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『決断①=来旨(らいし)=』

奈落の消滅と同時に出現した冥道に消えた犬夜叉の女、かごめ。
呼応するように涸(か)れ井戸まで消えた。
犬夜叉は、かごめの跡を追って、自ら、冥道残月破を放ち冥道に入った。
あれから三日経つ。
半妖の異母弟、粗野で頑固で、どうしようもない奴だが、弟は弟だ。
事の結末が、どうなったのか、兄として見届ける義務がある。
あの涸れ井戸、“骨喰いの井戸”とか云ったな。
かごめが冥道に消えたと同時に消失した。
奈落の標的になった程の場所だ。
単なる井戸ではあるまい。
事実、妙な匂いがした。
そう、妖怪どもの骸(むくろ)の臭い。
それだけではない。
嗅いだ事のない匂いが混じっていた。
この世界の物ではない。
・・・・恐らくは異界の物だろう。
かごめとやらが纏う着物と同種の匂いがした。
犬夜叉が冥道に消えた後、りんと邪見を連れて、あの場を去った。
あのまま留まる必要など皆無であったからな。
とりあえず一番手近にあった出湯へと急いだ。
りんは曲霊に憑依され奈落の体内に拉致された。
・・・・奴の体内に居ただけならば我慢も出来ようが。
奈落め、りんを不浄な肉塊で覆いつくしおって。
無事、取り戻しはしたものの、りんの身体にも着物にも奴の臭いが絡みつくように染み付いている。
数多の妖怪どもを融合せしめた醜悪な奈落の臭い。
それが、りんの甘い匂いを打ち消し、混じり合い・・・・。
不快極まりなかった。
りんを出湯に入れ、すぐさま邪見に、りんの新しい着物を調達するよう命じた。
体内に溜められた毒を意のままに放出する“毒華爪(どっかそう)”。
爪から毒を放出する際、手首に朱の妖線が色濃く浮き出てくる。
その様相から毒の華が咲く爪、即ち“毒華爪”と名付けられた。
毒性の強さによって妖線の本数は異なる。
普段は、大抵、二本線だが、今日は三本線だ。
腹立たしい臭いを瞬時に消してしまいたいからな。
ジュッ・・・・・
おぞましい臭いが染み付いた着物と帯は跡形もなく消滅した。
臭いの本体が、既に、この世に存在しないのだ。
残滓(ざんし)とて、あの世に消え失せるがいい。
りんが、声を掛けてきた。
阿吽に乗って出かけた邪見は、まだ、戻らぬ。

「殺生丸さま、もう、出てもいい?」

長い間、湯に浸かっていたせいだろう。
真っ赤な顔をしている。
このままでは、のぼせてしまう。
りんが脱いだ着物を捜して視線を泳がせる。
紅白の格子縞の着物と緑の帯。
見つかる筈がない。
毒華爪で綺麗サッパリ抹消してやったからな。

「アレ~~、殺生丸さま、りんの着物は何処にいっちゃったの?」

「・・・・・・」

春とは云え、冬の名残りが色濃い。
まだ底冷えがする季節だ。
湯から出れば、たちどころに熱は冷めていくだろう。

「来い」

「エッ・・・・このまま? キャッ!」

躊躇(ちゅうちょ)する暇(いとま)を与えず、りんの小さな身体を己が毛皮で包み込んだ。
ドックン・・ドクン・・・ドクッ・・ドクッ・・・
始めは驚いて動悸が速まっていた、りんの心の臓。
トクン・・トクン・・トクン・・・トクン・・・
次第に落ち着き、ユッタリと脈打ち始めた。
りんの緊張が次第に解(ほぐ)れていく。
呼吸が緩やかに深くなり身体から力が抜けていく。
りんの大きな眼が眠そうに閉じた。
小さな寝息が毛皮をそよがす。
疲労が溜まっていたのだろう。
無理もない。
曲霊から邪気を受け奈落の体内では緊張に晒され続けたのだ。
不快な奈落の臭いは完全に消えた。
稚(いとけな)い小さな身体から立ち上るのは柔らかな甘い体臭と出湯の匂い。
やっと取り戻した愛し仔を腕に、大妖も目を閉じ、暫し休息を取った。
邪見が阿吽を駆って戻ってきたのは赤々とした夕日が燃え立つような日暮れ時だった。
その頃には、りんも目を覚まし、嬉しそうに邪見を出迎えた。

