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権佐(ごんざ)の云った通り、三日後、犬夜叉が戻ってきた。
りんと邪見を連れ阿吽に乗って村へ赴く。
空が薄暗い。
桜が咲く頃に特有の花曇(はなぐも)りだ。
空模様まで今の気分に呼応するかのように重苦しい。
井戸は消失した時と変わる事なく元の場所に有った。
だが、あの女、かごめの匂いがしない。
犬夜叉のみ舞い戻ってきたらしい。
頑固な半妖の弟が、かごめを連れて戻らなかった。
イヤ、戻れなかったのであろう。
・・・・と云う事は何らかの異状が生じたと見て良かろう。
犬夜叉は既に走り去った後らしい。
傷付いた獣が安全な隠れ家に身を潜めるように、奴も、姿を晦(くら)ましたようだ。
井戸の側には、老いた巫女、法師に女退治屋、琥珀、子狐妖怪、猫又の面々が揃っていた。
「「殺生丸!」」
「殺生丸さま!」
女退治屋と法師、琥珀が、不安そうに私を見る。
特に女退治屋と法師。
詳しい事情を女退治屋から聞かされたのだろう。
法師が女を庇うように前に立つ。
女が、りんを殺そうとした事に対する私の沙汰を気にしていると見える。
くだらん、貴様らになど興味はない。
「どけ、貴様らに用はない。用が有るのは巫女だけだ」
老いた巫女が、私の言葉に訝(いぶか)しそうに隻眼を向ける。
殆どの人間が私から目を背ける。
イヤ、人間ばかりではない。
妖怪とて同じこと。
特に妖力の無い雑魚妖怪は皆そうだ。
私の発散する妖気に当てられ怖ろしさに正視できないのだ。
だが、この巫女は怖れ気もなく私を見据える。
霊力も然る事ながら度胸も据わっているようだ。
尋常の人間には持ちえぬ深い叡智が宿る隻眼。
「この老婆に用とは何で御座いますかな? 犬夜叉の兄殿」
「巫女、そなたに、りんを預けたい。頼めるか?」
「せっ、殺生丸さまっ、なっ、何と!?」
邪見が慌てて嘴(くちばし)を挟んできた。
「黙っておれ、邪見」
「しっ、しかし・・・・」
尚も言い募(つの)ろうとする従者を目で黙らせる。
「兄殿、それは、りんを、この村で養育せよとの意味で御座いましょうか?」
老巫女が、私に、問い掛けてきた。
「・・・そうだ。りんは人の仔だ。人は人の中で育たねばならん」
「やだっ!殺生丸さま、りんを置いてかないでっ!」
それまで黙っていたりんが、弾かれるように口を開いた。
私の着物の袂(たもと)を縋るように掴む、りん。
「どうしてなの?殺生丸さま。りんが悪い子だから?だから置いていっちゃうの?だったら、もう、わがまま云わないから。だから、お願い、置いてかないで。一緒に連れてって!」
りんが大きな目からポロポロと涙を零(こぼ)す。
滅多に泣き顔を見せないりんが、泣きじゃくりながら必死に懇願する。
心底、悲しそうな、その姿に私の胸が痛む。
「・・・・りん」
「殺生丸さまも、りんを置いてっちゃうの?おっ父や、おっ母、兄ちゃん達みたいに・・・・」
りんの言葉にハッとする。
そうだ、りんは家族全員を野盗に殺され、唯、独り、取り残されたのであった。
次の瞬間、信じられない光景が出現した。
その場に居た誰もが己の目を疑った。
戦国最強の妖(あやかし)と謳(うた)われ、比類ない矜持の高さを誇る殺生丸が。
妖怪の中でも間違いなく最高位に属するだろう大妖が、跪(ひざまづ)いたのだ。
最高位の妖(あやかし)は神仏にも等しい存在である。
その無尽の力、長久の寿命に比べれば、人間など風に散る花の如き儚さしかない。
だが、その大妖が、何者にも膝を屈することのない誇り高き青年が、小さな人間の童女の前に膝を折る。
奇跡のような夢のような冒(おか)しがたい瞬間。
吃驚(びっくり)して涙も止まった童女に大妖が語りかける。
「りん・・・必ずや逢いに来よう」
「本当?」
「・・・嘘はつかぬ」
それまで、大妖と童女の遣り取りを見ていた楓が徐(おもむろ)に口を開いた。
