忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

贈呈小説『貝桶“花蝶”』

 8369bb58.jpg
 
今ぞ知る 二見の浦の蛤を 貝合わせとぞ 思ふなりけり    西行法師  山家集
 
 
日が経つ毎に、一層、秋の気配が深まり行く。
木々が色付き、山々が錦繍に彩られた秋麗(あきうらら)の日、“狗姫の御  方”の御座(おわ)す天空の城に、ある物が、使いを通して届けられた。

「りん様、りん様!」

 
「夢有斎(むうさい)殿から、貝桶が、届きましたよ。」

 
日向(ひゅうが)と石見(いわみ)の姉妹が、天空の城の、りんの室房に入ってきた。
それぞれ、大事そうに、胸元に、何か抱えている。

 
「日向さま、石見さま、貝桶って、何?」

 
りんが、不思議そうに、両名が、恭(うやうや)しく捧げ持っている物を見遣って訊ねた。

 
「これは、来春に予定されている、りん様の御輿入れの際、西国に持参なさる嫁入り道具の一つで御座います。」

 
「御方様が、可愛い養女の、りん様の為に、前々から特別注文しておかれた品物で御座いますよ。そうでなければ、あの、引く手数多の夢有斎殿の事です。到底、この時期に、こんな見事な貝桶が、仕上がる筈も御座いません。」

 
姉の日向が、まず、りんの質問に答え、妹の石見が、更に、詳しく説明を加える。

 
「貝・・・桶? それ、中に貝が入ってるの?」

 
「はい、この貝桶は、二つで一揃いとなっております。ですから、私と妹が、それぞれ、一つずつ
 持参しました。」

 
「とても、大事な、御道具なので、少し緊張致しました。粗相が、あっては、なりませんから。」

 
  日向と石見の双子姉妹は、相模の従姉妹達である。
先頃、西国城に戻った相模の代行として、この天空の城にやって来て、りんの世話を引き受けている。日向も石見も、栗色の髪、同じような背格好であるが、目の色だけが違う。
姉の日向が、深い森のような深緑の瞳なら、妹の石見は、夏の小川を思わせる水色の瞳。
両者の性格も、瞳同様、対照的で、姉は、思慮深さを、妹の方は、弾けるような活気を感じさせる。
日向と石見が、ソッと双の貝桶を下に置いた。
一見、瓜二つの品物かと思わせるが、良く見れば、それぞれ意匠が違う。
桶とは云っても、形は瀟洒な八角形の筒型。
錦の金朱の紐を使用した飾り結びで蓋が留められている。
黒漆の地に艶やかな花々が浮かび上がって見える。
どうやら、花尽くしの趣向らしく、数々の花が描かれてる。
その花々の中を、これまた鮮やかな蝶が乱れ飛んでいる。
片方に梅、桃、菖蒲(あやめ)、紫陽花、百合、沈丁花が、もう片方には、桜、藤、牡丹、凌霄花(のうぜんかずら)、菊、椿と云った具合に、四季折々の花々で美々しく飾られ、通年を通して使用できるように工夫されている。

 
「紐を解いて、中をご覧になって下さいまし、りん様。」

 
「それは、もう、素晴らしい“貝合わせ”の貝が、収められているに違いありません。」

 
  日向に促され、りんが、貝桶の飾り紐を解いて蓋を開けてみる。
すると、石見の言う通り、貝桶の中には、金箔を貼り、その上に見事な絵が描かれた蛤(はまぐり)の貝が、整然と収められていた。

 
「まあ・・・。」

 
「・・・綺麗!」

 
「何て、素晴らしい細工で御座いましょう!」

 
  日向も石見も、蛤の貝に施された繊細かつ優美な細工に、ウットリと見惚れた。
りんも、それらを目にした途端に、思わず感嘆の言葉を洩らした程、それは、煌煌(きらきら)しき星のような貝であった。
貝桶の中から一つ、又、一つと丁寧に取り出しては、描かれた絵に見入る。

