忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『愚息行状観察日記(31)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


“遠見(とおみ)の鏡”から掛け布を取り去る。
そのままならば台座に据えられた単なる大型の鏡。
だが、一度(ひとたび)、鏡面に向かい思念を凝らせば、どれほど遠方であろうと見たい対象が映し出される不思議な鏡。
その所以(ゆえん)から“遠見(とおみ)の鏡”と呼ばれる。
これは西国の国宝の一つにまで数えられる鏡である。
ひと月ぶりに狗姫(いぬき)は“遠見の鏡”を覗(のぞ)いていた。
それは、つい先程、権佐が西国から火急の用を携えて飛び込んできたせいであった。
部屋に通されるなり、権佐は困りきった顔で狗姫に訴えたのだ。
 

「御方さま!」
 

「一月ぶりだな、権佐。殺生丸はチャンと国主の仕事をこなしておるか」
 

「それが・・・殺生丸さまは、未だ、西国に戻ってこられません」
 

「何と!?」
 

「それ故、こうして御方さまにお願いに参上しました。何卒(なにとぞ)、殺生丸さまに西国に御帰還遊ばすよう催促して下されませ。留守居役の尾洲さま、万丈さま、ご両名からのたっての要請にございます」
 

それで、今、こうして“遠見の鏡”を眺(なが)めているのであった。
待つほどもなく目当ての人物が映し出された。
場所は周囲の様子から判断して、どうやら殺生丸が小娘を預けた人里に近いようだ。
狗姫(いぬき)は思わず言葉を漏(も)らした。
 

「あ奴、一体、何をしておるのだ?」
 

殺生丸は小妖怪とともに物影に隠れているようだった。
とはいっても木陰から目立つ風体(ふうてい)を殆ど隠しきれていない。
見事な白銀の髪、豪奢な毛皮、白皙の美貌、長身の体躯(たいく)。
それにも拘(かかわ)らず、少し前にいる小娘や人間の小僧どもは殺生丸と従者の存在に全く気付いていない。
何故だろうか。
強(し)いて言うなら殺生丸と従者の周辺を霧が薄く覆っているのが気に掛かる程度だ。
筆頭女房にして狗姫の乳母でもある松尾が口を挟(はさ)んできた。
 

「御方さま、どうも、若さまは“隠形(おんぎょう)の術”を使われているようです」
 

“隠形(おんぎょう)の術”とは忍者が姿を隠す為につかう術である。
物影に潜む【観音隠れ】、地面に伏せて身を縮め気配を消す【鶉(うずら)隠れ】、木に登って隠れる【狸隠れ】、水中に飛び込んで身を隠す【狐隠れ】など様々な隠れ方がある。
しかし、殺生丸の場合は、そうした人間の忍者が使う術とは根本的に違う。
妖力を以(も)って自分と小妖怪の周りに霧を作り出し自(みずか)らの姿を隠しているのだ。
霧が鏡のように作用して周辺を映し出し、結果的に、殺生丸と小妖怪の姿は見えない。
現代風に言うなら『光学迷彩』とでも呼ぶべきだろうか。
 

「松尾よ、“隠形(おんぎょう)の術”は判るが、何故、殺生丸は、あんなことをしているのだ?」
 

「恐らくは・・・りん様を守る為ではございませんでしょうか」
 

「守る?」
 

鏡の中に映る小娘に目をやる。
小川に掛かった橋の前に人間の小僧どもが陣取っている。
状況から判断して、どうも小娘は小僧どもに“通(とお)せんぼ”をされているらしい。
 

「はい、御覧下さいませ、御方さま。りん様を囲んでいる人間の男(お)の子どもを。あれは、明らかに、りん様を意識している様子。あの状況から察するに、橋を渡ろうとするりん様に意地悪をして通すまいとしているようです」
 

「何故、そんなことをするのだ?」
 

「好きな子に意地悪をして意識させたいのでございますよ。若輩ゆえの稚拙な愛情表現とでも申し上げれば宜しいかと。何しろ、りん様は、大層、愛らしい女(め)の童(わらは)にございますから。早速、男(お)の子どもに目を付けられたかと」
 

「成る程、それでか。殺生丸が、あんな可笑(おか)しな真似(まね)をしているのは」
 

尚も鏡面を見ていると、遂に、殺生丸の堪忍袋の緒が切れたらしい。
纏(まと)っていた霧を払って正体を現した。
小娘を庇(かば)うように前に乗り出したかと思うと、人間の小僧どもをギロッと睨(にら)みつけたではないか。
いきなり現われた殺生丸に驚いた人間の小僧どもは暫(しば)し固まっていたが、正気づくなりワッと蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
それを見て狗姫は堪(たま)らず笑い出した。
 

「クックッ・・・ア~~ッハハハハ・・・ああ、可笑しい。愉快、愉快、松尾よ、見たか。殺生丸の奴、人間の小僧どもをシッカリ威嚇しておったぞ」
 

「左様にございますな。尤(もっと)も、男(お)の子といえども男には間違いございません。先々の事を考えれば若さまの行動は的確であったかと。今から、りん様に手を出さないよう先手(せんて)を打たれたのでございましょう」
 

「クククッ・・・威嚇と牽制か。松尾よ、殺生丸が、ああも独占欲が強いとは思わなんだぞ」
 

「これまで、りん様ほどに執着する存在が無かっただけにございましょう」
 

「それにしても、あれでは、まるで過保護な父親のようではないか。それも、“超”が付きそうな」
 

「若さまに取っては、それほどまでに、りん様が大事なのでございましょう」
 

「ンッ?ちょっと待て。ということはだ、殺生丸の奴、この一月、ズッと小娘の側でああして見張っていたという訳か。呆(あき)れたな、あれでは西国に戻ったとしても屡(しばしば)城を抜け出して小娘に逢いに行きそうだな。フフッ、見ておれ、松尾。その内、今度は殺生丸が人里へ通(かよ)い過ぎると尾洲や万丈が泣きついてくるに違いないぞ」
 

「・・・・・・・」
 

「クックッ・・・いずれにしても、まだまだ、これから色々と楽しませてくれそうだな、我が愛しの息子殿は」


数日後、殺生丸が西国に帰還したと権佐が報告にやってきた。
そして、狗姫の予想通り、西国の新しい国主は三日おきに人里へ通うのが通例となった。


※『愚息行状観察日記(32)=御母堂さま=』に続く
 

拍手[10回]

PR