忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『愚息行状観察日記⑨=御母堂さま=』



 ※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


あの男・・・やはり気になるな。
何故、殺生丸に関わるのか。
執務の合間に浮かんでくる疑問に通称“狗姫(いぬき)の御方”は独りごちた。
ここは天空に浮かぶ城、先の西国王妃の住いである。
因(ちな)みに当代の西国王妃はいないというか存在しない。
当代の西国王、殺生丸が独身だからである。
というよりも問題は肝心要の当代が二百年前に西国を出奔(しゅっぽん)して以来、未だ生国(しょうごく)に戻ってこないことにある。
先代の闘牙王は既に身罷(みまか)って久しい。
当然、嫡子である殺生丸が当代として跡を継ぎ西国を統治するのが本筋である。
にもかかわらず、殺生丸は先代の逝去と、ほぼ時を同じくして西国を出奔した。
理由は先代が残した刀にある。
先代、闘牙王の残した名刀、鉄砕牙。
その刀に並々ならぬ執着を示していた殺生丸は鉄砕牙の探索の為、遥々、人界にまで赴き今もそのまま留(とど)まっているのだ。
従って政務は、実質、西国の留守を預かる留守居役と王太后に当たる“狗姫の御方”によって為されてきた。
「仕方ない。あ奴を使うか」
狗姫(いぬき)は腹心の部下、松尾を呼びつけた。
「松尾! 松尾はおらぬか!」
「お呼びにございますか、御方さま」
執務室の重々しい扉を開け人間なら三十台の半ばとも思える女が入ってきた。
結い上げた銀灰色の髪に緑の瞳、筆頭女房の松尾である。
名前通り松の文様の打ち掛けをはおっている。
一見、怜悧な美貌の妙齢の女。
とはいえ妖怪である。
見た目通りの年齢であるはずがない。
狗姫自身、千年以上の齢(よわい)を経ている。
松尾は、その狗姫の乳母(めのと)を務めていた。
当然、狗姫以上の寿命を誇る。
乳母(めのと)であったせいか、松尾は、主である狗姫に遠慮なく物が言える数少ない存在でもある。
「松尾、権佐(ごんざ)は、今度は、何時、来る?」
「今日辺りに。多分、あと一刻(=約二時間)もすれば参りましょう」
「そうか、此度(こたび)は、あ奴に頼みたいことが有るのでな」
「御方さまが、直接、権佐に頼み事とは珍しゅう御座いますな」
「ちと、愚息の関係で気になることがあってな」
「はて、若さま、あいや、殺生丸さまのことに御座いますか」
「あ奴、人界で妙な男に絡まれておってな」
「妙なとは?」
「ウム、敵ではない。さりとて味方でもない。これがハッキリと断定できぬのだ。それで、そ奴の素性を、一度、洗い出してみようと思ってな。権佐が来たら、この執務室ではなく、直接、妾(わらわ)の部屋に通してくれ」
「畏(かしこ)まりました」
狗姫と松尾の会話に出てきた権佐(ごんざ)とは、西国城の庭全体を管理・統轄(とうかつ)している、お庭番の頭領である。
権佐は、顔が犬で、身体は人型の斑(まだら)のぶち犬である。
茶色に黒、黄色に白と様々な色が混ざりこんだ毛色をしている。
その斑(まだら)な毛色から通称を“斑(まだら)の権佐”、妖界において三本の指に数えられる凄腕の妖忍である。
殺生丸が西国を出奔して以来、二百年この方、天空の城と西国とを足繁(あししげ)く行き来するのが権佐の日常となっている。
狗姫と留守居役との連絡役を果たしているのだ。
松尾の云った通り、一刻ほどして権佐が天空の城にやってきた。
西国城の留守居役からの書状を携えて。
主(あるじ)の言い付け通り、松尾が権佐を狗姫の私室に案内する。
「久しいの、権佐」
「御方さまには、ご機嫌麗しゅう」
「ああ、挨拶の前口上は良い。早速、本題に入りたい」
「御方さま、書状は、どうされます」
「そなたが預かっておいてくれ、松尾。後で読む」
「仰せのままに」
権佐から松尾が書状を受け取り、そのまま側に控える。
狗姫が権佐に声をかけた。
「近う寄れ、権佐。そなたに見せたい物がある」
「ハッ、御前、失礼致します」
“遠見の鏡”を覆っていた布を狗姫が取り権佐に鏡を覗くように促す。
権佐が鏡を覗きこむと若い男の姿が映し出されていた。
「権佐よ、この“遠見の鏡”に映った男の素性を探って参れ」
「はて、この若衆侍にございますか。場所は・・・妖界ではございませんな」
「その通りだ、権佐。こ奴、人界をほっつき歩いている愚息に纏わり付いておってな。それが敵とも味方とも思えぬ風情なのだ。実に胡散臭い。どうも気になってならん」
「何と、若さま、イエ、殺生丸さまにですか」
「こ奴の背後関係も含めて綺麗に洗い出してくれ」
「ハハッ、承知いたしました」
「頼むぞ、権佐。出来るだけ早く知りたいのだ」
「御意(ぎょい)、しからば、これにて御免候(ごめんそうろう)」
探索に向かう為、退出した権佐は、すぐさま掻き消すように姿が見えなくなった。


『愚息行状観察日記⑩=御母堂さま=』に続く
 

拍手[2回]

PR