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『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑥』


※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


次々と腑に落ちない点が疑問として殺生丸の脳裏に浮かんでくる。
三年前、未曾有の大雨が人界を襲った。
滝のような雨が、二日二晩、休みなく降り続いたという。
大雨が降りだした日に、りんは行方知れずとなった。
丁度、私が妖界へと戻った翌日だった。
私の不在を待っていたかのように雨は降りだした。
そして、りんに逢う為、私が人界へ渡る前日に雨はピタリと降りやんだ。
今にして思い返せば何とも胡散(うさん)臭い。
どう考えても都合が良すぎる。
ということは・・・あの大雨さえも豺牙(さいが)の仕組んだことなのだろう。
殺生丸は己の迂闊(うかつ)さに目が眩(くら)む思いだった。
掌(てのひら)に喰い込む爪が更に深くなる。
今、殺生丸の目の前で明らかになりつつある三年前の『りん失踪』の真実。
大雨で増水する危険な川の側へ、りんを誘い込んだ蝶は毒蛾の蛾々という妖怪が操る式鬼(しき)だった。
女顔の妖怪は鞭(むち)を得物に、りんに襲いかかる。
右へ左へ蛇のようにくねる鞭、土砂降りの雨が降る中、りんが逃げ惑う。
ぬかるみに足を取られ、りんが転んだ。
泥で汚れた、りんの顔、着物。
恐怖に怯(おび)えるりんを見て男は嘲笑(あざわら)う。
奴は鼠を甚振(いたぶ)る猫のように、りんを弄(もてあそ)んでいた。
出来るものならば、今直ぐにでも、奴の笑っている顔を引き裂いてやりたい!
殺生丸は激情が血のように赤い靄(もや)となって己を呑み込もうとしているのを感じた。
三つ目の妖牛、凱風(がいふう)が夜空に投影する映像は尚も続く。
水の音が聞こえてきそうな程、驚異的に増えていく川の水量。
溢れる水はドンドン川幅を拡げ勢力を増しつつあった。
川に流れ着く前に土を削り取ってきたのだろう。
水の色は透明度を失い濁(にご)った黄土色へと変化していた。
頃は良しと見たのか、男が、一際、大きく鞭を振りかぶった。
それまで、毒蛾の蛾々は髪の毛ひと筋の差で、りんに触れないように鞭の動きを制御してきた。
奴の力量からすれば造作もないことだろう。
次の瞬間、初めて、蛾々の鞭が、りんに触れた。
何かを狙ったような動きだった。
りんの顔の右側を僅(わず)かにかすめて鞭は離れた。
それでも、かなりの衝撃だったのだろう。
水飛沫(みずしぶき)を上げ川に落ちるりん。
降りしきる雨の中、孤を描いて毒蛾の蛾々の手に何か落ちてきた。
それは、殺生丸が、りんに贈った紅白の飾り紐(ひも)だった。
他にも何本か髪紐を贈ったが、紅白の色合いが、初めて殺生丸から貰った市松模様の着物を思い出させると云って、りんの一番のお気に入りだった。
川に落ちたりんは必死にもがいていた。
りんは泳げない。
以前、神楽が、御霊丸(ごりょうまる)なる者に攻撃を受けて川に落ちた時もそうだった。
自分が金槌(かなづち)にも拘らず神楽を助けようとして川に入ったりん。
結果的に、りんは溺れかけ殺生丸が助ける羽目となった。
神楽と邪見は阿吽に命じて助けさせた。
あの後、殺生丸は、りんを溺れさせた邪見に『監督不行き届き』として拳をくれてやったのだ。
もう六年も前のことになる。
だが、追憶に耽(ふけ)っている暇はない。
更なる危険が、りんに迫っていた。
絶え間なく降り注ぐ雨のせいで爆発的に増えた川の水は荒れ狂い水流を速める。
激流に変化した川の水に乗って太い丸太が何本も、矢のように、りんの方に流れ下ってくるのが見えた。
 

「「りんっ!」」
 

思わず立ち上がって殺生丸は叫んでいた。
後で気付いたが邪見も同様だった。
一本の太い丸太が、りんの顔面を直撃した。
ゆっくりと水面にりんが沈んでいく。
水面に散った赤い色・・・りんの血だ。
毒蛾妖怪は、りんが見えなくなるのを確認すると、ニヤリと笑って翅(はね)を羽ばたかせ姿を消した。
そこで、フッと映像は消えた。
ブモォ~~~~~~~~~~~~~~~~
『これで終了』とばかりに三つ目の妖牛が嘶(いなな)く。
空は元通りの闇夜に戻っていた。
殺生丸の目は激情に昂(たか)ぶり虹彩を残して真っ赤に変化していた。
頬に流れる妖線も太く大きくなり始めている。
シュウ~~~シュウ~~~~
余りの憤怒に喰いしばった歯の間から荒い呼吸が漏(も)れる。
極限にまで膨れ上がった怒りのせいで人型が崩れかけている。
今にも犬妖族の本性のままに変化(へんげ)してしまいそうだった。
殺生丸は、それほどまでに激怒していた。
その時、凛とした声が横から響いた。
母の狗姫だ。
 

「権佐、奴を、ここへ」
 

姿を隠して背後に控えていたのだろう。
西国お庭番の頭領、権佐が声だけで応える。
 

「はっ!」
 

一体、誰を連れてこようと言うのだろう。
殺生丸は母の言葉に訝(いぶか)しんだ。
権佐が配下のお庭番数名と共に姿を現した。
何者かを捕縛しているらしい。
妖力封じの縄を使用した上に猿轡(さるぐつわ)まで噛ませている。
男の顔を見た瞬間、殺生丸の自制心は吹き飛びそうになった。
それは、殺生丸が、何度、八つ裂きにしても飽き足りない男。
つい今しがた、いや、三年前、りんを川に落としこんだ毒蛾の蛾々だった。


※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑦』に続く


 

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