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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
“遠見の鏡”に小娘に別れを告げ空中に浮かび上がる殺生丸の姿が映し出された。
小妖怪が例の如く殺生丸の毛皮にしがみ付いている。
「ンッ、此度(こたび)の逢瀬は随分と短いな。殺生丸の奴、西国に急用でも残してきたか」
「そうかもしれませんが。恐らく・・・若さまの事ですから逸早く嗅ぎ付けられたのではないでしょうか」
「何をだ? 松尾」
狗姫(いぬき)は“遠見の鏡”から視線を外(はず)し腹心の女房に向けた。
好奇心に耀(かがや)く主の黄金色(こがねいろ)の双眸(そうぼう)を思慮深い木賊(とくさ)色の双眸が受け止める。
松尾は考えを慎重に纏めつつ答えた。
「巫女の気配でございます。御方さまも御存知のように若さまの嗅覚の鋭さは尋常ではございません。西国でも三本の指に数えられる程の精度を誇っておられます。ですから、あの人里に下りられた瞬間、イエ、下手をすると、それ以前に巫女が戻ってきたことに気付かれたのではないかと」
「そうかもしれん。だが、それが、何故、殺生丸が小娘との逢瀬を切り上げることに繋がるのだ?」
「御方さま、思い出して下さいませ。奈落の体内で、若さまが、巫女と、どのように接していたのかを」
「ンッ、あの化け蜘蛛の体内でのことか。そうだな、云われてみれば、あの時、殺生丸は可能な限り巫女との接触を避けておった。隻腕の頃ならばイザ知らず、両腕が揃っておったにも係わらず、巫女を抱き上げることは愚か、頑(かたく)ななまでに指一本たりとも触れるまいとしておったな。フム、つまり、それほどまでに殺生丸は巫女を忌避しておるという訳か」
「これまでの様子から判断して、若さまは巫女を『敵』とまでは思っておられぬようですが、極力、関わりを持ちたくない相手と認識されている節がございます。どう好意的に考えても、相性が良いとは、お世辞にも申せませんでしょう。寧ろ『天敵』に近い存在ではないかと」
「確かに、巫女と小娘に対する殺生丸の態度は天と地ほどにも違うな。殺生丸の奴、冥界では、隻腕にも拘らず天生牙を握ったまま小娘を抱きかかえておったものな。それはもう見るからに大事そうに愛おしそうに」
「それはともかく、巫女は弟である犬夜叉殿の伴侶にございますから、若さまに取っては義理の妹に当たる訳でございます」
「ホホォ~~殺生丸の“義理の妹”か、成る程、云われてみればその通りだな。それは面白い!」
「御方さまには面白くとも若さまに取っては全く歓迎できない事態かと」
狗姫は、もう松尾の云う事など聞いていなかった。
即座に“遠見の鏡”に向き直り命令を下していた。
「“遠見の鏡”よ、殺生丸を映し出せ」
パッ、それまで、りんを映していた鏡面が切り換わった。
飛行する殺生丸の姿を捉える為、視点は上空から眺める俯瞰的構図を取っている。
徐々に視点が目標である殺生丸に近付いていく。
パッ、今度は視点が横からの観点に切り換わった。
比較的、低い位置で村を横切って飛ぶ殺生丸が映る。
そのせいだろうか、殺生丸の姿がハッキリと見える。
陽を弾いて煌めく白銀の髪、髪と同色の豪奢な毛皮、妖鎧、腰に差した世にふたつとない二本の名刀、天生牙と爆砕牙、風に靡(なび)く流水模様の帯は飾り結び、額を飾るのは三日月の輪、頬に流れる二筋の朱の妖線、さながら月の化身のような冴えた美貌の瀟洒(しょうしゃ)な若武者姿。
最近、殺生丸は己が姿を殊更(ことさら)に誇示するかのように村の上空を飛ぶようになった。
大方、小娘に懸想する人間の男どもへの威嚇と牽制を兼ねているのだろう。
草叢(くさむら)に座る半妖と巫女が殺生丸を見上げた。
次の瞬間、三年ぶりの再会に挨拶でもしようと思ったのか、巫女が親しげに殺生丸に向かって何か呼びかけたらしい。
殺生丸の眉間に瞬時に皺が走り柳眉が逆立った。
見るだに不快そのものの表情をしている。
半妖も唖然として己が妻を見詰めている。
何だ!?
