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※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
滝のように降りつける雨の中、襲いかかる毒蛾妖怪の鞭。
逃げて逃げて・・・怖(こわ)かった、怖(おそ)ろしかった。
ぬかるんだ地面に足を取られ滑って転んだ。
泥をかぶったけど、そんな事、構っていられなかった。
まるで猫に弄(もてあそ)ばれる鼠みたいに追い回されて・・・。
気が付けば目の前に川が流れてた。
それも、いつも見慣れた小川じゃない。
雨で増水して川幅が倍以上に拡がってた。
流れ込む泥水のせいで水の色は濁って黄土色に変わり始めてた。
大雨で増水した川の流れは怖ろしく速かった。
ビシッ、ほんの一瞬だった。
川に気を取られてたあたしの顔の右側を鞭が打ち据えた。
その反動であたしは増水する川に落ちてしまって。
水の中は冷たかった。
濁った水は視界が悪くて何も見えない。
黄色・・・ううん、違う、泥を薄めた薄茶色の水。
ドッと鼻や口に水が入り込んできた。
咽(むせ)て咽(むせ)て苦しくて。
泳げないあたしは必死にもがいてもがいて。
やっと頭を水の上に出した瞬間、目の前には太い丸太が!
激しい痛みと衝撃だけを覚えてる。
その後は・・・何も・・覚えて・・・ない。
何も・・見えない・・・聞こえない・・・真っ暗・・だっ・・た・・・
「御方さまっ!」
筆頭女房の松尾が血相を変えて飛び込んできた。
常日頃、冷静な松尾が、こうまで取り乱すとは一体!?
「どうした、松尾、何事だ?」
狗姫が訝(いぶか)しんで声を掛ければ返ってきたのは容易ならざる答え。
「りんさまの容態がっ!」
「「何っ!?」」
狗姫と殺生丸が同時に声を発して駆け出した。
向かうのは当然、りんが臥(ふ)している部屋である。
簡素ながら趣きのある小部屋にりんは寝かされていた。
御典医の如庵が、りんの手を取り脈を測(はか)っている。
「如庵、りんの様子は!?」
眉を顰(ひそ)めた如庵が狗姫を見て首を振る。
「つい今しがた、脈が途絶えました」
如庵の返答を信じられずに、狗姫が、殺生丸が叫ぶ。
「何だとっ!?」 「馬鹿なっ!?」
驚愕する狗姫と殺生丸に如庵が説明する。
「恐らく・・・りんさまは“冥の闇”に呑まれたのではないかと」
狗姫が如庵の言葉に鋭く反応する。
「“冥の・・闇”だと!」
「はい、御方さまならば御存知でしょう。以前、伺(うかが)ったお話では、りんさまは冥府から甦った経験が二度あるとのこと。最初は殺生丸さまの天生牙で、二度目は御方さまの冥道石で。一度だけでも滅多にない冥界からの蘇生。それを信じられないことに二度も経験されていると。本来ならば、りんさまは死者として魂が転生の為の輪廻の輪に組み込まれていた筈の御方。そのような尋常ならざる蘇生を経験をしているりんさまは普通の人間と違い、心の中の闇、所謂(いわゆる)冥界に繋がる“冥の闇”に非常に惹(ひ)き込まれやすいのです」
驚愕から素早く立ち直った狗姫と殺生丸が如庵の言葉に噛み付く。
「「ならば、どうすればよいのだっ!?」」
「御方さま、首から下げておられるその首飾り、中央に嵌め込まれた宝石は確か冥道石にございましたな」
狗姫の胸元に飾られた黒い石を如庵がジッと仔細(しさい)あり気に見詰めた。
「如何にも。それで、この冥道石が何だと・・・。ああっ、そうかっ!判ったぞ、如庵」
即座に如庵の意向を汲み取った狗姫は素早く冥道石の首飾りを外し、りんの胸元に置いた。
すると冥界に通じる宝石は、たちどころに反応を見せた。
眩(まばゆ)い光を周囲に放射し始めたのだ。
暫らく光を発した後、冥道石の輝きは徐々に収まり元の黒い石に戻った。
それと同時に、りんが息をスゥッと吸い込み呼吸を再開した。
