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『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑩』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


昏(くら)い漆黒の深淵、心の中の深層部分、無意識の海の中にりんは漂っていた。
ゆらゆらと揺れる心地好い波は傷付き疲れた心に慰撫と安寧(あんねい)をもたらす。
 

『・・・ズッとここに居たい』
 

りんが、そう思った時、不意に二匹の蝶が現われた。
色鮮やかな翅(はね)に幻惑の目を持つ孔雀蝶。
ヒラヒラと舞い飛ぶ蝶が意識を失う前のりんの記憶を再現させる。
蝶に魅入られ足を運んだ先で見た宴の様相。
妖火の篝火(かがりび)が焚かれる中、浮かび上がる夥(おびただ)しい数の妖々(ひとびと)。
その中には、大好きなお母さまの狗姫(いぬき)と優しい松尾さま、いつもお土産をくれるお庭番の権佐、旧知の女官衆が揃っていた。
そして、少し離れた場所に立っていたスラリと丈高い白銀の髪の青年。
 

『・・・あの妖(ひと)は誰?』
 

お母さまに良く似た男の妖(ひと)、額の三日月も長い白銀の髪も同じ。
でも、顔の妖線は、お母さまと違って二本。
りんが不思議に思う暇もなく老妖怪が襲い掛かってきた。
長い牙と爪を剥(む)きだし耳まで裂けた口から涎(よだれ)を垂らした半化けの怖ろしい姿。
血走った眼は憎悪に狂い理性を失って暴走し始めている。
野望を打ち砕かれた老妖怪に残っているのは執拗なまでに凶暴な獲物に対する惨殺の意思のみ。
残虐な牙と爪が、容赦なく、りんを引き裂こうと迫ってくる。
恐怖に捉われ地面に縫い付けられたように動けないりん。
 

『殺されるっ!』
 

そう思った瞬間、りんが思い出したのは嘗(かつ)ての記憶。
あれは・・・そう、旅をしてた頃より、もっと前、狼に喉を噛み切られ殺された時の・・・
記憶が次から次へと奔流のように流れ込み甦(よみがえ)る。
ビシュッ、瞬(またた)きにも満たぬ刹那、稲妻のように駈け寄った白銀の妖(ひと)が刀を振るい暴漢を一気に袈裟掛(けさが)けに斬り捨てた。
りんを襲おうとした妖怪が目の前から消えていく。
ガッ、ガガガガガガガガガガガガガ・・・・
微細な小爆発が数限りなく発生して男の身体を極限まで粉砕していく。
りんの目の前で老妖怪は跡形もなく消滅した。
あの刀を・・・爆砕牙を・・振るえるのは・・こんな事が出来る・・のは・・・
 

「殺・・生・・・丸・・さま・・・」
 

ああ・・そうだ・・・思い出した。
三年前、あたしは、隻眼の巫女、楓さまに預けられ人界で暮らしてたんだ。
本当のお婆ちゃんみたいに優しかった楓さま、女好きだけど親切な法師さまと退治屋をしてた珊瑚さん、子狐妖怪の七宝ちゃん、半妖の犬夜叉さま、やっと三年ぶりに村に戻ってきたかごめさま。
それから、退治屋修行に出かけ滅多に村に戻らない琥珀と雲母。
三年間、楓さまの村で優しいあの人達と暮らしてた。
殺生丸さまは三日おきに村へ逢いに来てくださってた。
あれは、殺生丸さまにお逢いした次の日の事だった。
見たこともない綺麗な蝶を追いかけて何時の間にか川の側まで来てた。
そしたら、いきなり雨が激しく降り始めて急いで家に戻ろうとしたら・・・。
 

『嫌っ! 怖い! 思い出したくない!』
 

りんは両腕で頭を抱え縮こまって必死に思い出すのを拒もうとした。
小さな身体が小刻みに震えている。
無理もない、思い出せば、また当時の恐怖と痛みが甦る。
すると蝶の姿がフッと消えた。
代わりに現われたのはポッと柔らかな淡い光。
それは墨を溶かし込んだように暗い闇の中で優しく灯(とも)り、りんの心を慰める。
 

『・・・蛍?』
 

見上げれば光は五つある。
五匹の蛍が励ますようにフワフワとりんの周りを飛んでいる。
光の粒子が、まるで音を発するかのようにさんざめく。
リン、リン、リン、リン、リンと唯ひとつの音を紡(つむ)ぐように。
 

『もしかして・・・おっ父(とう)? おっ母(かあ)? 兄ちゃんたち?』
 

りんの呼びかけに答えるかのように光が一斉に点滅する。
蛍の光に熱は殆どない。
なのに、りんを照らす光は限りなく優しく温かかった。
恐怖が薄らいで記憶が戻ってくる。
りんを襲ったのは女のような顔をした蛾の妖怪だった。
赤、青、黄、緑、毒々しい原色の化粧で彩(いろど)られた白い顔、背中に生えた大きな翅。
豪雨の中、ニヤニヤと笑いながら女顔の妖怪が口にした台詞が一字一句違(たが)わず甦る。
 

「フ~~ン、西国王になった殺生丸さまが人間の女にケタ惚(ぼ)けてるって聞いたから、どんな妙齢の美女かと思いきや、こんな色気もへったくれもない小娘とはね。焼きが回ったのかな、殺生丸さま。以前、俺が粉かけた時は、それはもう、ゾクゾクするような冷たい目で毒華爪(どっかそう)を喰らわしてくれたのにさ。あん時は、流石の俺も死ぬんじゃないかと思ったよ。毒負けしちゃってさ。本当、つれない御方だよね。まっ、そこが良いんだけどさ。とびっきり綺麗で凍りつきそうなほど冷たくて怖ろしい。ウ~~ン、堪(たま)らない、痺(しび)れるね~~。とまあ、そんな訳で、お嬢ちゃん、俺に取っちゃアンタは恋敵だ。悪いが此処で死んでもらうよ。今回の仕事も都合よく溺死に見せかけて殺せって依頼だし、『一石二鳥』って、この事だよな。そうそう、俺は“毒蛾の蛾々”って云うの。自分を殺す相手の名前くらい知っておきたいだろう。ウン、俺って親切だよな」
 

そして、言い終わった後、毒蛾の蛾々は鞭を振るい逃げ惑うりんを川へと誘導したのだった。


※『錦繍事変(きんしゅうじへん)⑪』に続く

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