何を言ったのだ!?
「松尾よ、先程、巫女は殺生丸に何を言ったのだろう」
「御方さま、流石に、それは判りかねます」
「知りたいな」
「・・・・・」
「権佐を呼んで調べるように申し付けておけ。小妖怪に聞けば判るだろう」
後日、城を訪ねてきた権佐から事の次第が報告された。
小妖怪に酒を奢(おご)ってやった処、べロンベロンに酔っぱらって、権佐が聞きだすまでもなく自分からベラベラと喋り出したそうだ。
こちらの思惑通りではあるが、小妖怪め、ちと呆れたぞ、何と口の軽い。
殺生丸を、この上なく不快にさせた巫女の言葉。
それは『お義兄(にい)さーーん!』の一言だった。
巫女の言葉のせいで上機嫌だった殺生丸の気分は一気に急降下し不機嫌極まりない状態に陥ってしまったらしい。
嵐のような愚息の不機嫌は西国に戻ってからも延々と尾を引き、次回、小娘を訪問する日まで回復しなかったそうだ。
小妖怪は、その間、ズッと殺生丸に八つ当たりされ続けたと権佐に管(くだ)を巻きながら、散々、愚痴を零していったらしい。
それにしても、殺生丸に『お義兄(にい)さーーん!』とはな。
あの巫女、たいそうな度胸の持ち主だな。
少しも殺生丸を怖れていない。
殺生丸から小娘を託された際の老巫女の態度も肝が据わっておったが、巫女とは、皆、あのような者ばかりなのか。
妖怪でさえ殺生丸に対して平常心を保てるのは極(ごく)少ないものを。
クククッ、大(たい)したものだ。
半妖が妻に娶(めと)る訳だな。
殺生丸でさえ怖れない女だ。
半妖ならば、尚更であろう。
今後、あの巫女が間に立つ限り殺生丸と半妖の仲が決定的に悪くなることはないだろう。
兄弟仲良くとまでは些(いささ)か無理があるが、少なくとも以前のように血で血を洗うような事態に陥ることだけは避けられるに違いない。
※『愚息行状観察日記(36)=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
三年ぶりに戻ってきた巫女は老巫女の跡目を継ぐことになったらしい。
あの奇妙な衣装を脱ぎ捨て紅白の巫女装束を纏っている。
その姿は何ら違和感を感じさせない。
寧(むし)ろシックリと馴染んでいる。
まるで、昔から、ズッとその格好だったかのように。
恐らく、異界の衣装を脱ぎ捨てることによって、巫女は、嘗(かつ)ての世界を捨て、これからは、この世界で生きていくのだという覚悟の程を皆に示しているのだろう。
巫女は老巫女の許へ、毎日、修行に来るようになった。
薬草を煎じたり神事を手伝ったりと。
これまでは小娘が介助してきた老巫女の仕事の全てを巫女が引き継ぐことになったらしい。
巫女が戻ってくるまでは、小娘に跡目を継がせたいような意向を、老巫女を含め周囲の者達から、それとなく感じたが、殺生丸がいる限り、それが叶えられるはずもない。
老巫女も、後継者の心配が無くなり、内心、ホッとしているのではないだろうか。
晴れて半妖と夫婦(めおと)になった巫女は、今の処、法師の家に仮住まいしている。
巫女と半妖の住まう家が村総出で建てられている真っ最中だ。
法師が、米俵を一俵、気前よく村の衆に手間賃として差し出したせいもあるだろう。
通常では考えられないような突貫工事で作業が進められている。
後二・三日もすれば建ちあがりそうだ。
殺生丸が新しい小袖を携えて小娘に逢いにきた。
従者の小妖怪が包みから小袖を出し得意気に小娘に見せている。
桃色の地に様々な色合いの手毬が躍る小袖。
さぞや少女に良く似合うだろう。
贈られた小袖を手に少女が満面の笑みを浮かべている。
春の柔らかな陽射しの中、嬉しそうに笑う少女は花の精のように愛くるしい。
“遠見の鏡”に映し出された少女に狗姫(いぬき)は愛おしそうに目を細め口を開いた。
「松尾よ、小娘は本(ほん)に愛らしいな」
