牙、頬には妖線が一筋。
成る程、確かに闘牙の息子だ。
風の傷、金剛槍破と刃(やいば)を交えるごとに半妖の鉄砕牙に妖力が戻っていく。
当然といえば当然だな。
元々、半妖の持つ鉄砕牙こそが本物。
さあ、どうする、殺生丸?
オオッ、遂に冥道残月破を撃ったぞ!
冥道に呑み込まれていく半妖。
この窮地を凌(しの)げぬようでは半妖に冥道残月破を受け継ぐ資格はあるまい。
それが判っているからこそ、敢(あ)えて殺生丸も冥道残月破を繰り出したのであろう。
『愚息行状観察日記⑧=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
流石に気になってな、そのまま愚息の動向を覗き見ておった。
するとな、あ奴、何を思ったのか、万年、火を噴く火山に足を向けおったのだ。
そのような場所に何があるのかと思ったら・・・。
あれは、刀々斎ではないか。
成る程、あ奴か。
鉄砕牙と天生牙を打ち起こした希代(きたい)の刀匠。
当然、闘牙から詳しい内情を聞かされておったであろうな。
にも拘らず、殺生丸は刀々斎から何も知らされておらなんだと。
フムフム、それで烈火の如く怒り狂って刀の生みの親に苦情を申し立てにきたという訳だ。
あれもエラクすっ惚(とぼ)けた男だからな。
さぞかし生真面目な殺生丸は鶏冠(とさか)に来ようて。
オ~オ~怒っておる、怒っておる。
今にも口から火を吐きそうじゃ。
とは云うても、やはり、まだまだ青二才だな、老獪(ろうかい)極まる刀々斎を完全にやり込めるまでには至らん。
あ奴は相当な喰わせ者だからな。
最後にもう一度、面当てのように冥道残月破を喰らわせてから火山を立ち去る殺生丸。
さてさて、この後、傷心の息子殿は何処へ行くお積りなのかな。
ムッ、先程から筆頭女房の松尾が妾(わらわ)を呼んでおる。
ンッ、筆頭女房の松尾は誰かとな?
松尾はな、昔、妾(わらわ)の乳母(めのと)をしておった女でな。
俗に言う『育ての母』という奴だな。
それもあって妾(わらわ)でさえ、面と向かってアレに逆らうのは難しい。
仕方がない、一時ほど此の場を離れるとしようぞ。
この城の主(あるじ)としての仕事が待っておる。
それだけではない、妾(わらわ)は西国にも睨みを利かせねばならん。
有能な留守居役が目を光らせているとはいえ、かれこれ二百年も国主不在の状態が続いておるからな。
図に乗った鼠どもが次第に我が物顔にのさばり出してきおった。
「獅子、心中の虫」という奴だな。
チョロチョロと妙な策動ばかりしおって小煩(こうるさ)くて堪(たま)らん。
彼奴(きゃつ)らを叩き潰すのは容易(たやす)いが、それでは、殺生丸の為にならん。
それ故、今は、鼠どもをそ知らぬ顔で泳がしておる。
留守居役の者にも、その旨、シッカと伝達してある。
鼠退治は西国に帰還してからの愚息の仕事ぞ。
さぞかし大捕り物になろうの。
獲物は太らせてから仕留めるが最上というし。
アレが、どのように大鼠どもを捌(さば)くのか、お手並み拝見よな。
とは云うものの、今はそれよりも、殺生丸が天生牙を、イヤ、冥道残月破をどうする積りなのか?だな。
妾(わらわ)が闘牙から聞いておるのは、殺生丸に冥道残月破を完成させ、そのまま技ごと天生牙と鉄砕牙を融合させるという仕儀。
ウ~~ム、まんま半妖の丸儲けではないか。
考えれば考えるほど殺生丸に取っては業腹(ごうはら)な仕打ちよな。
かといって詳しい内情を教えてやる訳にもいかん。
殺生丸自身が決断し行動しなければ何の証(あかし)にもならんからな。
そうでなければ、あの刀が出現せぬとはいえ・・・。
ホッ、闘牙も随分と酷なことを考えたものよ。
アア、松尾が、また、妾(わらわ)を呼んでおる。
かなり痺れを切らしておるようだ。
仕方ない、では暫(しば)し、この場を離れる。
用を片付けたら、また戻ってくるでな。
待っておれよ。
『愚息行状観察日記⑦=御母堂さま=』に続く