 
「この双の貝桶には、全部で三百六十の貝が収められております。」

 
「つまり、片方に百八十づつ入っているので御座いますよ、りん様。」

 
「どうして三百六十も有るの? 日向さま」

 
「それは、一年(=旧暦)が三百六十日だからでございます。」

 
「この“貝合わせ”に使われる蛤は、二枚貝で、対の物でなければ、決して合いません。」

 
「それ故、“夫婦和合”の象徴として、貝合わせに使用する貝は、何時しか、蛤のみと決まったので御座います。」

 
「じゃあ、前は、他の貝も使ったの? 石見さま」

 
「はい、王朝文化、華やかなりし平安朝の頃などは、貝は貝でも、寧ろ、美しい貝、珍しい貝をそれぞれ持ち寄り、その数の優劣を競ったそうで御座います。ですから、老いも若きも高貴な身分の方々が、珍奇な貝を求めて、海辺に住む海人(あま)の許に使いを出しては、争うように、珍しい貝、美しい貝を取り寄せたと聞き及んでおります。」

 
「昔に比べ、遊び方も、随分、変わりました。今では、一対の貝を、それぞれ右の地貝、左の出し貝とに分けまして、それを、より多く合わせた者が勝ちと決まっております。どの貝が、どれと対なのか、判りやすくする為に、貝の内側には、今、りん様が、ご覧になっていらっしゃいますように、絵を描いたり、和歌を上の句、下の句に分けて書き込んだり致します。」

 
「フ~~~ン、そうなんだ。」

 
  畳の上に一つずつ丁寧に並べては見ていく。
日向も石見も、りんを手伝い貝を並べていく。
全部で三百六十も有るので、中々、終わらない。
すると、石見が、ある事に気が付いた。

 
「アラッ! まあ、これは・・・」

 
「どうしたの、石見?」

 
「日向姉さま、りん様、この貝に描かれた絵を良~~くご覧になって下さい。」

 
「絵が、どうかしたの? 石見さま。」

 
「ほら、この公達(きんだち)をご覧になって。」

 
「?」「?」

 
  云われるままに、貝の上に描かれた公達を善く善く見てみれば、何と!

 
「まあ、これは・・・殺生丸様! 大殿では御座いませんか!」

 
「それに、こちらの姫君も。」

 
「アラ、アラ、まあ・・・ホホホ、これは、紛れもなく、りん様。」

 
「エッ! そっ、そうなの? 日向さま、石見さま。」

 
「クスクス、間違い御座いません。りん様。」

 
「夢有斎殿は、随分と洒落っ気のある御仁のようで御座いますなあ。」

 
「それに、ご覧なさい、石見。この、やんごとなき御息所は、どう見ても御方様のようです。」

 
「ええ、ええ、確かに。」

 
「アラッ! この小鬼は、邪見殿にソックリ!」

 
「ア――――ッ、本当だ。邪見さまだ。」

 
  どうやら、夢有斎は、西国のみならず、天空の城の関係者の殆どを巻き込んで、絵に仕立て上げているらしい。
物語形式にして、その中の人物を、全て、実在する者達で表現している。
こうなってくると、好奇心旺盛な娘達の事である。
俄然、興味が湧いてくる。
双の貝桶に収められている貝を、全て取り出し、やれ、これは、何処其処の誰、あれは、西国の某(なにがし)だの、この雑色(ぞうしき)は、この城の衛士(えじ)の誰それだとか、賑やかに喋りながら、楽しそうに見当を付けていく。
一頻(ひとしき)り、お喋りに花を咲かせた後、日向が、ふと、何か思い出したらしく、りんに徐(おもむろ)に訊ねた。

