[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
(塵ひとつ残さず、この世から抹殺してくれる!)
激しい復讐の思いに駆られて、殺生丸は毒蛾の蛾々に向かって爆砕牙を抜き放とうとした。
だが、そんな殺生丸を止めたのは意外にも母の狗姫(いぬき)だった。
「待て、殺生丸」
「何故、止める、母上」
「刀を納めろ。そ奴には、まだ吐かせねばならん事があるのだ」
狗姫は豺牙(さいが)に視線を向け言葉を発した。
酒に焼けた豺牙の赤ら顔は先程から紙のような蒼白に変化していた。
よく見れば額に細かな脂汗をジットリと滲(にじ)ませている。
「豺牙よ、こ奴に見覚えはないか」
「とっ、とんでもございません、御方さま。何故、わしが、このような者を知っていると」
しかし、そこは、やはり古狸、豺牙は狗姫の尋問に対し自分への嫌疑を頑強に否認する。
状況から見て未(いま)だ決定的な証拠がないことに思い至ったのだろう。
言い逃れようようと必死に語勢を強くする。
狗姫は、再度、問い掛ける。
「誓って、この者との関係はないと?」
「勿論でございますっ!」
豺牙は飽くまでも白(しら)を切り通そうとする。
とことん己の否を認める気持ちはないらしい。
(こ奴に慈悲は必要ないな)
狗姫は厚顔無恥の輩に対する沙汰を内心で決定した。
そのまま厳しい面持ちで権佐に向き直り命じた。
「権佐、そ奴の猿轡(さるぐつわ)を解いてやれ」
「はっ」
今度は猿轡を外された毒蛾の蛾々に狗姫が問う。
「毒蛾の蛾々とやら、聞いておっただろう。豺牙は、そなたとは何の関係もないと言い切った。真(まこと)か?」
もう逃げも隠れもできないと腹を括(くく)ったのだろう。
毒蛾の蛾々は、完全に開き直った態度で狗姫の尋問に応える。
「何の関係もない!? ハッ、大有りだよ、見てただろう、狗姫の御方さま。三年前、俺が、人間の小娘を襲ったのは、全部、あの爺の差し金さ。おまけに、絶対、小娘には傷をつけないようにって、くどいくらい念を押されてね。何でかって、そりゃ、まず有り得ないと思うけど、小娘の死体が見つかった場合にさ、如何にも襲われましたって傷が残ってたら不味いだろ。万が一にも自分が疑われないようにって算段だよ。本当にあざといよね。だからさ、あの丸太は、こっちの予定外だ、全くの偶然。それに、もう気付いてるだろうけど、さっきの扇から出てきた蝶、あれ、俺の式鬼なんだよね。殺生丸さまを籠絡するのに手を貸せって云われてさ。本当は嫌だったけど、そうしないと弟達を殺すって脅(おど)されてね」
すかさず狗姫が問い掛ける。
「兄弟を質に取られているのか?」
「そっ、だから逆らえなくてさ」
毒蛾の蛾々の反論に豺牙が噛み付いた。
蒼白だった顔色が一気に茹蛸(ゆでだこ)のように赤くなっている。
興奮して、そのまま、蛾々に掴(つか)みかかりそうな勢いだ。
「だっ、黙れ!黙れ!黙らんかっ!この女男がっ!」
「うるさいぞ、豺牙。権佐、そ奴を黙らせろ」
「はっ、仰せのままに」
ガシッ、権佐が豺牙を羽交(はが)い絞めにして押さえつけた。
それでも大兵(だいひょう)の豺牙はバタバタと手足を動かして必死に逃れようとする。
しかし、権佐の拘束はビクともしない。
妖界でも三本の指に数えられる凄腕の妖忍の権佐である。
難なく大声で喚き散らす男を押さえて大人しくさせた。
「豺牙殿、お静かに」
そこへ新たなお庭番がやってきて狗姫の前で膝を折り小さな包みを手渡した。
ハラリ・・・布の中から出てきたのは紅白の飾り紐。
それを手に狗姫が毒蛾の蛾々に訊ねる。
「毒蛾の蛾々よ、これに見覚えがあろう?」
蛾々はチラリと紅白の髪紐に目をやると答えた。
「ああ、そうだね、あの時、小娘から奪った髪紐だ。でもさ、狗姫の御方さま、どうして此処にあるのかな。俺は、三年前、そこの爺に渡したのに」