「只今、戻りました、殺生丸さま。」

「お帰りなさい、邪見さま」

「こりゃ、りん、早く新しい着物に着替えんかっ。何時まで殺生丸様の毛皮にくるまっとるんじゃ。」

「はぁ~~い」

何処で調達してきたのだろう。
邪見が持ち帰った着物は、紅の地に白兎が踊る上等な物。
それに合わせて洒落た菱形文様の入った青い帯。
新しい着物と帯は、りんに良く似合っていた。
完全に陽が落ちた。
早春の夕暮れ時は、まだ寒々しい。
人頭杖で起こした焚き火がパチパチと勢いよく燃える。

「フン、孫にも衣装じゃな。腹が空いたじゃろう。ホレ、団子も有るぞ」

「ありがとう、邪見さま。お腹ペコペコだったの」

早速、りんが竹皮に包んであった団子を頬張った。

「おいしい。楓さまが、こしらえて下さった団子と同じ味がする」

「楓って、あの老いぼれ巫女のことか。あ奴め、とうとう、儂(わし)の名前をチャンと呼ばんかったな」

「邪見さまが、さま付けで呼ばせようとするから。楓さまは、巫女さまで偉いんだから、そんな事言っちゃいけないんだよ」

「フン、まあ、一応、世話になったからな」

「犬夜叉さまと、かごめさま、大丈夫かな?チャンと戻ってこれるかな?」

「さあな、何せ、あの奈落が掛けた願じゃからな。儂(わし)には、皆目、見当もつかんわい。殺生丸様、あ奴ら、一体、どうなるので御座いましょう?」

「・・・・判らん」

不意に殺生丸の鋭敏な鼻腔が嗅ぎ慣れない匂いを捉えた。
周囲に不穏な気配はない。
邪見だけでは心許ないが、阿吽も居る。
己が暫く席を外しても、りんに危害は及ぶまい。
トン・・・・軽く地を蹴り殺生丸は宙に浮かんだ。
そのまま、空中を飛び匂いのする方角に向かう。
鬱蒼とした森の中、樹木が密集している。
その為、他者に姿を見られる心配が少ない。
密会には打って付けの場所と云えるだろう。
大木の下、比較的、下生えの少ない部分に殺生丸はフワリと降り立った。

「・・・・出て来い」

「勘付いておられましたか」

「当たり前だ。あれだけ、これ見よがしに匂いを曝け出しておいて。気付かぬ訳があるか」

「恐れ入ります」

「・・・・して何用だ、権佐(ごんざ)」

空に掛かるのは僅かに満月に足りない十三夜月。
陰暦十三日の夜の月である。
皓々と周囲を月明かりが照らし出す。
殺生丸の前に姿を現したのは、顔は犬、身体は人型の犬妖。
毛色は何と云ったら良いのだろう。
茶、黒、黄色、白が、まだらに混ざり合った斑(ぶち)犬である。
旧知の間柄なのだろう。
殺生丸の態度にも口調にも警戒の色はない。

「ハハッ、西国の留守を預かる城代家老の尾洲さま、万丈さま、御二方より申し付かって参りました。若さま、いやさ、西国王、殺生丸さま、何卒(なにとぞ)、西国へ御帰還くだされませ」

「そんな事の為に、わざわざ、西国お庭番の頭領であるお前が出向いてきたのか。」

「そんな事などと。若様、イエ、殺生丸さま、二百年も国主が国許に不在など異例の事態に御座いますぞ」

「その二百年の間、一度として『戻れ』などと云ってこなかったではないか。それが、今になって何故だ?」

「それは、先代、闘牙王さまの御遺言が有ったからに御座います。」

「・・・・父上の遺言?」

「ハイ、殺生丸さまが御自身の刀、爆砕牙を手に入れるまで、一切、手出しも口出しも罷(まか)りならぬと」

「何っ?!」

「貴方さまは、先頃、爆砕牙を手に入れられましたな。それ故、尾洲さま、万丈さまが、西国への御帰還を願い出て参られたのです。」

「・・・・・・」

「半妖の弟君、犬夜叉さまも、さほど日数を待たず、こちらの世界に戻られる筈に御座います」

「・・・・・・」

「今宵は、この事を、お伝えに参上しました。では、これにて御前失礼致します。何(いず)れ、また」

そう云うなり、権佐の姿は掻き消すように見えなくなった。
西国お庭番の頭領、“斑(まだら)の権佐”、妖怪世界でも三本の指に数えられる凄腕の妖忍である。
残された殺生丸が己を自嘲するように言葉を洩らした。

「フッ、何もかも見通しておられたのか・・・・父上」

天上の月が月の徴を戴く青年を愛おしむように光の波で包んでいた。


※『決断②=熟慮=』に続く



 

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