「兄殿、お申し出、確(しか)と承りました」
「・・・・頼んだぞ」
承諾の印に深々と頭を下げる老いた巫女、楓。
神に仕える巫女の言葉は、そのまま、誓約となる。
その様子を確かめると殺生丸は腰を上げ踵(きびす)を返そうとした。
だが、その背中に追い縋るように言葉が掛かる。
「殺生丸っ!あっ・・・あの・・・」
殺生丸が珊瑚の言葉を遮(さえぎ)る。
「二度は無い。・・・・覚えておけ」
振り返ることなく発された言葉に衝撃を受ける珊瑚。
「殺生丸さま、あっ、有難うございます。あの・・・」
姉の身を案じていた琥珀にも、殺生丸は同じ様に云い捨てる。
「琥珀、貴様の供の任を解く。好きにしろ」
「・・・・殺生丸さま」
一度も顧(かえり)みることなく殺生丸は邪見を伴い阿吽に騎乗。
そのまま薄暗い花曇りの空に消えた。
殺生丸の言葉に泣き崩れる珊瑚。
「あっ・・あたし・・・生きてて・・良いんだね・・法師さま。アッ・・アッ・・アアッ・・・覚悟は・・・してたんだ。殺生丸に・・殺され・・たって・・当然・・の事を・・・あたしは・・やった。でも・・でも・・・やっぱり・・生きて・・いたかった」
「ああ、そうだとも、珊瑚。許してくれたんだ。生きていこう、私と共に」
最愛の恋人を腕に弥勒も心の中で安堵していた。
以前の殺生丸ならイザ知らず、今の殺生丸なら、よもや、珊瑚を殺しはすまいと予想はしていた。
何故なら、天生牙、爆砕牙、両剣共に慈悲の心なき者には扱えぬ神剣だからである。
だが、これ程の慈悲を示してくれるとは・・・・。
殺生丸という大妖怪の持つ類(たぐ)い稀な器の大きさに改めて感動していた。
不意に薄曇りの空から一筋の光が漏れ出し周囲を明るく照らし出した。
弥勒の心の中に言葉が自然と浮かんできた。
『帰命頂礼(きみょうちょうらい)、南無阿弥陀仏』
仏を礼拝する時に唱える念仏である。
空を仰いで大いなる神仏の加護に深く深く感謝する弥勒であった。 了
《三連作『消失』、『静観』、『決断』についてのコメント》
『犬夜叉』最終回掲載のサンデー(永久保存する予定)を見ながらコメントを書いています。
ウ~~ン、懐かしい。*0(T_T)0*
最初のページを見ただけでガン!ときた殺りんファンの方々が如何に多かったことか。
斯く云う管理人も、思わず、ウッ・・・と来た覚えが。
何しろ、りんちゃんが楓婆ちゃんと一緒に人里に居たんですから。
そして驚いたことに、かごめと犬夜叉は離れ離れに。
きっと、深く犬夜叉は傷付いていたでしょうね。
まるで運命に無理矢理引き離されたように感じていたんじゃないでしょうか。
その時の犬夜叉の心境は、連載『降り積もる思い』で、いずれ書く積もりです。
とまあ、そういった事は置いといて、最後の方で、漸く、りんちゃんと兄上が登場します。
りんちゃんは楓に預けられ、兄上は足繁く村に通っておられる御様子。
この件(くだり)を読んで、殺りんファンが、どんなに安堵したことでしょう。
「ハア~~~助かった!」と正直、管理人は思いました。
そして、同時に萌えました!
兄上は、楓ばあちゃんに『また殺生丸が何か持ってきたのか?』と云われる程、頻繁に村を訪問していらっしゃったからです!
オオゥ~~~~感涙+感涙!★(T0T)★!
クククッ・・・・何て素晴らしい萌え台詞『また』・・・『また』・・・『また』
楓ばあちゃん、有難う!(T_T)!(嬉し泣き)
そんな訳で、殺りんの三年後の様子が窺えて、一応、満足はしたんですが。
何故、そうなるに到ったか?
詳しい経緯(いきさつ)を知りたくなるのがファン心理です。
①犬夜叉が冥道に消えた後、兄上は、どう行動したか?
②何故、りんちゃんを人里に預ける積もりになったか?
③何時、楓に、りんちゃんを預かるように依頼したか?
④その時、りんちゃんは、どう行動したか?
⑤更に、珊瑚に対して、どういう沙汰を下したか?
