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小説第三十九作目『相思之華』

     
                    天上の華よ

                    愛しい華よ

                    想いは溢れて汝が許に届く

                    我が想いは汝が許へ

                    汝が想いは我が許へ

                    惹き付け合い 打ち寄せ合い

                    想いは何時しか相思の華となる

 
殺生丸が、久方振りに天空の“狗姫の御方”の城を訪れた。
実際は、有無を云わせず母君に呼び付けられたのであるが。
理由が、何であれ、ともかく、りんが喜んだのは云うまでも無い。
しかし、来たと思ったら即、翌朝、邪見を供に阿吽に乗って城を飛び立ち、何処かへ出掛けてしまった。
ガッカリする、りんに対し、養母である“狗姫の御方”が、地上への散策を提案した。
天空の城は、文字通り、空に浮かぶ城の為、りんの好きな地上の花は見当たらない。
護衛の兵達に守られ、相模と共に秋の地上に降り立った、りんの目の前に拡がる一面の彼岸花の大群生。
比較的、寒い地方の為、暖かい地方よりも二週間程度、植物の開花が遅れるのだ。
その為、通常ならば、秋の彼岸の頃に咲く彼岸花が、今、満開となっている。
赤い赤い花と茎の緑が織り成す鮮やかな色の対比。
その余りの鮮やかさに誰もが否応無く惹き付けられ目を奪われる。
勿論、りんとて例外ではない。

「ワアッ、凄い! 彼岸花が、こんなに一杯、咲いてるのって、りん、初めて。」

 
「りん様、彼岸花は、別名『曼珠沙華(まんじゅしゃげ)』とも呼ばれるので御座いますよ。」

「まっ、まん、まん・じゅ・・しゃげって、どんな意味なの? 相模さま。」

 
「遥か遠い天竺(てんじく)の言葉、梵語で“天上の華” という意味だそうです。」

 
「エッ! この彼岸花って“天上の華”なの?」

 
「はい、何でも法華経の『摩訶曼荼羅華曼珠沙華』から取った言葉だそうで御座いますよ。」 
 
「ほ、法華経? ホーホケキョ?」

 
「クスクス、りん様、それは、鶯(うぐいす)の事で御座いましょう。法華経とは、偉いお坊様の教えに御座います。」

「フ~~~ン、そうなんだ。りんは、彼岸花って、死んだ人に捧げる花だって教わったんだよ。」

 
「そうですね、大和の国では、何故か、“死人花”や“幽霊花”などと呼んで忌み嫌う者も多いと聞き及んでおります。どちらにせよ、『曼珠沙華』は、今生の花と云うよりは、来世を思い起こさせる花だからで御座いましょう。」

 
「来世って、あの世の事だよね。相模さま。」

 
「ええ、移ろいやすい現世ではなく、永久(とわ)の安らぎを得ると云われている死後の世界の事に御座います。」

 
「あの世か・・・りんの、おっ母や、おっ父、兄ちゃん達が居る世界の事だね。」

 
「りん様の御家族・・・確か、夜盗どもに、皆、殺されたと邪見殿に、お聞きしましたが。」

 
「ウン、そう。殺生丸さまに会う大分、前の事だけどね。」

 
「お辛う御座いましたでしょうに。そんな幼い内に、御家族を亡くされるとは・・・。」

 
「今もね・・・・たまに夢に見る事が、有るんだ。あの日、みんなが殺された夜の夢を。」

 
  ふと、遠い目をして、りんが、秋風に揺れる野原一面の曼珠沙華を見やった。
想いは、追憶の彼方に飛んでいるのだろう。
相模には、幼いりんの境遇を想像する事しか出来なかった。
邪見との茶飲み話の際に聞き出した処によると、殺生丸様に出逢った頃のりん様は、村人に虐待され、言葉も、話せなかったらしい。
自身も折檻され傷つきながらも、異母弟の犬夜叉の鉄砕牙の攻撃で手酷い傷を負った殺生丸様を介抱しようと近付いてきたらしい。
その驚くべき身の処し方。
身動きも儘(まま)ならぬ手負いの獣とは云え、妖力甚大な大妖怪に。
もし、殺生丸様が、その気になれば、鋭い爪の一閃で、呆気なく、その幼い命を散らしていただろうに。
でも、そんな、無私無欲の心を持つりん様だからこそ、あの御方の万年雪のような御心の内に入る事が出来たのかも知れない・・・。
  りん達と入れ違いに、筆頭女房の松尾が、配下の女房衆と一緒に天空の城に戻って来た。