「フッ、豺牙の屋敷から回収した。西国王の寵姫殺害の“動かぬ証拠”としてな」
その狗姫の言葉に豺牙が喰い付いた。
「なっ、何とっ、我が屋敷から持ち出したですとっ!御方さま、それは聞き捨てなりませんぞっ!その髪紐は、あの人間の小娘の物などではございません。我が娘、由羅の物にございます」
「そうなのか?」
狗姫が豺牙の娘、由羅に向かって問う。
由羅は頭の中で素早く計算した。
ここは父に掛けられた嫌疑を何としても回避しておかねばならない。
でなければ明日からは罪人の娘として扱われ下手をすれば牢に繋がれる羽目にもなりかねない。
意を決した由羅は顔を俯(うつむ)け如何にも殊勝な娘を装って答えた。
「はい、それは、間違いなく私の髪紐にございます」
殺生丸と狗姫は西国の最高権力者である。
その両名を前にして由羅は臆面もなく嘘をついた。
親が親なら子も子である。
面の皮の厚さは遺伝らしい。
一片の良心の呵責(かしゃく)すら由羅は感じていないようだった。
その態度を見て狗姫は由羅に対する処遇も決めた。
(親子ともども慈悲は必要あるまい)
「では、由羅とやら、これで髪を結うてみよ」
狗姫が髪紐をお庭番に手渡すと、その者は小走りで由羅の下へ。
「お安い御用ですわ」
由羅はニッコリと笑ってお庭番から髪紐を受け取った。
実に強(したた)かな性根だ、大した役者である。
そのまま由羅は自分の赤い髪を一房取り髪紐で結わえた。
次の瞬間、とてつもない絶叫が由羅の口から飛び出した。
「ギャア~~~~~~ッ!ヒッ、ヒッ、ヒィ~~~~~~~!」
由羅はバッタリと白目を剥(む)いて倒れた。
その顔は凄まじい恐怖に醜(みにく)く歪んでいる。
気絶した女の顔を見下ろしながら狗姫は殺生丸に話しかけた。
「ふむ、やはり、こうなったか。愚かな女だ。殺生丸、そなたは、当然、予想しておっただろうな」
「当たり前だ、あの呪(しゅ)は私が掛けたもの。りんに贈った品には全て同じ呪(しゅ)を掛けてある」
【補足】:りんちゃんの持ち物に掛かっている呪(しゅ)については拙作の『二人の巫女』を御参照下さいませ。
※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑧』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
次々と腑に落ちない点が疑問として殺生丸の脳裏に浮かんでくる。
三年前、未曾有の大雨が人界を襲った。
滝のような雨が、二日二晩、休みなく降り続いたという。
大雨が降りだした日に、りんは行方知れずとなった。
丁度、私が妖界へと戻った翌日だった。
私の不在を待っていたかのように雨は降りだした。
そして、りんに逢う為、私が人界へ渡る前日に雨はピタリと降りやんだ。
今にして思い返せば何とも胡散(うさん)臭い。
どう考えても都合が良すぎる。
ということは・・・あの大雨さえも豺牙(さいが)の仕組んだことなのだろう。
殺生丸は己の迂闊(うかつ)さに目が眩(くら)む思いだった。
掌(てのひら)に喰い込む爪が更に深くなる。
今、殺生丸の目の前で明らかになりつつある三年前の『りん失踪』の真実。
大雨で増水する危険な川の側へ、りんを誘い込んだ蝶は毒蛾の蛾々という妖怪が操る式鬼(しき)だった。
女顔の妖怪は鞭(むち)を得物に、りんに襲いかかる。
右へ左へ蛇のようにくねる鞭、土砂降りの雨が降る中、りんが逃げ惑う。
ぬかるみに足を取られ、りんが転んだ。
泥で汚れた、りんの顔、着物。
恐怖に怯(おび)えるりんを見て男は嘲笑(あざわら)う。
奴は鼠を甚振(いたぶ)る猫のように、りんを弄(もてあそ)んでいた。
出来るものならば、今直ぐにでも、奴の笑っている顔を引き裂いてやりたい!
