忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑦』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


(塵ひとつ残さず、この世から抹殺してくれる!)
 

激しい復讐の思いに駆られて、殺生丸は毒蛾の蛾々に向かって爆砕牙を抜き放とうとした。
だが、そんな殺生丸を止めたのは意外にも母の狗姫(いぬき)だった。
 

「待て、殺生丸」
 

「何故、止める、母上」
 

「刀を納めろ。そ奴には、まだ吐かせねばならん事があるのだ」
 

狗姫は豺牙(さいが)に視線を向け言葉を発した。
酒に焼けた豺牙の赤ら顔は先程から紙のような蒼白に変化していた。
よく見れば額に細かな脂汗をジットリと滲(にじ)ませている。
 

「豺牙よ、こ奴に見覚えはないか」
 

「とっ、とんでもございません、御方さま。何故、わしが、このような者を知っていると」
 

しかし、そこは、やはり古狸、豺牙は狗姫の尋問に対し自分への嫌疑を頑強に否認する。
状況から見て未(いま)だ決定的な証拠がないことに思い至ったのだろう。
言い逃れようようと必死に語勢を強くする。
狗姫は、再度、問い掛ける。
 

「誓って、この者との関係はないと?」
 

「勿論でございますっ!」
 

豺牙は飽くまでも白(しら)を切り通そうとする。
とことん己の否を認める気持ちはないらしい。
 

(こ奴に慈悲は必要ないな)
 

狗姫は厚顔無恥の輩に対する沙汰を内心で決定した。
そのまま厳しい面持ちで権佐に向き直り命じた。
 

「権佐、そ奴の猿轡(さるぐつわ)を解いてやれ」
 

「はっ」
 

今度は猿轡を外された毒蛾の蛾々に狗姫が問う。


「毒蛾の蛾々とやら、聞いておっただろう。豺牙は、そなたとは何の関係もないと言い切った。真(まこと)か?」
 

もう逃げも隠れもできないと腹を括(くく)ったのだろう。
毒蛾の蛾々は、完全に開き直った態度で狗姫の尋問に応える。
 

「何の関係もない!? ハッ、大有りだよ、見てただろう、狗姫の御方さま。三年前、俺が、人間の小娘を襲ったのは、全部、あの爺の差し金さ。おまけに、絶対、小娘には傷をつけないようにって、くどいくらい念を押されてね。何でかって、そりゃ、まず有り得ないと思うけど、小娘の死体が見つかった場合にさ、如何にも襲われましたって傷が残ってたら不味いだろ。万が一にも自分が疑われないようにって算段だよ。本当にあざといよね。だからさ、あの丸太は、こっちの予定外だ、全くの偶然。それに、もう気付いてるだろうけど、さっきの扇から出てきた蝶、あれ、俺の式鬼なんだよね。殺生丸さまを籠絡するのに手を貸せって云われてさ。本当は嫌だったけど、そうしないと弟達を殺すって脅(おど)されてね」
 

すかさず狗姫が問い掛ける。
 

「兄弟を質に取られているのか?」
 

「そっ、だから逆らえなくてさ」
 

毒蛾の蛾々の反論に豺牙が噛み付いた。
蒼白だった顔色が一気に茹蛸(ゆでだこ)のように赤くなっている。
興奮して、そのまま、蛾々に掴(つか)みかかりそうな勢いだ。
 

「だっ、黙れ!黙れ!黙らんかっ!この女男がっ!」
 

「うるさいぞ、豺牙。権佐、そ奴を黙らせろ」
 

「はっ、仰せのままに」
 

ガシッ、権佐が豺牙を羽交(はが)い絞めにして押さえつけた。
それでも大兵(だいひょう)の豺牙はバタバタと手足を動かして必死に逃れようとする。
しかし、権佐の拘束はビクともしない。
妖界でも三本の指に数えられる凄腕の妖忍の権佐である。
難なく大声で喚き散らす男を押さえて大人しくさせた。
 

「豺牙殿、お静かに」
 

そこへ新たなお庭番がやってきて狗姫の前で膝を折り小さな包みを手渡した。
ハラリ・・・布の中から出てきたのは紅白の飾り紐。
それを手に狗姫が毒蛾の蛾々に訊ねる。
 

「毒蛾の蛾々よ、これに見覚えがあろう?」
 

蛾々はチラリと紅白の髪紐に目をやると答えた。
 

「ああ、そうだね、あの時、小娘から奪った髪紐だ。でもさ、狗姫の御方さま、どうして此処にあるのかな。俺は、三年前、そこの爺に渡したのに」
 

「フッ、豺牙の屋敷から回収した。西国王の寵姫殺害の“動かぬ証拠”としてな」
 

その狗姫の言葉に豺牙が喰い付いた。
 

「なっ、何とっ、我が屋敷から持ち出したですとっ!御方さま、それは聞き捨てなりませんぞっ!その髪紐は、あの人間の小娘の物などではございません。我が娘、由羅の物にございます」
 

「そうなのか?」
 

狗姫が豺牙の娘、由羅に向かって問う。
由羅は頭の中で素早く計算した。
ここは父に掛けられた嫌疑を何としても回避しておかねばならない。
でなければ明日からは罪人の娘として扱われ下手をすれば牢に繋がれる羽目にもなりかねない。
意を決した由羅は顔を俯(うつむ)け如何にも殊勝な娘を装って答えた。
 

「はい、それは、間違いなく私の髪紐にございます」
 

殺生丸と狗姫は西国の最高権力者である。
その両名を前にして由羅は臆面もなく嘘をついた。
親が親なら子も子である。
面の皮の厚さは遺伝らしい。
一片の良心の呵責(かしゃく)すら由羅は感じていないようだった。
その態度を見て狗姫は由羅に対する処遇も決めた。
 

(親子ともども慈悲は必要あるまい)
 

「では、由羅とやら、これで髪を結うてみよ」
 

狗姫が髪紐をお庭番に手渡すと、その者は小走りで由羅の下へ。
 

「お安い御用ですわ」
 

由羅はニッコリと笑ってお庭番から髪紐を受け取った。
実に強(したた)かな性根だ、大した役者である。
そのまま由羅は自分の赤い髪を一房取り髪紐で結わえた。
次の瞬間、とてつもない絶叫が由羅の口から飛び出した。
 

「ギャア~~~~~~ッ!ヒッ、ヒッ、ヒィ~~~~~~~!」
 

由羅はバッタリと白目を剥(む)いて倒れた。
その顔は凄まじい恐怖に醜(みにく)く歪んでいる。
気絶した女の顔を見下ろしながら狗姫は殺生丸に話しかけた。
 

「ふむ、やはり、こうなったか。愚かな女だ。殺生丸、そなたは、当然、予想しておっただろうな」
 

「当たり前だ、あの呪(しゅ)は私が掛けたもの。りんに贈った品には全て同じ呪(しゅ)を掛けてある」


【補足】:りんちゃんの持ち物に掛かっている呪(しゅ)については拙作の『二人の巫女』を御参照下さいませ。


※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑧』に続く


 

拍手[23回]

PR