「はい、御方さま、花が綻(ほころ)ぶような笑顔とは、当(まさ)にりん様のことにございますね」
「相模は、コチラの注文通りに小袖を仕立ててくれたようだな」
「勿論にございます。りん様は若さまが寵愛する大事な姫君。その姫が身に纏う衣装を御方さまが直々(じきじき)に指示されたのです。相模殿も、さぞや、気合を入れて用意されたことでございましょう」
「フッ、それにしても、小娘に初潮が来るまで、後、何年かかろうか」
「左様にございますね。如何に人の仔の成長が早いと申しましても・・・。りん様の様子から判断して少なくとも、後、数年は掛かるかと」
「気の長い話だ。殺生丸も辛いところだな」
「“待てば海路の日和(ひより)あり”でございますよ、御方さま」
「あ奴の心情を思うと一日も早く、“潮もかなひぬ 今は漕ぎ出(い)でな”になって欲しいものだな」
「万葉集にございますな。詠み人は額田大王(ぬかたのおおきみ)でございましょうか。うまく初潮(しょちょう)に潮(しお)を掛けられましたな。当意即妙のご返答、お見事にございます。」
「フフッ、相変わらず察しが良いな、そなたは。“熟田津(にきたつ)に 船乗りせむと 月待てば 潮もなかひぬ、今は漕ぎ出(い)でな”から引用した。クックッ、愚息の偽(いつわ)らざる望みそのままであろうが」
「犬夜叉殿の方が兄である若さまより先に身を固める仕儀になってしまいましたね」
「そうだな、だが、こればかりは仕方ない。半妖と巫女は殺生丸と小娘と違い、元々、年も外見も釣り合っていたからな。それに、半妖の場合、今回、首尾よく巫女が戻ってきたから良いようなものの、下手をすれば、二度と逢えない可能性もあった。三年もの間、巫女に逢うことは愚か、消息を知ることさえ出来なかったのだ。その間の半妖の真情を思うとな。無碍(むげ)には扱えぬ。よく耐えたものだ。如何に志操堅固な剛の者であろうと心が折れそうになる時もあったであろうに」
「それは考えるだに辛(つろ)うございますな」
「巫女が戻ってくる保証さえあればな、待つのも、そう難しいことではなかっただろうよ。しかし、実際には何の確約もない。白とも黒ともつかぬ不透明な先行きの見えない未来。絶望ではないが希望も定(さだ)かではない。それでも、唯ひたすらに巫女が戻ることを希(こいねが)い待ち続けるしかない。想像以上に辛い状況だったろうな。だが、それさえも天から両名に課された試練だったのかも知れん。半妖が巫女を思う心が、どれほどのものか、同様に巫女が半妖を思う心もな。両者の互いを思う心がピタリと符号した時、異界とこの世界の通路は繋がり巫女は戻ってきた」
※『愚息行状観察日記(35)=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
「おやっ、小娘と巫女は何処へ行くのか?と思っていたら・・・。あれは法師の家ではないか」
「御方さま、そう云えば法師の妻である女退治屋が臨月でございました。多分、産気づいたのでございましょう」
「そうか、だから、使いの者が来たのだな」
真新しい茅葺(かやぶ)きの屋根、木の香がしそうな新築の家の中、女退治屋が大きな腹を抱えて蹲(うずくま)っている。
必死に痛みに耐える女の顔が見える。
間違いなく陣痛が来ている。
瓜二つの童女、双子が母の横に心配そうに張り付いていた。
家の中に入った小娘と巫女は、すぐさまテキパキとお産の準備を始めた。
巫女は女退治屋を床に寝かせ、小娘は双子を落ち着かせてから竈(かまど)で湯を沸かし始めた。
その後、一時(いっとき=約二時間)ほどして女退治屋は子供を産み落とした。
赤子は元気な男の子だった。
巫女が慎重に生まれたばかりの赤子を抱え産湯(うぶゆ)に浸(つ)ける。
すると、まるで、その時を計っていたかのように法師が帰ってきた。
法師の横には半妖の姿も見える。