殺生丸は激情が血のように赤い靄(もや)となって己を呑み込もうとしているのを感じた。
三つ目の妖牛、凱風(がいふう)が夜空に投影する映像は尚も続く。
水の音が聞こえてきそうな程、驚異的に増えていく川の水量。
溢れる水はドンドン川幅を拡げ勢力を増しつつあった。
川に流れ着く前に土を削り取ってきたのだろう。
水の色は透明度を失い濁(にご)った黄土色へと変化していた。
頃は良しと見たのか、男が、一際、大きく鞭を振りかぶった。
それまで、毒蛾の蛾々は髪の毛ひと筋の差で、りんに触れないように鞭の動きを制御してきた。
奴の力量からすれば造作もないことだろう。
次の瞬間、初めて、蛾々の鞭が、りんに触れた。
何かを狙ったような動きだった。
りんの顔の右側を僅(わず)かにかすめて鞭は離れた。
それでも、かなりの衝撃だったのだろう。
水飛沫(みずしぶき)を上げ川に落ちるりん。
降りしきる雨の中、孤を描いて毒蛾の蛾々の手に何か落ちてきた。
それは、殺生丸が、りんに贈った紅白の飾り紐(ひも)だった。
他にも何本か髪紐を贈ったが、紅白の色合いが、初めて殺生丸から貰った市松模様の着物を思い出させると云って、りんの一番のお気に入りだった。
川に落ちたりんは必死にもがいていた。
りんは泳げない。
以前、神楽が、御霊丸(ごりょうまる)なる者に攻撃を受けて川に落ちた時もそうだった。
自分が金槌(かなづち)にも拘らず神楽を助けようとして川に入ったりん。
結果的に、りんは溺れかけ殺生丸が助ける羽目となった。
神楽と邪見は阿吽に命じて助けさせた。
あの後、殺生丸は、りんを溺れさせた邪見に『監督不行き届き』として拳をくれてやったのだ。
もう六年も前のことになる。
だが、追憶に耽(ふけ)っている暇はない。
更なる危険が、りんに迫っていた。
絶え間なく降り注ぐ雨のせいで爆発的に増えた川の水は荒れ狂い水流を速める。
激流に変化した川の水に乗って太い丸太が何本も、矢のように、りんの方に流れ下ってくるのが見えた。
「「りんっ!」」
思わず立ち上がって殺生丸は叫んでいた。
後で気付いたが邪見も同様だった。
一本の太い丸太が、りんの顔面を直撃した。
ゆっくりと水面にりんが沈んでいく。
水面に散った赤い色・・・りんの血だ。
毒蛾妖怪は、りんが見えなくなるのを確認すると、ニヤリと笑って翅(はね)を羽ばたかせ姿を消した。
そこで、フッと映像は消えた。
ブモォ~~~~~~~~~~~~~~~~
『これで終了』とばかりに三つ目の妖牛が嘶(いなな)く。
空は元通りの闇夜に戻っていた。
殺生丸の目は激情に昂(たか)ぶり虹彩を残して真っ赤に変化していた。
頬に流れる妖線も太く大きくなり始めている。
シュウ~~~シュウ~~~~
余りの憤怒に喰いしばった歯の間から荒い呼吸が漏(も)れる。
極限にまで膨れ上がった怒りのせいで人型が崩れかけている。
今にも犬妖族の本性のままに変化(へんげ)してしまいそうだった。
殺生丸は、それほどまでに激怒していた。
その時、凛とした声が横から響いた。
母の狗姫だ。
「権佐、奴を、ここへ」
姿を隠して背後に控えていたのだろう。
西国お庭番の頭領、権佐が声だけで応える。
「はっ!」
一体、誰を連れてこようと言うのだろう。
殺生丸は母の言葉に訝(いぶか)しんだ。
権佐が配下のお庭番数名と共に姿を現した。
何者かを捕縛しているらしい。
