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贈呈小説『燕子花(かきつばた)恋歌』


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我のみや かく恋すらむ かきつばた につらふ妹(いも)は いかにかあるらむ


私ばかりが、こんなに恋焦がれているのだろうか。燕子花(カキツバタ))のように鮮やかで美しい彼女は、どんな気持ちでいるのだろうか。


作者未詳   万葉集より出典 

  
草叢(くさむら)から覗(のぞ)いて見えた長い白銀の髪。
てっきり殺生丸さまだと思ったの。
でも、違った。
近付いて見ると髪の中から犬耳がピョコンと飛び出してる。
殺生丸さまと同じ白銀の髪に金の瞳。
いつも真っ赤なお着物の犬夜叉さまだ。
殺生丸さまの弟の犬夜叉さま。
邪見さまが云うには、犬夜叉さまは殺生丸さまと違って半妖だから、さま付けなんてしなくて良いって。
でも、あたしは、そんなの変だと思う。
だから、楓さまや法師さまと同じように犬夜叉さまって呼ぶの。
珊瑚さんだけは、さま付けはやめて欲しいって。
だから、失礼にならないように、珊瑚さんって呼んでるの。
腕を組んで草叢に寝転がってる犬夜叉さま。
目を瞑(つむっ)て寝てるみたい。
邪魔しないようにソッと遠ざかろうとしたんだけど。
気付かれちゃった。

「りんか。気にすんな。こっち来いよ」

「あ・・・でも、お邪魔なら」

「邪魔なんかじゃねえよ」

「じゃあ」

あたしが楓さまの処で生活するようになって、大体、三ヶ月くらい。
最初は犬夜叉さまを、全然、見かけなかった。
どうしてかっていうと、犬夜叉さまと仲良しのかごめさまが、お国に帰っちゃったから。
今でも、あの時のことを覚えてる。
あれは奈落との最後の戦いだった。
殺生丸さまの爆砕牙と犬夜叉さまの鉄砕牙に攻撃されてドンドン弱っていく奈落。
その時、四魂の玉を、かごめさまの破魔の矢が射抜いたの。
骨喰いの井戸の上に首だけになった奈落と破魔の矢で串刺しになった四魂の玉が浮かんでたっけ。
あたし、殺生丸さまの横で邪見さまや琥珀と一緒に見てたの。
首だけになった奈落が消えたと思ったら、かごめさまの後ろに黒くて丸い冥道が現われてね。
そして、かごめさまをゴッて呑み込んで消えちゃった。
それだけじゃなくて骨喰いの井戸まで消えちゃったの。
あの井戸を通って、かごめさまと犬夜叉さまは、かごめさまのお国へ行き来してたんだって。
だから、あの井戸が無いと、とっても困るんだって楓さまが云ってた。
かごめさまが冥道に消えて直ぐ犬夜叉さまも後を追ったの。
殺生丸さまから譲ってもらった冥道残月破で刃の形の冥道を呼び出して。
その後、三日間、犬夜叉さまは戻ってこなかったそうなの。
それから、どうしてかは判らないけど、かごめさまも戻ってこなかった。
あの時、あたしは、殺生丸さまに連れられて、邪見さまと一緒に村を離れてたから後で楓さまが教えてくれたんだっけ。
アッ、それからね、骨喰いの井戸は、チャンと元通りの場所に戻ってたよ。
あたし、楓さまに預けられたばかりの頃は、悲しくて泣いてばかりいたの。
でもね、殺生丸さまは約束通り、三日おきに逢いに来てくれて。
それからは、泣かなくなったの。
今では村の暮らしにも慣れて楓さまのお手伝いを色々とさせて頂いてるの。
それでね、今日は楓さまに頼まれて菖蒲(しょうぶ)を引きに来たの。
あのね、菖蒲って邪気を払うんだって。
だから、五月四日の夜、軒(のき)の上に菖蒲を置くんだって。
水辺で、一生懸命、菖蒲を引いてたら犬夜叉さまが声を掛けてきた。