半妖は大の大人でさえ往生する米俵を軽々と三俵も抱えていた。
相変わらずの馬鹿力だ。
また法師と組んで何処ぞで荒稼ぎをしてきたようだ。
あの法師は口八丁手八丁で相当な甲斐性がある。
この近在で妖怪退治を請け負って家族を養っているらしい。
今回の報酬は米俵三俵か、あれだけ有れば、親子五人、当分、喰うには困らないだろう。
小娘と巫女が後産の始末をして帰っていく。
行きも帰りも因縁の、あの“骨喰いの井戸”の横を通って。
狗姫(いぬき)が井戸を見て何か思いついたのだろう。
松尾に話しかけてきた。
「それにしても、松尾よ、あの奇妙な衣装の巫女は、どうなったのであろうな」
「奇妙な衣装の巫女? ああ、犬夜叉殿のお連れにございますな。そうでございますね、一体、何処へ行方(ゆくえ)を晦(くら)ましたのやら。この三年、全く、姿を見かけません」
「奈落の死とともに出現した冥道に、あの巫女は呑み込まれ姿を消した。すぐさま半妖が後を追ったが、結局、戻ってきたのは半妖だけだった。あの時、妾(わらわ)はズッと冥道石を覗いておったからな。首尾よく巫女が四魂の玉を消滅させたまでは知っておる。だが、その直後、半妖と巫女は、何処(いずこ)へともなく姿を消した。両名の間に何が起こり、何故、半妖だけが戻ってきたのか、妾(わらわ)には、その理由が、どうしても判らなんだ」
「確かに御方さまの仰る通り、戻ってきたのは犬夜叉殿のみ、巫女は戻ってきませんでした。当事者ではないので、どのような事情があって、そうなったのかは、皆目、見当もつきませんが。それにしても、今、思い返してみても、あの巫女の衣装の奇天烈(きてれつ)なこと。私も、結構、長く生きておりますが、あんな奇妙な装束を目にしたのは初めてでございました。そもそも男ならイザ知らず、女子(おなご)が、あのように脚を諸(もろ)だしにするなど許されることではございません。実に破廉恥(はれんち)極まりない格好にございます。尤(もっと)も、巫女が、異界から来たことと、あまりに堂々とした態度だったので、そういうものなのだろうと自分に言い聞かせておりましたが。あの井戸は異界を繋ぐ通路の役割を果たしていたと聞いております。巫女が、異界から、この世界に来たのは四魂の玉を滅するのが目的、それを消滅させた以上、もう役目を終えた訳でございます。ですから、元の世界に帰り、コチラに戻ってこなかったのでは?」
「フム、やはり、そなたも、そう考えるか、松尾」
「はい」
「ならば、巫女は、もう戻ってこないと考えるべきだろうか?」
「巫女の役目が、それだけでしたら・・・。ですが、四魂の玉を滅する事だけが巫女殿の役割だったのでしょうか。まだ、何か、他の役割が残っているのではないかと思えてなりません。というよりも、そう信じたいのでございます」
「信じたい?」
「はい、若さまが、りん様と運命の出逢いをしたように。犬夜叉殿と巫女の邂逅(かいこう)も目に見えぬ因果の糸に導かれていたと思えてならないのでございます。正しく出逢うべくして出逢った宿命の恋人。それに両名の間には四魂の玉との因縁も加味しております。悲運の中で散った前世の巫女の悲願が今生(こんじょう)でこそ叶えられるのではないかと」
「だが、巫女は戻ってこなかったぞ」
「試されているのではないでしょうか、天に。両者の覚悟が、どれほどのものか」
「では、二人の意思が天に通じた時、巫女は帰ってくると」
「そうであって欲しいと私は願っております」
「そうだな、そうなるといいな」
どうやら、半妖と巫女の願いは天に聞き届けられたらしい。
ひと月後、よく晴れた麗(うら)らかな春の日に巫女はヒョッコリ戻ってきた。
小娘が、巫女の帰還を、大層、喜んでいた。
勿論、老巫女も、法師と女退治屋も、それから子狐妖怪も。
だが、とりわけ誰よりも半妖が喜んでいただろう。
己が魂の半身を取り戻したのだから。