⑥琥珀の処遇については?
作品を書くに当たり、上記に挙げた気になる六つの点を全てスムーズに解決する必要が有りました。
それも、物語の進行上、ごくごく自然な形で、同時に、然(しか)も過不足なく解決しなくてはなりませんでした。
例えるならば、幾つもの問題を同時に解けと要求されるような物です。
そういう点で、この三連作、特に『決断』の作成は困難を極めました。
原作終了後、こんなに時間が経ってから製作を始めたのは、そのせいです。
何とか解決策を見出し、作品を書き上げた今、満足感で一杯です。
この作品を書かなければ、今年を終われないと感じていましたから。
今年は『犬夜叉』の原作が終了した激動の年です。
世間的にも大きな変化が起こった年でした。
しかし、管理人に取っての【殺りん】の旅は、まだ終わってません。
寧ろ、原作が終了したからこそ、自由に創作の羽を拡げる事が可能になりました。
【殺りん】で始まり【殺りん】で暮れた2008年でした。
2009年も、これまで以上に【殺りん】に萌えて創作に励みたいと願っています。
それでは、皆様、良い年を御迎え下さい。
ご訪問、心より感謝致します。
2008.12/31.(水) ★★★猫目石
正に寝耳に水だった。
西国お庭番の頭領、権佐(ごんざ)から聞かされた事実は。
それに、程なく犬夜叉が戻ってくるだろうとの情報。
権佐が、何処から、それを知ったのかは問うまい。
あ奴は妖怪世界でも三本の指に数えられる凄腕の妖忍だ。
情報元を明かすような真似はせぬだろう。
犬夜叉が冥道から戻ってくる。
ならば、いま暫く、この地に留まり事の顛末(てんまつ)を見届けるべきだろう。
再び、地を蹴り、りん達の許へ戻る。
だが、その後も、権佐との話が脳裏に甦り頭から離れない。
西国、己が生国(しょうごく)にして領国。
先代の父、闘牙王の嫡男として生を受けた身である以上、いずれは戻らねばならないだろうと思ってはいた。
二百年前、己が、西国を出奔する原因になった刀を思い浮かべる。
鉄砕牙、父上の牙から打ち出された宝刀。
『一振りで百の妖怪を薙ぎ倒す』刀。
鉄砕牙を手中にする事は、即ち、父上の妖力を受け継ぐ事に等しい。
父上の逝去に伴い、当然、後継者たる己に譲られると思っていたのに・・・・。
我が手に残されたのは望みもしない天生牙、斬れない刀。
憤懣やる方なかった。
だからこそ、西国を出た。
最強の“力”を、ひいては鉄砕牙を求めて。
二百年もの間、当て所(ど)もなく捜し続けた。
ごく僅かな手がかりのみを頼りに。
捜索の果てに辿り着いたのは、半妖の異母弟、犬夜叉。
奴の右目に隠されていた黒真珠。
そこから通じる異界への道。
異界、あの世の境、父上の骸(むくろ)が眠る墓場。
その父上の骸の中に封じられていた鉄砕牙。
やっと、手中に出来ると喜んだのも束の間、鉄砕牙には封印が施され、己は触れる事さえ出来なかった。
更に、私に屈辱を感じさせたのは、鉄砕牙が、犬夜叉に譲られた刀だという事実だった。
・・・・赦(ゆる)し難かった。
だからこそ、あの場で、本性も露(あら)わに変化した。
犬夜叉が、鉄砕牙を、まともに扱えないのであれば、即刻、己が爪で奴を引き裂いてやろうと。
結果、己は奴を引き裂くどころか左腕を斬られてしまった。
それでも、諦めきれなかった。
奈落から四魂の欠片を仕込んだ人間の腕を借り受け、再度、鉄砕牙を奪おうと画策すれど失敗。
鉄砕牙が駄目ならば、新しい刀を打てと、鉄砕牙を打った刀匠の刀々斎に依頼もしてみた。
だが、それさえも刀々斎に拒否されてしまった。
挙句の果てに、刀々斎め、この殺生丸を嫌って犬夜叉の処になど逃げ込みおって。
私を馬鹿にするにも程がある。
犬夜叉を殺し鉄砕牙を叩き折る積もりで竜の腕を手に入れたのであった。
フッ・・・・まさか、奴が、あの土壇場で風の傷を出してこうようとはな。
