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長い白銀の髪が、風に棚引く。
それに合わせて踊るように漆黒の髪も靡(なび)く。
旧知の“白妙のお婆”のもとへ頼み事に出かけた殺生丸は、天空の母の城への帰途、嗅ぎ慣れた匂いを風の中に感知した。
その匂いを頼りに目をやれば、遥か下方、地上に、緋色の花の大群生の中、りんの姿が見えるではないか。
相模も側にいる。即座に、阿吽の手綱を引いて、向きを変えさせ、鐙(あぶみ)を強く打ち付ける。
主の意向を素早く了解した双頭竜が、一気に、脚を速め、目標に向かって急降下する。急激な加速に驚いた邪見が、危うく、阿吽から転げ落ちそうになるが、殺生丸は、気にもしない。
目も眩むような、それこそ矢のような速さ。音速に近い最高速度で、阿吽が、駆ける。
激しい加速、それに伴い、全身にのしかかってくる押し潰されそうな重力による圧力、唯人ならば、失神してしまうだろう。事実、従者の小妖怪は、目を白黒させ、今にも気絶しそうな気配だ。
しかし、かの者は、人にあらず。見目は麗しい人型の形(なり)なれど、その本性は巨大な化犬の妖。
それも、尋常な妖力の持ち主ではない。妖界にあって最大領土を誇る犬妖族の大国、西国の若き王にして最強の大妖怪、殺生丸。
轟音と共に、主従を乗せた騎獣は、アッという間に、目標地点に辿り着いた。
ヒラリと音もなく地上に降り立つ大妖。
白銀の髪が、陽を弾いて後光のように煌めく。
りんと相模を取り巻くように囲んでいた屈強の護衛たちが、一斉に恭(うやうや)しく膝を折り、頭(こうべ)を垂れ、主君をお迎えする。
「殺生丸さまっ!」
人界を旅していた頃と同じ様に、りんが駆けて来る。
小さな顔いっぱいに嬉しさを滲ませて。
悠然と近付く殺生丸に対し、飛び付かんばかりに駆け寄る。
りんが両手にかかえた真紅の曼珠沙華が、鶸(ひわ)色の内掛けに、ひときわ鮮やかに映える。
打掛に鏤(ちりば)められた色取り取りの上品な菊の紋様。
それさえも霞ませるほどに鮮烈な野の花。
りんの生い立ちと殺生丸との出会いを、そっくりそのまま象徴しているかのような花である。
「見て、殺生丸さま、凄くきれいでしょう。この彼岸花は『曼珠沙華』ともいうんだって。相模さまが教えてくれたの。『天上の華』っていう意味なんだって。」
りんが、摘んだ花を手渡そうとするのも昔と同じ。
殺生丸が、受け取ったためしは無いのだが。
しかし、今回は、いつの間にか、側に来ていた相模が、りんの行為に口添えする。
「 どうぞ、お受け取り下さいませ、殺生丸様。その花は、りん様の“御心”その物。彼岸花が別名『曼珠沙華』と呼ばれる事は、既に御存知でいらっしゃいますね。ですが、この花は『天上の華』という意味以外にも、他の意味を持っております。人界、特に大和の国では、この花を『死人花』などと呼び、忌み嫌う傾向がございますが、海を隔てた韓(から)の国では、『相思華』と呼ぶのだそうでございます。(花は葉を思い、葉は花を思う)互いが互いを思い合う、それ故に、相思の華、『相思華』と。相愛の御二方に、これ程、相応しい花は、他にございますまい。」
相模の言葉を聞いている内に、殺生丸の胸中に、悪戯心が、ムクムクと湧いてきた。徐(おもむろ)にりんを両腕で抱き上げた。胸に抱いた真紅の曼珠沙華ごと。
「せっ、殺生丸さまっ!」
驚いたりんが、殺生丸を覗き込めば、無表情ながら、どこか面白がっているような風が感じられる。
ごくごく微かではあるが、目を細めているのが、その証拠だ。
「では、その花は、りん、お前が抱いているが良い。私が、お前を抱けば、その花も抱いている事になろう。」
りんを抱き上げたまま、フワリと殺生丸が空中に舞い上がる。阿吽に乗って疾風迅雷のように現れた時とは、打って変わった緩やかな速度。
久方振りのりんとの逢瀬を楽しむかのようにユッタリと
した速さで爽やかな秋空を飛ぶ殺生丸。