妖力封じの縄を使用した上に猿轡(さるぐつわ)まで噛ませている。
男の顔を見た瞬間、殺生丸の自制心は吹き飛びそうになった。
それは、殺生丸が、何度、八つ裂きにしても飽き足りない男。
つい今しがた、いや、三年前、りんを川に落としこんだ毒蛾の蛾々だった。
※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑦』に続く
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
腸(はらわた)が煮えくり返る。
殺生丸は渦のように体内で逆巻く怒りの奔流を必死に抑えていた。
もう間違いない、豺牙(さいが)、りん失踪の首謀者。
今直ぐ、奴の首に手を掛けて捻(ね)じ切ってしまいたい!
だが・・・証拠がない。
如何に、奴が怪しくとも証拠もなく断罪はできぬ。
ギリギリ・・・握り締めた拳に爪が喰い込み皮膚を破って血が滲(にじ)みだす。
余りにも激しい怒りが痛覚を麻痺させ痛みを感じさせない。
殺生丸は険しい目で豺牙を睨(にら)みつけていた。
そんな殺生丸の激怒と焦燥を逸早(いちはや)く感知したのは、やはり母の狗姫(いぬき)だった。
拳の中に握り込んでいるが故に殆ど漏れていないはずの息子の血の匂いを犬妖族ならではの鋭敏な嗅覚で嗅(か)ぎ付けたのだ。
(これは・・・血の匂い。そうか、殺生丸、事の真相を察知したか。されど、今しばし待て。堪(こら)えるのだ)
由羅の舞が終わるのを待って狗姫は立ち上がり言葉をかけた。
「見事であったぞ、由羅とやら。舞の返礼に、こちらも余興を用意した。松尾、あれを」
「はい、さっ、こちらへ」
松尾の指示の下(もと)、数名の女房が布で覆いをかけた大きな荷物を牛車から運び出してきた。
何故か、大きな黒い妖牛まで一緒に牽(ひ)かれてくる。
荷物は形状から見て余り厚みがない。
狗姫は、それを自分の前方に置かせ、妖牛は少し後方に待機させた。
徐(おもむろ)に狗姫が掛け布を取り払った。
パサッ・・・現われたのは狗姫の身長ほどもある楕円形の鏡。
重厚な台座に固定されている。
狗姫が大きな鏡を前に説明を始めた。
「これはな、“遠見の鏡”といって、どんな遠方でも見ることの出来る不思議の鏡だ。元々は西国城の宝物庫に秘蔵されていたのだが、それでは折角の宝の持ち腐れ。三百年前に妾(わらわ)が譲り受け、以来、愛用しておる。これは中々に面白い鏡でな。命じさえすれば、一度、映したものを再び映し出すことが可能なのだ。よって、今から皆に妾(わらわ)が三年前に見たものを御覧にいれよう。幸い、今宵は月もない。さて、凱風(がいふう)よ、頼むぞ」
ブモォ~~~~~~~~
凱風(がいふう)と呼ばれた妖牛は、主の言葉に、『了解』とばかりに、一声、大きく嘶(いなな)いて三つ目をカッと光らせた。
通常の両目は前方の“遠見の鏡”を照射し、天眼とも呼ばれる第三の目の光は夜空に向かう。
両目に写し取った映像を天眼が拡大して空に投影しているのだ。
紅葉の宴が催されている盆地は、すり鉢のような形状になっている。
従って頭上にはポッカリと円形の夜空が覗(のぞ)いている。
漆黒の闇夜を背景に大きく映し出されたのは、のどかな春の風景だった。
満開の桜の大木の下、根元に腰掛ける殺生丸、従者の邪見、そして、桜の花を手に受けようとする人間の少女の姿。
(りんっ!)