トクッ・・トクッ・・トクン・・トクン・・心臓が鼓動を刻み出した。
青白い肌に血色が戻り頬に赤味が注(さ)す。
仮死状態だった身体に生気が宿る。
そして、ゆっくりと目を開けた。
「「りんっ!」」
狗姫が、殺生丸が、愛しい娘の名を呼ぶ。
「お・・お母・・さま・・・殺生・・丸・・さま・・・」
りんが少し擦(かす)れた声で狗姫と殺生丸を呼ぶ。
「りん、思い出したのだな。よし、もう大丈夫だ。松尾、如庵」
「「はい」」
口角をクッキリと上げた狗姫が松尾や如庵を伴(ともな)い部屋から出て行く。
三年ぶりに再会した殺生丸とりんを二人きりにしてやろうとの母親ならではの配慮である。
りんが殺生丸を見て、はにかみながら嬉しそうに微笑んだ。
「殺生丸・・さま・・・」
「・・・りん・・」
殺生丸は、りんを、喰い入るように、いや、それこそ貪(むさぼ)るように見詰めていた。
無理もない、焦がれに焦がれた愛しい娘と、やっと三年ぶりに再会できたのだ。
一見、無表情ながら金色の目の奥には紛れもなく狂おしいほどの喜びが躍(おど)っている。
殺生丸が心の底から欲して止(や)まない唯一無二の存在、りん。
一年前、殺生丸は反魂香(はんごんこう)を扱う方斎の易占により漸(ようや)く、りんが無事だという確証を得た。
しかし、殺生丸が安堵したのも束の間、いつまで待っても待ち人は現われず、焦燥は日毎(ひごと)に強まり本当に逢えるのだろうかと疑心を募(つの)らせる日々が続いていた。
そんな殺生丸の苦悩の日々が遂に終わりを告げたのだ。
りんが失踪して以来、殺生丸の胸に巣喰い続けた“虚無”という名の空虚は本物のりんを目にして跡形もなく雲散霧消(うんさんむしょう)した。
三年前に比べ稚(いとけな)い面影を残しつつも愛らしく可憐な美少女に成長したりん。
りんの甘く馨(かぐわ)しい匂いがフワリと殺生丸の鋭敏な鼻腔を擽(くすぐ)る。
無条件で惹き付けられる艶(つや)やかな匂いを殺生丸は胸一杯に吸い込んだ。
“りん”そのものと言ってもよい匂いに殺生丸は陶然(とうぜん)と酔い痴れた。
“戦慄の貴公子”と謳(うた)われた歴代最強の大妖怪の胸を、今、満たすのは奔流のように溢れ出す熱く激しい歓喜の想いだった。
了
※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。
昏(くら)い漆黒の深淵、心の中の深層部分、無意識の海の中にりんは漂っていた。
ゆらゆらと揺れる心地好い波は傷付き疲れた心に慰撫と安寧(あんねい)をもたらす。
『・・・ズッとここに居たい』
りんが、そう思った時、不意に二匹の蝶が現われた。
色鮮やかな翅(はね)に幻惑の目を持つ孔雀蝶。
ヒラヒラと舞い飛ぶ蝶が意識を失う前のりんの記憶を再現させる。
蝶に魅入られ足を運んだ先で見た宴の様相。
妖火の篝火(かがりび)が焚かれる中、浮かび上がる夥(おびただ)しい数の妖々(ひとびと)。
その中には、大好きなお母さまの狗姫(いぬき)と優しい松尾さま、いつもお土産をくれるお庭番の権佐、旧知の女官衆が揃っていた。
そして、少し離れた場所に立っていたスラリと丈高い白銀の髪の青年。
『・・・あの妖(ひと)は誰?』
お母さまに良く似た男の妖(ひと)、額の三日月も長い白銀の髪も同じ。
でも、顔の妖線は、お母さまと違って二本。
りんが不思議に思う暇もなく老妖怪が襲い掛かってきた。
長い牙と爪を剥(む)きだし耳まで裂けた口から涎(よだれ)を垂らした半化けの怖ろしい姿。
血走った眼は憎悪に狂い理性を失って暴走し始めている。
野望を打ち砕かれた老妖怪に残っているのは執拗なまでに凶暴な獲物に対する惨殺の意思のみ。
残虐な牙と爪が、容赦なく、りんを引き裂こうと迫ってくる。
恐怖に捉われ地面に縫い付けられたように動けないりん。
『殺されるっ!』
そう思った瞬間、りんが思い出したのは嘗(かつ)ての記憶。
