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『愚息行状観察日記(34)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。

三年ぶりに戻ってきた巫女は老巫女の跡目を継ぐことになったらしい。
あの奇妙な衣装を脱ぎ捨て紅白の巫女装束を纏っている。
その姿は何ら違和感を感じさせない。
寧(むし)ろシックリと馴染んでいる。
まるで、昔から、ズッとその格好だったかのように。
恐らく、異界の衣装を脱ぎ捨てることによって、巫女は、嘗(かつ)ての世界を捨て、これからは、この世界で生きていくのだという覚悟の程を皆に示しているのだろう。
巫女は老巫女の許へ、毎日、修行に来るようになった。
薬草を煎じたり神事を手伝ったりと。
これまでは小娘が介助してきた老巫女の仕事の全てを巫女が引き継ぐことになったらしい。
巫女が戻ってくるまでは、小娘に跡目を継がせたいような意向を、老巫女を含め周囲の者達から、それとなく感じたが、殺生丸がいる限り、それが叶えられるはずもない。
老巫女も、後継者の心配が無くなり、内心、ホッとしているのではないだろうか。
晴れて半妖と夫婦(めおと)になった巫女は、今の処、法師の家に仮住まいしている。
巫女と半妖の住まう家が村総出で建てられている真っ最中だ。
法師が、米俵を一俵、気前よく村の衆に手間賃として差し出したせいもあるだろう。
通常では考えられないような突貫工事で作業が進められている。
後二・三日もすれば建ちあがりそうだ。
殺生丸が新しい小袖を携えて小娘に逢いにきた。
従者の小妖怪が包みから小袖を出し得意気に小娘に見せている。
桃色の地に様々な色合いの手毬が躍る小袖。
さぞや少女に良く似合うだろう。
贈られた小袖を手に少女が満面の笑みを浮かべている。
春の柔らかな陽射しの中、嬉しそうに笑う少女は花の精のように愛くるしい。
“遠見の鏡”に映し出された少女に狗姫(いぬき)は愛おしそうに目を細め口を開いた。
 

「松尾よ、小娘は本(ほん)に愛らしいな」
 

「はい、御方さま、花が綻(ほころ)ぶような笑顔とは、当(まさ)にりん様のことにございますね」
 

「相模は、コチラの注文通りに小袖を仕立ててくれたようだな」
 

「勿論にございます。りん様は若さまが寵愛する大事な姫君。その姫が身に纏う衣装を御方さまが直々(じきじき)に指示されたのです。相模殿も、さぞや、気合を入れて用意されたことでございましょう」
 

「フッ、それにしても、小娘に初潮が来るまで、後、何年かかろうか」
 

「左様にございますね。如何に人の仔の成長が早いと申しましても・・・。りん様の様子から判断して少なくとも、後、数年は掛かるかと」
 

「気の長い話だ。殺生丸も辛いところだな」
 

「“待てば海路の日和(ひより)あり”でございますよ、御方さま」
 

「あ奴の心情を思うと一日も早く、“潮もかなひぬ 今は漕ぎ出(い)でな”になって欲しいものだな」
 

「万葉集にございますな。詠み人は額田大王(ぬかたのおおきみ)でございましょうか。うまく初潮(しょちょう)に潮(しお)を掛けられましたな。当意即妙のご返答、お見事にございます。」
 

「フフッ、相変わらず察しが良いな、そなたは。“熟田津(にきたつ)に 船乗りせむと 月待てば 潮もなかひぬ、今は漕ぎ出(い)でな”から引用した。クックッ、愚息の偽(いつわ)らざる望みそのままであろうが」
 

「犬夜叉殿の方が兄である若さまより先に身を固める仕儀になってしまいましたね」
 

「そうだな、だが、こればかりは仕方ない。半妖と巫女は殺生丸と小娘と違い、元々、年も外見も釣り合っていたからな。それに、半妖の場合、今回、首尾よく巫女が戻ってきたから良いようなものの、下手をすれば、二度と逢えない可能性もあった。三年もの間、巫女に逢うことは愚か、消息を知ることさえ出来なかったのだ。その間の半妖の真情を思うとな。無碍(むげ)には扱えぬ。よく耐えたものだ。如何に志操堅固な剛の者であろうと心が折れそうになる時もあったであろうに」
 

「それは考えるだに辛(つろ)うございますな」
 

「巫女が戻ってくる保証さえあればな、待つのも、そう難しいことではなかっただろうよ。しかし、実際には何の確約もない。白とも黒ともつかぬ不透明な先行きの見えない未来。絶望ではないが希望も定(さだ)かではない。それでも、唯ひたすらに巫女が戻ることを希(こいねが)い待ち続けるしかない。想像以上に辛い状況だったろうな。だが、それさえも天から両名に課された試練だったのかも知れん。半妖が巫女を思う心が、どれほどのものか、同様に巫女が半妖を思う心もな。両者の互いを思う心がピタリと符号した時、異界とこの世界の通路は繋がり巫女は戻ってきた」
 


※『愚息行状観察日記(35)=御母堂さま=』に続く


 

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