「りん、何してるんだ?」

「菖蒲を引いてるの」

「それ、菖蒲じゃねえぞ」

「エッ、違うの。でも、こういう形の葉っぱだったと思うんだけど」

「それはな、りん、菖蒲は菖蒲でも花菖蒲だ。匂いを嗅いでみろ。全然、匂わないから」

犬夜叉さまに云われて引いた葉の匂いを嗅いでみると、本当だ、全然、匂わない。

「本物の菖蒲はな、ツンとする独特の匂いがあるんだ。チョッと待ってろ」

そう云って犬夜叉さまが少し離れた水場に生えてた菖蒲の葉を鋭い爪でスパッと刈り取ってくれたの。
殺生丸さまと同じ鋭い爪、やっぱり兄弟なんだなって思う。

「ホレッ、こんなもんで良いだろ」

あたしには持ちきれないくらいの束を犬夜叉さまが手渡してくれた。

「あっ、ありがとう、犬夜叉さま」

630df86c.jpgプンと匂う菖蒲の清々(すがすが)しい匂い。
優しいな、犬夜叉さまって。
殺生丸さまと同じだ。
菖蒲引きは終わったから犬夜叉さまの側に座って水辺を眺めてたの。
綺麗な紫色の花が水辺に一杯。

「じゃあ、あれは花菖蒲(はなしょうぶ)って云うんだね」

すぐ側に咲いてる花を指差して犬夜叉さまに聞いてみた。

「イヤ、違うな。りん、それは燕子花(かきつばた)だ」

「エッ、違うの」

「花菖蒲も燕子花(かきつばた)も同じ水辺に生える。でもな、花の中に入ってる模様の色を見てみろ。花菖蒲は黄色、燕子花は白なんだ」

そう云われてジッと花を眺めてみると、本当、この紫の花の中に入ってる模様は白だ。
あっちの方の花には黄色の筋のような模様が。

「詳しいんだね、犬夜叉さま」

「まあな、昔、お袋に教わったんで、これだけは覚えてる」

「フ~~ン、でも、どっちも綺麗だね」

「桔梗は秋に咲く花だけど燕子花(かきつばた)は燕(つばめ)が来る頃に咲く」

何時の間にか春も盛りを過ぎ新緑が眩しい季節になっていた。
燕(つばめ)が子育ての為に忙しく飛び交う。
(そういえば、かごめに初めて逢ったのは春だった。ほんの一年前の事だったな)
犬夜叉はボンヤリと空を見上げて誰よりも逢いたい少女との出逢いを思い返していた。
らしくもなく物思う風情の犬夜叉を見て、りんは少し首を傾(かし)げた。
そして、不意に思い当たった。
桔梗って・・・そうか、あの巫女さまだ。
あたしが睡骨と蛇骨って二人の死人(しびと)に人質に取られた時、助けてくれた綺麗な巫女さま。
あの女(ひと)は五十年前に亡くなった楓さまのお姉さまだって聞いたっけ。
それから、昔、犬夜叉さまは桔梗さまと恋仲だったんだって。
桔梗さまは昔の恋人、それで、かごめさまは今の恋人。
ウ~~ン、難しい、良く判らない。
アッ、そうか、犬夜叉さま、かごめさまの事、思い出してるんだ。
桔梗の花は巫女さまを、燕子花(かきつばた)はかごめさまを思い出させるんだ。
その後、二人とも黙っちゃったの。
何を喋ったら良いのか判らなくて。
そしたら、犬夜叉さまが、燕子花(かきつばた)をジッと見詰めながら話し出したの。

「りん、お前、以前、殺生丸に連れられて空の上の城に行ったんだよな。それで、確か、冥界の犬に冥道の中に連れ込まれて息が止まっちまったんだったよな」

「ウン、ていうかハイ」

「そん時の事、覚えてるか?」

「エッ・・・と冥界の犬に捉えられたのは覚えてるけど。その後は、何処か暗い場所にズッと蹲(うずくま)ってたみたい。気が付いたら、殺生丸さまの御顔が見えて」

「その暗い場所、冥道、イヤ、冥界にいた時、りん、おめえは何を思った」

「うん・・・と、暗くて、とっても怖くて寂しかった。でも、きっと、殺生丸さまが来てくれるって信じてた」

「・・・・そうか。じゃあ、かごめも、そう思ってたんだろうか」

「かごめさまも冥道の中に吸い込まれたんだよね。だったら、きっと、そうだよ。あたしが殺生丸さまが来てくれるって信じてたみたいに、かごめさまも犬夜叉さまが来てくれるって信じてたと思う」