まともに風の傷を喰らった私は、そのまま、何処ともしれぬ森に飛ばされたのだった。
あの時だったな、天生牙が、初めて、結界を張って私を守ったのは・・・・。
それまで、何の役にも立たぬ鈍(なまく)ら刀だと思ってきた。
だが、父上の形見として、どうしても捨てる事が出来なかった天生牙。
その天生牙の結界に包まれ運ばれた森。
そして、私は、あの森で、りんと出逢ったのだ。
りん・・・・深手を負い身動きさえ、ままならぬ私を助けようと近付いてきた初めての人間。
痩せこけ目ばかり大きな、みすぼらしい形(なり)の小娘。
私よりも寧ろ当の本人にこそ助けが必要なのではないかと思わせる程に哀れな様相だった。
りんを連れて旅をする内に知った痛ましい境遇。
今、思い返せば、己の食い扶持さえ充分に手に入らぬ身であったろうに。
親もなく言葉も話せぬ身でありながら、それでも、傷付いた私を救おうとした、りんの行動。
そこには一片の私欲さえ無かった。
長年、妖怪にしろ人間にしろ、浅ましい感情ばかり見てきた。
他者が、己に近付いてくる際は、必ずと云っていい程、何らかの打算が伴っていた。
男ならば己の力を利用しようと、女ならば邪淫の性(さが)に駆られて。
或いは、男女を問わず、その両方に惹かれて近付いてくる者ども。
それ故、不思議でならなかった。
何故、童女が、妖(あやかし)である己を救おうとするのか。
だからだろうか・・・・。
それまで他者に関心を抱いた事の無い己が、りんの様子が尋常でない事に気付いたのは。
打擲(ちょうちゃく)の跡だろう。
りんの、あどけない顔が、痛々しく腫れ上がっていた。
片目が殆ど塞がり、歯まで欠けていた。
「顔をどうした?」
何の作為もなく自然と出てきた言葉だった。
その問い掛けに返ってきたのは・・・・。
花が綻んだような笑顔。
嬉しくて堪らない思い。
素直な感情が、そのまま映し出された笑顔。
春の光を思わせるような眩しい笑顔だった。
思えば、あの時、己は、恋に落ちたのであろう。
当時は、全く、自覚してなかったが。
この殺生丸が、人間の、況して女とも云えぬ童女に心を奪われるなど・・・・。
そのような事、到底、有り得ぬと思っていたからな。
あの後、風が運んできた匂いが己に異変を告げた。
夕暮れの風の中に混じっていた小娘の血の匂いと狼の臭い。
足を運んでみれば、其処にあったのは小娘の無残な骸。
狼どもに喉を喰い破られたのだろう。
首元から夥しい血が流れ血溜まりになっていた。
それまでの己ならば、一瞬、目に留めただけで、そのまま顧みる事もなかっただろう。
だが、何かが、己の内に芽生えていた。
小娘の笑顔が、脳裏から消えなかった。
気が付けば、己は、天生牙を抜き放ち小娘の命を冥府から呼び戻していた。
血のように赤い満月の晩の事だった。
あの晩から月は、幾度、満ち欠けを繰り返しただろうか。
深々(しんしん)たる静寂の中、ふと目をやれば何時の間にか夜が更けていた。
月は傾き今にも隠れんとしている。
焚き火も消えかけている。
チロチロと赤い燃えさしが残るのみだ。
火の番をしていた邪見は、とうの昔に眠りこけている。
人頭杖を握り締め、寝汚(いぎたな)く鼾(いびき)をかき涎(よだれ)まで垂らしている。
りんはと云えば己の毛皮に包まれ心地良さげに眠っている。
安心しきった寝顔に、顔を近づけ、りんの匂いを確かめる。
まだ、乳臭さが抜けないが、この世で最も私を安らわせ満足させる匂い。
成長すれば、さぞや艶(あで)やかに馨(かお)りたち私を眩惑するに違いない。
決断の時が迫っている。
りんの為、己の為、最善の道を選ばねばならぬ。
されど、今は、暫(しば)し、この幼き花の香に酔っていよう。
※『決断③=大いなる光=』に続く
奈落の消滅と同時に出現した冥道に消えた犬夜叉の女、かごめ。
呼応するように涸(か)れ井戸まで消えた。
