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『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑪』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。

滝のように降りつける雨の中、襲いかかる毒蛾妖怪の鞭。
逃げて逃げて・・・怖(こわ)かった、怖(おそ)ろしかった。
ぬかるんだ地面に足を取られ滑って転んだ。
泥をかぶったけど、そんな事、構っていられなかった。
まるで猫に弄(もてあそ)ばれる鼠みたいに追い回されて・・・。
気が付けば目の前に川が流れてた。
それも、いつも見慣れた小川じゃない。
雨で増水して川幅が倍以上に拡がってた。
流れ込む泥水のせいで水の色は濁って黄土色に変わり始めてた。
大雨で増水した川の流れは怖ろしく速かった。
ビシッ、ほんの一瞬だった。
川に気を取られてたあたしの顔の右側を鞭が打ち据えた。
その反動であたしは増水する川に落ちてしまって。
水の中は冷たかった。
濁った水は視界が悪くて何も見えない。
黄色・・・ううん、違う、泥を薄めた薄茶色の水。
ドッと鼻や口に水が入り込んできた。
咽(むせ)て咽(むせ)て苦しくて。
泳げないあたしは必死にもがいてもがいて。
やっと頭を水の上に出した瞬間、目の前には太い丸太が!
激しい痛みと衝撃だけを覚えてる。
その後は・・・何も・・覚えて・・・ない。
何も・・見えない・・・聞こえない・・・真っ暗・・だっ・・た・・・
 

「御方さまっ!」
 

筆頭女房の松尾が血相を変えて飛び込んできた。
常日頃、冷静な松尾が、こうまで取り乱すとは一体!?
 

「どうした、松尾、何事だ?」
 

狗姫が訝(いぶか)しんで声を掛ければ返ってきたのは容易ならざる答え。
 

「りんさまの容態がっ!」
 

「「何っ!?」」
 

狗姫と殺生丸が同時に声を発して駆け出した。
向かうのは当然、りんが臥(ふ)している部屋である。
簡素ながら趣きのある小部屋にりんは寝かされていた。
御典医の如庵が、りんの手を取り脈を測(はか)っている。
 

「如庵、りんの様子は!?」
 

眉を顰(ひそ)めた如庵が狗姫を見て首を振る。
 

「つい今しがた、脈が途絶えました」
 

如庵の返答を信じられずに、狗姫が、殺生丸が叫ぶ。
 

「何だとっ!?」 「馬鹿なっ!?」
 

驚愕する狗姫と殺生丸に如庵が説明する。
 

「恐らく・・・りんさまは“冥の闇”に呑まれたのではないかと」
 

狗姫が如庵の言葉に鋭く反応する。
 

「“冥の・・闇”だと!」
 

「はい、御方さまならば御存知でしょう。以前、伺(うかが)ったお話では、りんさまは冥府から甦った経験が二度あるとのこと。最初は殺生丸さまの天生牙で、二度目は御方さまの冥道石で。一度だけでも滅多にない冥界からの蘇生。それを信じられないことに二度も経験されていると。本来ならば、りんさまは死者として魂が転生の為の輪廻の輪に組み込まれていた筈の御方。そのような尋常ならざる蘇生を経験をしているりんさまは普通の人間と違い、心の中の闇、所謂(いわゆる)冥界に繋がる“冥の闇”に非常に惹(ひ)き込まれやすいのです」
 

驚愕から素早く立ち直った狗姫と殺生丸が如庵の言葉に噛み付く。
 

「「ならば、どうすればよいのだっ!?」」
 

「御方さま、首から下げておられるその首飾り、中央に嵌め込まれた宝石は確か冥道石にございましたな」
 

狗姫の胸元に飾られた黒い石を如庵がジッと仔細(しさい)あり気に見詰めた。
 

「如何にも。それで、この冥道石が何だと・・・。ああっ、そうかっ!判ったぞ、如庵」
 

即座に如庵の意向を汲み取った狗姫は素早く冥道石の首飾りを外し、りんの胸元に置いた。
すると冥界に通じる宝石は、たちどころに反応を見せた。
眩(まばゆ)い光を周囲に放射し始めたのだ。
暫らく光を発した後、冥道石の輝きは徐々に収まり元の黒い石に戻った。
それと同時に、りんが息をスゥッと吸い込み呼吸を再開した。
トクッ・・トクッ・・トクン・・トクン・・心臓が鼓動を刻み出した。
青白い肌に血色が戻り頬に赤味が注(さ)す。
仮死状態だった身体に生気が宿る。
そして、ゆっくりと目を開けた。
 

「「りんっ!」」
 

狗姫が、殺生丸が、愛しい娘の名を呼ぶ。
 

「お・・お母・・さま・・・殺生・・丸・・さま・・・」
 

りんが少し擦(かす)れた声で狗姫と殺生丸を呼ぶ。
 

「りん、思い出したのだな。よし、もう大丈夫だ。松尾、如庵」
 

「「はい」」
 

口角をクッキリと上げた狗姫が松尾や如庵を伴(ともな)い部屋から出て行く。
三年ぶりに再会した殺生丸とりんを二人きりにしてやろうとの母親ならではの配慮である。
りんが殺生丸を見て、はにかみながら嬉しそうに微笑んだ。
 

「殺生丸・・さま・・・」
 

「・・・りん・・」
 

殺生丸は、りんを、喰い入るように、いや、それこそ貪(むさぼ)るように見詰めていた。
無理もない、焦がれに焦がれた愛しい娘と、やっと三年ぶりに再会できたのだ。
一見、無表情ながら金色の目の奥には紛れもなく狂おしいほどの喜びが躍(おど)っている。
殺生丸が心の底から欲して止(や)まない唯一無二の存在、りん。
一年前、殺生丸は反魂香(はんごんこう)を扱う方斎の易占により漸(ようや)く、りんが無事だという確証を得た。
しかし、殺生丸が安堵したのも束の間、いつまで待っても待ち人は現われず、焦燥は日毎(ひごと)に強まり本当に逢えるのだろうかと疑心を募(つの)らせる日々が続いていた。
そんな殺生丸の苦悩の日々が遂に終わりを告げたのだ。
りんが失踪して以来、殺生丸の胸に巣喰い続けた“虚無”という名の空虚は本物のりんを目にして跡形もなく雲散霧消(うんさんむしょう)した。
三年前に比べ稚(いとけな)い面影を残しつつも愛らしく可憐な美少女に成長したりん。
りんの甘く馨(かぐわ)しい匂いがフワリと殺生丸の鋭敏な鼻腔を擽(くすぐ)る。
無条件で惹き付けられる艶(つや)やかな匂いを殺生丸は胸一杯に吸い込んだ。
“りん”そのものと言ってもよい匂いに殺生丸は陶然(とうぜん)と酔い痴れた。
“戦慄の貴公子”と謳(うた)われた歴代最強の大妖怪の胸を、今、満たすのは奔流のように溢れ出す熱く激しい歓喜の想いだった。         

                      了
 

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