あたしの話を聞いた後、犬夜叉さまは暫く口を利かなかった。
腕組みしてジッと何かを考えてるみたい。
それから、何かを吐き出すみたいに話し出したの。

「かごめが四魂の玉を消した後、俺はかごめと一緒に、あいつの国に戻った。かごめの母親や爺(じじい)、弟が、かごめの身を案じてたからな。俺は、かごめと抱き合って泣いて喜ぶ家族の姿を見てた。すると、急にゴッて音がして俺は何か大きな力に引き摺られるように、こっちの世界に戻ってたんだ。それから、骨喰いの井戸はウントもスンとも云わねえ。前みたいに、かごめの国に行けなくなっちまった」

「犬夜叉さまは、かごめさまに逢いたいんだよね。それに、かごめさまも、きっと犬夜叉さまに逢いたいと思ってるんじゃないかな。あたしが、何時も、殺生丸さまに逢いたいと思ってるみたいに」

「・・・・そうだろうか」

「ウン、間違いないよ。あたしが狼に噛み殺されて最初に死んだ時、あの時も暗い場所にいたの。まだ名前も知らなかったけど殺生丸さまに凄く逢いたかった。とっても寂しくて悲しくて。でも、真っ暗な中に光が見えて其処へ行こうとしたら目が覚めて。そしたら、殺生丸さまの御顔が見えたの。満月に照らされて白銀の髪がキラキラ光って凄く綺麗だった。お月さまと同じ金色の目がジッとあたしを見詰めてた。それから、初めて神楽に攫(さらわ)われた時もそうだった。犬夜叉さまは知ってるよね。殺生丸さまが助けに来てくれたの。睡骨と蛇骨っていう死人(しびと)に攫われた時も、そう。それから、殺生丸さまのおっ母(かあ)の城に行った時も。曲霊(まがつひ)に乗り移られて奈落の体の中に連れて行かれた時も、やっぱり、殺生丸さまが来てくれた。アレッ、何だか、あたしって攫(さら)われてばっかりだね。でも、あたし、信じてるの。何時だって殺生丸さまが来てくれるって。だから、犬夜叉さまも信じて。何時か、きっと、かごめさまに逢えるって」

犬夜叉さまが、不思議なモノを見るかのように、あたしを見てた。
あっ、あたし、何か変なことを云ったのかな。
そしたら、犬夜叉さまが、何かに気付いたように急に上を見上げて云ったの。

「りん、どうやら、お前の待ち人が来たみてえだぜ。ホレッ」

空を見上げたら遠くに阿吽に乗った殺生丸さまが見えたの。
邪見さまも居る。
何時ものように阿吽の尻尾に摑まってる。
思わず走り出してた。
嬉しくて嬉しくて。

「信じる・・・・か。ヘッ、あんな子供に教えられるとはな」

りんが放り出していった菖蒲の束を肩に担ぎ犬夜叉は楓の家に向かって歩き出した。
明日は端午の節句、前日の夜、邪気を払う為に軒(のき)に菖蒲を葺(ふ)く。
刈りたての菖蒲の芳香が清々しく周囲に拡がる。
犬夜叉の心にモヤモヤと垂れ込めていた小さな暗雲も爽やかな菖蒲の匂いにスッカリ吹き飛ばされていた。
五月晴れの空の中、燕(つばめ)が高く低く飛び交(か)って夏の到来を告げていた。  了


2009.5.18.(月).作成.◆◆猫目石


【贈呈小説『燕子花(かきつばた)恋歌』についての後書き】
素敵イラストサイト『灰猫』のサイトマスター眞白さまは管理人と同じ誕生日です。
昨年、誕生祝いに、とっても素敵なイラストを頂きましたが、当時、管理人は手がけていた作品に手一杯の状態でした。
そんな訳で御礼の言葉しか返せませんでした。
眞白さま、申し訳ありませんでした。
幸い、今年は新作を仕上げたばかりの状態だったので、早速、お祝い返しの小説に取り掛かりました。
そのバースデープレゼントとして贈呈したのが当作品です。