※『愚息行状観察日記(34)=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
誰が想像するだろう。
巨大にして壮麗な城が蒼穹(そうきゅう)に浮かんでいるなどと。
だが、実際、妖界でも最大領土を有する西国の前王妃にして当代国主である殺生丸の生母、狗姫(いぬき)の城は高い空の上にある。
自由奔放な主の気性そのままに城は風の吹くまま自由に所在を変え場所を特定するのさえ難しい。
おまけに厚い雲が城を覆い隠し目晦(めくら)ましの役目を果たす。
生半可な妖力の持ち主では到達すら不可能な城。
その上、更に主が作り出した強力な結界に守られている。
優美な外観に反して堅固な要塞としての機能をも備えている。
神出鬼没にして難攻不落な天空の城。
それが嘗(かつ)て“白銀の狗姫(いぬき)”と呼ばれた伝説の軍師の居城である。
そんな城の奥まった一室で女主と御付きの女房が話に興じている。
女房の名は松尾、筆頭女房にして城主の狗姫(いぬき)の乳母(めのと)でもある。
ここ数年、狗姫が“遠見の鏡”を覗(のぞ)かない日はない。
それは、つい三年前、二百年ぶりに西国に帰還し国主の座に就(つ)いた息子の殺生丸を見る為ではない。
狗姫が“遠見の鏡”を通して眺(なが)めているのは妖界ではなく人界である。
それも殷賑(いんしん)を極める都ではない。
華やかな都から遠く離れた東国の鄙(ひな)びた人里。
鏡面に映し出されているのは未だ幼さが抜けきらない人間の少女である。
その姿を見れば誰もが『愛らしい』と思うだろう。
大きな黒目がちの目、長い睫毛、形の良い眉、小ぶりな可愛らしい鼻、花の蕾のような唇が、小さな顔に絶妙に配置されている。
白地に薄紅を刷(は)いた白桃のような肌が艶(つや)やかな漆黒の黒髪に映える。
『鄙(ひな)には稀な美形』、この言葉が、これほど似合う少女も他にいない。
少女は鮮やかな紫色の小袖を纏(まと)っている。
それが、どれほど高価な品か、認識している村人が果(はた)たして何人いることか。
恐らく殆どの者が気付いていないだろう。
その価値を知るのは、村に住み着いた法師と退治屋、それに少女の養い親の巫女くらいなものだろうか。
本来、こんな鄙びた人里では目にすることも出来ないはずの紫の色。
『紫(むらさき)』、それは古来から『貴色(きしょく)』とも『禁色(きんじき)』とも呼ばれ尊(とうと)ばれてきた色。
高貴な身分でなければ身に纏うことさえ許されなかった色。
それ故にこそ『禁色(きんじき)』と呼ばれてきた『貴色(きしょく)』であった。
小袖の贈り主は、それを意図していたのだろうか。
“禁色の小袖を纏う少女には何人(なんびと)たりとも触れること罷(まか)り成らぬ”と。
紫の小袖を纏う少女の横を連れ立って歩いているのは紅白の巫女装束を着込んだ老女。
少女の養(やしな)い親である。
眼帯代わりに刀の鍔で右目を覆っている隻眼の巫女。
否(いや)が応にも強烈な印象を与える異形(いぎょう)の老女である。
そんな厳(いかめ)しい容貌にも拘らず巫女の醸(かも)し出す雰囲気は暖かく養(やしな)い仔の少女が老女を慕っている様子が良く判る。
まるで婆様と孫のような微笑ましい情景である。
巫女は包みを抱えている。
今から二人して何処かへ出かけるらしい。
少女が老女を急(せ)かしている。
誰か急病人でも出たのだろうか。
こんな鄙びた村里に医師がいようはずもない。
巫女は、この近在の村々の薬師(くすし)も兼ねている。
病人を診れば子供を取り上げる産婆役もこなす。
少女は、そんな養い親に付き従い甲斐甲斐しく助手役をこなす日々を送っている。
狗姫が、そんな二人を見て口を開いた。
「松尾よ、こうして見ると、この三年間で小娘は随分と娘らしくなってきたな」
