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『決断③=大いなる光=』

権佐(ごんざ)の云った通り、三日後、犬夜叉が戻ってきた。
りんと邪見を連れ阿吽に乗って村へ赴く。
空が薄暗い。
桜が咲く頃に特有の花曇(はなぐも)りだ。
空模様まで今の気分に呼応するかのように重苦しい。
井戸は消失した時と変わる事なく元の場所に有った。
だが、あの女、かごめの匂いがしない。
犬夜叉のみ舞い戻ってきたらしい。
頑固な半妖の弟が、かごめを連れて戻らなかった。
イヤ、戻れなかったのであろう。
・・・・と云う事は何らかの異状が生じたと見て良かろう。
犬夜叉は既に走り去った後らしい。
傷付いた獣が安全な隠れ家に身を潜めるように、奴も、姿を晦(くら)ましたようだ。
井戸の側には、老いた巫女、法師に女退治屋、琥珀、子狐妖怪、猫又の面々が揃っていた。

「「殺生丸!」」

「殺生丸さま!」

女退治屋と法師、琥珀が、不安そうに私を見る。
特に女退治屋と法師。
詳しい事情を女退治屋から聞かされたのだろう。
法師が女を庇うように前に立つ。
女が、りんを殺そうとした事に対する私の沙汰を気にしていると見える。
くだらん、貴様らになど興味はない。

「どけ、貴様らに用はない。用が有るのは巫女だけだ」

老いた巫女が、私の言葉に訝(いぶか)しそうに隻眼を向ける。
殆どの人間が私から目を背ける。
イヤ、人間ばかりではない。
妖怪とて同じこと。
特に妖力の無い雑魚妖怪は皆そうだ。
私の発散する妖気に当てられ怖ろしさに正視できないのだ。
だが、この巫女は怖れ気もなく私を見据える。
霊力も然る事ながら度胸も据わっているようだ。
尋常の人間には持ちえぬ深い叡智が宿る隻眼。

「この老婆に用とは何で御座いますかな? 犬夜叉の兄殿」

「巫女、そなたに、りんを預けたい。頼めるか?」

「せっ、殺生丸さまっ、なっ、何と!?」

邪見が慌てて嘴(くちばし)を挟んできた。

「黙っておれ、邪見」

「しっ、しかし・・・・」

尚も言い募(つの)ろうとする従者を目で黙らせる。

「兄殿、それは、りんを、この村で養育せよとの意味で御座いましょうか?」

老巫女が、私に、問い掛けてきた。

「・・・そうだ。りんは人の仔だ。人は人の中で育たねばならん」

「やだっ!殺生丸さま、りんを置いてかないでっ!」

それまで黙っていたりんが、弾かれるように口を開いた。
私の着物の袂(たもと)を縋るように掴む、りん。

「どうしてなの?殺生丸さま。りんが悪い子だから?だから置いていっちゃうの?だったら、もう、わがまま云わないから。だから、お願い、置いてかないで。一緒に連れてって!」

りんが大きな目からポロポロと涙を零(こぼ)す。
滅多に泣き顔を見せないりんが、泣きじゃくりながら必死に懇願する。
心底、悲しそうな、その姿に私の胸が痛む。

「・・・・りん」

「殺生丸さまも、りんを置いてっちゃうの?おっ父や、おっ母、兄ちゃん達みたいに・・・・」

りんの言葉にハッとする。
そうだ、りんは家族全員を野盗に殺され、唯、独り、取り残されたのであった。
次の瞬間、信じられない光景が出現した。
その場に居た誰もが己の目を疑った。
戦国最強の妖(あやかし)と謳(うた)われ、比類ない矜持の高さを誇る殺生丸が。
妖怪の中でも間違いなく最高位に属するだろう大妖が、跪(ひざまづ)いたのだ。
最高位の妖(あやかし)は神仏にも等しい存在である。
その無尽の力、長久の寿命に比べれば、人間など風に散る花の如き儚さしかない。
だが、その大妖が、何者にも膝を屈することのない誇り高き青年が、小さな人間の童女の前に膝を折る。
奇跡のような夢のような冒(おか)しがたい瞬間。
吃驚(びっくり)して涙も止まった童女に大妖が語りかける。

「りん・・・必ずや逢いに来よう」

「本当?」

「・・・嘘はつかぬ」

それまで、大妖と童女の遣り取りを見ていた楓が徐(おもむろ)に口を開いた。

「兄殿、お申し出、確(しか)と承りました」

「・・・・頼んだぞ」

承諾の印に深々と頭を下げる老いた巫女、楓。
神に仕える巫女の言葉は、そのまま、誓約となる。
その様子を確かめると殺生丸は腰を上げ踵(きびす)を返そうとした。
だが、その背中に追い縋るように言葉が掛かる。