(暦についてのチョッとした注釈)
新暦(太陽暦)と旧暦(太陰暦)では、かなりのズレが生じます。
大体、一ヶ月くらいのズレですが、年によっては一ヶ月を切ったり、または、四十日以上違っていたりと、随分、幅が有ります。
今年は旧暦によると五月五日は新暦の(5/28)になります。
そんな訳で作中は戦国時代 なので、当然、旧暦です。
ですから、明日は端午の節句(五月五日)という設定に致しました。


カキツバタ・かきつばた

花言葉
幸運は必ず来る

植物と花言葉のエピソード:
伊勢物語や万葉集、世阿弥の狂言に出てくるカキツバタは、ずっときてくれない恋人を待つ心情から、待てば「幸運は必ず来る」という花言葉になったとされています。英名はラビットイヤーアイリス。


2009.5.18.(月).◆◆猫目石

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贈呈小説『助けて!』(りん視点)

※『月の船』さまサイト二周年記念に進呈※

殺生丸さまが曲霊(まがつひ)を追って、お出かけになって、もう十日。
お言いつけ通りに邪見さまと一緒に巫女の楓さまの村でお留守番してたの。
琥珀は曲霊に四魂の欠片を汚(けが)されてからチットモ目を覚まさない。
お姉さんの珊瑚さまが側に付いてるから大丈夫だよね。
それに、殺生丸さまが、きっと曲霊を退治して下さるもん。
法師さまも居るし、それに殺生丸さまの弟さまの犬夜叉さまだっておいでだし。
かごめさまは、この数日、いらっしゃらない。
大事なご用が井戸の向こうの世界で有るんだって。
それで、ついさっき、犬夜叉さまが、かごめさまをお迎えに井戸に入られたの。
まだまだ寒さが厳しい頃だったから囲炉裏で火に当たっていたの。
側には邪見さまが居て少し奥に琥珀が寝てたんだっけ。
ザワザワ・・・何かが地面を這ってくる!
大きな目が琥珀の中に入っていく。
曲霊だ!
法師さまと珊瑚さまが慌てて小屋の中に入ってきた。
目でも見える曲霊の禍々しい気配。
ザ—————・・・・
変な音がする。
そしたら妖怪達が家を壊して入ってきたの。
ドカドカと大きな音を立てて。
その中の蛇みたいな妖怪に乗って琥珀が飛んでいこうとしてる!
法師さまが風穴を開いて曲霊を吸い込もうとしたんだけど・・・・。
吸いきれなくて逆に風穴が裂けてしまったの。
それだけじゃない!
琥珀の四魂の欠片から何か湧いてきた。
あれは曲霊の目?
法師さまの口許から血が!
琥珀の鎖鎌が変化して珊瑚さまに襲い掛かる!
最初の攻撃はかわしたけど。
次は、かわし切れなくて左肩を。

「琥珀、やめて!」

曲霊に乗っ取られた琥珀が、お姉さんの珊瑚さまを殺そうとしてる。
止めなきゃ!
そう思って飛び出したあたし。
ババッ!
でも、琥珀の、ううん、曲霊の毒気に当たって気絶しちゃった。
その後の事は覚えてないの。

「う・・・・」

気が付いた時、変な柔らかい物の上に寝てたの。
まるで何かの身体みたいな。
後で教えてもらったけど、あれは奈落の体だったんだね。

「きゃ・・・」

目の前には曲霊の大きな怖い顔が!
逃げなきゃ!
一生懸命走って逃げようとしたの。
怖くて思わず叫んじゃった。

「殺生丸さま、殺生丸さま、助けて!!」

そしたら、目の前に犬夜叉さまが見えた。
殺生丸さまの弟さま。
走り寄ったんだけど、何か、様子が変だった。
いつもの犬夜叉さまじゃない。
凄く怖いお顔。
目は赤くて頬には線が浮き出てて。
牙もむき出しで。
まるで妖怪みたい。
だから逃げようとしたら・・・・。
曲霊が追いかけてきてた。
迫ってくる大きな不気味な顔。

