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贈呈小説『燕子花(かきつばた)恋歌』


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我のみや かく恋すらむ かきつばた につらふ妹(いも)は いかにかあるらむ


私ばかりが、こんなに恋焦がれているのだろうか。燕子花(カキツバタ))のように鮮やかで美しい彼女は、どんな気持ちでいるのだろうか。


作者未詳   万葉集より出典 

  
草叢(くさむら)から覗(のぞ)いて見えた長い白銀の髪。
てっきり殺生丸さまだと思ったの。
でも、違った。
近付いて見ると髪の中から犬耳がピョコンと飛び出してる。
殺生丸さまと同じ白銀の髪に金の瞳。
いつも真っ赤なお着物の犬夜叉さまだ。
殺生丸さまの弟の犬夜叉さま。
邪見さまが云うには、犬夜叉さまは殺生丸さまと違って半妖だから、さま付けなんてしなくて良いって。
でも、あたしは、そんなの変だと思う。
だから、楓さまや法師さまと同じように犬夜叉さまって呼ぶの。
珊瑚さんだけは、さま付けはやめて欲しいって。
だから、失礼にならないように、珊瑚さんって呼んでるの。
腕を組んで草叢に寝転がってる犬夜叉さま。
目を瞑(つむっ)て寝てるみたい。
邪魔しないようにソッと遠ざかろうとしたんだけど。
気付かれちゃった。

「りんか。気にすんな。こっち来いよ」

「あ・・・でも、お邪魔なら」

「邪魔なんかじゃねえよ」

「じゃあ」

あたしが楓さまの処で生活するようになって、大体、三ヶ月くらい。
最初は犬夜叉さまを、全然、見かけなかった。
どうしてかっていうと、犬夜叉さまと仲良しのかごめさまが、お国に帰っちゃったから。
今でも、あの時のことを覚えてる。
あれは奈落との最後の戦いだった。
殺生丸さまの爆砕牙と犬夜叉さまの鉄砕牙に攻撃されてドンドン弱っていく奈落。
その時、四魂の玉を、かごめさまの破魔の矢が射抜いたの。
骨喰いの井戸の上に首だけになった奈落と破魔の矢で串刺しになった四魂の玉が浮かんでたっけ。
あたし、殺生丸さまの横で邪見さまや琥珀と一緒に見てたの。
首だけになった奈落が消えたと思ったら、かごめさまの後ろに黒くて丸い冥道が現われてね。
そして、かごめさまをゴッて呑み込んで消えちゃった。
それだけじゃなくて骨喰いの井戸まで消えちゃったの。
あの井戸を通って、かごめさまと犬夜叉さまは、かごめさまのお国へ行き来してたんだって。
だから、あの井戸が無いと、とっても困るんだって楓さまが云ってた。
かごめさまが冥道に消えて直ぐ犬夜叉さまも後を追ったの。
殺生丸さまから譲ってもらった冥道残月破で刃の形の冥道を呼び出して。
その後、三日間、犬夜叉さまは戻ってこなかったそうなの。
それから、どうしてかは判らないけど、かごめさまも戻ってこなかった。
あの時、あたしは、殺生丸さまに連れられて、邪見さまと一緒に村を離れてたから後で楓さまが教えてくれたんだっけ。
アッ、それからね、骨喰いの井戸は、チャンと元通りの場所に戻ってたよ。
あたし、楓さまに預けられたばかりの頃は、悲しくて泣いてばかりいたの。
でもね、殺生丸さまは約束通り、三日おきに逢いに来てくれて。
それからは、泣かなくなったの。
今では村の暮らしにも慣れて楓さまのお手伝いを色々とさせて頂いてるの。
それでね、今日は楓さまに頼まれて菖蒲(しょうぶ)を引きに来たの。
あのね、菖蒲って邪気を払うんだって。
だから、五月四日の夜、軒(のき)の上に菖蒲を置くんだって。
水辺で、一生懸命、菖蒲を引いてたら犬夜叉さまが声を掛けてきた。