相模や阿吽、護衛の者達は、付かず離れず、その後を付いていく。
邪見はと云えば、完全に気を失って阿吽の鞍の上で泡を吹いて、ひっくり返っている。そんな状態でも、人頭杖をシッカリと握り締めて手離さなかったのは、従者として天晴れと云うべきだろうか。イヤ、それより、寧ろ、人頭杖を無くした場合の主の折檻をおそれたのだろう。
「殺生丸さま、今日も、おっ、お母さまの城に泊まっていかれるの?」
りんが、期待を込めて、今や公認の許婚(いいなづけ)となった大好きな妖(ひと)を見上げる。
「・・・いや、それはない。今から行かねばならぬ処がある。」
その言葉を聞いて、りんが、シュンとうなだれる。
「りん、今、しばらくの辛抱だ。婚儀さえ挙げてしまえば、もう、離れることはない。」
そう云って、慰めるように、風に揺れるりんの柔らかな黒髪をなでてやる。
旅をしていた頃は、長さが足りないせいも有って、アチコチに跳ねる癖があったりんの髪。
それが、今では、腰を完全に覆うまでに伸びた。
髪の長さが腰を過ぎた辺りから、癖が取れ、髪自体の重みで自然に落ち着くようになった。
女官達に、日々、丁寧に梳(くしけず)られ、丹精込めて世話されているりんの髪。手に取れば、夜の滝のように、サラリと艶(つや)やかに零れ落ちる。
そして、髪から、いや、身体全体から馨る、りん特有の清爽でありながら、限りなく甘い香気が、愈々(いよいよ)、私を惹きつけて離さない。
形の良い細い眉。今も昔と変わらず、曇りなく私を見詰める、りんの瞳は、大きく円(つぶ)らで、長い睫毛に飾られ星を含んだ黒曜石のように輝く。
決して低い訳ではないが、顔の中心に、チョコンとおさまった可愛らしい鼻。
花の蕾のように小さく愛らしい薄紅色の唇。
白く肌理(きめ)の細かい肌は、白桃のように瑞々しい。
以前の、ガリガリに痩せこけ、哀れなほど、みすぼらしかった野性児の面影は、もう何処にも、見当たらない。
ここに居るのは、西国王、殺生丸が、熱愛する寵姫にして、国母(こくも)にあらせられる狗姫(いぬき)の御方の手厚い庇護を受ける御息女。
たおやかな花のような姫君である。
腕の中に、つと視線を向ければ、りんが大事そうに抱き締めている鮮紅色の曼珠沙華が、否応なく、殺生丸の目を惹いた。
この花が持つ別名『彼岸花』。
その名称は、決まって秋の彼岸の頃に咲くことに由来している。優美な形状の真紅の花は、殺生丸に鮮血を思い起こさせた。あの満月の夜、妖狼族の狼に噛み殺された小さなりんの身体から流れ出た紅い血を。そして、つい最近、りんの成長に伴って、身の内から流れ始めた赤い女の徴(しるし)も。
漸く、時が満ちた。予(か)ねてよりの懸案を、実行に移す時が来たらしい。
天空の母の城が、視界に入ってきた。
りんを送り届けたら、その足で、あの場所へ赴くとしよう。
この件は、婚儀の前に済ませておいた方が良かろう。
婚儀が近付くにしたがい、殺生丸は、益々、雑事に忙殺されるようになっていた。
天空の城で待ち構えていた出迎えの者どもに、りんを託し、阿吽に騎乗しようとすれば・・・。
邪見の奴は、まだ、のびておるのか。フン、あれしきの事でだらしがない。
いつまで、のん気に気絶しているつもりだ。サッサと起きろ、この馬鹿者!
主を前に、阿呆面をさらす従者に、鉄拳を、一発、喰らわせて目を覚まさせる。ボカッ!
「ウギャッ!」
けたたましい声を上げて跳び起きたかと思うと、慌ててキョロキョロと辺りを見回す邪見。こ奴は、昔からそうだが、相変わらず落ち着きがない。未(いま)だ、状況が飲み込めておらんのか。
「・・・やっと起きたか。」
「せっ、殺生丸様、もっ、もう、御母堂様の城に着いたのでございますか?」
やはり、気絶していた間の事は、何ひとつ記憶にないようだ。頓珍漢な邪見の返答を無視して用をいいつける。
「・・・今から出掛ける、供をせよ。」
「ハッ、ハハ~~~、この邪見、殺生丸様が行かれるのでしたら、どこへなりと御供致します。」