「きゃっ!」

尻餅ついちゃった。
怖くて怖くて涙がにじんできちゃった。
犬夜叉さまも追いかけてきた。
てっきり、襲われると思ったのに。
違うの、犬夜叉さまが狙ってたのは・・・・曲霊!
爪で、あの悪霊をやっつけようとしたの。
殺生丸さまと同じ強くて鋭い爪。
でも、曲霊は全然どうもならなくて。
逆に犬夜叉さまの中に入っちゃった。
琥珀の時みたいに操るつもりなんだ。
その時、殺生丸さまが見えたの。
奈落の体の中を矢のように飛んできて下さった。
モコモコにかごめさまをしがみ付かせて。
嬉しくて殺生丸さまの名前を呼ぼうとしたの。
でも、急に地面だと思ってた部分が・・・・。
下にめり込んで!
あたしも叫び声も呑み込んでしまった。

「殺生丸さ・・・」

もがいてももがいてもどうしようもない。
苦しいよ、息が出来ない。
助け・・て・・・殺生丸・・さま・・・     

               
     了  ◆◆猫目石  2008.10.24


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贈呈小説『貝桶“花蝶”』

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今ぞ知る 二見の浦の蛤を 貝合わせとぞ 思ふなりけり    西行法師  山家集
 
 
日が経つ毎に、一層、秋の気配が深まり行く。
木々が色付き、山々が錦繍に彩られた秋麗(あきうらら)の日、“狗姫の御  方”の御座(おわ)す天空の城に、ある物が、使いを通して届けられた。

「りん様、りん様!」

 
「夢有斎(むうさい)殿から、貝桶が、届きましたよ。」

 
日向(ひゅうが)と石見(いわみ)の姉妹が、天空の城の、りんの室房に入ってきた。
それぞれ、大事そうに、胸元に、何か抱えている。

 
「日向さま、石見さま、貝桶って、何?」

 
りんが、不思議そうに、両名が、恭(うやうや)しく捧げ持っている物を見遣って訊ねた。

 
「これは、来春に予定されている、りん様の御輿入れの際、西国に持参なさる嫁入り道具の一つで御座います。」

 
「御方様が、可愛い養女の、りん様の為に、前々から特別注文しておかれた品物で御座いますよ。そうでなければ、あの、引く手数多の夢有斎殿の事です。到底、この時期に、こんな見事な貝桶が、仕上がる筈も御座いません。」

 
姉の日向が、まず、りんの質問に答え、妹の石見が、更に、詳しく説明を加える。

 
「貝・・・桶? それ、中に貝が入ってるの?」

 
「はい、この貝桶は、二つで一揃いとなっております。ですから、私と妹が、それぞれ、一つずつ
 持参しました。」

 
「とても、大事な、御道具なので、少し緊張致しました。粗相が、あっては、なりませんから。」

 
  日向と石見の双子姉妹は、相模の従姉妹達である。
先頃、西国城に戻った相模の代行として、この天空の城にやって来て、りんの世話を引き受けている。日向も石見も、栗色の髪、同じような背格好であるが、目の色だけが違う。
姉の日向が、深い森のような深緑の瞳なら、妹の石見は、夏の小川を思わせる水色の瞳。
両者の性格も、瞳同様、対照的で、姉は、思慮深さを、妹の方は、弾けるような活気を感じさせる。
日向と石見が、ソッと双の貝桶を下に置いた。
一見、瓜二つの品物かと思わせるが、良く見れば、それぞれ意匠が違う。
桶とは云っても、形は瀟洒な八角形の筒型。
錦の金朱の紐を使用した飾り結びで蓋が留められている。
黒漆の地に艶やかな花々が浮かび上がって見える。
どうやら、花尽くしの趣向らしく、数々の花が描かれてる。
その花々の中を、これまた鮮やかな蝶が乱れ飛んでいる。
片方に梅、桃、菖蒲(あやめ)、紫陽花、百合、沈丁花が、もう片方には、桜、藤、牡丹、凌霄花(のうぜんかずら)、菊、椿と云った具合に、四季折々の花々で美々しく飾られ、通年を通して使用できるように工夫されている。

 
「紐を解いて、中をご覧になって下さいまし、りん様。」

 
「それは、もう、素晴らしい“貝合わせ”の貝が、収められているに違いありません。」

 
  日向に促され、りんが、貝桶の飾り紐を解いて蓋を開けてみる。
すると、石見の言う通り、貝桶の中には、金箔を貼り、その上に見事な絵が描かれた蛤(はまぐり)の貝が、整然と収められていた。