 
「只今、戻りまして御座います、御方様。」

 
「ウム、ご苦労だったな、松尾。」

 
「して、若様は?」

 
「フフ・・・仏頂面で“白妙のお婆”の許へ出掛けおった。」

 
「りん様と相模殿・・・それに邪見殿も、見当たりませんが。」

 
「りんは、久し振りに殺生丸に逢えたと云うのに、あれが、即座に出掛けてしまったのが、寂しかったのであろう。それで、相模と一緒に暫し地上に降りて散策を楽しんでくるよう申したのだ。勿論、護衛は、この城でも指折りの腕利きの者を数名、付けておいた。りんに、何か起こりでもしたら、殺生丸が烈火の如く怒り狂うであろうからな。小妖怪か、奴は、殺生丸の供をして一緒に出て行ったぞ。」

 
「左様で御座いますか。」

 
「りんの地上での散策先は、殺生丸の帰路とかち合っておる。あれが、りんの匂いに気付かぬ筈が、無かろうよ。」

 
「御二方の“逢瀬”を画策された訳で御座いますな。」

 
「まあな、西国の尾洲と万丈から、こうも、毎日、引っ切り無しに書状が届いては堪らん。やいのやいのと矢の催促で責め立てられて、流石の妾もウンザリしてきたわ。両名が書状で訴えてきた処によると、殺生丸め、りん恋しさに、少々、箍が外れておるらしい。誰彼構わず、己が妖気を撒き散らしおってな。おかげで、小者どもは、強すぎる妖気に中(あ)てられて、気絶する者が続出しているそうだ。全く、困った奴よ。」

 
「無理も御座いません。若様は、りん様の御成長を、今か今かと、ズッと何年も辛抱強く待ち続けてこられたので御座いますから。」

 
松尾が、乳母(めのと)として、赤子の頃から面倒を見てきた己が主“狗姫の御方”を軽く嗜めるように言葉を継いだ。

 
「フッ・・・あの一途さは、一体、誰に似たのやら。」

 
「さあ、どなたで御座いましょうね。案外、御方様似でいらっしゃるのかも知れませんよ。」

 
「冗談ではない。妾は、あんな朴念仁ではないぞ。」

 
  そんな会話が、“狗姫の御方”と松尾の間で交わされているとも知らず、同じ様に、りんと相模も、野辺を覆い尽くす彼岸花を前に会話を交わしていた。
りんが当時の事をポツリポツリと話し始めた。

 
「あの夜、おっ父も、おっ母も、兄ちゃん達も、みんな、夜盗に斬り殺されたの。おっ母の胸に抱っこされてたりんだけが・・・生き残ったの。周り中、血だらけで、怖くて怖くて声も出なかった。その後、本当に、声が、出なくなったの。 一生懸命、喋ろう、喋ろう、声を出そうとしたんだけど・・・・どうしても出なかった。」

 
「殺生丸様が、天生牙を使って、りん様を助けられた時、お声も出るようになったとか。」

 
「うん、そうなの。りん、狼に噛み殺されて死んだ筈だったのに、気が付いたら、目の前に、殺生丸さまのお顔が見えて、金色の目が、お月さまみたいだなって思ったの。あの夜も満月で、月の光に殺生丸さまの銀の髪がキラキラ光って、とても綺麗だった。天生牙で助けて貰ったおかげで、それまでの怪我も、みんな治ってて、声も出るようになったの。りん、殺生丸さまには、何時も、助けて貰ってばかり。だから、何時か、チャンと恩返ししなくちゃ。」

