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正に寝耳に水だった。
西国お庭番の頭領、権佐(ごんざ)から聞かされた事実は。
それに、程なく犬夜叉が戻ってくるだろうとの情報。
権佐が、何処から、それを知ったのかは問うまい。
あ奴は妖怪世界でも三本の指に数えられる凄腕の妖忍だ。
情報元を明かすような真似はせぬだろう。
犬夜叉が冥道から戻ってくる。
ならば、いま暫く、この地に留まり事の顛末(てんまつ)を見届けるべきだろう。
再び、地を蹴り、りん達の許へ戻る。
だが、その後も、権佐との話が脳裏に甦り頭から離れない。
西国、己が生国(しょうごく)にして領国。
先代の父、闘牙王の嫡男として生を受けた身である以上、いずれは戻らねばならないだろうと思ってはいた。
二百年前、己が、西国を出奔する原因になった刀を思い浮かべる。
鉄砕牙、父上の牙から打ち出された宝刀。
『一振りで百の妖怪を薙ぎ倒す』刀。
鉄砕牙を手中にする事は、即ち、父上の妖力を受け継ぐ事に等しい。
父上の逝去に伴い、当然、後継者たる己に譲られると思っていたのに・・・・。
我が手に残されたのは望みもしない天生牙、斬れない刀。
憤懣やる方なかった。
だからこそ、西国を出た。
最強の“力”を、ひいては鉄砕牙を求めて。
二百年もの間、当て所(ど)もなく捜し続けた。
ごく僅かな手がかりのみを頼りに。
捜索の果てに辿り着いたのは、半妖の異母弟、犬夜叉。
奴の右目に隠されていた黒真珠。
そこから通じる異界への道。
異界、あの世の境、父上の骸(むくろ)が眠る墓場。
その父上の骸の中に封じられていた鉄砕牙。
やっと、手中に出来ると喜んだのも束の間、鉄砕牙には封印が施され、己は触れる事さえ出来なかった。
更に、私に屈辱を感じさせたのは、鉄砕牙が、犬夜叉に譲られた刀だという事実だった。
・・・・赦(ゆる)し難かった。
だからこそ、あの場で、本性も露(あら)わに変化した。
犬夜叉が、鉄砕牙を、まともに扱えないのであれば、即刻、己が爪で奴を引き裂いてやろうと。
結果、己は奴を引き裂くどころか左腕を斬られてしまった。
それでも、諦めきれなかった。
奈落から四魂の欠片を仕込んだ人間の腕を借り受け、再度、鉄砕牙を奪おうと画策すれど失敗。
鉄砕牙が駄目ならば、新しい刀を打てと、鉄砕牙を打った刀匠の刀々斎に依頼もしてみた。
だが、それさえも刀々斎に拒否されてしまった。
挙句の果てに、刀々斎め、この殺生丸を嫌って犬夜叉の処になど逃げ込みおって。
私を馬鹿にするにも程がある。
犬夜叉を殺し鉄砕牙を叩き折る積もりで竜の腕を手に入れたのであった。
フッ・・・・まさか、奴が、あの土壇場で風の傷を出してこうようとはな。
まともに風の傷を喰らった私は、そのまま、何処ともしれぬ森に飛ばされたのだった。
あの時だったな、天生牙が、初めて、結界を張って私を守ったのは・・・・。
それまで、何の役にも立たぬ鈍(なまく)ら刀だと思ってきた。
だが、父上の形見として、どうしても捨てる事が出来なかった天生牙。
その天生牙の結界に包まれ運ばれた森。
そして、私は、あの森で、りんと出逢ったのだ。
りん・・・・深手を負い身動きさえ、ままならぬ私を助けようと近付いてきた初めての人間。
痩せこけ目ばかり大きな、みすぼらしい形(なり)の小娘。
私よりも寧ろ当の本人にこそ助けが必要なのではないかと思わせる程に哀れな様相だった。
りんを連れて旅をする内に知った痛ましい境遇。
今、思い返せば、己の食い扶持さえ充分に手に入らぬ身であったろうに。
親もなく言葉も話せぬ身でありながら、それでも、傷付いた私を救おうとした、りんの行動。
そこには一片の私欲さえ無かった。
長年、妖怪にしろ人間にしろ、浅ましい感情ばかり見てきた。
他者が、己に近付いてくる際は、必ずと云っていい程、何らかの打算が伴っていた。
男ならば己の力を利用しようと、女ならば邪淫の性(さが)に駆られて。
或いは、男女を問わず、その両方に惹かれて近付いてくる者ども。
それ故、不思議でならなかった。
何故、童女が、妖(あやかし)である己を救おうとするのか。
だからだろうか・・・・。
それまで他者に関心を抱いた事の無い己が、りんの様子が尋常でない事に気付いたのは。
打擲(ちょうちゃく)の跡だろう。
りんの、あどけない顔が、痛々しく腫れ上がっていた。
片目が殆ど塞がり、歯まで欠けていた。
「顔をどうした?」
何の作為もなく自然と出てきた言葉だった。
その問い掛けに返ってきたのは・・・・。
花が綻んだような笑顔。
嬉しくて堪らない思い。
素直な感情が、そのまま映し出された笑顔。
春の光を思わせるような眩しい笑顔だった。
思えば、あの時、己は、恋に落ちたのであろう。
当時は、全く、自覚してなかったが。
この殺生丸が、人間の、況して女とも云えぬ童女に心を奪われるなど・・・・。
そのような事、到底、有り得ぬと思っていたからな。
あの後、風が運んできた匂いが己に異変を告げた。
夕暮れの風の中に混じっていた小娘の血の匂いと狼の臭い。
足を運んでみれば、其処にあったのは小娘の無残な骸。
狼どもに喉を喰い破られたのだろう。
首元から夥しい血が流れ血溜まりになっていた。
それまでの己ならば、一瞬、目に留めただけで、そのまま顧みる事もなかっただろう。
だが、何かが、己の内に芽生えていた。
小娘の笑顔が、脳裏から消えなかった。
気が付けば、己は、天生牙を抜き放ち小娘の命を冥府から呼び戻していた。
血のように赤い満月の晩の事だった。
あの晩から月は、幾度、満ち欠けを繰り返しただろうか。
深々(しんしん)たる静寂の中、ふと目をやれば何時の間にか夜が更けていた。
月は傾き今にも隠れんとしている。
焚き火も消えかけている。
チロチロと赤い燃えさしが残るのみだ。
火の番をしていた邪見は、とうの昔に眠りこけている。
人頭杖を握り締め、寝汚(いぎたな)く鼾(いびき)をかき涎(よだれ)まで垂らしている。
りんはと云えば己の毛皮に包まれ心地良さげに眠っている。
安心しきった寝顔に、顔を近づけ、りんの匂いを確かめる。
まだ、乳臭さが抜けないが、この世で最も私を安らわせ満足させる匂い。
成長すれば、さぞや艶(あで)やかに馨(かお)りたち私を眩惑するに違いない。
決断の時が迫っている。
りんの為、己の為、最善の道を選ばねばならぬ。
されど、今は、暫(しば)し、この幼き花の香に酔っていよう。
※『決断③=大いなる光=』に続く