 
「まあ・・・。」

 
「・・・綺麗!」

 
「何て、素晴らしい細工で御座いましょう!」

 
  日向も石見も、蛤の貝に施された繊細かつ優美な細工に、ウットリと見惚れた。
りんも、それらを目にした途端に、思わず感嘆の言葉を洩らした程、それは、煌煌(きらきら)しき星のような貝であった。
貝桶の中から一つ、又、一つと丁寧に取り出しては、描かれた絵に見入る。

 
「この双の貝桶には、全部で三百六十の貝が収められております。」

 
「つまり、片方に百八十づつ入っているので御座いますよ、りん様。」

 
「どうして三百六十も有るの? 日向さま」

 
「それは、一年(=旧暦)が三百六十日だからでございます。」

 
「この“貝合わせ”に使われる蛤は、二枚貝で、対の物でなければ、決して合いません。」

 
「それ故、“夫婦和合”の象徴として、貝合わせに使用する貝は、何時しか、蛤のみと決まったので御座います。」

 
「じゃあ、前は、他の貝も使ったの? 石見さま」

 
「はい、王朝文化、華やかなりし平安朝の頃などは、貝は貝でも、寧ろ、美しい貝、珍しい貝をそれぞれ持ち寄り、その数の優劣を競ったそうで御座います。ですから、老いも若きも高貴な身分の方々が、珍奇な貝を求めて、海辺に住む海人(あま)の許に使いを出しては、争うように、珍しい貝、美しい貝を取り寄せたと聞き及んでおります。」

 
「昔に比べ、遊び方も、随分、変わりました。今では、一対の貝を、それぞれ右の地貝、左の出し貝とに分けまして、それを、より多く合わせた者が勝ちと決まっております。どの貝が、どれと対なのか、判りやすくする為に、貝の内側には、今、りん様が、ご覧になっていらっしゃいますように、絵を描いたり、和歌を上の句、下の句に分けて書き込んだり致します。」

 
「フ~~~ン、そうなんだ。」

 
  畳の上に一つずつ丁寧に並べては見ていく。
日向も石見も、りんを手伝い貝を並べていく。
全部で三百六十も有るので、中々、終わらない。
すると、石見が、ある事に気が付いた。

 
「アラッ! まあ、これは・・・」

 
「どうしたの、石見?」

 
「日向姉さま、りん様、この貝に描かれた絵を良~~くご覧になって下さい。」

 
「絵が、どうかしたの? 石見さま。」

 
「ほら、この公達(きんだち)をご覧になって。」

 
「?」「?」

 
  云われるままに、貝の上に描かれた公達を善く善く見てみれば、何と!

 
「まあ、これは・・・殺生丸様! 大殿では御座いませんか!」

 
「それに、こちらの姫君も。」

 
「アラ、アラ、まあ・・・ホホホ、これは、紛れもなく、りん様。」

 
「エッ! そっ、そうなの? 日向さま、石見さま。」

 
「クスクス、間違い御座いません。りん様。」

 
「夢有斎殿は、随分と洒落っ気のある御仁のようで御座いますなあ。」

 
「それに、ご覧なさい、石見。この、やんごとなき御息所は、どう見ても御方様のようです。」

 
「ええ、ええ、確かに。」

 
「アラッ! この小鬼は、邪見殿にソックリ!」

 
「ア――――ッ、本当だ。邪見さまだ。」

 
  どうやら、夢有斎は、西国のみならず、天空の城の関係者の殆どを巻き込んで、絵に仕立て上げているらしい。
物語形式にして、その中の人物を、全て、実在する者達で表現している。
こうなってくると、好奇心旺盛な娘達の事である。
俄然、興味が湧いてくる。
双の貝桶に収められている貝を、全て取り出し、やれ、これは、何処其処の誰、あれは、西国の某(なにがし)だの、この雑色(ぞうしき)は、この城の衛士(えじ)の誰それだとか、賑やかに喋りながら、楽しそうに見当を付けていく。
一頻(ひとしき)り、お喋りに花を咲かせた後、日向が、ふと、何か思い出したらしく、りんに徐(おもむろ)に訊ねた。