「はい、御方さま、喜ばしいことに、りん様は、大層、健やかにお育ちです」
「クククッ、殺生丸め、あの紫の小袖は、わざとだな。相変わらず嫉妬深いことだ」
「左様にございますな。あの禁色の小袖の意味、判る者には判りましょう」
「フフッ、あの小袖も、小さくなってきたな。松尾よ、そろそろ新しい物を誂(あつら)えるよう相模に申し付けておいてくれ」
「畏(かしこ)まりました。今度は季節に合わせて桃色の小袖など、どうでしょう」
「そうだな、地の色はそれでいい。柄は・・・ウム、手毬尽くしにしよう。小娘の早急なる成長を願ってな。まだまだ先は長そうだ。クックッ、さぞや殺生丸が焦(じ)れておろうて」
狗姫が冥道石を手に眺めつつ面白くて堪(たま)らぬとばかりに笑う。
絶世の美貌を誇る佳人が溢(こぼ)す笑みは艶麗で百花繚乱を思わせるほどに華やかだった。
「御方さま、相模殿が、早く、りん様にお逢いしたいと申しておりました」
「フフッ、だろうな。相模は殺生丸の乳母(めのと)、アレの育ての親ともいうべき存在だ。小娘に逢いたがるのも道理。とはいえ、小娘は未だ初潮も迎えておらぬ子供。当分、お預けだな」
「それにしても、御方さま、当初、“遠見の鏡”で拝見していたのは若さまの筈でしたのに、何時の間にか、りん様の成長を眺める仕儀になりましたな」
「まあな、だが仕方ない。あんなニコリともしない無愛想極まる息子を眺めておっても少しも面白くない。どうせ、西国でも鹿爪らしく執務を取っておるのだろうよ。それよりは表情豊かで愛くるしい小娘を見ておる方が遥かに楽しい」
「そうかもしれませんな」
「それにな、松尾、あの小娘を見守ることは必然的に殺生丸を助けてやることに繋がる、違うか?」
「仰(おお)せの通りにございます」
※『愚息行状観察日記(33)=御母堂さま=』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
“遠見(とおみ)の鏡”から掛け布を取り去る。
そのままならば台座に据えられた単なる大型の鏡。
だが、一度(ひとたび)、鏡面に向かい思念を凝らせば、どれほど遠方であろうと見たい対象が映し出される不思議な鏡。
その所以(ゆえん)から“遠見(とおみ)の鏡”と呼ばれる。
これは西国の国宝の一つにまで数えられる鏡である。
ひと月ぶりに狗姫(いぬき)は“遠見の鏡”を覗(のぞ)いていた。
それは、つい先程、権佐が西国から火急の用を携えて飛び込んできたせいであった。
部屋に通されるなり、権佐は困りきった顔で狗姫に訴えたのだ。
「御方さま!」
「一月ぶりだな、権佐。殺生丸はチャンと国主の仕事をこなしておるか」
「それが・・・殺生丸さまは、未だ、西国に戻ってこられません」
「何と!?」
「それ故、こうして御方さまにお願いに参上しました。何卒(なにとぞ)、殺生丸さまに西国に御帰還遊ばすよう催促して下されませ。留守居役の尾洲さま、万丈さま、ご両名からのたっての要請にございます」
それで、今、こうして“遠見の鏡”を眺(なが)めているのであった。
待つほどもなく目当ての人物が映し出された。
場所は周囲の様子から判断して、どうやら殺生丸が小娘を預けた人里に近いようだ。
狗姫(いぬき)は思わず言葉を漏(も)らした。
「あ奴、一体、何をしておるのだ?」
殺生丸は小妖怪とともに物影に隠れているようだった。
とはいっても木陰から目立つ風体(ふうてい)を殆ど隠しきれていない。
見事な白銀の髪、豪奢な毛皮、白皙の美貌、長身の体躯(たいく)。
それにも拘(かかわ)らず、少し前にいる小娘や人間の小僧どもは殺生丸と従者の存在に全く気付いていない。
何故だろうか。
強(し)いて言うなら殺生丸と従者の周辺を霧が薄く覆っているのが気に掛かる程度だ。
筆頭女房にして狗姫の乳母でもある松尾が口を挟(はさ)んできた。