犬夜叉は、かごめの跡を追って、自ら、冥道残月破を放ち冥道に入った。
あれから三日経つ。
半妖の異母弟、粗野で頑固で、どうしようもない奴だが、弟は弟だ。
事の結末が、どうなったのか、兄として見届ける義務がある。
あの涸れ井戸、“骨喰いの井戸”とか云ったな。
かごめが冥道に消えたと同時に消失した。
奈落の標的になった程の場所だ。
単なる井戸ではあるまい。
事実、妙な匂いがした。
そう、妖怪どもの骸(むくろ)の臭い。
それだけではない。
嗅いだ事のない匂いが混じっていた。
この世界の物ではない。
・・・・恐らくは異界の物だろう。
かごめとやらが纏う着物と同種の匂いがした。
犬夜叉が冥道に消えた後、りんと邪見を連れて、あの場を去った。
あのまま留まる必要など皆無であったからな。
とりあえず一番手近にあった出湯へと急いだ。
りんは曲霊に憑依され奈落の体内に拉致された。
・・・・奴の体内に居ただけならば我慢も出来ようが。
奈落め、りんを不浄な肉塊で覆いつくしおって。
無事、取り戻しはしたものの、りんの身体にも着物にも奴の臭いが絡みつくように染み付いている。
数多の妖怪どもを融合せしめた醜悪な奈落の臭い。
それが、りんの甘い匂いを打ち消し、混じり合い・・・・。
不快極まりなかった。
りんを出湯に入れ、すぐさま邪見に、りんの新しい着物を調達するよう命じた。
体内に溜められた毒を意のままに放出する“毒華爪(どっかそう)”。
爪から毒を放出する際、手首に朱の妖線が色濃く浮き出てくる。
その様相から毒の華が咲く爪、即ち“毒華爪”と名付けられた。
毒性の強さによって妖線の本数は異なる。
普段は、大抵、二本線だが、今日は三本線だ。
腹立たしい臭いを瞬時に消してしまいたいからな。
ジュッ・・・・・
おぞましい臭いが染み付いた着物と帯は跡形もなく消滅した。
臭いの本体が、既に、この世に存在しないのだ。
残滓(ざんし)とて、あの世に消え失せるがいい。
りんが、声を掛けてきた。
阿吽に乗って出かけた邪見は、まだ、戻らぬ。
「殺生丸さま、もう、出てもいい?」
長い間、湯に浸かっていたせいだろう。
真っ赤な顔をしている。
このままでは、のぼせてしまう。
りんが脱いだ着物を捜して視線を泳がせる。
紅白の格子縞の着物と緑の帯。
見つかる筈がない。
毒華爪で綺麗サッパリ抹消してやったからな。
「アレ~~、殺生丸さま、りんの着物は何処にいっちゃったの?」
「・・・・・・」
春とは云え、冬の名残りが色濃い。
まだ底冷えがする季節だ。
湯から出れば、たちどころに熱は冷めていくだろう。
「来い」
「エッ・・・・このまま? キャッ!」
躊躇(ちゅうちょ)する暇(いとま)を与えず、りんの小さな身体を己が毛皮で包み込んだ。
ドックン・・ドクン・・・ドクッ・・ドクッ・・・
始めは驚いて動悸が速まっていた、りんの心の臓。
トクン・・トクン・・トクン・・・トクン・・・
次第に落ち着き、ユッタリと脈打ち始めた。
りんの緊張が次第に解(ほぐ)れていく。
呼吸が緩やかに深くなり身体から力が抜けていく。
りんの大きな眼が眠そうに閉じた。
小さな寝息が毛皮をそよがす。
疲労が溜まっていたのだろう。
無理もない。
曲霊から邪気を受け奈落の体内では緊張に晒され続けたのだ。
不快な奈落の臭いは完全に消えた。
稚(いとけな)い小さな身体から立ち上るのは柔らかな甘い体臭と出湯の匂い。
やっと取り戻した愛し仔を腕に、大妖も目を閉じ、暫し休息を取った。
邪見が阿吽を駆って戻ってきたのは赤々とした夕日が燃え立つような日暮れ時だった。
その頃には、りんも目を覚まし、嬉しそうに邪見を出迎えた。
「只今、戻りました、殺生丸さま。」
「お帰りなさい、邪見さま」
「こりゃ、りん、早く新しい着物に着替えんかっ。何時まで殺生丸様の毛皮にくるまっとるんじゃ。」
「はぁ~~い」
何処で調達してきたのだろう。