「りん、何してるんだ?」

「菖蒲を引いてるの」

「それ、菖蒲じゃねえぞ」

「エッ、違うの。でも、こういう形の葉っぱだったと思うんだけど」

「それはな、りん、菖蒲は菖蒲でも花菖蒲だ。匂いを嗅いでみろ。全然、匂わないから」

犬夜叉さまに云われて引いた葉の匂いを嗅いでみると、本当だ、全然、匂わない。

「本物の菖蒲はな、ツンとする独特の匂いがあるんだ。チョッと待ってろ」

そう云って犬夜叉さまが少し離れた水場に生えてた菖蒲の葉を鋭い爪でスパッと刈り取ってくれたの。
殺生丸さまと同じ鋭い爪、やっぱり兄弟なんだなって思う。

「ホレッ、こんなもんで良いだろ」

あたしには持ちきれないくらいの束を犬夜叉さまが手渡してくれた。

「あっ、ありがとう、犬夜叉さま」

630df86c.jpgプンと匂う菖蒲の清々(すがすが)しい匂い。
優しいな、犬夜叉さまって。
殺生丸さまと同じだ。
菖蒲引きは終わったから犬夜叉さまの側に座って水辺を眺めてたの。
綺麗な紫色の花が水辺に一杯。

「じゃあ、あれは花菖蒲(はなしょうぶ)って云うんだね」

すぐ側に咲いてる花を指差して犬夜叉さまに聞いてみた。

「イヤ、違うな。りん、それは燕子花(かきつばた)だ」

「エッ、違うの」

「花菖蒲も燕子花(かきつばた)も同じ水辺に生える。でもな、花の中に入ってる模様の色を見てみろ。花菖蒲は黄色、燕子花は白なんだ」

そう云われてジッと花を眺めてみると、本当、この紫の花の中に入ってる模様は白だ。
あっちの方の花には黄色の筋のような模様が。

「詳しいんだね、犬夜叉さま」

「まあな、昔、お袋に教わったんで、これだけは覚えてる」

「フ~~ン、でも、どっちも綺麗だね」

「桔梗は秋に咲く花だけど燕子花(かきつばた)は燕(つばめ)が来る頃に咲く」

何時の間にか春も盛りを過ぎ新緑が眩しい季節になっていた。
燕(つばめ)が子育ての為に忙しく飛び交う。
(そういえば、かごめに初めて逢ったのは春だった。ほんの一年前の事だったな)
犬夜叉はボンヤリと空を見上げて誰よりも逢いたい少女との出逢いを思い返していた。
らしくもなく物思う風情の犬夜叉を見て、りんは少し首を傾(かし)げた。
そして、不意に思い当たった。
桔梗って・・・そうか、あの巫女さまだ。
あたしが睡骨と蛇骨って二人の死人(しびと)に人質に取られた時、助けてくれた綺麗な巫女さま。
あの女(ひと)は五十年前に亡くなった楓さまのお姉さまだって聞いたっけ。
それから、昔、犬夜叉さまは桔梗さまと恋仲だったんだって。
桔梗さまは昔の恋人、それで、かごめさまは今の恋人。
ウ~~ン、難しい、良く判らない。
アッ、そうか、犬夜叉さま、かごめさまの事、思い出してるんだ。
桔梗の花は巫女さまを、燕子花(かきつばた)はかごめさまを思い出させるんだ。
その後、二人とも黙っちゃったの。
何を喋ったら良いのか判らなくて。
そしたら、犬夜叉さまが、燕子花(かきつばた)をジッと見詰めながら話し出したの。

「りん、お前、以前、殺生丸に連れられて空の上の城に行ったんだよな。それで、確か、冥界の犬に冥道の中に連れ込まれて息が止まっちまったんだったよな」

「ウン、ていうかハイ」

「そん時の事、覚えてるか?」

「エッ・・・と冥界の犬に捉えられたのは覚えてるけど。その後は、何処か暗い場所にズッと蹲(うずくま)ってたみたい。気が付いたら、殺生丸さまの御顔が見えて」

「その暗い場所、冥道、イヤ、冥界にいた時、りん、おめえは何を思った」

「うん・・・と、暗くて、とっても怖くて寂しかった。でも、きっと、殺生丸さまが来てくれるって信じてた」

「・・・・そうか。じゃあ、かごめも、そう思ってたんだろうか」

「かごめさまも冥道の中に吸い込まれたんだよね。だったら、きっと、そうだよ。あたしが殺生丸さまが来てくれるって信じてたみたいに、かごめさまも犬夜叉さまが来てくれるって信じてたと思う」

あたしの話を聞いた後、犬夜叉さまは暫く口を利かなかった。
腕組みしてジッと何かを考えてるみたい。
それから、何かを吐き出すみたいに話し出したの。

「かごめが四魂の玉を消した後、俺はかごめと一緒に、あいつの国に戻った。かごめの母親や爺(じじい)、弟が、かごめの身を案じてたからな。俺は、かごめと抱き合って泣いて喜ぶ家族の姿を見てた。すると、急にゴッて音がして俺は何か大きな力に引き摺られるように、こっちの世界に戻ってたんだ。それから、骨喰いの井戸はウントもスンとも云わねえ。前みたいに、かごめの国に行けなくなっちまった」

