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『愚息行状観察日記(35)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


“遠見の鏡”に小娘に別れを告げ空中に浮かび上がる殺生丸の姿が映し出された。
小妖怪が例の如く殺生丸の毛皮にしがみ付いている。
 

「ンッ、此度(こたび)の逢瀬は随分と短いな。殺生丸の奴、西国に急用でも残してきたか」
 

「そうかもしれませんが。恐らく・・・若さまの事ですから逸早く嗅ぎ付けられたのではないでしょうか」
 

「何をだ? 松尾」
 

狗姫(いぬき)は“遠見の鏡”から視線を外(はず)し腹心の女房に向けた。
好奇心に耀(かがや)く主の黄金色(こがねいろ)の双眸(そうぼう)を思慮深い木賊(とくさ)色の双眸が受け止める。
松尾は考えを慎重に纏めつつ答えた。
 

「巫女の気配でございます。御方さまも御存知のように若さまの嗅覚の鋭さは尋常ではございません。西国でも三本の指に数えられる程の精度を誇っておられます。ですから、あの人里に下りられた瞬間、イエ、下手をすると、それ以前に巫女が戻ってきたことに気付かれたのではないかと」
 

「そうかもしれん。だが、それが、何故、殺生丸が小娘との逢瀬を切り上げることに繋がるのだ?」
 

「御方さま、思い出して下さいませ。奈落の体内で、若さまが、巫女と、どのように接していたのかを」
 

「ンッ、あの化け蜘蛛の体内でのことか。そうだな、云われてみれば、あの時、殺生丸は可能な限り巫女との接触を避けておった。隻腕の頃ならばイザ知らず、両腕が揃っておったにも係わらず、巫女を抱き上げることは愚か、頑(かたく)ななまでに指一本たりとも触れるまいとしておったな。フム、つまり、それほどまでに殺生丸は巫女を忌避しておるという訳か」
 

「これまでの様子から判断して、若さまは巫女を『敵』とまでは思っておられぬようですが、極力、関わりを持ちたくない相手と認識されている節がございます。どう好意的に考えても、相性が良いとは、お世辞にも申せませんでしょう。寧ろ『天敵』に近い存在ではないかと」
 

「確かに、巫女と小娘に対する殺生丸の態度は天と地ほどにも違うな。殺生丸の奴、冥界では、隻腕にも拘らず天生牙を握ったまま小娘を抱きかかえておったものな。それはもう見るからに大事そうに愛おしそうに」
 

「それはともかく、巫女は弟である犬夜叉殿の伴侶にございますから、若さまに取っては義理の妹に当たる訳でございます」
 

「ホホォ~~殺生丸の“義理の妹”か、成る程、云われてみればその通りだな。それは面白い!」
 

「御方さまには面白くとも若さまに取っては全く歓迎できない事態かと」
 

狗姫は、もう松尾の云う事など聞いていなかった。
即座に“遠見の鏡”に向き直り命令を下していた。
 

「“遠見の鏡”よ、殺生丸を映し出せ」
 

パッ、それまで、りんを映していた鏡面が切り換わった。
飛行する殺生丸の姿を捉える為、視点は上空から眺める俯瞰的構図を取っている。
徐々に視点が目標である殺生丸に近付いていく。
パッ、今度は視点が横からの観点に切り換わった。
比較的、低い位置で村を横切って飛ぶ殺生丸が映る。
そのせいだろうか、殺生丸の姿がハッキリと見える。
陽を弾いて煌めく白銀の髪、髪と同色の豪奢な毛皮、妖鎧、腰に差した世にふたつとない二本の名刀、天生牙と爆砕牙、風に靡(なび)く流水模様の帯は飾り結び、額を飾るのは三日月の輪、頬に流れる二筋の朱の妖線、さながら月の化身のような冴えた美貌の瀟洒(しょうしゃ)な若武者姿。
最近、殺生丸は己が姿を殊更(ことさら)に誇示するかのように村の上空を飛ぶようになった。
大方、小娘に懸想する人間の男どもへの威嚇と牽制を兼ねているのだろう。
草叢(くさむら)に座る半妖と巫女が殺生丸を見上げた。
次の瞬間、三年ぶりの再会に挨拶でもしようと思ったのか、巫女が親しげに殺生丸に向かって何か呼びかけたらしい。
殺生丸の眉間に瞬時に皺が走り柳眉が逆立った。
見るだに不快そのものの表情をしている。
半妖も唖然として己が妻を見詰めている。
何だ!?
何を言ったのだ!?
 

「松尾よ、先程、巫女は殺生丸に何を言ったのだろう」
 

「御方さま、流石に、それは判りかねます」
 

「知りたいな」
 

「・・・・・」
 

「権佐を呼んで調べるように申し付けておけ。小妖怪に聞けば判るだろう」
 

後日、城を訪ねてきた権佐から事の次第が報告された。
小妖怪に酒を奢(おご)ってやった処、べロンベロンに酔っぱらって、権佐が聞きだすまでもなく自分からベラベラと喋り出したそうだ。
こちらの思惑通りではあるが、小妖怪め、ちと呆れたぞ、何と口の軽い。
殺生丸を、この上なく不快にさせた巫女の言葉。
それは『お義兄(にい)さーーん!』の一言だった。
巫女の言葉のせいで上機嫌だった殺生丸の気分は一気に急降下し不機嫌極まりない状態に陥ってしまったらしい。
嵐のような愚息の不機嫌は西国に戻ってからも延々と尾を引き、次回、小娘を訪問する日まで回復しなかったそうだ。
小妖怪は、その間、ズッと殺生丸に八つ当たりされ続けたと権佐に管(くだ)を巻きながら、散々、愚痴を零していったらしい。
それにしても、殺生丸に『お義兄(にい)さーーん!』とはな。
あの巫女、たいそうな度胸の持ち主だな。
少しも殺生丸を怖れていない。
殺生丸から小娘を託された際の老巫女の態度も肝が据わっておったが、巫女とは、皆、あのような者ばかりなのか。
妖怪でさえ殺生丸に対して平常心を保てるのは極(ごく)少ないものを。
クククッ、大(たい)したものだ。
半妖が妻に娶(めと)る訳だな。
殺生丸でさえ怖れない女だ。
半妖ならば、尚更であろう。
今後、あの巫女が間に立つ限り殺生丸と半妖の仲が決定的に悪くなることはないだろう。
兄弟仲良くとまでは些(いささ)か無理があるが、少なくとも以前のように血で血を洗うような事態に陥ることだけは避けられるに違いない。



※『愚息行状観察日記(36)=御母堂さま=』に続く


 

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