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『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑤』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


腸(はらわた)が煮えくり返る。
殺生丸は渦のように体内で逆巻く怒りの奔流を必死に抑えていた。
もう間違いない、豺牙(さいが)、りん失踪の首謀者。
今直ぐ、奴の首に手を掛けて捻(ね)じ切ってしまいたい!
だが・・・証拠がない。
如何に、奴が怪しくとも証拠もなく断罪はできぬ。
ギリギリ・・・握り締めた拳に爪が喰い込み皮膚を破って血が滲(にじ)みだす。
余りにも激しい怒りが痛覚を麻痺させ痛みを感じさせない。
殺生丸は険しい目で豺牙を睨(にら)みつけていた。
そんな殺生丸の激怒と焦燥を逸早(いちはや)く感知したのは、やはり母の狗姫(いぬき)だった。
拳の中に握り込んでいるが故に殆ど漏れていないはずの息子の血の匂いを犬妖族ならではの鋭敏な嗅覚で嗅(か)ぎ付けたのだ。
 

(これは・・・血の匂い。そうか、殺生丸、事の真相を察知したか。されど、今しばし待て。堪(こら)えるのだ)
 

由羅の舞が終わるのを待って狗姫は立ち上がり言葉をかけた。
 

「見事であったぞ、由羅とやら。舞の返礼に、こちらも余興を用意した。松尾、あれを」
 

「はい、さっ、こちらへ」
 

松尾の指示の下(もと)、数名の女房が布で覆いをかけた大きな荷物を牛車から運び出してきた。
何故か、大きな黒い妖牛まで一緒に牽(ひ)かれてくる。
荷物は形状から見て余り厚みがない。
狗姫は、それを自分の前方に置かせ、妖牛は少し後方に待機させた。
徐(おもむろ)に狗姫が掛け布を取り払った。
パサッ・・・現われたのは狗姫の身長ほどもある楕円形の鏡。
重厚な台座に固定されている。
狗姫が大きな鏡を前に説明を始めた。
 

「これはな、“遠見の鏡”といって、どんな遠方でも見ることの出来る不思議の鏡だ。元々は西国城の宝物庫に秘蔵されていたのだが、それでは折角の宝の持ち腐れ。三百年前に妾(わらわ)が譲り受け、以来、愛用しておる。これは中々に面白い鏡でな。命じさえすれば、一度、映したものを再び映し出すことが可能なのだ。よって、今から皆に妾(わらわ)が三年前に見たものを御覧にいれよう。幸い、今宵は月もない。さて、凱風(がいふう)よ、頼むぞ」
 

ブモォ~~~~~~~~
凱風(がいふう)と呼ばれた妖牛は、主の言葉に、『了解』とばかりに、一声、大きく嘶(いなな)いて三つ目をカッと光らせた。
通常の両目は前方の“遠見の鏡”を照射し、天眼とも呼ばれる第三の目の光は夜空に向かう。
両目に写し取った映像を天眼が拡大して空に投影しているのだ。
紅葉の宴が催されている盆地は、すり鉢のような形状になっている。
従って頭上にはポッカリと円形の夜空が覗(のぞ)いている。
漆黒の闇夜を背景に大きく映し出されたのは、のどかな春の風景だった。
満開の桜の大木の下、根元に腰掛ける殺生丸、従者の邪見、そして、桜の花を手に受けようとする人間の少女の姿。
 

(りんっ!)
 

驚愕に殺生丸の目が大きく見開かれる。
主と同様、邪見も衝撃を受けていた。
唯でさえ大きな出目を更に引ん剥(む)き、パクパクと口まで大きく開けて阿呆面を曝(さら)しつつ夜空を見上げている。
ハラハラと舞い散る桜の花びら、無邪気に笑う少女、何やら小言を呈している従者、両者の遣り取りを見るともなく見ている殺生丸。
それは紛れもなく三年前のあの日の再現だった。
思い出せば泣きたくなるほど穏やかで幸せな思い出の一幕。
場面は直ぐさま切り換わる。
ヒラヒラと舞い飛ぶ二匹の蝶を追いかける少女。
赤、青、黄、黒、白、鮮やかな蝶の翅(はね)には目の模様がある。
先程、由羅の扇から出現した蝶と全く同じ模様だ。
突然、二匹の蝶は掻き消すように消えた。
少女が周囲をキョロキョロと見回す。
すると、それまでの晴天が嘘のように曇りだし天から大粒の雫(しずく)が降り始めた。
滝のように降り注ぐ雨は少女をアッという間にずぶ濡れにしてしまう。
家に戻ろうとする少女の前に立ちはだかったのは妖しい美貌の妖怪。
一見、女とも見紛う顔、だが、その顔から下を良く見れば男ならではの喉仏(のどぼとけ)がある。
背に生えた大きな羽、色白の顔を奇妙な形で隈(くま)取る赤、青、黄、緑の化粧。
全てが異様なまでに毒々しく不吉だった。
 

(あ奴はっ!?)
 

殺生丸は男に見覚えがあった。
今から百年ほど昔、殺生丸が人界を放浪していた頃、『迷蝶の森』で絡んできた妖怪だった。
蝶に誘い込まれ森の中に踏み込めば道に迷い二度と戻れなくなる、そうした噂から、何時しか『迷蝶の森』と呼ばれるようになった場所がある。
単なる噂だろうと殺生丸が試(ため)しに森の中に入ってみた処、誘蛾族の奴に出交(でく)わしたのだった。
誘蛾族は蝶の式鬼(しき)を使って相手を難所(なんしょ)に誘い込み毒で仕留める妖怪である。
通常、誘蛾族は雄は雌を雌は雄を惑わすものだが、奴は雄でも雌でもお構いなしの両刀使いだった。
名は何と云っただろうか、そうだ、極めて毒性の強いことから“毒蛾の蛾々”と呼ばれていた。
美形を特に好み得意の鞭(むち)で散々に弄(もてあそ)んでから嬲(なぶ)り殺すという悪癖を持つ男だった。
迷蝶の森に足を踏み入れた私を見た途端、いつものように獲物で遊ぼうとしたのだろう。
奴が鞭で攻撃を仕掛けてきた。
そういえば、あの時も、周りに先程の舞と同じ蝶が飛んでいたな。
興味がないので碌(ろく)に見もしなかったが。
蛾々が鞭(むち)を得物にしているように私も鞭を使う。
同じ妖鞭で対抗する術(すべ)もあったが、そうすると時間が掛かる。
あんな奴に付き合ってやる義理はないので速攻で間合いを詰め毒華爪で片をつけてやった。
通常ならば、あれで死ぬのだが、奴も毒を体内に保持する妖怪。
私の毒に負けはしたものの命を落とすまでには至らなかったのだろう。
如何なる経緯(いきさつ)かは知らぬが、豺牙(さいが)は毒蛾の蛾々を雇った。
そして・・・りんを襲わせたのだ。


※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑥』に続く

 

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