「犬夜叉さまは、かごめさまに逢いたいんだよね。それに、かごめさまも、きっと犬夜叉さまに逢いたいと思ってるんじゃないかな。あたしが、何時も、殺生丸さまに逢いたいと思ってるみたいに」

「・・・・そうだろうか」

「ウン、間違いないよ。あたしが狼に噛み殺されて最初に死んだ時、あの時も暗い場所にいたの。まだ名前も知らなかったけど殺生丸さまに凄く逢いたかった。とっても寂しくて悲しくて。でも、真っ暗な中に光が見えて其処へ行こうとしたら目が覚めて。そしたら、殺生丸さまの御顔が見えたの。満月に照らされて白銀の髪がキラキラ光って凄く綺麗だった。お月さまと同じ金色の目がジッとあたしを見詰めてた。それから、初めて神楽に攫(さらわ)われた時もそうだった。犬夜叉さまは知ってるよね。殺生丸さまが助けに来てくれたの。睡骨と蛇骨っていう死人(しびと)に攫われた時も、そう。それから、殺生丸さまのおっ母(かあ)の城に行った時も。曲霊(まがつひ)に乗り移られて奈落の体の中に連れて行かれた時も、やっぱり、殺生丸さまが来てくれた。アレッ、何だか、あたしって攫(さら)われてばっかりだね。でも、あたし、信じてるの。何時だって殺生丸さまが来てくれるって。だから、犬夜叉さまも信じて。何時か、きっと、かごめさまに逢えるって」

犬夜叉さまが、不思議なモノを見るかのように、あたしを見てた。
あっ、あたし、何か変なことを云ったのかな。
そしたら、犬夜叉さまが、何かに気付いたように急に上を見上げて云ったの。

「りん、どうやら、お前の待ち人が来たみてえだぜ。ホレッ」

空を見上げたら遠くに阿吽に乗った殺生丸さまが見えたの。
邪見さまも居る。
何時ものように阿吽の尻尾に摑まってる。
思わず走り出してた。
嬉しくて嬉しくて。

「信じる・・・・か。ヘッ、あんな子供に教えられるとはな」

りんが放り出していった菖蒲の束を肩に担ぎ犬夜叉は楓の家に向かって歩き出した。
明日は端午の節句、前日の夜、邪気を払う為に軒(のき)に菖蒲を葺(ふ)く。
刈りたての菖蒲の芳香が清々しく周囲に拡がる。
犬夜叉の心にモヤモヤと垂れ込めていた小さな暗雲も爽やかな菖蒲の匂いにスッカリ吹き飛ばされていた。
五月晴れの空の中、燕(つばめ)が高く低く飛び交(か)って夏の到来を告げていた。  了


2009.5.18.(月).作成.◆◆猫目石


【贈呈小説『燕子花(かきつばた)恋歌』についての後書き】
素敵イラストサイト『灰猫』のサイトマスター眞白さまは管理人と同じ誕生日です。
昨年、誕生祝いに、とっても素敵なイラストを頂きましたが、当時、管理人は手がけていた作品に手一杯の状態でした。
そんな訳で御礼の言葉しか返せませんでした。
眞白さま、申し訳ありませんでした。
幸い、今年は新作を仕上げたばかりの状態だったので、早速、お祝い返しの小説に取り掛かりました。
そのバースデープレゼントとして贈呈したのが当作品です。


(暦についてのチョッとした注釈)
新暦(太陽暦)と旧暦(太陰暦)では、かなりのズレが生じます。
大体、一ヶ月くらいのズレですが、年によっては一ヶ月を切ったり、または、四十日以上違っていたりと、随分、幅が有ります。
今年は旧暦によると五月五日は新暦の(5/28)になります。
そんな訳で作中は戦国時代 なので、当然、旧暦です。
ですから、明日は端午の節句(五月五日)という設定に致しました。


カキツバタ・かきつばた

花言葉
幸運は必ず来る

植物と花言葉のエピソード:
伊勢物語や万葉集、世阿弥の狂言に出てくるカキツバタは、ずっときてくれない恋人を待つ心情から、待てば「幸運は必ず来る」という花言葉になったとされています。英名はラビットイヤーアイリス。


2009.5.18.(月).◆◆猫目石

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