 
「りん様、殺生丸様と邪見殿が、今、何処へいらしてるのか、御存じですか?」

 
「ううん、知らない。殺生丸さま、西国のお城にいらっしゃらないの?」

 
「はい、私どもは、相模姉さまと交代に、こちらの天空の城に参ったので御座いますが、その際、殺生丸様は、一緒に、西国に御帰還遊ばされなかったのです。元々、気が向けば、フイと居なくなってしまわれる風来坊のような御方なので、特に、皆、心配はしておりませんが。一体、何処においでになったのか?と守役の尾洲様、万丈様が、首を傾げておいでだった物ですから。」

 
「この前、曼珠沙華を摘んだ帰りに、殺生丸さまに抱っこして貰って、この城に帰ってきたの。もう少し、一緒に居られるかな?と思ってたら、これから出掛ける処があるからって、そのまま、邪見さまを御供に、阿吽に乗って行ってしまわれたの。」

 
「・・・そうですか。」

 
「りん様も御存じないのでしたら、これは、もう、誰にも判りませんわね。」

 
「でも、御方様なら、御存知なのでは?」

「日向姉さま、殺生丸様が、御自分の母君とは云え、行き先を告げていかれるような御方だとでも
 思っていらっしゃるのですか?」

 
「そうね、そんな御方ではないでしょう。でも、御方様は、他の者には無い、特別な能力を持ってらっしゃるから。ご子息の行き先を、誰に告げられずとも察知なさってみえるのかも・・・」

 
「さあ、さあ、こんな話は、これくらいにして、貝桶に貝をしまいましょう。来春には、他の婚礼調度と一緒に、皆の前に、御披露目しなければならない大切な“御品”です。」

 
「そうで御座いますね。他にも、素晴らしい御道具が、これからも続々と届く事で御座いましょう。ですが、この貝桶には、きっと、誰もが、目を引き寄せられるに違いありませんわ。さっ、お手伝い致しますから、もう一度、綺麗に仕舞いなおしましょう、りん様。」

 
「はぁ~~い、日向さま。石見さま。」

 
  りんが、一つずつ、丹念に、貝桶に、貝を仕舞い込んでいく。
可愛らしい小さな手に、これまた、たおやかな耀(かがよ)うが如き貝が載って、何とも、雅な古(いにしえ)の王朝の風情が、艶やかに漂う。
思えば、この小さな愛らしい手が、何と、驚嘆するような奇跡を起こしてきた事か。
相模を通して、りんと殺生丸との不思議な出会いを聞き知る日向と石見は、改めて、この小さな、か弱い、されど、限りなく不思議な力を秘めた愛らしい人間の姫に、心からの忠誠を捧げる事を、胸の内でソッと密かに誓い、互いに頷(うなず)き合った。
  後に、その貝桶は、優美な花と蝶の意匠から“花蝶”と命名された。
春、りんと殺生丸の婚儀の際、大々的に披露された、豪華絢爛な数々の嫁入り道具の中でも、この貝桶は、一際、異彩を放つ作品として、出席者一同の評判を攫った。
作者として、夢有斎の盛名は、益々、高まり、大いに面目を施したそうである。

        了          2007.10/31(水)◆完成◆◆猫目石
 
 
夢有斎(むうさい)=『雛騒動』に名前のみで登場。人形師。
公達(きんだち)=親王や貴族の敬称。
御息所(みやすどころ)=天皇、皇族の妃の敬称。特に皇子、皇女を生んだ女性を意味する。
雑色(ぞうしき)=雑役をこなす下級役人。
衛士(えじ)=宮門警備の兵士。
 
 
【後書き】
  この作品は「風の模様」様、サイト一周年達成(11月4日)の御祝いに贈呈した作品です。
  myブログが、(8月8日)に一周年を迎えた際に、勿体無くも頂いた作品のお返しでございます。目論見通りに新作が間に合いませんでしたので、この作品を、先に公開させて頂きます。
申し訳御座いませんが、新作は、もう暫く、お待ち下さいませ。
                              今年もヘッポコな管理人◆◆猫目石
 

拍手[0回]

PR