あれは・・・そう、旅をしてた頃より、もっと前、狼に喉を噛み切られ殺された時の・・・
記憶が次から次へと奔流のように流れ込み甦(よみがえ)る。
ビシュッ、瞬(またた)きにも満たぬ刹那、稲妻のように駈け寄った白銀の妖(ひと)が刀を振るい暴漢を一気に袈裟掛(けさが)けに斬り捨てた。
りんを襲おうとした妖怪が目の前から消えていく。
ガッ、ガガガガガガガガガガガガガ・・・・
微細な小爆発が数限りなく発生して男の身体を極限まで粉砕していく。
りんの目の前で老妖怪は跡形もなく消滅した。
あの刀を・・・爆砕牙を・・振るえるのは・・こんな事が出来る・・のは・・・
「殺・・生・・・丸・・さま・・・」
ああ・・そうだ・・・思い出した。
三年前、あたしは、隻眼の巫女、楓さまに預けられ人界で暮らしてたんだ。
本当のお婆ちゃんみたいに優しかった楓さま、女好きだけど親切な法師さまと退治屋をしてた珊瑚さん、子狐妖怪の七宝ちゃん、半妖の犬夜叉さま、やっと三年ぶりに村に戻ってきたかごめさま。
それから、退治屋修行に出かけ滅多に村に戻らない琥珀と雲母。
三年間、楓さまの村で優しいあの人達と暮らしてた。
殺生丸さまは三日おきに村へ逢いに来てくださってた。
あれは、殺生丸さまにお逢いした次の日の事だった。
見たこともない綺麗な蝶を追いかけて何時の間にか川の側まで来てた。
そしたら、いきなり雨が激しく降り始めて急いで家に戻ろうとしたら・・・。
『嫌っ! 怖い! 思い出したくない!』
りんは両腕で頭を抱え縮こまって必死に思い出すのを拒もうとした。
小さな身体が小刻みに震えている。
無理もない、思い出せば、また当時の恐怖と痛みが甦る。
すると蝶の姿がフッと消えた。
代わりに現われたのはポッと柔らかな淡い光。
それは墨を溶かし込んだように暗い闇の中で優しく灯(とも)り、りんの心を慰める。
『・・・蛍?』
見上げれば光は五つある。
五匹の蛍が励ますようにフワフワとりんの周りを飛んでいる。
光の粒子が、まるで音を発するかのようにさんざめく。
リン、リン、リン、リン、リンと唯ひとつの音を紡(つむ)ぐように。
『もしかして・・・おっ父(とう)? おっ母(かあ)? 兄ちゃんたち?』
りんの呼びかけに答えるかのように光が一斉に点滅する。
蛍の光に熱は殆どない。
なのに、りんを照らす光は限りなく優しく温かかった。
恐怖が薄らいで記憶が戻ってくる。
りんを襲ったのは女のような顔をした蛾の妖怪だった。
赤、青、黄、緑、毒々しい原色の化粧で彩(いろど)られた白い顔、背中に生えた大きな翅。
豪雨の中、ニヤニヤと笑いながら女顔の妖怪が口にした台詞が一字一句違(たが)わず甦る。
「フ~~ン、西国王になった殺生丸さまが人間の女にケタ惚(ぼ)けてるって聞いたから、どんな妙齢の美女かと思いきや、こんな色気もへったくれもない小娘とはね。焼きが回ったのかな、殺生丸さま。以前、俺が粉かけた時は、それはもう、ゾクゾクするような冷たい目で毒華爪(どっかそう)を喰らわしてくれたのにさ。あん時は、流石の俺も死ぬんじゃないかと思ったよ。毒負けしちゃってさ。本当、つれない御方だよね。まっ、そこが良いんだけどさ。とびっきり綺麗で凍りつきそうなほど冷たくて怖ろしい。ウ~~ン、堪(たま)らない、痺(しび)れるね~~。とまあ、そんな訳で、お嬢ちゃん、俺に取っちゃアンタは恋敵だ。悪いが此処で死んでもらうよ。今回の仕事も都合よく溺死に見せかけて殺せって依頼だし、『一石二鳥』って、この事だよな。そうそう、俺は“毒蛾の蛾々”って云うの。自分を殺す相手の名前くらい知っておきたいだろう。ウン、俺って親切だよな」
そして、言い終わった後、毒蛾の蛾々は鞭を振るい逃げ惑うりんを川へと誘導したのだった。
※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑪』に続く