驚愕に殺生丸の目が大きく見開かれる。
主と同様、邪見も衝撃を受けていた。
唯でさえ大きな出目を更に引ん剥(む)き、パクパクと口まで大きく開けて阿呆面を曝(さら)しつつ夜空を見上げている。
ハラハラと舞い散る桜の花びら、無邪気に笑う少女、何やら小言を呈している従者、両者の遣り取りを見るともなく見ている殺生丸。
それは紛れもなく三年前のあの日の再現だった。
思い出せば泣きたくなるほど穏やかで幸せな思い出の一幕。
場面は直ぐさま切り換わる。
ヒラヒラと舞い飛ぶ二匹の蝶を追いかける少女。
赤、青、黄、黒、白、鮮やかな蝶の翅(はね)には目の模様がある。
先程、由羅の扇から出現した蝶と全く同じ模様だ。
突然、二匹の蝶は掻き消すように消えた。
少女が周囲をキョロキョロと見回す。
すると、それまでの晴天が嘘のように曇りだし天から大粒の雫(しずく)が降り始めた。
滝のように降り注ぐ雨は少女をアッという間にずぶ濡れにしてしまう。
家に戻ろうとする少女の前に立ちはだかったのは妖しい美貌の妖怪。
一見、女とも見紛う顔、だが、その顔から下を良く見れば男ならではの喉仏(のどぼとけ)がある。
背に生えた大きな羽、色白の顔を奇妙な形で隈(くま)取る赤、青、黄、緑の化粧。
全てが異様なまでに毒々しく不吉だった。
(あ奴はっ!?)
殺生丸は男に見覚えがあった。
今から百年ほど昔、殺生丸が人界を放浪していた頃、『迷蝶の森』で絡んできた妖怪だった。
蝶に誘い込まれ森の中に踏み込めば道に迷い二度と戻れなくなる、そうした噂から、何時しか『迷蝶の森』と呼ばれるようになった場所がある。
単なる噂だろうと殺生丸が試(ため)しに森の中に入ってみた処、誘蛾族の奴に出交(でく)わしたのだった。
誘蛾族は蝶の式鬼(しき)を使って相手を難所(なんしょ)に誘い込み毒で仕留める妖怪である。
通常、誘蛾族は雄は雌を雌は雄を惑わすものだが、奴は雄でも雌でもお構いなしの両刀使いだった。
名は何と云っただろうか、そうだ、極めて毒性の強いことから“毒蛾の蛾々”と呼ばれていた。
美形を特に好み得意の鞭(むち)で散々に弄(もてあそ)んでから嬲(なぶ)り殺すという悪癖を持つ男だった。
迷蝶の森に足を踏み入れた私を見た途端、いつものように獲物で遊ぼうとしたのだろう。
奴が鞭で攻撃を仕掛けてきた。
そういえば、あの時も、周りに先程の舞と同じ蝶が飛んでいたな。
興味がないので碌(ろく)に見もしなかったが。
蛾々が鞭(むち)を得物にしているように私も鞭を使う。
同じ妖鞭で対抗する術(すべ)もあったが、そうすると時間が掛かる。
あんな奴に付き合ってやる義理はないので速攻で間合いを詰め毒華爪で片をつけてやった。
通常ならば、あれで死ぬのだが、奴も毒を体内に保持する妖怪。
私の毒に負けはしたものの命を落とすまでには至らなかったのだろう。
如何なる経緯(いきさつ)かは知らぬが、豺牙(さいが)は毒蛾の蛾々を雇った。
そして・・・りんを襲わせたのだ。
※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑥』に続く