 
「もう、充分、なさってますよ。」

 
「?りん、何も、してないよ。」

 
「りん様は、殺生丸様のお傍に“いらっしゃる”だけで宜しいのです。それだけで、殺生丸様には、充分なので御座いますよ。」

 
「でもぉ・・・りん、本当に、殺生丸さまに、何も、返せてないんだよ。」

 
「では、この曼珠沙華、彼岸花を摘んでいって殺生丸様に差し上げては、どうですか?」

 
「殺生丸さま、喜んでくれるかな? いつも花を摘んで差し上げても受け取って下さらないし。」

 
「大丈夫、この華ならば、きっと、受け取って下さいますよ。」

「本当? じゃあ、一杯、摘んで城に帰ろうっ!」

 
  相模の言葉に、りんが、はしゃいで、彼岸花を摘み始めた。
一本、二本、三本と大事そうに束ねて胸に抱き抱える。
鶸(ひわ)色の内掛けに散らされた色取り取りの菊の紋様に真紅の彼岸花が更に鮮やかな色を添える。
涼やかな秋風に、りんの艶やかな黒髪が揺れて、白桃を思わせる幼い顔立ちを引き立てる。
見守る相模が、思わず、つられて微笑んでしまいそうな程、りんの姿は、無邪気で愛らしい。
童女の頃のあどけなさは、そのままに、りんの成長と同時に少しづつ膨らみ始めた可愛らしい蕾の花。
その蕾は、いずれ花開く大輪の花の艶やかさを充分に予感させた。
(今でさえ、こんなにも、可愛らしいりん様。成人されたら、どんなに、お美しくなられる事か。)
相模は、りんの成長していく過程を見る度に、その将来の姿を思い描かずにはいられない。
あの日、帰還した殺生丸に伴われ、西国城に連れてこられた、幼い人間のりんを初めて見た。
恐らく、あの時、城に詰めて居た殆どの妖怪が感じていただろう腰を抜かさんばかりの驚愕と衝撃。
その日から今日に至るまで、殺生丸に、りんの世話一切を任され、面倒を見てきた相模にとって、りんは、実の娘にも等しい存在になっている。
りんにとっても、相模は亡き母を思い起こさせる優しい女妖だった。
吹き寄せる秋風の中に嗅ぎ覚えのある匂いが、色濃く混じり込んでいる。
遥か彼方の上空を見上げれば、相模の鋭い妖視が捉えたのは、秋晴れの空の中、双頭の竜に跨る雄々しい白銀の大妖の姿と竜の尻尾に必死に掴まる矮小な御供の小妖怪。
間違いなく此方を目指して飛行して来ている。
それも、疾風の如き速度で。
ゴオォ~~~~ 風切り音が辺りに響き渡るような凄まじい速さで迫って来る。

 
「りん様、御目当ての方が、いらっしゃいましたよ。」

「エッ! 殺生丸さまがっ! どっ、何処に?」

 
キョロキョロと周りを見回すりんに、相模が、上空を見るように促す。

 
「まだ、極々、小さくしか見えませんが、西の空を見上げてご覧なさいまし。阿吽に騎乗なさった殺生丸様が、物凄い速さでグングン近付いてらっしゃる様子が判ります。オヤオヤ、邪見殿は、阿吽から振り落とされないように、死に物狂いで尻尾にしがみ付いているようですね。アラアラ、涙で、お顔が、すっかりグシャグシャですわ。」

 
「ウ~~ン、りんには、小さな点にしか見えないよ、相模さま。」

 
「もう少し、お待ちになれば、ハッキリと見えて参りますよ。」

 
  相模の云う通り、小さな点のようにしか見えなかった姿が、近付くに従い、ドンドン大きくなった。
  りん達から少し離れた場所に阿吽を降下させた殺生丸が、フワリと地上に音も無く優雅に降り立ち、近付いて来る。
りんと相模の周囲を囲んでいた護衛達が、皆、その場に跪(ひざまづ)いて主君を恭(うやうや)しくお迎えする。
失礼が、有ってはならない。
妖怪世界に、その妖(ひと)在りと謳(うた)われる西国の国主にして、最強の大妖怪、殺生丸。
天空の城の主“狗姫の御方”と闘牙王の間に生れた一粒種。
高貴な血筋を更に色濃く受け継いだ至高の御方。
大妖怪であらせられた父君や母君でさえ妖線は一筋のみ。
かの君の保持する妖力が如何に莫大である事か。
頬に流れる二筋の朱の妖線が、それを証明する。
その圧倒的なまでの比類ない実力。
両親から受け継いだ甚大な妖力が、比肩し得る者のない高い矜持が、断じて他の追随を許さない。