邪見が持ち帰った着物は、紅の地に白兎が踊る上等な物。
それに合わせて洒落た菱形文様の入った青い帯。
新しい着物と帯は、りんに良く似合っていた。
完全に陽が落ちた。
早春の夕暮れ時は、まだ寒々しい。
人頭杖で起こした焚き火がパチパチと勢いよく燃える。
「フン、孫にも衣装じゃな。腹が空いたじゃろう。ホレ、団子も有るぞ」
「ありがとう、邪見さま。お腹ペコペコだったの」
早速、りんが竹皮に包んであった団子を頬張った。
「おいしい。楓さまが、こしらえて下さった団子と同じ味がする」
「楓って、あの老いぼれ巫女のことか。あ奴め、とうとう、儂(わし)の名前をチャンと呼ばんかったな」
「邪見さまが、さま付けで呼ばせようとするから。楓さまは、巫女さまで偉いんだから、そんな事言っちゃいけないんだよ」
「フン、まあ、一応、世話になったからな」
「犬夜叉さまと、かごめさま、大丈夫かな?チャンと戻ってこれるかな?」
「さあな、何せ、あの奈落が掛けた願じゃからな。儂(わし)には、皆目、見当もつかんわい。殺生丸様、あ奴ら、一体、どうなるので御座いましょう?」
「・・・・判らん」
不意に殺生丸の鋭敏な鼻腔が嗅ぎ慣れない匂いを捉えた。
周囲に不穏な気配はない。
邪見だけでは心許ないが、阿吽も居る。
己が暫く席を外しても、りんに危害は及ぶまい。
トン・・・・軽く地を蹴り殺生丸は宙に浮かんだ。
そのまま、空中を飛び匂いのする方角に向かう。
鬱蒼とした森の中、樹木が密集している。
その為、他者に姿を見られる心配が少ない。
密会には打って付けの場所と云えるだろう。
大木の下、比較的、下生えの少ない部分に殺生丸はフワリと降り立った。
「・・・・出て来い」
「勘付いておられましたか」
「当たり前だ。あれだけ、これ見よがしに匂いを曝け出しておいて。気付かぬ訳があるか」
「恐れ入ります」
「・・・・して何用だ、権佐(ごんざ)」
空に掛かるのは僅かに満月に足りない十三夜月。
陰暦十三日の夜の月である。
皓々と周囲を月明かりが照らし出す。
殺生丸の前に姿を現したのは、顔は犬、身体は人型の犬妖。
毛色は何と云ったら良いのだろう。
茶、黒、黄色、白が、まだらに混ざり合った斑(ぶち)犬である。
旧知の間柄なのだろう。
殺生丸の態度にも口調にも警戒の色はない。
「ハハッ、西国の留守を預かる城代家老の尾洲さま、万丈さま、御二方より申し付かって参りました。若さま、いやさ、西国王、殺生丸さま、何卒(なにとぞ)、西国へ御帰還くだされませ」
「そんな事の為に、わざわざ、西国お庭番の頭領であるお前が出向いてきたのか。」
「そんな事などと。若様、イエ、殺生丸さま、二百年も国主が国許に不在など異例の事態に御座いますぞ」
「その二百年の間、一度として『戻れ』などと云ってこなかったではないか。それが、今になって何故だ?」
「それは、先代、闘牙王さまの御遺言が有ったからに御座います。」
「・・・・父上の遺言?」
「ハイ、殺生丸さまが御自身の刀、爆砕牙を手に入れるまで、一切、手出しも口出しも罷(まか)りならぬと」
「何っ?!」
「貴方さまは、先頃、爆砕牙を手に入れられましたな。それ故、尾洲さま、万丈さまが、西国への御帰還を願い出て参られたのです。」
「・・・・・・」
「半妖の弟君、犬夜叉さまも、さほど日数を待たず、こちらの世界に戻られる筈に御座います」
「・・・・・・」
「今宵は、この事を、お伝えに参上しました。では、これにて御前失礼致します。何(いず)れ、また」
そう云うなり、権佐の姿は掻き消すように見えなくなった。
西国お庭番の頭領、“斑(まだら)の権佐”、妖怪世界でも三本の指に数えられる凄腕の妖忍である。
残された殺生丸が己を自嘲するように言葉を洩らした。
「フッ、何もかも見通しておられたのか・・・・父上」
天上の月が月の徴を戴く青年を愛おしむように光の波で包んでいた。
※『決断②=熟慮=』に続く