 
「りん様、殺生丸様と邪見殿が、今、何処へいらしてるのか、御存じですか?」

 
「ううん、知らない。殺生丸さま、西国のお城にいらっしゃらないの?」

 
「はい、私どもは、相模姉さまと交代に、こちらの天空の城に参ったので御座いますが、その際、殺生丸様は、一緒に、西国に御帰還遊ばされなかったのです。元々、気が向けば、フイと居なくなってしまわれる風来坊のような御方なので、特に、皆、心配はしておりませんが。一体、何処においでになったのか?と守役の尾洲様、万丈様が、首を傾げておいでだった物ですから。」

 
「この前、曼珠沙華を摘んだ帰りに、殺生丸さまに抱っこして貰って、この城に帰ってきたの。もう少し、一緒に居られるかな?と思ってたら、これから出掛ける処があるからって、そのまま、邪見さまを御供に、阿吽に乗って行ってしまわれたの。」

 
「・・・そうですか。」

 
「りん様も御存じないのでしたら、これは、もう、誰にも判りませんわね。」

 
「でも、御方様なら、御存知なのでは?」

「日向姉さま、殺生丸様が、御自分の母君とは云え、行き先を告げていかれるような御方だとでも
 思っていらっしゃるのですか?」

 
「そうね、そんな御方ではないでしょう。でも、御方様は、他の者には無い、特別な能力を持ってらっしゃるから。ご子息の行き先を、誰に告げられずとも察知なさってみえるのかも・・・」

 
「さあ、さあ、こんな話は、これくらいにして、貝桶に貝をしまいましょう。来春には、他の婚礼調度と一緒に、皆の前に、御披露目しなければならない大切な“御品”です。」

 
「そうで御座いますね。他にも、素晴らしい御道具が、これからも続々と届く事で御座いましょう。ですが、この貝桶には、きっと、誰もが、目を引き寄せられるに違いありませんわ。さっ、お手伝い致しますから、もう一度、綺麗に仕舞いなおしましょう、りん様。」

 
「はぁ~~い、日向さま。石見さま。」

 
  りんが、一つずつ、丹念に、貝桶に、貝を仕舞い込んでいく。
可愛らしい小さな手に、これまた、たおやかな耀(かがよ)うが如き貝が載って、何とも、雅な古(いにしえ)の王朝の風情が、艶やかに漂う。
思えば、この小さな愛らしい手が、何と、驚嘆するような奇跡を起こしてきた事か。
相模を通して、りんと殺生丸との不思議な出会いを聞き知る日向と石見は、改めて、この小さな、か弱い、されど、限りなく不思議な力を秘めた愛らしい人間の姫に、心からの忠誠を捧げる事を、胸の内でソッと密かに誓い、互いに頷(うなず)き合った。
  後に、その貝桶は、優美な花と蝶の意匠から“花蝶”と命名された。
春、りんと殺生丸の婚儀の際、大々的に披露された、豪華絢爛な数々の嫁入り道具の中でも、この貝桶は、一際、異彩を放つ作品として、出席者一同の評判を攫った。
作者として、夢有斎の盛名は、益々、高まり、大いに面目を施したそうである。

        了          2007.10/31(水)◆完成◆◆猫目石
 
 
夢有斎(むうさい)=『雛騒動』に名前のみで登場。人形師。
公達(きんだち)=親王や貴族の敬称。
御息所(みやすどころ)=天皇、皇族の妃の敬称。特に皇子、皇女を生んだ女性を意味する。
雑色(ぞうしき)=雑役をこなす下級役人。
衛士(えじ)=宮門警備の兵士。
 
 
【後書き】
  この作品は「風の模様」様、サイト一周年達成(11月4日)の御祝いに贈呈した作品です。
  myブログが、(8月8日)に一周年を迎えた際に、勿体無くも頂いた作品のお返しでございます。目論見通りに新作が間に合いませんでしたので、この作品を、先に公開させて頂きます。
申し訳御座いませんが、新作は、もう暫く、お待ち下さいませ。
                              今年もヘッポコな管理人◆◆猫目石
 

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