 
「殺生丸さまっ!」

 
  りんが、いつもの事ながら、それは、それは、嬉しそうに殺生丸の許に駆け寄って行く。
身に着けた鶸(ひわ)色の内掛けのせいか、一面の真紅の曼珠沙華の中、一羽の小さな鶸(ひわ)鳥が胸元に飛び込んで来るような不思議な感覚。
りんが抱き抱えた彼岸花が、血のように鮮やかに目を惹く。

 
「見て、殺生丸さま、凄く綺麗でしょう。この彼岸花は『曼珠沙華』とも云うんだって。相模さまが教えてくれたの。『天上の華』って云う意味なんだって。」

 
  大事そうに抱き抱えた曼珠沙華の花束を、殺生丸に手渡そうとするりん。
いつの間にか、側に来ていた相模が、りんの行為に口添えする。

 
「どうぞ、お受け取り下さいませ、殺生丸様。その花は、りん様の“御心”その物。彼岸花が別名『曼珠沙華』と呼ばれる事は、既に御存知でいらっしゃいますね。ですが、この花は『天上の華』という意味以外にも、他の意味を持っております。大和の国では、この花を『死人花』などと呼び、忌み嫌う傾向が御座いますが、海を隔てた韓(から)の国では、『相思華』と呼ぶのだそうで御座います。(花は葉を思い、葉は花を思う)互いが互いを思い合う、それ故に、相思の華、『相思華』と。相愛の御二方に、これ程、相応しい花は、他に御座いますまい。」

 
それを聞いた殺生丸が、徐(おもむろ)にりんを両腕で抱き上げた。胸に抱いた曼珠沙華ごと。

 
「せっ、殺生丸さまっ!」

驚いたりんが、殺生丸を覗き込めば、無表情ながら、何処か、愉(たの)しげな口調で言葉を返す。

 
「では、その花は、りん、お前が抱いているが良い。私が、お前を抱けば、その花も抱いている事になろう。」

 
  りんを抱き上げたまま、フワリと空中に舞い上がる殺生丸。
どうやら、このまま、天空の城に戻る心積もりらしい。
阿吽に乗って疾風のように現れた時とは、打って変わった緩やかな速度。
りんとの散歩を楽しむかのようにユッタリとした速さで爽やかな秋空を飛ぶ殺生丸。
相模や阿吽、護衛の者達は、付かず離れず、その後を付いて行く。
主君と御寵愛の姫君との久方振りの“逢瀬”を邪魔しないように。
因みに、邪見は、嵐のような速度に耐え切れず、地上に辿り着いた途端に泡を吹いて悶絶。
そのまま、阿吽の背中に乗せられて天空の城に帰り着くまで気が付かなかったそうである。
 
  『曼珠沙華』の花言葉には、「想うは、あなた一人」という意味もある。    了

 
 
鶸(ひわ)=燕雀(えんじゃく)目の鳥の一類。スズメより小さい。
鶸色(ひわいろ)=鶸の羽のような黄緑色。黄色の勝った萌葱(もえぎ)色。


 
《★五万打記念作品★第三十九作目『相思之華(そうしのはな)』についてのコメント》
     この作品は、内容的には、『白妙異聞』の続きとなっています。
“白妙のお婆”に、今迄、下げた事の無い頭を下げて頼み事をした西国王の殺生丸。
当然、御機嫌斜めに決まってます。そんな処に、りんちゃんの匂いが馨ってきたら? 
即、匂いの持ち主の許に直行なさる筈です。

目にも鮮やかな真紅の彼岸花、この花をモチーフに作品を書きたいと調べてみると、この『曼珠沙華』には“天上の華”という神聖な意味に相反する「死人花」や「幽霊花」などという不吉な意味が。
尤も、この不吉な意味は日本人のみの連想です。  欧米では、盛んに園芸品種が開発され、今では、白、黄色の花弁を持つ物もあるそうです。

更に、調べていく内に、韓国では、この花を「相思華」と呼ぶ事も。
  (相思=互いに思い合う)こんな素晴らしい題材を使わない手は有りません
早速、題名に使わせて貰いました。何と素敵な意味を持つ花でしょう。
その鮮やかな色彩、気高さを感じさせる美しい形状、花の持つ深い意味、あらゆる点で、“殺りん”に、これ程、相応しい花は、他に無いと思います。
いっその事、曼珠沙華を『殺りんの花』と命名したい程、気に入ってる管理人、猫目石です。

       2007.10/2(火)◆◆猫目石







 

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