「殺生丸っ!あっ・・・あの・・・」

殺生丸が珊瑚の言葉を遮(さえぎ)る。

「二度は無い。・・・・覚えておけ」

振り返ることなく発された言葉に衝撃を受ける珊瑚。

「殺生丸さま、あっ、有難うございます。あの・・・」

姉の身を案じていた琥珀にも、殺生丸は同じ様に云い捨てる。

「琥珀、貴様の供の任を解く。好きにしろ」

「・・・・殺生丸さま」

一度も顧(かえり)みることなく殺生丸は邪見を伴い阿吽に騎乗。
そのまま薄暗い花曇りの空に消えた。
殺生丸の言葉に泣き崩れる珊瑚。

「あっ・・あたし・・・生きてて・・良いんだね・・法師さま。アッ・・アッ・・アアッ・・・覚悟は・・・してたんだ。殺生丸に・・殺され・・たって・・当然・・の事を・・・あたしは・・やった。でも・・でも・・・やっぱり・・生きて・・いたかった」

「ああ、そうだとも、珊瑚。許してくれたんだ。生きていこう、私と共に」

最愛の恋人を腕に弥勒も心の中で安堵していた。
以前の殺生丸ならイザ知らず、今の殺生丸なら、よもや、珊瑚を殺しはすまいと予想はしていた。
何故なら、天生牙、爆砕牙、両剣共に慈悲の心なき者には扱えぬ神剣だからである。
だが、これ程の慈悲を示してくれるとは・・・・。
殺生丸という大妖怪の持つ類(たぐ)い稀な器の大きさに改めて感動していた。
不意に薄曇りの空から一筋の光が漏れ出し周囲を明るく照らし出した。
弥勒の心の中に言葉が自然と浮かんできた。
『帰命頂礼(きみょうちょうらい)、南無阿弥陀仏』
仏を礼拝する時に唱える念仏である。
空を仰いで大いなる神仏の加護に深く深く感謝する弥勒であった。   了



《三連作『消失』、『静観』、『決断』についてのコメント》
『犬夜叉』最終回掲載のサンデー(永久保存する予定)を見ながらコメントを書いています。
ウ~~ン、懐かしい。*0(T_T)0*
最初のページを見ただけでガン!ときた殺りんファンの方々が如何に多かったことか。
斯く云う管理人も、思わず、ウッ・・・と来た覚えが。
何しろ、りんちゃんが楓婆ちゃんと一緒に人里に居たんですから。
そして驚いたことに、かごめと犬夜叉は離れ離れに。
きっと、深く犬夜叉は傷付いていたでしょうね。
まるで運命に無理矢理引き離されたように感じていたんじゃないでしょうか。
その時の犬夜叉の心境は、連載『降り積もる思い』で、いずれ書く積もりです。
とまあ、そういった事は置いといて、最後の方で、漸く、りんちゃんと兄上が登場します。
りんちゃんは楓に預けられ、兄上は足繁く村に通っておられる御様子。
この件(くだり)を読んで、殺りんファンが、どんなに安堵したことでしょう。
「ハア~~~助かった!」と正直、管理人は思いました。
そして、同時に萌えました!
兄上は、楓ばあちゃんに『また殺生丸が何か持ってきたのか?』と云われる程、頻繁に村を訪問していらっしゃったからです!
オオゥ~~~~感涙+感涙!★(T0T)★!
クククッ・・・・何て素晴らしい萌え台詞『また』・・・『また』・・・『また』
楓ばあちゃん、有難う!(T_T)!(嬉し泣き)
そんな訳で、殺りんの三年後の様子が窺えて、一応、満足はしたんですが。
何故、そうなるに到ったか?
詳しい経緯(いきさつ)を知りたくなるのがファン心理です。

①犬夜叉が冥道に消えた後、兄上は、どう行動したか?
②何故、りんちゃんを人里に預ける積もりになったか?
③何時、楓に、りんちゃんを預かるように依頼したか?
④その時、りんちゃんは、どう行動したか?
⑤更に、珊瑚に対して、どういう沙汰を下したか?
⑥琥珀の処遇については?

作品を書くに当たり、上記に挙げた気になる六つの点を全てスムーズに解決する必要が有りました。
それも、物語の進行上、ごくごく自然な形で、同時に、然(しか)も過不足なく解決しなくてはなりませんでした。
例えるならば、幾つもの問題を同時に解けと要求されるような物です。
そういう点で、この三連作、特に『決断』の作成は困難を極めました。
原作終了後、こんなに時間が経ってから製作を始めたのは、そのせいです。
何とか解決策を見出し、作品を書き上げた今、満足感で一杯です。
この作品を書かなければ、今年を終われないと感じていましたから。
今年は『犬夜叉』の原作が終了した激動の年です。
世間的にも大きな変化が起こった年でした。
しかし、管理人に取っての【殺りん】の旅は、まだ終わってません。
寧ろ、原作が終了したからこそ、自由に創作の羽を拡げる事が可能になりました。
【殺りん】で始まり【殺りん】で暮れた2008年でした。
2009年も、これまで以上に【殺りん】に萌えて創作に励みたいと願っています。
それでは、皆様、良い年を御迎え下さい。
ご訪問、心より感謝致します。 
    
2008.12/31.(水)    ★★★猫目石




 


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