「御方さま、どうも、若さまは“隠形(おんぎょう)の術”を使われているようです」
“隠形(おんぎょう)の術”とは忍者が姿を隠す為につかう術である。
物影に潜む【観音隠れ】、地面に伏せて身を縮め気配を消す【鶉(うずら)隠れ】、木に登って隠れる【狸隠れ】、水中に飛び込んで身を隠す【狐隠れ】など様々な隠れ方がある。
しかし、殺生丸の場合は、そうした人間の忍者が使う術とは根本的に違う。
妖力を以(も)って自分と小妖怪の周りに霧を作り出し自(みずか)らの姿を隠しているのだ。
霧が鏡のように作用して周辺を映し出し、結果的に、殺生丸と小妖怪の姿は見えない。
現代風に言うなら『光学迷彩』とでも呼ぶべきだろうか。
「松尾よ、“隠形(おんぎょう)の術”は判るが、何故、殺生丸は、あんなことをしているのだ?」
「恐らくは・・・りん様を守る為ではございませんでしょうか」
「守る?」
鏡の中に映る小娘に目をやる。
小川に掛かった橋の前に人間の小僧どもが陣取っている。
状況から判断して、どうも小娘は小僧どもに“通(とお)せんぼ”をされているらしい。
「はい、御覧下さいませ、御方さま。りん様を囲んでいる人間の男(お)の子どもを。あれは、明らかに、りん様を意識している様子。あの状況から察するに、橋を渡ろうとするりん様に意地悪をして通すまいとしているようです」
「何故、そんなことをするのだ?」
「好きな子に意地悪をして意識させたいのでございますよ。若輩ゆえの稚拙な愛情表現とでも申し上げれば宜しいかと。何しろ、りん様は、大層、愛らしい女(め)の童(わらは)にございますから。早速、男(お)の子どもに目を付けられたかと」
「成る程、それでか。殺生丸が、あんな可笑(おか)しな真似(まね)をしているのは」
尚も鏡面を見ていると、遂に、殺生丸の堪忍袋の緒が切れたらしい。
纏(まと)っていた霧を払って正体を現した。
小娘を庇(かば)うように前に乗り出したかと思うと、人間の小僧どもをギロッと睨(にら)みつけたではないか。
いきなり現われた殺生丸に驚いた人間の小僧どもは暫(しば)し固まっていたが、正気づくなりワッと蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
それを見て狗姫は堪(たま)らず笑い出した。
「クックッ・・・ア~~ッハハハハ・・・ああ、可笑しい。愉快、愉快、松尾よ、見たか。殺生丸の奴、人間の小僧どもをシッカリ威嚇しておったぞ」
「左様にございますな。尤(もっと)も、男(お)の子といえども男には間違いございません。先々の事を考えれば若さまの行動は的確であったかと。今から、りん様に手を出さないよう先手(せんて)を打たれたのでございましょう」
「クククッ・・・威嚇と牽制か。松尾よ、殺生丸が、ああも独占欲が強いとは思わなんだぞ」
「これまで、りん様ほどに執着する存在が無かっただけにございましょう」
「それにしても、あれでは、まるで過保護な父親のようではないか。それも、“超”が付きそうな」
「若さまに取っては、それほどまでに、りん様が大事なのでございましょう」
「ンッ?ちょっと待て。ということはだ、殺生丸の奴、この一月、ズッと小娘の側でああして見張っていたという訳か。呆(あき)れたな、あれでは西国に戻ったとしても屡(しばしば)城を抜け出して小娘に逢いに行きそうだな。フフッ、見ておれ、松尾。その内、今度は殺生丸が人里へ通(かよ)い過ぎると尾洲や万丈が泣きついてくるに違いないぞ」
「・・・・・・・」
「クックッ・・・いずれにしても、まだまだ、これから色々と楽しませてくれそうだな、我が愛しの息子殿は」
数日後、殺生丸が西国に帰還したと権佐が報告にやってきた。
そして、狗姫の予想通り、西国の新しい国主は三日おきに人里へ通うのが通例となった。
※『愚息行状観察日記(32)=御母堂さま=』に続く