忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『愚息行状観察日記(32)=御母堂さま=』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


誰が想像するだろう。
巨大にして壮麗な城が蒼穹(そうきゅう)に浮かんでいるなどと。
だが、実際、妖界でも最大領土を有する西国の前王妃にして当代国主である殺生丸の生母、狗姫(いぬき)の城は高い空の上にある。
自由奔放な主の気性そのままに城は風の吹くまま自由に所在を変え場所を特定するのさえ難しい。
おまけに厚い雲が城を覆い隠し目晦(めくら)ましの役目を果たす。
生半可な妖力の持ち主では到達すら不可能な城。
その上、更に主が作り出した強力な結界に守られている。
優美な外観に反して堅固な要塞としての機能をも備えている。
神出鬼没にして難攻不落な天空の城。
それが嘗(かつ)て“白銀の狗姫(いぬき)”と呼ばれた伝説の軍師の居城である。
そんな城の奥まった一室で女主と御付きの女房が話に興じている。
女房の名は松尾、筆頭女房にして城主の狗姫(いぬき)の乳母(めのと)でもある。
ここ数年、狗姫が“遠見の鏡”を覗(のぞ)かない日はない。
それは、つい三年前、二百年ぶりに西国に帰還し国主の座に就(つ)いた息子の殺生丸を見る為ではない。
狗姫が“遠見の鏡”を通して眺(なが)めているのは妖界ではなく人界である。
それも殷賑(いんしん)を極める都ではない。
華やかな都から遠く離れた東国の鄙(ひな)びた人里。
鏡面に映し出されているのは未だ幼さが抜けきらない人間の少女である。
その姿を見れば誰もが『愛らしい』と思うだろう。
大きな黒目がちの目、長い睫毛、形の良い眉、小ぶりな可愛らしい鼻、花の蕾のような唇が、小さな顔に絶妙に配置されている。
白地に薄紅を刷(は)いた白桃のような肌が艶(つや)やかな漆黒の黒髪に映える。
『鄙(ひな)には稀な美形』、この言葉が、これほど似合う少女も他にいない。
少女は鮮やかな紫色の小袖を纏(まと)っている。
それが、どれほど高価な品か、認識している村人が果(はた)たして何人いることか。
恐らく殆どの者が気付いていないだろう。
その価値を知るのは、村に住み着いた法師と退治屋、それに少女の養い親の巫女くらいなものだろうか。
本来、こんな鄙びた人里では目にすることも出来ないはずの紫の色。
『紫(むらさき)』、それは古来から『貴色(きしょく)』とも『禁色(きんじき)』とも呼ばれ尊(とうと)ばれてきた色。
高貴な身分でなければ身に纏うことさえ許されなかった色。
それ故にこそ『禁色(きんじき)』と呼ばれてきた『貴色(きしょく)』であった。
小袖の贈り主は、それを意図していたのだろうか。
“禁色の小袖を纏う少女には何人(なんびと)たりとも触れること罷(まか)り成らぬ”と。
紫の小袖を纏う少女の横を連れ立って歩いているのは紅白の巫女装束を着込んだ老女。
少女の養(やしな)い親である。
眼帯代わりに刀の鍔で右目を覆っている隻眼の巫女。
否(いや)が応にも強烈な印象を与える異形(いぎょう)の老女である。
そんな厳(いかめ)しい容貌にも拘らず巫女の醸(かも)し出す雰囲気は暖かく養(やしな)い仔の少女が老女を慕っている様子が良く判る。
まるで婆様と孫のような微笑ましい情景である。
巫女は包みを抱えている。
今から二人して何処かへ出かけるらしい。
少女が老女を急(せ)かしている。
誰か急病人でも出たのだろうか。
こんな鄙びた村里に医師がいようはずもない。
巫女は、この近在の村々の薬師(くすし)も兼ねている。
病人を診れば子供を取り上げる産婆役もこなす。
少女は、そんな養い親に付き従い甲斐甲斐しく助手役をこなす日々を送っている。
狗姫が、そんな二人を見て口を開いた。
 

「松尾よ、こうして見ると、この三年間で小娘は随分と娘らしくなってきたな」
 

「はい、御方さま、喜ばしいことに、りん様は、大層、健やかにお育ちです」
 

「クククッ、殺生丸め、あの紫の小袖は、わざとだな。相変わらず嫉妬深いことだ」
 

「左様にございますな。あの禁色の小袖の意味、判る者には判りましょう」
 

「フフッ、あの小袖も、小さくなってきたな。松尾よ、そろそろ新しい物を誂(あつら)えるよう相模に申し付けておいてくれ」
 

「畏(かしこ)まりました。今度は季節に合わせて桃色の小袖など、どうでしょう」
 

「そうだな、地の色はそれでいい。柄は・・・ウム、手毬尽くしにしよう。小娘の早急なる成長を願ってな。まだまだ先は長そうだ。クックッ、さぞや殺生丸が焦(じ)れておろうて」
 

狗姫が冥道石を手に眺めつつ面白くて堪(たま)らぬとばかりに笑う。
絶世の美貌を誇る佳人が溢(こぼ)す笑みは艶麗で百花繚乱を思わせるほどに華やかだった。
 

「御方さま、相模殿が、早く、りん様にお逢いしたいと申しておりました」
 

「フフッ、だろうな。相模は殺生丸の乳母(めのと)、アレの育ての親ともいうべき存在だ。小娘に逢いたがるのも道理。とはいえ、小娘は未だ初潮も迎えておらぬ子供。当分、お預けだな」
 

「それにしても、御方さま、当初、“遠見の鏡”で拝見していたのは若さまの筈でしたのに、何時の間にか、りん様の成長を眺める仕儀になりましたな」
 

「まあな、だが仕方ない。あんなニコリともしない無愛想極まる息子を眺めておっても少しも面白くない。どうせ、西国でも鹿爪らしく執務を取っておるのだろうよ。それよりは表情豊かで愛くるしい小娘を見ておる方が遥かに楽しい」
 

「そうかもしれませんな」
 

「それにな、松尾、あの小娘を見守ることは必然的に殺生丸を助けてやることに繋がる、違うか?」
 

「仰(おお)せの通りにございます」


※『愚息行状観察日記(33)=御母堂さま=』に続く

 

拍手[7回]

PR